秋がやって来る
マグノリアは山のように積み上げられた出場申請書を見て戦慄した。
え。これはもしかしてもしなくても、武闘会参加申し込み書類なのだろうか……
横目で漫画の書類の山の様な状況でそびえ立つ紙の柱を見ながら、どうすんのコレと思う訳で。
「流石、マグノリア様ですね!」
リリーが満足気に頷く。
「モテモテっすねぇ」
グフッグフッと変な声を出して笑うガイ。
『僕のマグノリアは可愛いからね♪』
皿に盛られたお菓子から顔をあげ、ドヤ顔するラドリ(見た目エナガ)。
いつ、何処で、誰が。ラドリのものになったというのか。
チャラいUMAに向かってメンチを切る。
そんなつもりも覚えも無い上に、ややっこしくなるので本当にやめてもらいたいのだが。
「玉石混淆だな。本気で娶りたい者から財産や地位目当ての者。自分の武力を誇示したい者まで様々だ」
同封されていた釣書を見ながら、クロードはそれをマグノリアへ手渡した。
朱鷺色の瞳を落とせば、妙に顎が発達した男の肖像画と一緒に、外国――その男の暮らす国内大会での成績が網羅されている履歴書もどきが長々とくっつけられていた。
(……おおぅ……)
発達した上に、顎の先が割れてる。ケツ顎だ、ケツ顎。
いつかどこかで見た事のあるキャラクターのような肖像画をまじまじと見て、小さくため息をついた。
「おじい様にポーションの購入をお願いしないとですね」
ついでに保管用のポーションも数本頂いておけば良いであろう。どうせ自腹なのだ。誰に遠慮が要るものか。
ジェラルドが凶刃に倒れた時、ポーションの凄さと有難みをしみじみと実感したものだ。
マグノリアの言葉に、ガイが眉を上げた。
「婚姻選別の武闘会で怪我をするのは、みんな承知の上なんすけどねぇ」
「命がけの求婚なんて、ロマンチックですね……♡」
リリーの夢見がちな言葉にジト目をしてしまう。
血塗れた求婚の、どこがロマンチックだというのか……
「過去には死者も出てやすからねぇ」
「……そんなん、夢見が悪過ぎるんだけど」
何それ怖い。
自分をめぐって死人が出るとか、トラウマになりそうなのだが。
ラドリがいるために死人は出難いとは思うものの、血と肉が舞い踊る(物理)スプラッタ劇場は勘弁して欲しいというもの。
刃を潰した剣で戦うそうだが、全く怪我をしないという訳でもないらしく。
第一結構な重量があるのだ、剣って。
「…………。そうだな。もしくは治療師を聖国から派遣してもらうかだな」
「…………」
ポーションの輸入なんてと言われるかと思いきや、肯定が返ってきた上に治癒師の派遣と来た。
思わず不愛想なクロードの顔を、マグノリアはまじまじとみつめ首を傾げる。
「どうした?」
「いえ……?」
何だろう。
最近、今までに増して甘やかしてくるのだが、どうした事か。
ある程度マグノリアがこちらでの生活にも慣れ、この世界の常識の範囲で行動するようになった(?)から叱られなくなったのだろうと思いつつも、何か変である。
元々やりたい事に対して、無理がない限りはサポートしてくれてはいたが。
現実的でない事にはストップをかける役目でもあった筈なのだけど……
魔法ギルド長でもあるセルヴェスに話に聞く範囲では、かつてモンテリオーナ聖国でも良質なポーション不足であったらしい。
最近は何でかな、各種様々なポーションが多く出回り余裕はあるらしいが、如何せん結構なお値段の代物である。
クロードはクロードで、他人が傷つく事を気に病むであろうマグノリアが傷つかないよう、多少の無理(内容的にも金額的にも)程度は構わないという気遣いからなのだが。言葉が少ないために、真意は全く伝わっていないのであるのが何とも。
「……クロード様は案外、そっちは不器用っすからねぇ」
『ぐふぅっ♪』
ガイの言葉を受け、リリーはコクコクと頷き、ラドリは煽り、クロードはムッとし。マグノリアは成長しても相変わらず丸い瞳を瞬かせた。
「……ポーションか。むーん、千本ぐらいで足りるか?」
「せ、千本……っ!?」
ギルド棟で話を聞いたセルヴェスが、書類とマグノリアを見比べる。
商業ギルド長が全然板についていないダンが素っ頓狂な声を上げ、流石のガイも苦笑いをした。
理由はクロードと同じである。湧き上がる婚姻話に終止符を打つため・小煩い外野を黙らせるために放った言葉だが、それが齎す諸々に傷ついてはほしくないからだ。
どんな輩が勝とうが、マグノリアが気に入らないなら即刻お断りをするまでである。
何ならマグノリアが、気兼ねない独身ライフを過ごすための布石にしても構わないつもりでいる――多分そうはならないだろうが。
とりあえず。国王だろうが魔王だろうが、気に入らないのならばセルヴェスが力の限りでぶっ潰すまで。
一応人の世に生きる貴族であるため、ある程度は決まりに則るが……この件に関しては全面的にマグノリアの意思を尊重するつもりだ。
辺境伯家の奇想天外な言動に慣れている相談役のドミニクは、ため息をついて無の境地である。
「多少切った・折った程度は放っておいても治るだろうからな。重篤な者に使うのだろう」
「お嬢様、あんたとんでもない女だな!」
重篤な者に使う……千本……
ダンが、見た目はこの上なく嫋やかなマグノリアをドン引きながら見遣る。
「いや、こっちの方がドン引きだかんね?」
マグノリアは口をへの字にして言い返した。
そして。購入申請書を受け取ったモンテリオーナ聖国の魔法ギルドでは、桁を間違ったのかと思うようなそれを見て無言で暫し固まった挙句、頭を抱えた。
……そして。国の魔術の総本山である魔塔と、王太子であり国内有数の魔法使いでもあるシリウスにすぐさま上奏されたのであった。
とんでもない量の発注を見たシリウスがこめかみに青筋を立てて、絞りに絞った変更書を送り返し、同時に治癒師団の派遣を了承したのは言うまでもない。
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そしてマグノリアの十八歳の誕生日……の数日前。
実に七十五年ぶりに婚姻選別の武闘会が開催される事になった。
参加者は話を聞きつけた一旗揚げたい山賊や盗賊から、こんな大騒ぎなのだと知らなかった平民。武と名を上げたい騎士から他国の王族まで総勢六八八六名。
……言うまでもなく、会の規模と戦う相手を見て逃げ出した者や体調を崩した者(仮病)が多数発生し、棄権者が続出したのは予想通り。実際は百数十名の参加となった。
とは言え、余りの希望者に一週間前から予選が行われている。
今は予選会だ。
巻きで大会を運営するためと負傷者を極力減らすため、力の加減を出来そうな者が命知らずの者たちの相手に組まれていた。
力任せの者や殆ど剣を握った事がない者、自己流の初心者同士が対戦すれば、大きな怪我や事故に繋がりかねない。
どうせ上に勝ち上がれば対戦する事になる相手なのだ。早いか遅いか。
重い剣が生身に当たって骨にひびが入るよりも、剣をはじき飛ばされて間合いを取られ、勝負ありと判定される方が親切であろう。
勝敗は、戦闘不能になった、もしくはそう判定される場合。
明らかに形勢逆転が無理と思える場合。
本人のギブアップだ。
「マグノリア嬢、お久しぶりです!」
濃い褐色の髪をした青年が、嬉しそうに微笑みながら礼を取った。
(つーか、誰……?)
どこかで見た事のある顔に、曖昧に微笑んでおく。
マグノリアをよく知る者は、ああ、知らないor 忘れているんだなと思っている事だろう。
「お嬢、マホロバ国の二の王子……弟王子殿下っすよ」
「えっ!?」
マグノリアは自分よりもずっと大きくなった男の子を、びっくりしたように見遣った。
かつてマホロバ国に買い付けに行った際、マグノリアに一目ぼれをした、あのちっこい弟王子らしい。
……そう言われれば、なんとなく面影があるような気がする……?
当時十歳だった彼は、十七歳になっていた。
あれからずっと初恋を胸に抱き続けていた彼は、今回の武闘会を聞きつけて、迷いなく参戦を決意したらしい。
一方のマグノリアは、だいぶ精悍な姿に変わり、全く解らなかったと感心以外の何物でもない。
「本当に、子どもの成長って早いね!」
「いや……お嬢の事もみんなそう思っていやすからね?」
そんなやり取りを無視するかのように、マホロバ国の王子は頬を紅潮させながらマグノリアに宣言する。
「見事勝利し、マグノリア嬢に求婚致します!!」
ババン!!
会場中……それこそ遥か昔に使われていたという、アゼンダの競技場中の視線が注がれる。
ちなみにこの競技場、普段はプチ牧場として再利用しており、ヤギや羊が闊歩している場所である。
色々な身分の人間がいるため、従者その他がいる者も珍しくはない。出場する人間の関係者が観戦やらいざという時の対応のため、観客席に詰めているのである。
けしてポーション代を相殺しようと、入場料を取って観客を募っている訳ではない。
そんなどよめきと感嘆の声が上がる中、マグノリアはショボショボした顔で答える。
「あ~……。くれぐれもお怪我なさらないように……」
意気揚々と対戦に向かった彼は、予選三回戦で敗退していた。
きっと毎日真面目に鍛錬していたのであろう。立派な成績だと思う。
怪我があっても当方は一切の責任を持たないという、よくある書類に署名は貰っているものの。他国の王子に怪我をさせるとか怖すぎる。
悲嘆にくれる顔を見て、怪我がなくて何よりと思うマグノリアであった。
同時に。よく知る面々も怪我をしていない事を確認しては、心密かに安堵のため息をついたのである。
※ごろ合わせは、『75年ぶりの武闘会、参加者はむ(6)ちゃ(8)や(8)ろ(6)名』です(^^)




