新しい時代へ
「え、ギルド長が『王太子様』ってどういう事?」
唖然とするアゼンダ商会の面々と。
一瞬呆けた後、阿鼻叫喚の声が響く冒険者達の群れ。
忙しいのにと宰相である父に文句を言われながらも一時帰省したヴィクターが、関係者をギルド棟に呼んで話をしているところだ。
本来なら自ら挨拶と事情説明に回るところだが、残念ながら時間がない為、急遽招集という事になった。
呆気にとられる人、瞳を瞬かせる人。驚愕する人に叫ぶ人と、誠に様々な反応。
ヴィクターの教育係でありストッパーでもあったドミニクは、事前に話は聞いていたそうだが、実に頭の痛そうな顔をしていた。
まぁ、そうでしょうね、と思う訳だが。
「急で本当にごめん……よんどころない家の都合で、突如そう言う事になっちゃって」
「よんどころない家の事情って……王太子になって帰って来るって、幾ら何でも規模がデカ過ぎないか?」
「そんなん、一体どんな実家なんだよ」
「筆頭公爵家だね。まあ、今回は父親の実家の方の都合なんだけど」
「はあ……」
「父親は入り婿でさ。実家は王家なんだよねぇ」
「おま……、そんなナリでどんだけ立派な家のお坊ちゃんなんだよ!」
あんまりな内容に、昔なじみの冒険者が呆れた様子で言い募る。
まぁ、もうお坊ちゃんという年齢でもないのだが。
いや~、といいながら薹の立ったお坊ちゃまが頭を掻いた。
「……こう、王子様ってもっと若くなかったっけ?」
ダンと冒険者達があれやこれや言いながら、ジロジロと中年の冒険者ギルド長を見遣る。
ついでに禿げ頭も見遣る。
「……年齢は関係ないんだ。おじさんの王子も世の中いっぱいいるんだよ。如何せん世襲は順番だからねぇ」
「いや、王子はそんなにゴロゴロしていないだろう……」
冷静にツッコミを入れられた。
とはいえ、現王……つまりは従兄弟だが。
彼とは実際、数歳しか違わないのだけれどもと心の中で呟きつつも、ヴィクターはとりあえず黙って置く。
ヴィクターは取りあえず王都でしなければならない諸々をやっつけて、残務処理と後任を決める為にアゼンダに戻って来ていたのだ。
「しかし、ギルド長を務められる人間がいますかねぇ……」
中堅どころの冒険者が、ガラの宜しく無い仲間たちを見まわした。
アゼンダの冒険者はそれ程数も多くなければ、高い実力を持っている者もいないというのが現状である。
その土地の特性上、魔獣の多いモンテリオーナ聖国と他所で働く事が多い砂漠の国の冒険者達は実力のあるものが多いが、それ以外の国は普通に暮らす人間が多い訳で、冒険者を生業にする人間はほんの一握りなのだ。
ましてや冒険者ギルド長といえば、リーダーシップと知力、そして何かあった場合に冒険者達を纏められるだけの実力も必要な訳で。
「……一昨年引退した『槍使いのジョン』に声をかけましょうか?」
「うーん……酷く腰を痛めているんじゃなかったけ?」
槍使いのジョン。
アゼンダでは有名な――大陸的なランクではそこそこといったところな元冒険者。
名の通り槍が得意な為、名前にくっつけて『槍使いのジョン』と呼ばれている。
ビッグボアを仕留めた時に、元々状態の良くなかった腰を思いっきり捻ってしまったとかで、大騒ぎしてみんなで担いで医者に飛び込んだのを思い出す。今でも会う度に腰が痛いと嘆いている元B級冒険者だ。
全員で頭を悩ませていると、護衛を兼ねて一緒に帰って来たセルヴェスが腕を組み考えながら言った。
「じゃあ、儂がするか……冒険者ギルド長」
え。
全員がセルヴェスを振り返る。
「適任者が居ないならばだが。一応、年寄りとはいえその辺の冒険者よりは強いだろう」
「いやいやいやいや!」
人類のかなり上位、下手すりゃ最強に位置する人間だろうに。
少なくともアゼンダにいる冒険者で、セルヴェスに敵う人間なんていないであろう。
ヴィクターがアゼンダ唯一のA級冒険者だが、セルヴェスには敵わない筈である。
「我々としちゃあ有難いっすけど。大丈夫なんすか?」
意外に気の良い領主だと知っている為、下手な人間に就任されるよりも面倒がない事は解るが。
「ん? 年は取っているが、腰と関節はピンピンしてるぞ?」
七十を優に超えている筈なのだが……そう、全員が思いながら乾いた笑い声をあげる。
うん。そうですよね。人類辞めてますもんねと心の中で呟く。
「いや。そっちじゃなくて、領地の事や肥料関連やら、仕事が大変じゃないかと……」
「そろそろ家督を譲ろうと思っていてな」
一瞬全員が目を瞠ったが、思い直す。
確かに。一般的には結婚して暫くした頃に家督を譲られる事が多いだろう。
クロードは未婚ではあるが三十も過ぎ、そろそろ代替わりかという年齢である。加えてセルヴェスはそこそこ高齢であり、既に代替わりしていておかしくない年齢だ。
「長男坊の時は十九でいきなり押し付けたもんで、物凄く怒っていたが……次男は遅い位だろう」
そう言って獲物を追っている時とは別人の様な好々爺といえる表情に、部屋にいた者たちは顔を見合わせた。
セルヴェスは戦では容赦ないが、そうでないもの、特に家族には殊更愛情深い人間である。
「いやまあ。遅くはないでしょうがねぇ」
「それ……ギルモア侯が大変だったんじゃないんすか?」
元々は国が違う為そう詳しくは知らないものの、セルヴェスのふたりの息子の武勇伝はアゼンダにも伝わっている。
養子であり共にアゼンダに暮らすクロードは今更だが、初陣での伝聞もあり、実の息子であるギルモア侯爵はどんなゴリゴリの猛者なのかと思っていたら、それこそ王子様を体現するような見目の優男だったので――マグノリアのお披露目をのぞきに行った時だ――みんなびっくりしたものである。
アゼリア姫からセルヴェスが産まれた事もびっくりだが、セルヴェスの遺伝子が見た目的に、何処にも見当たらない息子だったのだ。
「辺境伯……大丈夫ですか? 一度クロード君に聞いた方が良くないですか?」
「いや。今や領主の仕事は殆どクロードがしておる。大丈夫だ」
ヴィクターは心配そうに念押ししては、困ったような顔をしてセルヴェスを見つめた。
******
そしてその夜。
ふたりは差し向かいで酒を酌み交わしていた。
マグノリアも一緒に話を聞くかと言われたが、いつもとは違う雰囲気に、ふたりっきりの方が良いだろうと遠慮をしたのだった。
「……冒険者ギルド長とは……幾ら強いとはいえ、大丈夫なのですか?」
クロードはため息混じりにそう言った。
能力的な事は心配していない。体力的な事だ。幾ら丈夫で頑丈だとはいえ、もしもを考えると心配するのは当たり前であろう。
「うん? この辺はそう魔獣が出る訳でもない。のんびりやるさ」
冒険者もギルド長も、まったくのんびりする仕事ではないと思うのだが。
塵ほども気負いのない様子で言うと、穏やかに笑った。
「明日からはクロード、お前がアゼンダ辺境伯だ」
「父上……その事ですが、領主はマグノリアにしませんか?」
流石に明日からは……書類が王に受理されるまでは、あくまでもセルヴェスが領主だが。そちらはものの例えだろうと飲み込んで、肝心な話をしようと口を開いた。
クロードはいつか来るだろう話の時に、マグノリアを跡継ぎにと進言しようと考えていた。
「自分の出自についても、その為に父上が色々考えて下さった事も、して下さった事も。解っているつもりです」
「…………」
「この前、ハルティアの再建を放棄されたように、俺もアゼンダを公国に戻すつもりはありません。もう何十年も前に消滅した国であり、父上が大切に治めて来た領地です。もうアゼンダ公国ではなく、アゼンダ辺境伯領です」
それに、と続ける。
「ここ十年はマグノリアも共に発展させて来た地です。領民もマグノリアが領主になれば納得するでしょう。マグノリアは女性でも充分領主としてやっていけるでしょう」
確かに、女性であるハンデなど吹き飛ばす位の功績をあげているだろう。
セルヴェスはクロードを見て困ったように笑った。
「マグノリアは、領主には成りたがらんじゃろうよ。お前の事だ、直系の人間にと言いたいのだろうが、お前も儂の息子なのだよ、クロード」
相変わらずの仏頂面をした息子の手に、ポケットから出したそれを手渡す。
「……短杖……お持ちだったのですか」
それはアゼンダ公国の短杖だ。
すべらかなそれは、複雑に文様が彫られており、小さな魔法陣が複数見受けられた。
「赤ん坊のお前が握っていたものだ。流石に子どもに持たせておくのもなんなので、預かっていたが……お前の両親は四人おる。その全員の願いだ、親孝行だと思って大人しく継ぐんだな」
そういうとセルヴェスは、短杖にゴブレットを軽く合わせる。
今は亡きアゼンダ大公夫妻と。そして妻と、乾杯をするように。
「お前は直系直系とこだわっているが、はっきり言って子育てはそんな綺麗なもんじゃない」
「……綺麗……?」
「ああ。泣くわ喚くわ、むつきの始末はあるわ。挙句デカくなれば反抗するわ問題を起こすわだぞ? 本当だとか養子だとか思っていたら、子育てなんかとても出来んぞ!」
体当たりだ、体当たり! セルヴェスはそう言う。
……どちらかといえば、問題を起こすのは祖母のアゼリアであり、父のセルヴェスである。
赤ん坊の頃の世話はまだしも……ジェラルドもクロードも、比較的良い子といわれる部類の子どもであった筈だが。
モノの例えなのだろうと口を噤む。
「まぁ、その内自分の子どもが出来れば嫌でも解るさ」
そういって楽しそうにセルヴェスは笑った。
そう。綺麗事ではないが、反面、子育てはとても面白い。
戦争なんかなければ、もっと息子達と関われただろうに。もっとつぶさに成長も見守る事が出来ただろうにと思う。
クロードはクロードで、セルヴェスが言い出したら聞かない事を知っていた。
最たるものがアゼンダへの移領であろう。
言ったところで聞き届けてはくれないだろうとは思っていたが。やはり自分のところにゴリ押しされてしまった。死んだ人間を出された挙句、親孝行をしろといわれれば折れざるを得ない。
ため息をついて手の中の短杖を見る。
「まぁ、ハルティアの短杖よりは厄介ではないだろうよ。マグノリアはマグノリアで、自分で自分の居場所を作ったので問題ない」
確かに、と思う。
ジェラルドの持たされた短杖の方が面倒そうだ。
マグノリアはマグノリアで、居場所も地位も財産も全部自分で作り上げた。しっかりと自分の足で立ち、歩んでいる。
そうして。王国が新しく生まれ変わろうという時と同じくして、アゼンダ辺境伯家も新しいページを開いたのであった。




