ヒーローとヒロイン
区切りがいい為短めです。
すみません。
マグノリアは海風に晒されるまま、ユリウス達の乗る船を見ていた。
子どもだった時代が終わって、みんな少しずつ大人になって行く。
光が弾ける様な眩しい季節は巡って、いつしか穏やかな夕焼けを見るのだろう。
そしていつか、静かな黄落の日々が訪れるのだろうか。
時の流れは一瞬だ。
かつて大人だったマグノリアは、その瑞々しい瞬間が一瞬だと知るからこそ、今こうしてその時を手に取って眺めることが出来るのだと思う。
未だそれを知らず一生懸命に輝きながら、一瞬一瞬を永遠に感じながら走って行く若い魂は、過ぎ去る事を何度も繰り返してからそれを知るのだ。
戻れないからこそ、それは眩しいのだ。
「……じゃあ、俺も行くね」
最小限の荷物を抱えたディーンが言った。
いつまでも一緒に居ると決心が鈍るから、ユリウスを見送ったら自分も王都へ向かおうと決めていたのだ。
「うん。身体に気を付けなね?」
「うん」
至極あっさりと言うと、ディーンは何か言いたげな顔をしたが、頷いてそのまま前を向いて歩き出した。
出来る限りの言葉を尽くして引き留めたが、決心は固くて。
理由は違えど元々騎士になりたかった事は確かなディーン。
同じ気持ちを返せやしないのに、気持ちをきつく押し潰して抱え込んだまま従僕でいて欲しいとは、とても言えなかったのだ。
淋しいけど、それは言いっこなしだ。
街道で乗り合い馬車にでも乗るのだろうか。出掛け方に別れの挨拶をしていたが、今一度パルモア家に戻って馬で移動するのだろうか。
「馬車くらい乗っていけばいいのに……」
小さかった背中を思い出しては、マグノリアは朱鷺色の瞳を細めた。
「……強がりたいお年頃なんだよ」
ヴァイオレットにしてみれば、この結果も時間の問題だっただろうと思う訳で。
始めに会った時、その色合いから、彼は例の護送騎士なのではないかと思ってはいたが。
成長したディーンの姿は、やはり、いつか雑誌で見た『プレ恋』の護送騎士そのものであった。
確実にゲームとは流れが変わって行く中で、ディーンとマグノリアの状況も全く違うものになっていたから。
だからディーンが騎士になる事はないのではないかと思い、詳細も解らない為に敢えて彼の正体を口に出さずにいたのだが。
状況は違っても、騎士になるのは変わらないらしい。
自分の守りたい人を見つけて、騎士にあらずとも騎士である心意気はかっこいいと思ったんだけどな。
結局自分から掴みに行く為に、本来の形に戻った訳だ。
……それとも。
もしやこの後、めちゃくちゃに修行して強くなって、武闘会で優勝しちゃったりするのだろうか?
ずっと一緒にいると思っていた幼馴染との予想外の別離に、マグノリアの何処か頑なな気持ちが揺れたりするのだろうか?
ヴァイオレットはそんな事を思いながら首を傾げる。
「時折、無理してないか様子見てあげてね」
「うん。解った」
相変わらず、何処かお母さんみたいなマグノリアに返事をしながら、ヴァイオレットは縮こまった身体を大きく伸ばすように両手を空に突き上げた。
「ヒロインはマーガレットでもマグノリアでもなく、『ガーディニア』だったのかぁ!」
「王子様がヴィクターさんって……」
中年の筋肉ムキムキ王子様。
辮髪パイナップルヘアの王子様。
陽気な冒険者ギルド長兼魔法ギルド長と、生真面目な元悪役令嬢を思い浮かべて微笑んだ。
「……変だけど、悪くないね?」
「うん、悪くない!」
『悪くない♪』
合いの手を入れるラドリ。
したり顔のふたりは、顔を見合わせて破顔した。
「ヴァイオレット。王子とヒロインの結末を見届けたなら、今度はあんたの物語を生きる番だよ。すみれの分も一緒にね」
名を呼ばれて振り返れば。自信満々にそう言って、元悪役令嬢が腕組して笑っていた。
「だってそうじゃない? 人それぞれ十人十色。みんなヒーローだし、ヒロインでしょ?」
「ぶっは!」
本来名前の無かったモブ令嬢は、なんだか昭和の話っぽい悪役令嬢の言葉に瞳が潤むのを見られない様、噴出したのだった。




