別れの船出
アーノルド王子の処遇に関しては、様々な意見が出た。
新しい治世に禍害を齎さないように一生幽閉を、という意見から、王族として不慣れであろうヴィクターの手伝いをさせた方が現実的だというものまで、実にまちまちである。
「ヴィクターはどう思う?」
王に尋ねられ、周囲を見渡す。
それぞれの思惑を抱えた人間達の考えを見透かそうとするかのように、ひとりひとりの目を見た。
途中何かに耐えられなくなったのか、僅かに視線を動かす者や逸らす者が散見される。
――魑魅魍魎が蔓延るというが、意外に素直であるなと苦笑した。
「……どちらの意見も一理ありますが。まだ未来ある若者ですからね。個人的には反省を促しながら、更生して新しい人生を歩んで貰いたいと思います」
「しかし、それでは安心出来ますまい!」
平行線とはこの事だ。
意見を聞くだけ聞いて、後でサクッと処遇を決めた方が建設的である。
……協議したという建前も必要なのだという事はヴィクターにも解るので、黙って頷いておくが。
「……閉じ込めておこうが放っておこうが、そう大して変わりませんがね」
宰相によって面倒な話し合いに引っ張り出されたジェラルドが、申し訳程度に作られた資料を手で弄びながら面々を見遣る。
「どんなに閉じ込めても、甘言を囁く人間はすり抜けるものですよ。見えるところにいて頂いた方が、色々と見つけ易いというもの」
担ぎ出そうという奴は、どうやっても担ぎ出すのだと言って微笑む。
関係ない人間までもがジェラルドに見られ、そう言われれば、まるで自分にやましいところがある様に思えて大層居心地が悪い。
「それに、何も知らない人間に何も持たせずに大海に放り出すのは、死ねと言っているのと同義ですよ」
身分の剥奪、一定の場所からの追放等々。
命までは取らないがと言わんばかりのそれらは、実際生活力の無い人間にどうしろというのだろうか。
「直轄地のどちらかを治めて頂いた方が現実的ですよ。領地経営に詳しい者に教育して貰い、静かに暮らして頂く方が宜しいでしょう」
教育もさる事ながら、おかしな事をしないかの見張りでもある。
一見甘いようにも自由なようにも思えるが、そうではないのだ。
その辺はコレットが上手く使うのであろう。
何やら楽し気に考えていたようなので、あいつに任せておけば悪い様にしないであろうからして。
かくしてアーノルド王子は、一応王族としての身分は持ち、男爵位を与えられた。
王子の身分と王位継承権は剥奪され、王家の直轄地を一部分け与え、そこを治めて暮らす事になる。
王族とはいえ男爵位、表舞台に出る事はない。
下手に鬱憤を貯めない様、最低限の生活は保障される。……暫くは厳しい領地経営が続くであろう。その為に王族に残すのだ。
その領地で二年間の蟄居生活を送り、その後お互いに気が変わらねば、同じ家格となったマーガレットを娶る事となる。
一方ポルタ家へは、厳重注意というだけで目に見えた処罰は与えなかった。
養女であるマーガレット個人の行動であり、教育と養育を怠った点への注意という事である。
マーガレット自身への処罰は未成年である事が考慮され、口頭注意のみとなった。
甘すぎると言う声もあったが、ガーディニアに直接何かをした訳ではない上に反省する様子も見られるのと、育成歴等が考慮された結果だ。
後はポルタ家での対応という事になる。
修道院に送る。遠くの親類に養子に出す。再教育をしてこのまま過ごさせる……
ヴァイオレットによれば、卒業パーティーの日からずっと、学院を休んでいるという事であった。
ポルタ家から学院へは、暫し、反省の為謹慎させたいという申し出があったそうである。
******
事態が事態なので、立太子の儀は後日に延期される事になった。
マグノリア達は一日早く帰領する事になる。
ショックから体調を崩した王妃が寝込んでいるという噂が流れて来た為、下手に王都にいると巻き込まれると思った辺境伯家の面々は、早々に馬車を出発させることにしたのだった。
加えて何かおかしな事件や騒ぎが起きる前に、鬼門を抜けた方が良いと思ったのである。
一応社交期間中である為、後半の担当であるセルヴェスはタウンハウスで待機だ。一緒に帰れない事を非常に悲しんでいたが、いつもの事なので放って置くに限る。
多分この後、色々と駆り出されるのであろう。
そして。人化してマグノリアに纏わりつく元小鳥と、うんざり気味のマグノリア、珍しそうにしげしげと観察するガイという面々を瞳に映しながら、クロードは静かに馬車に揺られていた。
******
数日後、ユリウスはクルースの港町にいた。マリナーゼ帝国の船で帰国する為だ。
父であるエロ皇帝と一緒に帰国するとの事で、卒業して数日という素早い日程だ。
晩餐会をと王家から誘いがあったそうだが、状況を鑑みて今回は遠慮をするという事で纏まったらしい。
その代わりアイリスの家に寄り、一晩、ペルヴォンシュ先輩と語らってからクルースに来たとの事である。こちらも見送りに来たかった様だが、アーノルド王子の一件の余波が及んでいるそうで、数日抜ける事は難しいそうだ。
「毎日毎日一緒に居たのに、本当に帰っちゃうんだね」
懐いていたであろうヴァイオレットが、悲しそうに言う。
ユリウスを見送る為に初めて学院を休むと言ったそうだ。熱があっても文字通り這ってでも通っていたのに……とはいえ身分を越えたおかしな友情を知るヴァイオレットの両親は、快く了承してくれたらしい。
お互い中身を知っているだけに、近所の面倒見の良いお兄ちゃんの様であったのだろう。
おかしな事や馬鹿な事をしあった仲だ。勿論ユリウスも淋し気である。
そんな様子を見て皇帝は何かを言いかけたが……もう一度ヴァイオレットの顔を見て、キュッと口を噤んでいた。
思わずマグノリアの眉間もギュッとする。
……失礼な皇帝である。
「僕ももう壁に張り付いたり花を頭に挿したりしないと思うと、すごく淋しいよ。
ディーンには六年間お世話になったね。お陰で学院生活がとても楽しかった。本当にどうもありがとう」
「皇子……こちらこそ。身分を越えて親しくしていただいて、嬉しかったです」
ふたりは微笑みながら、がっちりと握手をした。
「マグノリア嬢も色々ありがとう」
「こちらこそ。色々大変だろうけど頑張って。何か手伝える事がある時は連絡を寄越して」
「うん」
爆弾を投げるジェスチャーをするので、思わず苦笑いをした。
本来は恋に落ちる予定だったふたりは、結局、全く何にもないまま別れを迎える。
ちょっとの淋しさと安堵。大きな厄災を回避した達成感。
ふたりはどちらからともなく拳を握ってグータッチすると、頷いて微笑んだ。
「食材は船に積んで貰ったから、これ調理方法ね。そいでもって、これがずっと前に話した古代コンクリートのレシピだって。それから……」
「え! 助かる……けど、なんでそんなレシピ知ってんの!?」
令和の時代でも解明されていなかった筈なのに。
感慨もつかの間、次々に書類を手渡される。
「知らない。めっちゃ根掘り葉掘り聞かれて大変だったよ! 専門外なのに……」
マグノリアはちらりとクロードを見て、何かを思い出したのか非常にゲンナリとした。
それはご愁傷様であるが……天才というものは凄いなと思いながら、まじまじとレシピと、しれっとしたままのクロードを交互に見つめた。
「一応使う材料で若干の違いがあるだろうと思うので、そっちでも検証して頂きたい」
「はい」
勿論である。
安心第一、安全第一である。
『ユリウス~、またね☆』
「ラドリもね……って、ずっと人化したままなの?」
人化したら意外にデカかったラドリをみながら首を傾げる。
顔だけを見れば麗しい女性にも見えるような、繊細な美しさだ。
あの変な鳥とは思えず、綺麗すぎてちょっとビビる。
『そんな事ないよぅ』
そう言うと、ポン! と音をたてて元の小鳥に戻った。クルクルと頭上を飛んでは、マグノリアの肩に降り立った。
うん。その方が俄然しっくり来る。
……その場の人間が全員そう思いながらラドリを見遣る。
「……つーか、人になれるんなら、元の大きな姿に戻れるんじゃないの……?」
ユリウスが訝し気に聞くと、ラドリはつぶらな視線を左右に揺らして、すぐさま小首を傾げた。
『そ、そんな事ないよぅ☆』
「…………」
怪しいものである。
「まあ、時折遊びにおいでよ。ラドリならひとっ飛びでしょ?」
『オーケー♪』
調子のいい様子に、笑い声が響いた。
別れの時間は刻々と近づいては、もうそこまで見えている……
「ディーン、新しい生活も頑張って」
「……うん」
ディーンは、セルヴェスの宣言を受けて考え、マグノリアの従僕を辞する事にした。
それとこれは別だと言って、マグノリアはディーンを引き止めたのだが。
ディーンはディーンでマグノリアと離れたくはないものの、気持ちを完全に知られて、幼馴染の従者として務める事に疑問と抵抗があったのだ。
両親には大層嘆かれたが、王宮の騎士団に入り、二年間武闘会へ向けみっちりと剣技を磨くことにする。
……敢えてセルヴェスやクロードの伝手は使わず、騎士団へ入る為の試験について調べていた。
卒業後はアゼンダへ帰り、マグノリアの従僕として正式に働く予定でいたのだ。王宮や騎士団への就職の為の集まりへ出たり、試験を受けたりしている筈がなく……急な進路変更に、始めはどうしたらよいものか途方に暮れていたのだが。
そんなところに、例の騒ぎを聞いてディーンを心配して様子を見に来てくれたらしいデュカス先輩が、大きな声で詳しく教えてくれたのだった。
……声はデカいし空気は読めないけど、面倒見のいい良い先輩である。
「クロード殿、色々頼みました」
ユリウスはぐるりと見遣ってから、真面目な顔をして向き直る。
クロードも静かに頷いてから口を開いた。
「……承知しました」
船はゆっくりと水をかき分けて進んでゆく。
甲板に出たユリウスは、笑って大きく手を振った。
大切な友人達へ。
「またね!」
笑顔と大声が返って来る。
賑やかで優しくて、ちょっとおかしな。
そんな大切な友人達からも、またね、と。
父は息子の背中を見遣って、何も言わずに船室に踵を返した。
隣で黙って様子を見ていた少女が、しげしげと離れ行く陸地とユリウスを交互に見た。
例の、卒業パーティーで出会った冒険者風の女の子。
ちょっと迷ったものの、ユリウスの誘いを受けてマリナーゼ帝国に身を寄せる事にしたのである。
「本当に、みんな友だちなんだ……」
「そうだよ」
ちょっとドヤ顔なユリウスを見て、少女は犬らしきものと、ピカピカ光るスライムと顔を見合わせた。
「マグノリアってどんな子なの?」
ゲームとは全く違う悪役令嬢。
可愛すぎるスーパーモブな筈のご令嬢は、なんだか妙にサバサバした人だった。
「……う~ん……」
ユリウスにとってのマグノリア。
ユリウスは腕組してしばし首を横に倒していたが、故郷の海と同じ色の瞳を開いた。
「オカン。……いや、お姉さん、かな?」
「…………」
「…………」
ふたりは微妙な間を感じながら、すっかり見えなくなった島影を見遣る。
「じゃあ、お互い今まであった事を話し合うとしますか!」
「うんうん! そうしよう!」
ユリウスは全く皇子らしくなく、そのまま甲板に胡坐をかくと、少女もペッタリと座り込んだのであった。
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