武闘会開催のお知らせ
世界樹の短杖。
つい先ほどアスカルドの王によってお目見えしたものと似たものが、セルヴェスの手に握られていた。
高位貴族とはいえ、何故一介の貴族が持っているのかと訝しがる。
もしや戦争時代に、どこぞの国から失敬したのだろうかと考えたが……騎士としての矜持に溢れるセルヴェスが、まさかそのような事はしないだろうと思い至る。
最近は平和になって短杖の持ち主が替わる事はない為、みんな略式でしか行わないが。
セルヴェスはセルヴェスで、正式な口上はどんなだったかと頭の端の方を探っては、よく通る声でうろ覚えの文言を口にした。
「妖精の国・ハルティア国最後の王女、アゼリアの息子が宣言する!」
思っても見ない事が次々と起こるこの卒業パーティーの行方を、マリナーゼの皇帝は心底楽しそうに見守っていた。
そしてセルヴェスの名乗りを聞いて思い出したかのように頷いた。
「……立派な体躯につい忘れていたが、辺境伯は妖精の国の残されし王なのか」
まるで魔獣のような姿であるが。
……なんならふたつ名も妖精ではなく悪魔であるが。
正式にはハルティア王家の流れを汲む者であるが、直系王族の末裔は今や知る限り彼等一族しかいないのである。
「ハルティアの短杖は、アゼリア姫が持ち出していたのか……」
シリウスがほっとした様に言った。
動乱の際に紛失してしまったと言われていたハルティアの短杖。
どこかの蛮族に奪われた訳ではなく、ちゃんと血族に受け継がれていたのである。
「当ギルモア家の娘、マグノリアの婚姻は本人の意思を持って執り行うものとする」
宣言を聞いて、周囲から大ブーイングが起こる。
……何で自分の結婚を自分意思で決めちゃならないんだと思うものの、ここは異世界。
娘の父ないし家長が決めるものであり、娘の希望というよりは、家と家の希望が通る世界なのである。
「横暴だ! 我等にチャンスを!」
「そうだ! そうだ!」
「申込をさせてくれー!」
「天使! 天使!!」
……家と家の希望ゆえ、チャンスを与えたところで片方がうんといわなければどうにもならないのだが……
家格でゴリ押ししようにもギルモア両家に匹敵する家は少ない上に、圧力を掛けてきたら力(物理)で押し返す人間であるのだが、そこは考慮しないらしかった。
「必死だなぁ」
「まあ、あの見目に家柄、その上あれだけの才覚ですからね」
「…………」
各国の使者達が口を開く。
勿論、マグノリアの功績は各国に伝わっているのは言うまでもない。
そんな言葉を聞きながら、アーネストは唇を引き結んだ。
「出来れば我が国にお輿入れ頂ければありがたいのだが」
「それは、幾つもの国が思ってますでしょうなぁ」
「彼らが申込を許されれば、我が国が申込をする事も容易になるやもしれませんがな」
苦虫を噛み潰したようなセルヴェスの顔を見ては、各国の使者達からもそんな声があがり出す。
セルヴェスはマグノリアの婚姻について、だいぶ前から頭を悩ませていた。
自身の不思議な体験やら意識の問題やらで、マグノリアが婚姻について消極的な事は彼も知っている。
しかしだからこそ逆に、マグノリアの気持ちを慮って、一緒に過ごす人間が必要なのである。
マグノリアの心の荷物を、一緒に持ってくれるような。
いざという時に、マグノリアを護りきれる様な相手。
……マグノリアを任せられそうな人間がいる事はいるが、多分きっかけがなければ動く事が出来ないであろう。
急がなければ、道は重ならなくなるかもしれない。
加えて、砂漠の国の脅威は未だ未知数なのだ。
全員がセルヴェスの宣言はそれで終わりなのかと思っていたところに、爆弾発言が飛び出した。
「母アゼリアも行った大陸の古式ゆかしき作法にのっとり、婚姻選別の武闘会を開催する事とする!
開催は二年後、マグノリアが成人を迎える十一月」
「えっ!?」
マジ!? 思わずマグノリアが声をあげた。
そして会場中から、歓喜の声が沸きあがる。
婚姻選別の武闘会。
婚姻話が拗れたり、纏まらなさそうだったり……主には条件が良過ぎたり美し過ぎたりする令嬢を巡って、諍いや事件が起きないよう正々堂々と求婚者達が戦い、その婚姻を勝ち得るものである。
まあ、権力抗争の激化や戦争に発展しない為のセイフティルールのようなものだ。
過去に数名の姫を巡り、行われたという記録が残っている。
一番最近の事例が、数十年前に行われたアゼリア姫のそれで。
「国籍、身分、年齢は問わない。マグノリアを娶り護るだけのあらゆる能力……知力・気力・財力・腕力に自信のある者は誰でも参加可能だ。
しかし、あくまで婚姻はマグノリアの意思による事とする!」
歓喜とどよめきと、落胆の声があがる。
優勝者がマグノリアに『求婚出来る権利』を得る事になる。マグノリアが気に入れば結婚であって、必ずしも結婚出来るという訳ではない。
なんだか話を聞く限りでは、随分マグノリアに有利な話であるが。
そんなおかしな大会に出る人間はいるのであろうか?
そして何より、求婚者を決める武闘会って何なのだ?
マグノリアが訝しがっていると、会場中から歓声が上がった。
――コイツら、お祭り騒ぎのテンションで、ちゃんと話が聞こえてないんじゃないだろうか。
ていうか、こんなに盛り上がっていて、その優勝者と結婚しませんって言えるのだろうか……?
マグノリアはマグノリアで、セルヴェスが自分がマグノリアを護れなくなった後の事を危惧している事を知っている。
厄介事から護るため、色々と策を講じている事も。
何より、身も心も預けられる人間の存在の必要性と、それを知りながらも避けているマグノリアの頑なな心をどうにか出来ないものかと苦心している事も。
ヴァイオレットがキラキラと瞳を輝かせている。
ディーンとアーネスト、クロードを見比べては、何やら期待するような瞳で交互に見ている。
ディーンが心を決めたように口を開いた。
「……それは、どんな身分の者でも名乗りをあげる事が出来るのでしょうか?」
「勿論。それだけの力量があるのあらば、平民でも構わない」
セルヴェスの言葉に会場がどよめく。
高位貴族と平民の結婚なんて聞いた事がないからだ。
マグノリアに身分の貴賎はない。過去では平民として暮らしていたという事から、煩わしい社交をするよりも平民の方が良いとすら思うかもしれない。
アーネストがマグノリアに向き直ると、許しを乞う様に聞く。
「私が……ただのアーネスト・シャンメリーとなれば、受け入れていただけますか?」
「えっ!?」
マジっすか!?
国はどうするのだと聞きたいが、真剣過ぎる程の切なげな金色の瞳を見てしまい口をつぐんだ。
マジもマジ、大真面目に言っているのが伝わって来るから。
え、どうすんのこれ……困ったようにクロードとセルヴェスを見た。
『誰でも大丈夫なの? 本当に?』
「うむ!」
『じゃあ、僕も立候補しようかな♪』
「は?」
途端、眩い光が会場中に溢れ、強い風が巻きおこる。
会場中の人間が、驚きながらも目をきつく瞑り……やっとの事で目を開けば、殊更強い光が人の形となって行く。
ほのかに残る淡い光に包まれた中央には、絹糸のように滑らかな白い髪に濡れる様な黒い瞳の、とても優しい整った顔立ちの青年が佇んでいた。
神話に出てくるような裾の長い貫頭衣を着た青年。
微笑みを湛えた神々しいまでの表情が、マグノリアを愛おしそうに見つめている。
「……え、誰?」
『僕だよぅ、ラドリだよ☆』
「えーーーーーーーーーーっっ!?」
会場中が驚きの絶叫に揺れる。
驚くマグノリアの顔の先にギリギリまで顔をくっつけた。
「近っ!」
『ねぇ、僕にしとく? 僕ならマグノリアの全てを知っているよ。だって心が繋がっているからね! 護る事も愛でる事も、マグノリアが欲しいだけの財を与える事も出来るよ……?』
そう言って微笑むと。
まるで自然に、顔を近づけては頬に口付けた。
「なっ!」
マグノリアは驚いてたじろぐが、すぐさま鬼のような形相になると、ラドリの後頭部に思いっきりゲンコツを喰らわせる。
「ぐぉらぁっ! 公衆の面前で何してくれてんのよ!」
ゴチン。
大きな音が響き、不意をつかれた小鳥の青年……らしきものが黒い瞳に涙を浮かべながら頭を抱えた。
会場中の人間がこれまた呆気にとられては、ややあって微妙な表情をした。
『いった! ……ちょっと嘴でつついただけじゃん!』
「このエロ鳥! 今は嘴じゃなくて口でしょ、口!! つーか、いつもそんな邪な気持ちでつっついていやがったのか!」
『邪じゃないも~ん。大好きだもん!』
それは、人類的な……いや、生き物的な括りでの『好き』じゃないのか。
一体、目の前の鳥だった青年は何なのか。
「第一、あんた人じゃないでしょ!」
『ええぇ! そんなの差別だよぅ!』
何だかどんどん混迷を深めていく目の前の状況に、会場の人間が戸惑い、躊躇し、困惑する。
セルヴェスが心の中でため息をつきながら、締めくくった。
「以上を正式に国内外に向けて告示する。申込の期限はマグノリアが十八になるひと月前とし、大会の実施はマグノリアの十八の誕生日とする!」
会場のあちらこちらから、ため息と熱のこもった歓声とがあがった。
「尚、ハルティアは国として存続していない為、あくまでギルモア家としての開催である! ギルモアは国としてのハルティアの復権と建国を放棄する!」
再びどよめきが起こる。
通常なら、国の再建こそが亡国の夢である筈なのに。
「……ハルティアの血を引くが、あくまでアスカルド王国の護り手であるという訳か」
「勿体無い……短杖があるのならば、その正当性を主張出来るのに」
「誠に漢の中の漢よの」
「現実、小国を作っても運営は大変でしょうからな」
様々な声が上がる中、セルヴェスは手の中の短杖をぽんと放り投げた。
信じられない行動に人々があっけに取られていると、それはいつの間にか近くにいた給仕の手に収まる。
「次の管理者はお前だ」
セルヴェスがにやりと笑った。
面倒な事を……父であるセルヴェスになのか、祖母であるアゼリアへなのか。ジェラルドは頭の痛い事だと思ってはため息をついた。
その少し離れた場所で、身長の変わらなくなったラドリがクロードの肩に肘を乗せた。
『素直になった方がいいよ、クロード。意外に強敵だよ?』
ラドリはそう言って笑い、自分の存在を主張した。
更にはディーンとアーネストを順番に見遣って、クロードの顔を覗き込んで微笑んだ。




