知らない未来
冒険者な女の子は、ユリウスの隣で首を傾げた。
「……一体どうなってるの? ガーディニアは断罪されないの? あの変な頭のおっさんは誰??」
今までの一切合切を知らない人間には、全くもって理解不能な結末であろう。
沢山の人間の努力と不屈の闘志でもって作られた、新しい物語の結末だ。
「うーん。この世界の『みん恋』では、『ガーディニア』も『マグノリア』も悪役令嬢にはならなかったんだよ」
ついでにあの変な頭の筋肉なおっさんは、宰相の息子でアゼンダ辺境伯領の冒険者ギルド長だと伝えると、離れた場所に立つブライアンとヴィクターを交互に見比べた。
そして戸惑った顔で確認する。
「え。全然見えないけど、まさか兄弟なの……?」
「いやいや。『ジェラルド』は宰相にならなかったんだよ。前宰相がそのまま継続しているんだ」
全くの赤の他人であるし、なんだったらヴィクターはジェラルドの先輩である。
少女は眉間にしわを寄せて、口を尖らせた。
「……全く、全然わかんないんだけど……?」
「ですよねぇ~」
そう思いますと、ユリウスは苦笑いをして同意する。
全く別の物語だ。パチモンだから、パチ恋?
そんなしょうもない事を考えながら、アスカルド王国の面々を見遣る。
もうじき、さようならするこの場所。
「……君も、未来を変える為にここにいるの?」
今は魔法で違う姿になっている女の子に確認した。
モンテリオーナ聖国を出てもこれだけの魔法を使ってみせる転生者。
たぶん、国を捨てて来たのであろう少女に。
「うん。そう」
「どこか行く宛てはあるの?」
「ううん。元の世界には帰れないみたいだから、色々なところを回ってみようかと思っていて。取りあえず『みん恋』のラストを生で見ようと思って来たんだけど……」
ユリウスはしばし考えて、口を開いた。
「じゃあさ、行き先が決まるまでマリナーゼ帝国においでよ」
「マリナーゼ帝国って……あなた、やっぱりもしかしなくてもユリウス皇子!?」
「うん、そう」
女の子はマジマジと目の前の青年を見る。
流れるような銀髪に、小麦色の肌。エメラルドグリーンの優しそうに下がった瞳をみる。最後に吸い付かれそうなセクシーな口元を見て、ばっと飛び退いた。
「ケダモノ皇子……っ!!」
ケダモノ……
ユリウスはがっくりと頭を垂れた。
「……いやいや。僕の中身は安心安全、シャイで恥ずかしがり屋の日本人大学生だよ?」
決して精力全快満開な、何処でも誰でもところ構わず、少女から熟女まで美味しく頂いてしまう、あんな超絶絶倫尻軽皇子ではありませんよーーーっっ!!!!
そう心の中で叫んでおく。
……が、凄い字面で打ちひしがれた。
「日本人って、やっぱりあなたも転生者なの!? マグノリアはどうするの? 戦争は?」
「マグノリア嬢は、美味しいもの同盟の友人であって恋人じゃないし。戦争なんてしないよ、やっと平和が訪れたんだもの。世の中ラブ&ピースが一番でしょ?」
ユリウスは笑って続けた。
「僕もね、未来を変えようと抗っているんだ」
「へぇ……?」
「まずは、後宮をどうぶっ潰すか考えているところなんだよ」
「…………」
若干疑わしそうな目で見ると、何かを吟味するように女の子は考えて、ユリウスの言葉を咀嚼した。
******
ヴァイオレットとディーン、そしてマグノリアは、少し離れた場所で知らない人と話しているユリウスを見ていた。
「誰だろう?」
「見た事ない子だね?」
ごく変哲のないドレスを着ているが、随分親しげだ。
三人は瞳を瞬かせる。
「帝国の子を呼んだのかな?」
「もしや、婚約者とか!?」
盛り上がるヴァイオレットとディーンを尻目に、マグノリアは視線を感じて後ろを振り返った。
金髪の、光り輝くような美しい青年と一瞬目が合う。
「……モンテリオーナ聖国の、シリウス王子だ」
クロードがそっと耳打ちする。
魔法の国の『金の王子』
成績優秀、運動神経バツグン。誰にでも優しくて優秀な、素敵王太子。
「あれが……」
噂の。
つーか、めっちゃ腹黒だろ!!
ステキな作り笑顔だが、隠そうともしないのかスッケスケに透けてみえる。
ジェラルドと張り合う位に、超陰険そうである。
彼は従兄弟だというユリウスと、隣の少女を見つめていた。
「まあ、腹に一物も二物も抱え込んでいないと、大国の王は務まらないだろうからな」
セルヴェスの言葉に、マグノリアは思わずヴィクターを見た。
「大丈夫かなぁ……?」
「ああ見えて、現王と王子両方の代わりとして王太子教育と帝王学を学んでいる。いざという時は公爵家を継ぐ可能性もあるので、そちらの教育も詰めてあるそうだ」
「ただの変な格好をした、陽気な筋肉野郎じゃないんだ……」
マグノリアの言葉を聞いて、しょっぱい顔をしたセルヴェスとクロードがヴィクターを見た。
「……すっかり抜け落ちてるかもしれんな……」
「暫く王宮で詰められておけば、その内思い出すでしょう……多分」
そんなやり取りを見ていたコレットが、パンと小さく手を叩く。
「さあ、忙しくなるわよ!」
マグノリアとヴァイオレット、ディーンは再び瞳を瞬かせる。
「……え?」
「あら。私たちは次代の王の、腹心の側近になっちゃうじゃない?」
側近? 私達?
変な単語とともに、腕組したコレットが嫌になっちゃうわと言わんばかりにため息をつく。
「あの子、数十年振りに社交界復活なのよ? 元々引っ込み思案で、友達とか全然いないんだから!」
――引っ込み思案って言葉が聞こえて来たが。
まさか酒を飲んだら誰とでも仲良くなって、肩を組んでは歌を歌っているヴィクターの事を言っているんじゃないよね?
「友達……?」
「え、まさか妖精ちゃんは私達を友達だと思ってないの?」
ショックを受けたと言わんばかりの嘘くさい表情で、アイリスが嘆く。
黒い鉄扇で口元を隠すと、流し目でマグノリアを見遣った。
「あの子、泣いちゃうわよ?」
「友達です!」
被せ気味に言うと、ふたりは楽しそうに笑った。
そしてそのまま、にんまりとした微笑に変わる。
「うふふ。ヴィクターは適当にお浚いでもしておいて貰うとして。
まずは、ちゃんと家族を養えるよう、元王子様をヴィクター程度に叩き直さないとだわね……ついでにあのお嬢さんも。さぁて、どうすれば良いのかしらねぇ」
こ、これは……姐さんによる、王子(&マーガレット)矯正教育ブートキャンプが始まろうとしている……!?
逃げてー! と言いたいところだが、アーノルド王子は蟄居中である……南無三。
ブートキャンプが終わる頃には、一端の使える人間に調教……いや、矯正されていることだろう。
******
「いや、良いものを見せて頂いた。次代の国王夫妻は円満とみえる」
チョイ悪オヤジ代表とでもいう感じのユリウスの父が、セルヴェス達の近くにやって来た。
そうして、まじまじと舐める様にマグノリアを見る。
……身の危険を感じてディーンとクロードの後ろに隠れると、苦笑いをしながら顎ヒゲに手をやった。
「……聞きしに勝る美しさですな。どうです、ご令嬢。ユリウスの妃になりませんか?」
「なりません! 皇子も同意見です!!」
噛み付くようにマグノリアが言うと、喉を鳴らして楽しそうに笑った。
「ほう。たおやかな見目に反して大層勝気と見える……それでは私の閨へ侍るか? 啼かせ甲斐がありそうだ」
獲物を見るような表情に、ぞわわわっと全身鳥肌が立つ。
ひぃ~~~~~~っ!!
18禁! 18禁オヤジが来たぞぉぉぉーーーーーーっっ!!
マグノリアは、何とかしろという視線をユリウスに送ったが。
さっきから話し込んでいて、全くこちらを見ようとしないではないか。
あの野郎……!
心の中で口汚く罵っておく。
セルヴェスもマグノリアもやばい顔になりつつあるのを見て、アーネストが見かねて間に入った。
「皇帝、お戯れはその辺になさって下さい。ご存知かと思いますが、辺境伯は元ギルモア侯で、お孫様を非常に可愛がっておいでです」
冗談でも非常に気に障るので、皇帝といえ言葉を慎んだほうが良いと、やんわりと伝える。
「勿論存じておる。悪魔将軍にお目見えするとは思わなんだ。剣を持つ者の憧れですからな! 是非後程手合わせをお願いしたい」
「……老人ゆえ、手元が狂ってしまうやもしれぬ」
武を重んじるマリナーゼ帝国の皇帝は、かなりの手練れだという。
豪胆でカラリとした性格らしい皇帝は楽しそうに笑うと、中小国の王子の言葉を意に介す事もなくセルヴェスを見た。
大概の人間に負ける気がしないセルヴェスはセルヴェスで、マグノリアの意にそぐわない事をするならば皇帝であろうがぶっ刺すぞと臨戦態勢だ。
「……皇帝は何をしていらっしゃる? あちこちと恥と胤を播き散らかすようであれば、そう出来ないようにあなたの大切なモノを氷漬けに致しましょうか。それとも火炙りがよろしいか?」
絶対零度の声と極寒の表情で、モンテリオーナ聖国のシリウス王子が近づいて来た。
叔父と甥だというふたりは、正反対の表情で視線を合わせる。
シリウス王子が皇帝の大切らしいモノの場所を見定めると、魔法で手の平に、氷のトゲトゲのついた小型の棺桶の様なものを形作って行く。
「それよりも鋭い針で串刺しに……」
「わーーっ! こらこらこら!!」
止めろと言いながら腰を引いて、片手で皇帝のアイデンティティらしい何かをガードしながら怒鳴る。
……氷漬けや火炙りやら、挙句は串刺しされるのを想像したのか。軒並み男性陣の顔色が良くない気がするのは気のせいか。
「……叔父が大変失礼いたしました」
何でもない事のように皇帝を見遣ってそういうと、今度はシリウスがまじまじとマグノリアを見ては、何かを確認したらしく、安心したような鼻で笑うような、妙な表情をみせては頷いた。
マグノリアは思わず顔を顰める。
……全く持って感じの悪い血族である。
しかしシリウスは、全く持って意に介さずに周囲を見遣る。
「クロード卿はいらっしゃいますか?」
「私ですが」
クロードを見ると一瞬目を瞠り、考えるようにマグノリアを見た。
再び納得すると薄く笑って、なにやら紙を出しては訂正するように書き加えた。
「先日ご依頼いただいた結界の件、承りました。大規模な結界ですので販売には賛否両論ありましたが、確かに彼の国を考えれば必要な事でしょう」
「これは……」
沢山の数字が並んでいるが、丸が幾つか消されていた。
「新王太子の誕生と、ご婚約のお祝いもかねまして」
「ありがとうございます。これで大きく国民の安全が守られます」
見返りは何なのだろうかと、注意深く探るような視線で礼をいうクロードに、シリウスは微笑んで頷いた。
すると。
ざわざわという声と、ドヤドヤという足音が聞こえて来る。
人の波が割れると、複数の学院生らしい男の子達が、なにやら隊列をなしてやって来た。
何人もの令息……ざっと見積もって五十人位が、バッとマグノリアを取り囲んで一斉に跪く。
「かねてよりマグノリア嬢とご婚約間近と言われておりましたヴィクター様が、ガーディニア様とご婚約されますとの事。席が空いておりますならば、是非立候補をさせて頂きたく!」
「いいや。わたくしめに、是非ともその大役を!」
「お慕いしております!」
「マグノリア様ーーー!!」
「天使! 天使!!」
「な、なにこれ!」
前後左右、斜めからも愛の囁き(?)と言う名の圧力が投げかけられる。
それでもって、一部殊更おかしな奴がいるのは何故なのだろう。
マグノリアはたじたじで、瞳がイっちゃってるような血走ったような、取りあえずヤベェ集団から距離を取っては困惑の表情を浮かべた。
「あー! お前ら抜け駆けするな!!」
「俺も混ぜろぉ!」
「天使! 天使!!」
その数はどんどん増えて行く。
「……抑止力が無くなったからだな……」
「卒業式という事もあり、あわよくばという事もあるのだろうが」
「あわよくないから!」
セルヴェスとクロードの言葉に、投げつけるようにマグノリアが返す。
ディーンが焦ったような顔で周りを見渡し。
皇帝は楽しそうに、アーネストは困惑したように。シリウスは冷めた瞳で令息達を見遣る。
******
「……やはりこうなったか……」
少し離れたところで、給仕がため息をついたように言った。
もうひとりの給仕……ガイが変装して紛れ込んでいるのだが、近づいて話しかける。
「いいんすか、放っておいて……っていうか、何やってんすか?」
ジェラルド様。そう呼ばれた給仕は、マグノリアの父であるギルモア侯爵であった。
給仕に紛れ、卒業式に出席するというマグノリアがとんでもない事を引き起こさない・巻き込まれないよう、警護をしていたのである。
「宰相避けだよ」
「……はぁ」
例の事前会議に、危うくジェラルドも引きずり込まれそうになったのはお約束で。
マグノリアが来ると聞き、こうして目立たず会場に潜り込む為に変装していたのが功を奏したのだ。
「王も変わるんですし、いい加減替わってやったらいいんじゃないっすか?」
「まだまだやる事があるんだよ。それに、私よりもお誂え向きの人間がいるからね」
そう言って、ギルモアの眠れる獅子は静かに微笑んだ。
「……まあ、マグノリアの事は父上が何とかするだろう」
「はぁ……」
そう言ってふたりは、黒い虫のように溢れ出る求婚者達とそれを見てたじろぐマグノリア、そしてなにやら覚悟を決めたらしいセルヴェスを見遣る。
セルヴェスは懐に手を入れると、世界樹の短杖を取り出した。




