変装と潜入
卒業式は厳かに執り行われた。
……実際に事が起こるのは動きが比較的自由な卒業パーティーの方だと思うが、万が一と言うこともある。
以前、顔パスにしておいてくれると言っていたが、真に受けて良いものなのだろうか。
本当に話がついているのだろうかと思案していると、フォーレ先生が物陰からにこにこしては、おいでおいでをしていた。
一転、クロードの格好を見て顔をしかめた。
「わわっ! クロードってば騎士服で来たの!? ましてギルモア騎士団の騎士服じゃ目立っちゃうじゃん!」
「……別に俺は関係ないだろう?」
来賓の席には、コレットやアイリス達に混じってセルヴェスが座っている。
流石に卒業式に襲撃があると思いたくはないが、ふたりがいるならば然う然うおかしな事にはならないであろう。
裏手にはガイも潜り込ませてある。
自分はこっそり端の方でマグノリアの警護でもしていれば良いと思ったが、フォーレはため息をつきながら首を振った。
「ふたりには両親として潜入して貰うよ。なんせそれが一番自然だからね!」
両親? 誰が誰の?
そう思いながら顔を見合わせた。
「……無理があるだろう。俺はともかくマグノリアは十六だぞ」
そう。マグノリアの中身はともかく、顔はどちらかといえば歳よりも幼く見えるのだ。
卒業生より若い母親って、なんなのだ。
すると、少し考えてフォーレが口を開いた。
「……後妻?」
何、その設定。
思わずジト目で返すと、焦ったように言い繕う。
「大丈夫、大丈夫! どうせ遠目だし、親は自分の子どもしか見てないからね?」
それはそうだろうが。
「マグノリア様はあちらへ。クロードはそっちね!」
「おい、ちょっと待て……!」
そう言うとクロードを衝立の後ろ側に押し込んでいく。
ギャーギャー言う声は聞こえるものの、危険は感じない為、まあいいかと思っては先ほど指さされた扉を見た。
言われた扉を開ければ、アゼンダ領に合宿キャンプに来る先生(女性)が待ち構えているではないか。
「さぁ、マグノリア様! マダムに見えるように変装いたしますわよ!」
「……変装?」
「はい♪」
先生はニンマリと笑うと、ブラシと化粧品を両手に持って、早く座るようにと促した。
「せっかく綺麗に結われてますので、後ろの垂れ髪のみを大人っぽく纏めましょう?」
今朝方、タウンハウスでお世話になる侍女さんが、あーでもないこーでもないと言いながら楽しそうに結っていたハーフアップの髪。
先生はおろされたままの後ろ髪にブラシを通すと、丁寧に櫛梳って行く。
そして慣れた手つきで纏めると、今度はすっぴんの顔に白粉を叩き込み、濃い目の色合いの紅を乗せた。
「肌が白くてらっしゃるから、お粉は極々軽くたたきましょう。目元はまつ毛をカールさせて、口紅を差せば宜しいでしょう」
言いながら、まるでメイクさんの様にくるくると手が動いていく。
そして式典にふさわしい大人っぽいドレスに着替えさせられては、顔を隠すように帽子を被せられた。
「お顔を隠すのは勿体ないのですが、直ぐにバレてしまいますからねぇ。さ、出来ましたよ」
そう言うと、若干大人っぽい見た目になった鏡の中のマグノリアに笑いかける。
礼を言って外へ出れば、短くなった髪をオールバックにされ、礼服を着せられたクロードはむっすりとした顔で立っていた。
よく見れば、白いポケットチーフに紛れるように、ラドリがひょっこりと顔を出している。
「おお! フォーマルバージョンですね!」
右に左に回りこみながら観察すると、嫌そうな顔で睨まれた。
フォーレ先生に向かって、サムズアップする。
「いいっすね!」
「でしょ!」
先生はニッカリと笑ってサムズアップ返しをして来た。
しかし。
……なんだか、フォーレ先生は髪が乱れ服がボロくなって、頭に大きなたんこぶが見えるが……もしかしなくても拳骨をお見舞いされたのだろうか?
思わずふたりの顔を見比べる。
「潜り込む為のお手伝いをお願いしたのに……何かスミマセン?」
「まあ、想定内だから。クロードってば昔からツンデレだからさ……とにかく貸衣装がサイズが合って良かった! デカすぎてサイズがあるか不安だったんだ~」
フォーレはヘラヘラと笑いながら、マグノリアに参加状を差しだす。
「さ、これで中に入れますので」
「ありがとうございます」
「いえいえ。いつも親類縁者がお世話になっておりますからね。さ、急いで」
そう言うとウインクして手を振った。
憮然としたクロードが、腕を差し出す。
「?」
「……夫婦を演じるなら、腕を組むべきだろう」
「…………。了解です。失礼しま~す」
ちょっと考えて、そう言いながら腕を組むと、苦笑いされる。
「なんだそれは」
「笑っているほうが、より似合いますよ?」
笑いながら何気なしにそうマグノリアが言うと、クロードは小さく目を瞠ってからため息をついた。
「……勘違いをするから、そういう事を他の人間には余り言わないほうがいい」
「?」
クロードは再びため息をつきながら、東狼侯の影響が大きいのかとボヤく。
「まあ、ふたりが男性でなくて良かったというべきなのか。さ、いくぞ」
勝手にぼやいては勝手に切り上げたのだったが。
暫く黙って歩いていたが、一瞬考えるようなそぶりを見せると、急に小さな声でボソッと呟いた。
「……その格好も似合ってるな」
「え?」
思わず驚いて聞き返すと、悪戯っぽく笑う顔が瞳に飛び込んで来る。イケメンの蠱惑的な微笑み。
意識せずとも顔が赤くなって行くのを感じた。
…………本当は年下の癖に。
そういうの、反則だと思います!
受付の人にカードを渡すと、これまた合宿キャンプ組の先生が小さく笑って合図して来る。
クロードとマグノリアも視線で返事を返すが……しかし、安全に配慮し取り締まる側の教師がこんな事に手を貸して、果たして学院の安全は大丈夫なのだろうかと心配になる。
「たまたま、特別だと思うことにしよう……」
「そうですね……」
同じ事を考えていたらしいクロードが呆れきった表情で小さく囁くので、同意と返す。
会場入りし、来賓席のセルヴェス達の方を見て、無事潜入出来た事を視線で伝えると、三人はちょっと驚いたような表情をしながらも小さく頷いたのだった。
良く見ると、関係国の来賓も数名参加しているようで、卒業生であるユリウスの父であるマリナーゼ帝国皇帝。その隣にはイグニス国のアーネストが座っていた。
――イグニス国内は、多少は落ち着いたのだろうか。
国王が幼い為に、どうしても周囲が大変だと伝え聞く。
その他にも近隣国の使者や外務担当者らしき人物達が数名席に座っているのが確認出来た。
卒業生の席に座るユリウスとディーン、そしてアーノルド王子を確認した後、在校生として出席しているヴァイオレットとマーガレットも見遣る。
壇上では、在校生代表としてガーディニアが送辞を読み上げているところだった。
後期課程の白いジャケットに赤い髪が映える。きりりとした釣り目がちの蒼い瞳も相まって、凛とした美しさを醸し出していた。
この後、アーノルド王子が答辞を読み上げる事になっている。
本来は卒業生主席だったユリウスがその役目であったが、留学生という事で辞退をし。次席のディーンは男爵家という事で荷が重いと、これまた辞退をしたそうだ。
そして、通常通りに王家の人間が卒業生代表を務める事になったのである。
式は厳かかつ和やかに進んで行く。
何事もなく過ぎ、流れるようにパーティー会場へ移動となった。
学生達は礼服に着替えて、卒業式パーティーとなる。
日本で言えば謝恩会。アメリカン50’sならダンスパーティーだ。
この世界は言わずもがな、舞踏会である。
どこの世界でもきっと、一生の思い出となるのであろう。
思い思いの礼服に身を包んだ輝くような笑顔の生徒達が、友人や親戚、親。婚約者など、エスコート相手を連れて会場入りして来る。
時折、直前の告白を受ける事もあるらしく、仲間内で小さな歓声が上がっている固まりがあった。
ちょっとの浮ついた雰囲気と、開放感。明日から机を並べる事もなくなる淋しさ。
在校生にとっても卒業生にとっても、楽しいイベントであることはどの時代、どの世界でも変わらない様だ。
子ども達が着替えるその間、来賓と保護者達は歓談タイムとなる。
それとなくセルヴェス達の方へ近づいては、生徒達や会場の様子を見ていると、会場が大きくざわめいた。
アーノルド王子とマーガレットが、連れ立って会場入りしたからだ。
「……やっぱりね」
「……今回もお揃いなんだねぇ」
コレットが鉄扇を口元にあて呟く。
それを受け、アイリスがふたりの服装を見て眉を上げた。
デビュタントのように互いの色の刺繍どころの話ではない。
上等な萌黄色の布地にマーガレットはアーノルドの瞳の青銅色の刺繍が。アーノルドはマーガレットの髪の色である金糸で揃いの刺繍がなされていたのだった。
「……決意表明か」
クロードの言葉に、全員がため息をつく。
「交渉するなら穏便に、別の時にすれば良いのに……」
「裏でしたのでは間違いなく諭されるし、適当に握りつぶされるだろうからね」
……まあ、それはそうである。
きっと、全力で言い包めに来るであろう。
大変残念な事だが、王家の婚姻は当人達だけの問題で済まない事だからだ。
「絶対に周囲を逃がさない為の行動なんだろうね。頭の悪い行動だけど、そういう意味では賢いのかもね」
ダメージは途轍もなく大きいだろうが。
これだけの大勢の前で事を起こせば、もう無かった事には出来ないだろうし、取り返しはつかないだろう。
してはいけない事な筈でも、解かっていても。
どうしてかそうなってしまうもの。
「これも行動補正なんですかね……」
「……どうなんだろうな」
少し離れた場所で、ブライアンとルイがふたりを見守っているのが見える。
それがゲームと同じようでちょっと違う、彼らの立ち位置なのだろう。
無念とも言うべき表情。
説得に失敗したのだろう、唇を引き結んだブライアンを見る。
ルイは静かにふたりを見つめていた。
…………。
苦い気持ちで注目を集めるふたりを見ていると、何故かユリウス、ディーン、ヴァイオレットの三人が、こっそりと忍び足をするようなコントのような素振りで会場入りして来る。
マグノリア達全員が微妙な顔でその姿を追うが、会場の殆どの人間が気づかない。
「……ステルスモードだな……」
「なんで?」
首を捻っていると、セルヴェスが瞳を左右に茶色の瞳を揺らした。
「エスコート相手が居なかったんじゃないか?」
それにしたって。
「普通に入ってくれば良いのに」
「…………」
ふと見遣れば、マリナーゼ皇帝とアーネストが、キョトンとした表情で三人を見ている。
思わず、心の中で皇帝に謝っておく。
(……なんだか息子さんが変な風になってしまって……いや、元々なのかもしれないケド……なんか、どーもすみません!)
きっと、少なくとも転生したせいで人格が変化した事は否めないだろう。
ついでにヴァイオレットと関わったせいで、余計悪化したに違いないのだ。
見ず知らずのユリウスのお父さん、本当にスンマセン!
「……マグノリア、声に出てるぞ」
「え!? 出ちゃってた?」
全員が頷く。――すんまそん。
そして。
蒼い色のドレスを身に纏ったガーディニアが、自らの兄と共に入場して来たのを受けて会場が再びざわめいた。
水を打ったように静まる会場。
そんな中、しずしずと進むガーディニアがふたりの前で歩みを止めた。
じっと見つめ合う三人。
会場が、一気に緊張感に包まれた。




