夏休みの辺境伯家
「今年も、来ない……!」
マグノリアは拳を突き上げて喜びを露にする。
うおおぉ! パチパチパチパチ(心の効果音)。
全く令嬢らしくならないマグノリアを、苦笑いしながらセルヴェスとクロードは見遣った。
今更だが……ジェラルドには元々だと言ったが、男所帯ゆえこんな感じのご令嬢になってしまったのだろうかと、互いに相手……セルヴェスはクロードを、クロードはセルヴェスを見る。
いやいや。三つ子の魂百までだ。
その理論によるなら、出会った時点で十一回分以上(?)の魂への刻み込みがあるのである。
……ふたりには矯正不可能だったという事であろうというもの。
何はともあれ。
今年は卒業であり、その後は立太子の儀式もある。
アーノルド王子にとってもアスカルド王国にとっても、今年は大きい節目の年となるのだ。教育の仕上げや細かな打ち合わせに付随する行事に忙しいのだそうで、夏の旅行は執り行わないとの事であった。
その代わりという訳ではないが、ユリウスがいつものボロい旅装束を纏ってアゼンダにやって来た。
やはり、卒業後は帝国に帰るユリウスが、最後の夏休みは同じ転生者……実際はUターンして来たマグノリアが同じであるのかは審議が必要であるが……まあ、そんな転生者であるマグノリアやヴァイオレット達と、学院最後の夏を過ごしたいと思ったからである。
今後もう、帰国すればそう易々と会う事はないであろう。
事情を知るセルヴェスとクロードも、若き皇子の心情を思い諾と返したのである。
「……淋しくなるね」
「まぁ仕方ないよね。僕はそうそうこっちへ来れないだろうから、買い付けや旅行のついでにでも会いに来てよ」
ヴァイオレットがユリウスに淋しそうに言うと、ディーンも同意するように頷く。
ユリウスがそんなふたりを見ては、眉を八の字に下げて苦笑いをした。
「……っていうか、皇子は立太子とか大丈夫なの?」
「僕はもう立太子は終わってるんだよ。帰ってするのは、成人の儀位かなぁ」
「ほうほう」
必要以上にしんみりとしないようにか、マグノリアがしっかり者を装って確認する。
そして周囲の意識が他に向いたところで、ユリウスにこっそりと確認をした。
「……『ハレ×ハレ』については良く解らないけど……そっちはヒロインとか悪役令嬢とかは大丈夫なの?」
「……ああ、それね。いなくなったんだよね、ふたりとも」
「ん?」
――いなくなったって、どういうこと?
眉をぎゅっと寄せるマグノリアに、再び苦笑いをした。
「……多分なんだけど。うちのヒロインと悪役令嬢、転生者なんだよね……ゲームの内容を知っているのか、回避する為の協力要請に行ったら既にいなくってねぇ」
実際にはもっと複雑なのだが。
その辺を部外者であるマグノリアに詳しく話しても仕方がないであろう。
「……え、大丈夫なの?」
マグノリアの脳裏に、年老いて全員に逃げられては、独り淋しい最後を迎える独居老人になったユリウスの姿が浮かぶ。
知ってか知らずか、小さくため息をついたユリウスが半笑いをしていた。
「まぁ。ゲームのように犯罪スレスレっぽい事になる位なら、別の人生を謳歌してくれている方が良いよね」
「……犯罪スレスレ……」
……怖い。
恐ろし過ぎる『ハーレム×ハーレム』……そしてマリナーゼ帝国。
R18はめっちゃハードであるらしく、マグノリアは心の中で震えた。
……『プレ恋』も充分ハードであると思うのだが、回避出来た今、それは過去の事である。
「まぁ、とにかくゆっくりして行きなよ……うな丼あるからさ」
「うな丼!!」
ユリウスはミントグリーンの瞳を血走らせると、マグノリアに迫力のある顔面をずいーーっと寄せた。
「……お、おぅ。好きなだけ食べなよ。ついでに帰る時には弾け麦も持って行きな?」
「ありがとう、心の友よ!」
「……どこの漫画の暴君なのよ……」
呆れているところに、ダフニー夫人と旦那様がやって来た。
辺りを見回しては、いたく感心した声を発した。
「まあ、もの凄い盛況ですのねぇ!」
「ダフニー夫人! ルボワール様も。どうぞお好きなものをお好きなだけ召し上がって、楽しんで行ってくださいね!」
人件費と労力はともかく、元々の食材はほぼ無料である。
日々の協力に感謝しつつ、存分に食べて飲んで楽しんで欲しい。
今日は学校を自由開放にして、普段は出入りしない領民にも開放している。
更には先日食べきれなかったウナギを、学校に簡易プールを作って綺麗な水に泳がせてある。
そこへ小さな子ども達が入っては、うなぎすくいをしてはきゃいきゃいと歓声が上がっていた。
その中には、マグノリア特製のスイカビキニを着たエリカも混ざっており、緑と黒のしましまのかぼちゃパンツをはいたおしりが揺れている。
真剣な顔でウナギを掴もうと、何度も水の中に手を入れてはにゅるんと逃げられる……を繰り返していた。
リリーもニコニコ顔で見守っている。
「……めっちゃ可愛いね、エリカ」
「でしょうでしょう!?」
はしゃぐヴァイオレットとマグノリアを尻目に、破廉恥過ぎる格好ではないのかとクロードと不憫な護衛騎士はジト目で見つめている。
「こうやるといいぞ!」
むんっ!
セルヴェスは素早く、それこそプールに穴を開ける勢いで手を突っ込むと、ウナギを数匹束で掴んで引き上げる。誰も真似出来ないであろう。
周囲の子ども達が歓心に声を上げると、その隣ではガイも素早く両手を突っ込んでは、指と指の間に一匹ずつウナギを挟みこんで引き上げ、ニンマリした。
……そんなん、誰も出来ないだろうに……
子ども達には拍手喝采であったが。
騎士団とアゼンダ商会のみんなが次々に捌いては焼き、希望者へと配っている。
「いらっしゃーい! ワイバーンもあるよ~♪」
「串焼きにフライ、スライスもあるよ!」
その隣では、ワイバーンの巣を見つけたらしいヴィクターと冒険者によるワイバーンの丸焼きが、じゅうじゅうといい香りを漂わせており……ちゃっかりと夏合宿と銘打って学校内でキャンプをしている王立学院の教師達が、うな丼を頬張りながらワイバーンの丸焼きの列に並んでいるのが見えた。
ラドリはフォーレ校長の肩の上にとまっては、脇から高速で、うな丼と焼きワイバーンのスライスを啄ばんでいた。
ユリウスは、皇子様はどこへ行ったのかという様相でうな丼をかっ込んでおり、前世ではちょっとウナギが苦手だったらしいヴァイオレットが、ワイバーンの串焼きをかじっている。
「……今度は大型のエビの大群が来たら良いのに……」
ディーンがうな丼をもっちゃもっちゃと頬張りながら言う。
確かに伊勢海老もオマールエビも美味しそうではあるが、ギイギイ鳴きながら海や浜を大挙する大型のエビはちょっと怖いかもしれないなぁと想像した。
「私はサーモン! 山盛りのイクラ丼が食べたいかも……なんて。ないよね?」
「……あるよ」
「えっ、あるの!?」
マグノリアは某TVドラマのマスター風にそう言うと、すかさずルビーの様に光り輝くイクラ丼をヴァイオレットに差し出す。
……無言でユリウスとディーンの手も差し出された。
学校内はまだまだ賑やかである。
セルヴェスと学生による楽器が演奏され、そこかしこで思い思いにダンスをする人たちの笑い声が響いた。
夕暮れが広がっていく中キャンプファイヤーが焚かれ始め、パチパチと薪の爆ぜる音が聞こえて来る。
交代で食事をとる者の中に、パウルとダン、総務部門長のエリックの姿が見えた。
見回りなのか、ドミニクさんの姿も見える。
列には手芸部隊の婆ちゃんやダリア、ピアニーが。そしてその子ども達の姿も見える。すくすくと育っている姿に、マグノリアは朱鷺色の瞳を細めた。
「卒業式にはマグノリアも来るの?」
ヴァイオレットが何気なく、だけどもどこか気遣わしげに聞いてきた。
本来は、マグノリアも在校生としてその場にいたのだ。
「そうだね。皇子とディーンの卒業でもあるし、見たいとは思うけど……親戚でもないしねぇ」
色々な噂が聞こえて来るアーノルド王子とマーガレットの行方を、出来ることなら見届けなくてはいけないであろう。
また、ガーディニアがピンチに陥った場合は助け舟を出してあげたい。
卒業式は在校生と両親や極近しい親戚、婚約者などのみの参加である。
来賓枠もあるが、セルヴェスとクロードならともかく、未成年であるマグノリアにその役は回って来ない。
実際に何か起こるとするならば、式の後のパーティーの方の可能性が高いであろうが。
残念な事にそちらの参加者も式と同じである。
さて、どうやって潜り込むか。
そう考えていると、緑の髪のフォーレが細い腕で薄い胸を叩いた。
強すぎたのか、思わず咳き込んでいるが……
「……大丈夫、顔パスにしておきますよ!」
特権階級の旨味という奴だろう。ズルとも言うが。
とはいえ、そんなところでグズグズしていて間に合わないような事態になってもよろしくない訳で。ここは低姿勢で特別扱いを甘受しておくとしようではないか。
「宜しくお願い致します」
こうして、予定通り(?)マグノリアも『みん恋』最後のイベントであり、ラストを飾るメインヒーローの卒業式に参加する事になったのである。




