王妃のあれこれ
マグノリアは改めて貴族名鑑を捲っていた。
幾つか確認したい事があり過去のそれを引っ張り出してみれば、何と宰相さんことブリストル公爵は、前王の弟であった。
――――王弟。
ガチモンの王族である。
嘘だろ? である。
現王(甥だ)と似ても似つかない顔であった為、そんなに近しい親戚だとは思わなかったではないか。
興味を持って前王の顔(肖像画)を確認してみれば、イケメンとは言えないまでも、彼の宰相殿とは兄弟と思えない顔立ちであったのだ。
異母兄弟……?
失礼ながらそう思い歴史書を辿れば、どっこい、同腹の兄弟であったのである。
肖像画に忖度が働いているのかと思ったが、ブリストル公爵の顔もセルヴェスの顔も、数名のお偉いさんの顔も忖度は働いていなかったではないか……!
ヴィクターの兄であるブリストル家の嫡男、次期ブリストル公爵はといえば。
親父さんと同じ厳つい狸が鎮座しており、十代で時が止まったままのゆるふわ男子であるヴィクターとの対比が酷い事になっていた。ちなみに、奥様は穏やかな狸であった。
――遺伝子の不思議である。
まあ、ヴィクターはこの肖像画の数年後、更なる遺伝子の変化が起こったのか(?)、本人なのに全く別人というレベルの変革が起こるのだが……狸ではなく、ゴリラに進化したのだった。
ついでに王妃を探してみれば、ブリストル公爵家とは対立派閥の旗頭である公爵家のご令嬢であった。
どちらか一方に力が集中しないよう、バランスの良い人事がなされる事はよくある事だ。
……婚姻が人事かは、ちょっと議論が必要であるが……筆頭公爵家であるブリストル家の当主(入り婿だけど)が宰相をしているので、もう一方の派閥の人間を王妃にというのはありそうな話である。
ここでブリストル家が王妃も用意すればブリストル天下となるのであろうが……しようとしたが出来なかったのか、あえてしなかったのかは不明だ。
「う~ん……」
古い貴族名鑑を閉じたり開いたりしているマグノリアを、リリーとガイは不思議そうに眺めていた。
「どうしたっすか? 眉間がクロード様みたいになってるっすよ!」
とんでもない事を言われ、マグノリアは急いで眉間を伸ばす。
リリーが苦笑いしながら、ひと休みなさいませと言って、ミントティを滑り込ませる。
「いや、生命の神秘に感心をね……」
「はぁ?」
宰相さんのDNAについて疑問はあるものの、それは置いておいて。
マグノリアはスッキリとしたお茶を口に含むと、清涼感のある香りと味を楽しんだ。
そして、いたく真面目な顔をすると、確信を持ったようにゆっくりと口を開いたのだった。
「……じゃなくて、王妃様の背後ってどうなっているのかなって」
だって、大国の王妃である。
公爵(元)令嬢である。大きな派閥の旗頭のお家柄である。
陰謀と策略が渦巻く王宮を舞台に、ヤバい感じのヤバい事が、ヤバい位にヤバみな筈であろうというもの。
思わず何が飛び出すかと、リリーとふたりでゴクリと喉を鳴らすが……アホ面をしたガイに首を捻られた。
「……はぁ……?」
「…………」
「…………」
……あれ、違う?
思わずリリーとふたり、顔を見合わせた。
ガチャリと扉が開く音に顔を向けると、エリカを片手で抱き上げたクロードが入って来る。きゃいきゃいと喜んでいるエリカに比べ、なんだかげんなりしているではないか。
エリカの手の中で、振り回されたらしいラドリも、げんなり……いや、ぐったりしていた。
「鍛錬から帰って来たら、お庭番と遊んでいたエリカに捕まってな……」
「申し訳ございません、クロード様!」
リリーが逆毛だった猫のようになってそう言うと、クロードは苦笑いをして右手を振った。
「いや、大丈夫だ。……さ、エリカ。母上がいたぞ?」
抱っこされたエリカにリリーのところに行くように促すと、全員の顔を見渡してはしぶしぶと床に降り立ち……とことことガイの元に歩み寄った。
「がぁい!」
「……おや、今度はあっしをご指名っすか? じゃあ、ラドリさんは放してあげやしょう?」
「……らどい」
ちょっと考えては、ラドリをペッとすると、ガイに肩車をされて庭へと戻って行ったのである。
ペッとされたラドリはひらひらと風にあおられながら、クロードの手のひらに落ちてきた。
『……シンドイ……』
心底疲れきった様な、小さく掠れた声が聞こえて来た。
パワフルな幼児に文字通り振り回されて、ぐったりした小鳥である。
三人は顔を見合わせた。
……ちなみに、丈夫で図太いので、お菓子でも食べさせておけば復活するので心配無用である。だってUMAですから。繊細な小鳥の姿は間違いなく仮の姿なのだ。
*****
執務室へ行くとセルヴェスも戻って来たところであった。
丁度良いので、王妃の背後その他について話を聞く事に決めたマグノリアがソファに座る。
空気を察してか、リリーとセバスチャンはお茶を淹れると静かに部屋を出て行った。
「……その後、砂漠の国については何か解ったのでしょうか?」
「アスカルドで警戒を強めている事が伝わっているようで、向こうも警戒しているようだな」
動きが以前に比べてかなり慎重に、そして鈍化しているとの事であった。
セルヴェスの言葉に頷きながら、クロードが続ける。
「……イグニス国の第二王子との関係や、一連の騒ぎが各国に知れ、他の国でも警戒が強まっている。……砂漠の国と表立って名前を出しても武器はおろか船を買う事すら難しいだろう。協力国がない限り以前のような活動は出来ない。暫くは膠着状態が続く筈だ」
利益を得ようと悪いものと手を組む者は案外多いものだが。
とはいえ、国家が転覆しかねない位の凄惨な事件を引き起こしたのだ。おいそれと協力を買って出ようという国も、今しばらくは出て来ないであろうとの事だ。
「この機会を逆手に宥和政策をとり、食品や生活物資等を援助して、向こうの穏健派を取り込む計画もあるようだ」
「……警戒して動きが鈍い内に、毒物の対応を急いだ方がよいですね」
「うむ。理由を話してモンテリオーナ聖国に技術協力を願い出た方が早いかもしれんな」
セルヴェスの言葉にクロードも頷いたところで、マグノリアは懸念を口にした。
「……その。余り大きな声では言えないのですが」
「どうした? 何か懸念があるのか?」
不敬は承知の上ですが……といって、思い浮かんだ考えを口にした。
「王妃様の背後というか、主力勢力などに妙な動きなどはないのでしょうか?」
セルヴェスとクロードが瞳を瞬かせては、顔を見合わせた。
「王妃様の背後?」
「主力勢力?」
まずは公爵家という事で、玉石混交様々な人が接触して来る事であろう。付き合いもある筈だ。
彼女の行動の多くには、家その他の意向などもあるであろう。
家重視の世界ゆえ、そちらを汲んだ動きを求められる事も多い筈で……
逆にセルヴェスとクロードは背後に意向と聞いた途端、いつでもかしましく、ダンスだドレスだやれ宝石だと騒いでいるお取り巻きのご婦人方を思い出していた。
王妃のお取り巻きであり、友人であり、王妃に新しい遊びを提案・計画する人々であり、時に入れ知恵する……そして何かあった時には一斉に噴出・口撃(間違いではない。口で攻撃する)してくる勢力。
「王妃ともなれば大きな力や決定権などをお持ちだと思うのです」
――何だかんだで、王妃にまで上り詰めたお方である。
何を考えているのか解らない態度といい、自分の考えをどこまでも押し通す図太さといい。
「あのおかしな態度はフェイクではないのでしょうか?」
ズババン!!
効果音とマグノリアの真面目なドアップが核心に迫る。
何せ、王宮の女性のトップである。
あんなピントのズレた事では、魑魅魍魎の跋扈する王宮を長年君臨する事など出来ないであろう。
あの不思議具合は演技であり、表の顔であり、偽りの姿ではないのか?
……王宮はだいぶ清浄化が進んだとはいえ、汚職や賄賂が蔓延っており、裏の人間と繋がる者もいたという。
かつてはかなり不味いものや、予想を超える大規模な粛清・取締りがあったとも聞く。
大きな権力をバックに、利権や富を手にしたり……したのではないだろうか?
今回の人身売買の一連についても、何かを知っているのではないだろうか?
裏の人間が行ったとはいえ、あまりにもあっさりと事に及んでいないか? たまたま?
そもそも何故か、選ばれたようにすら感じれるヴェルヴェーヌ……女官長は?
――まるで、総てが整えられたように進んではいなかったか?
「そう考えると辻褄が合うと思うのです……!」
「…………」
「…………」
取りあえず黙って聞いていたセルヴェスとクロードだが、微妙な表情でマグノリアに向き合った。
「……そう考えたくなるのも解るが」
「あのお方はそんな事はしないぞ」
「……へっ?」
ふたりは、不敬って何だっけ? と言わんばかりの言葉を並べて行く。
……まあ、家族だけのオフレコの事。身内の会話である。
「その位策略好きであれば、王妃として大成もしようがなぁ」
「血なまぐさい事も面倒な事も、難しい事も嫌いなお方なんだ。驚く位に」
過去に、実はそういう勢力が寄って行った事もあるのだそうだが。あまりのピントのずれた会話に、操るどころか下手に関わったらどこにどうバラされるか解ったモンではないと思われて、最終的には向こうから引っ込んで行ったらしい。
「……え? え?」
「彼のお方の頭の中には、綺麗なものと楽しいもの、美しいものと愉快なもの、そして美味しいもので埋め尽くされている」
…………。
……そんな事ある?
「今よりも古い時代、女性は貞淑さと素直さが求められた」
「……確かにいつの時代でも傑出した女性という者はいるが、一般的には頭の良さよりも気立ての良さが重要視されたのだ」
女性蔑視の様でもあるが、それは地球でも同じである。
……ここまでお花畑が求められるのかは別として。
国の立て直しが最優先な時代、政治に変に口を出してくるよりも、帰って来た夫に癒しを与える存在の方が好まれたのだろう。
政治は男の仕事。
そんな時代錯誤な考えの元、当時の王家としては女性の賢さよりも、可愛らしい女性がよしとされたのであろう。
一緒に統治するでも歩むでもなく、どちらかと言えば楚々とついて来て欲しいという事なのか。
男性上位かつ封建的な考え方に、ちょっとがっかりだなとマグノリアは思う。
「そんなんで大丈夫なんですか……?」
「マグノリアが考える通り、確かに国内勢力の均衡化を狙った婚姻であったのは確かだが」
「どちらかといえば現王の気持ちを汲んでの婚姻だ」
……と、いう事はつまり。
「大恋愛結婚だ」
「…………」
なるほど。それで妻と子どもにあんなに甘いのか……
「それに、腐っても公爵家の令嬢だ。高位貴族としての立ち居振る舞いに教養はしっかり身につけている」
……というよりも、誰よりも美しくそれらをこなすのがエレガントである(と、本人は考えている)為、その辺の学習に余念がなかったらしい。
ガーディニアに負けず劣らずの立ち居振る舞いの美しさなのである。
更にはウィステリアと同じ様に社交大好きである為、その手の采配も大好きなのだそうだ。外国の方々と話すのも大好きな為、数ヶ国語を話せるそうである……
「なので、そちらに時間を割けなくなる為、面倒で危険が伴うようなものにははじめから手を出さないし、万一それを隠して近づいても、話がかみ合わない」
「……逆に、一件に王妃様が関わってくれていたなら、もっと早くに露見して解決していたであろうよ」
なんと。
王妃様はホンマもんの不思議ちゃんだったのであった。
ガイがアホ面をする訳である……
「じゃあ、お家は?」
「公爵家はもの物凄い金持ちなのだ。そんな面倒な事をしてあくせく稼ごうなんて思っていないだろう」
「…………」
朱鷺色の瞳をぱちぱちとするマグノリアに、クロードはため息をついた。
「……陰謀活劇の読みすぎだ。そんな物語のような事はそうそう転がってはいない」
「……はぁ」
『王妃、不思議ちゃん☆』
だらりとお腹をむき出しで横たわっているラドリが、止めを刺すように言い切った。
セルヴェスがコクコクと頷いては、何だか執務室に疲れた空気が漂ったのである……
『アホ~、アホ~!』
ハヤブサと飛び交う鴉が数羽、揃いも揃って合唱するかの如く鳴いて飛んで行ったのだった……
*****
そんな頃。
王宮では王妃がマーガレットを初めて招いて、お茶会をしてる真っ最中であった。
息子の想い人はどんな人なのかと思い呼んでみた訳だが……
緊張気味に対応するマーガレットは、一生懸命に王妃の話を聞いていた。
お手々はグーで、顎の脇が定位置である。
……何だか、年中同じところで話がぐるぐるしたり、お互い思っている事が上手く伝わらなかったり……なんだか迷走気味なお茶会と相成った。
他の人だとこう、王妃の言いたい事を察してくれて(適当……良しなに対応するとも言う)話が進むのに、まっすぐで一生懸命なマーガレットが真に受けては額面通りに答えたり対応する為、何だか途中で良く解らない感じに取っ散らかって行っているのである。
(なぜかしら……ガーディニアだと話がちゃんと進んで行くのに……?)
思わず王妃は首を傾げる。
マーガレットはマーガレットで、良く解らない王妃様の話を一生懸命に考えながら、高貴な方はこんななのだろうかと、やはり首を傾げたのだった。
……天然と天然は、見ていて歯がゆいものだなと女官と侍女達は思ったのである。




