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事案(?)な家族

 ロサがお休みの時や休憩の時などに、シフト制(?)で普段は屋敷の別の部署で仕事をしている、デイジーとライラという侍女が交替でついてくれることが多い。


 デイジーは平民の裕福な商家のお嬢さんで十七歳。

 ライラは子爵家のご令嬢で十八歳だそうだ。


 豪商の娘や低位貴族の子女が、身分の高い家門の侍女になり、行儀見習いを受けたとして嫁ぐ時の箔付けにするらしい。


 なるほど。ありそうである。


 二人とも十代の娘さんらしく、朗らかだ。

 沢山の愛情を受けて育った彼女たちには裏表がない。

 侯爵家として充分吟味された人柄、高い能力ではあるけれど、ある意味人生の綺麗なところしか知らない、善良で愛らしい真っ新なお嬢様たちだ。


 二十一世紀の日本で、情報にもそれなりの現実にもまみれた……中身アラサーの、無垢な美幼女の皮を被ったオバはんが頑張って作ったキラキラした瞳(※当社比)で質問すると、「好奇心旺盛なのですね」と言って、微笑ましそうに色々と教えてくれる。


 有難い。

 やっぱ女の子は素直が一番だよね! オバちゃんそう思う!!

 オバちゃんのすさんだ気持ちが、可愛い女の子たちの笑顔で洗われるようだよ!

 ホクホクしながら情報を搾取……いや、徴収する。




 デイジーには、平民の生活や仕事の種類、平民女性の色々、街の様子やしきたりやら何やらかを教えてもらっている。


 平民の人たちは、基本小さい頃(十歳前後)に本格的に見習いとして就職するらしく。

 十五・六歳で職人等としてある程度の仕事を任されるようになったり、結婚したり……と。まあ、大人とみなされるらしい。


 法律的には平民も貴族も十八歳で成人らしいが、そこは年齢縛りの罰則とかがある訳でもなく。別段強い拘束力は無いそうで、結婚も飲酒も、特に年齢に関係は無いらしかった。


 十五か……。

 盗んだバイクで(馬か?)走り出すお年頃に、一人前にカウントとは。


 いやはや。人生早いなぁ。生き急いでいるなぁと遠い目をする。


 三十過ぎても、定職には就いてるけど(多分)結婚もせず(確か)、割に自由にフラフラしていた……ような?

 三十代も半ばで結婚するどころか、それ以上の人たちも増えた前世日本時代。

 マグノリアが特別行き遅れという訳でもなければ、入籍はせず事実婚を選択する人、はたまた生涯独身を貫くことすらも特別という訳でもなかった時代だ。

 生活スタイルも婚姻も、多様性の時代。


 そりゃあ、圧倒的にある程度の年齢で結婚するのは大多数ではあったけれど。


 だからマグノリアも、全然焦ってもおらず、仕事に趣味に、それなりに人生を楽しんでいたのだ。確か。


 しかしここに来て、過去のツケを一気に清算させられる勢いなんだろうか……。

 ため息しか出ない。




 ライラには貴族女性の生活や常識なんかを根掘り葉掘り聞いた。

 必要となる教育や教養の範囲等々。


 彼女は音楽が好きということなので、得意の声楽を披露してもらいながら、簡単な楽譜の読み方なども教わる。


 地球のそれと大きく変わらないようでほっとするが、果たしてこの世界の楽器が弾けるかどうかは疑問である。


 ……一番得意だった(=練習した)楽器はリコーダーである。小学校ではソプラノリコーダーを。それ以降はちょっと大きいアルトリコーダーを。

 小学校の鼓笛隊で何度も練習させられた校歌も。ノスタルジックな『コンドルは飛んで行く』も、コミカルな『茶色の小瓶』も。

 『アマリリス』だって『こきりこ節』だって、今でも指が覚えている。

  

 ……この世界にリコーダーはあるだろうか?

 あったとして、一般的にお嬢様が教養として披露が可能な楽器だろうか……?


 地球では、演奏家として凄い人達は沢山居たと思うし、子供の頃大好きだった某教育番組のオープニング曲を奏でるグループの方々もいて、マグノリアは大好きだったのだけど。


 でも、お嬢様の得意な楽器には、あまり出てこないような気がするのだ。

 フルートだとお嬢様っぽいけど。


 (……こんなことなら、お母さんに言われた時、楽器を習っておけばよかった……。)


 遠い日本で身体を動かすのが好きだったマグノリアは、ピアノか水泳と言われ、迷わず水泳を取ったのだった。

 ううぅ……、芸は身を助けるとはよく言ったものだ。

 演奏とか……歌も上手くないし。無理ゲー過ぎる(泣)。


 そして。成人は先出の通り十八歳というものの、それ以前に結婚するのも平民と同じく全然アリなそうで。家の都合でだいぶ早くにお輿入れ、なんてことも多々あるらしい。


 法律なら、もう少し権限強めでお願いしたかった。何のための法律!



 貴族の娘が行儀見習いとして以外に働くことは少なく、「学院卒業と同時に結婚」か、「卒業後行儀見習いをして結婚(ライラがこれ)」「学院に行かず家で教育を施され結婚」のどれからしい。

 ごく稀に「修道院で教育され結婚」=家に見放されたか隠された存在か、理由があって天涯孤独か……つまり瑕疵持ちとして認識される、もあるらしい。


 例外は、学院で好成績を修めた人が、女官として試験を受けて王宮に召し上げられるか、縁故で王宮の女官や侍女になって、自分の家格よりも格上のより良い結婚相手を探したり……なんてことぐらいであるらしい。


 ……すんごい、結婚がついて回る世界だ。


 女性の自立なんてことがかなり難しい世界なら、仕方ないのだろう。国や時代、それぞれで考え方も常識も違うのは、地球だって同じことだ。


 まかり間違って、トンズラする力を付ける前に嫁に出されてしまったら。

 十代(……まさか、それに満たない年(一桁)で放り出されるとは思いたくない。この世界が許しても、マグノリアの中では犯罪である)で貴族の嫁姑戦争に狩り出されたり、ロリコン爺のお嫁さんとか……恐怖以外の何ものでもない。

 イヤ過ぎる(涙目)。



 ロサには両親に恥をかかせないため、行儀やマナーを覚えたいと伝え、初歩的なものを学んでいる。


 ……何というか。色々質問すると違和感を覚えるらしく、怪訝そうな態度を取られることが続いた。元々のマグノリアは大人しく、ぽわぽわした系の子供だったらしい。


 確かに、ぼーっとしていたたちらしく、記憶が朧げで穴だらけで、如何ともしがたい。


 多分一番お世話をしてくれている人だからだろう、日本人の記憶が表面化したことで、元のマグノリアと様子が違って見えるのだと思う。何か言いたげに見つめられたり、渋られたり、質問の意味や理由を確認されることが多くて、彼女に質問することは止めることにしたのだ。


 ボロを出さないためには、出てしまうであろうことから遠ざかる方が良い。

 どうせなら必要な別のことに置き換えて、効率化――面倒の回避と時間の短縮に努めた方が良い。


 本来、突っ込んだ内容は家庭教師に教わることが多いらしいが、初歩は乳母や侍女頭などの、家や教える子に深く携わる者が教えることがあるらしかった。

 軒並み積みあがっていく、養育費という名の生活費を返せと言われるようなことがあった場合、負債はなるべく少ない方が良い。


 長いこと侯爵家に勤めるロサなら、その辺りはバッチリなハズだ。多分。

 訝しがる様子に、『お家の為に~、お父様の為に~、お母様の為に~』をくり返して、彼女が納得し易い理由を提示する。


 元々は移領した祖母(父の母親)の侍女だったらしいが、移領の際に慣れたベテランの使用人が何人かこちらに残ったらしい。本人の事情だったり、新しい当主夫妻のサポートをするためだろう。

 なので、当主家族の名称を出して迷惑を掛けたくないからと言えば、安心するらしく笑顔を見せる。


 ――本来、子に教育を施すことは家を盛り立てる上で大切なことであると思うけどね。それが男子でも、たとえ女子でも。

 ……子供、ましてや女子なんて。父親の持ち物的な社会であろうこの世界は、モラハラ対応気味に考えておいた方が心と懐の傷が浅かろうと思うのだ。


 折角お姫様並みの境遇に生まれ変わりながら、何とも世知辛いことである。

 ここ一か月はため息ばかりが出てしまい、良くないと思うが……それも仕方ないと思うのだ。

 

 (私、悪くない!)



*****


 そして時折、兄を呼んでおやつを食べながら、小さなお茶会ごっこをする。


 今まで行き来の無かった兄妹が交流を持つのも不思議がられたので、マナーの練習をしたいからお兄さまに教えてほしいと兄を煽て、周りの侍女たちを納得させる。

 お茶とお菓子を提供しながら、自慢話やマウンティングを聞き流す。


 同時に彼のマナーを観察したり学んでいる勉強の話などを聞き出す。ケツの穴の小さ……子供らしい兄の懐柔と情報収集である。


 二年程前から本格的に勉強を始めたらしく、教科書を見せてもらったが、並んでいるのはアルファベットに似た文字と、ギリシャ文字のようなものだった。

 数字もほぼローマ数字。そして十進法。


 ――――妙な引っ掛かりを覚えつつ、苦労なく覚えられそうではあると小さく頷いた。


 兄はあまり勉強は得意ではないようで、剣やダンスといった身体を動かすものの方が好きだと言う。解る。日本でも体育が好きな男子は多かった。

 九歳なのにたどたどしい筆あとを見て、後継よ大丈夫か!? と思わず不安になるが……ギルモア家は武人として代々王家に仕える家門らしく、文官をしている父が珍しいのだそうだ。


 それにしてもこれは……と思いながら。昔の識字率の遍歴、確か日本の寺子屋制度との比較だったか……歴史の授業で掠った朧げな諸外国の数値を思い出し、もし地球と同じような生活・文化水準を経ているならば、もしや海外(?)の九歳児とはこんなものなのかも? と無理やり納得をする。

 同時に、普段使う文字や計算などは商人である平民や、使用人である屋敷に仕える低位貴族の方が強いのかもしれないとマグノリアは思った。


 とにかく、文字を覚えなければならない。

 デイジーとライラに「これは何というの?」「どう書くの?」と聞きながら、身の回りの単語を覚えていく。

 周りに聞くだけでは欲しい情報を充分に仕入れられないから、出来る範囲自主学習出来る状態にしたい。


 武家の家門との事で、どのくらい収穫があるかわからないけど、貴族の館なんだから自国の歴史書ぐらいはあるだろう。

 脳筋一族とは言え、トレーニングルームもとい練習場だけではなく、図書室ぐらいあってほしい……そうじゃないと、マグノリアが自力で学ぶという計画の大半が大きく狂ってしまう。

 

 ロサと一緒の時はひたすら覚えた単語を頭の中で繰り返し、定着させていく。目を盗んで指で文字を繰り返し綴る。


 数学は四則演算と簡単な図形など、多分地球でいう『算数』の範囲が出来れば大丈夫なのではないかと思う。

 今まで聞いた話を総合するに、一般的な生活で、二次関数や微分積分を使うような風には思えない。まあ、日本でも仕事関連でも無い限り、一般生活で自ら漸化式も微積分も使わんが。

 こちら特有の未知の内容がない限り今更覚えるまでもなく、数字さえ覚えてしまえば何とかなる筈だ。


 剣術はどうだろう。自衛ぐらいは出来るようになるべきか。

 窓から剣の練習をする兄の様子を見ながら、型を幾つか覚え、夜や早朝の侍女が居ない時間帯に、筋トレをしたり濡れタオルを持って素振りの練習をする。


 役に立たぬ子供はいらんと、いきなり切り捨てられないとも限らない……とまで考えが至るところに、余りにも不安定な心と立場にため息と共に涙が滲みそうになり、慌てて唇を噛んだ。


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