辺境伯家の日常Ⅱ
お待たせいたしました!
最終章が始まります。
最後まで、どうぞよろしくお願いいたします(*^-^*)
初夏になろうかという風薫るとある日。
扉をノックすると、いつもの落ち着いたセバスチャンの声が響いた。
「……領地の南側で、ウナギが大量発生している模様です」
「……ウナギ……!」
おもむろにマグノリアが、書類から顔を上げる。
蒲焼、白焼き、うな重、肝吸い!
ご馳走の予感である。
……ところが。
珍しくセルヴェスもクロードも微妙な表情で何か言いたげに、マグノリアを見ていた。
「ウナギかぁ……」
「…………」
いつもはノリの良い(?)ふたりが、どうしたものか。
「……おふたりはきっと、『ウナギのゼリー寄せ』を連想してるっんすよ」
「ゼリー寄せ?」
ガイの苦笑いに、マグノリアは小首を傾げた。
……マグノリアとしては滋味深い和食のにこごりや、フランス料理の色鮮やかなテリーヌを連想するが。何故だかふたりの表情は暗い。
「フリットやパイ、シチューはまともだがな」
「……赤ワイン煮やローストも、まぁイケますが」
……どうも、口ぶり的に『ゼリー寄せ』はいただけないらしかった。
「元々身に脂がありますからねぇ。多分おじい様とお兄様にも気に入っていただけると思うのですけど」
何だろう、年齢的に脂っこいものが受け付けなくなってきたのか……ゲフンゲフン。それとも冷たいだろうお料理と脂が合わないのだろうかと推測する。
マグノリア的には三人の言った料理がどんなものなのかが非常に気になるが、とりあえずは日本の誇るウナギ料理をご馳走しようではないか! と、鼻息荒く拳を握る。
「南側という事は、南部か南東部?」
「西部寄りの南部にある河川のようです」
マグノリアの疑問に、すぐさまセバスチャンが返答する。
ほうほう。西部寄りならありがたい。
「では、西部駐屯部隊にフォローに行って貰いましょう。魚が大量発生した時の検査方法などは、西部駐屯部隊が一番詳しいでしょうから」
マグノリアがクロードに目配せをすると、鴉を呼ぶ為に指笛を吹く。
執務室の窓に、すぐさま真っ黒な鴉が姿を現した。
「かぁ?」
鴉は首を傾げると部屋を見渡し、マグノリアに向かって鳴く。
「ラドリは出掛けてるのよ」
「……くぁ~」
若干不満気に声を発すると、すぐさま西部駐屯部隊へと飛んで行った。
「じゃあ我々も参りましょうか……それとも、館に残ります?」
「……いや。我々も一緒に向かおう」
珍しく悲壮な表情で呟くセルヴェスに、眉間の皺を深くしたクロードが頷いた。
激マズな料理が脳裏にちらつくが、基本的にマグノリアの作る料理にマズいものはない。
……情報さえ間違わなければ、だが。
先日ラドリの勘違いで酷い目にあったばかりのクロードが、なお一層眉根に力を入れ、ギュッとなっていた。
「リリーもエリカと一緒に来る?」
「良いのですか? ……お邪魔になりませんか?」
せっかくなので、美味しいものをエリカにも食べさせてあげたい。
調理をするのは要塞の中になる筈なので、全然大丈夫だというと、以前に比べて一緒に外出する事も減ってしまった事を気にしていたのか、ふたつ返事でいきますとの事であった。
そして。すっかり乗馬にも慣れた様子でマグノリアが馬に跨り、クロードとセルヴェスがそれぞれ愛馬に飛び乗る。そしていつもの如く、物凄い速さで館を飛び出して行ったのである。
そしてこちらもいつもの如く。
大きな冷蔵の魔道具と沢山の弾け麦、ミソーユの実などの調味料を積んで、ガイとリリー、そしてエリカの乗った馬車が、暴走馬を追走する形になるのだった。
「あ、来たね」
『来た来た♪』
トレードマークの赤毛の辮髪パイナップルヘアが揺れている。
更にはその枝ならぬ、ポニーテールの様な剛毛にとまる白い小鳥。
今更説明するまでもないヴィクターとラドリが、近づく土煙を発見して言った。
こちらもいつもの如く、ギルドへも連絡が来るようになっている。
始めに連絡したのが西部駐屯部隊なので、気を利かせたユーゴ辺りが伝書鳩を飛ばしたのであろう。もしくは話を聞いた、クルースでアゼンダ商会の販売部門代表を務めるパウルだろうか?
なぜギルドかと言えば、ひょんな事からとんとん拍子で新規の製品化に話が発展したりすると、マグノリアが元締めを務める『アゼンダ商会』のみならず、周辺産業まで大忙しになってしまうからで。
急ピッチで進む規模のデカい話に、泣き言をもらす暇もない位に大忙しになった人間は、今迄ひとりやふたりでは無いのであった。
……その調整役兼ストッパーであって(?)、けして美味しい食事にありつこうという魂胆ではない……という事になっているが、何とも怪しいと思う今日この頃である。
本来なら商業ギルド長が来る所であるが、色々忙しい身の上であるドミニクに代わり、ヴィクターにお鉢が回ってくるのだった。
というのもこの変な格好をした男、こう見えてアスカルド王国の筆頭公爵家の次男であるのだ。更にはその父は宰相だったりするので、同じ大貴族のマグノリア達の対応係として、暗黙の了解という奴でいろいろと駆り出される事になっている。
……時折一緒に暴走する事もあるので、注意が必要な組み合わせでもあるのだが。
「うわぁ……」
何だかちょっと気持ち悪い……
様子を見ようと近くの橋の上から下を覗き込めば、何やら黒っぽい水が逆方向に流れて行く。
川の上流へ向かって、びっしりと整列したウナギが泳いでいるのだ。
岸には打ち上げられたウナギが多数跳ねており、領民がつるつる・ぬるぬると滑るそれらを歓声と奇声をあげながら捕まえている姿が目に入る。
領民が持ち帰った後のウナギを騎士とアゼンダ商会の人間で拾い上げ、続々と南部駐屯部隊のいる要塞へ運び込んでいた。
「……ウナギは問題無いとの事ですので、南部の要塞に運んでおります」
「ありがとうございます。河川でもこんな風になる事があるのですね?」
サポートに来ていた西部駐屯部隊隊長のユーゴが、ため息交じりにそう言った。
「頻繁ではありませんが、時折ございますね。潮目の変化なのか水温なのか、酸欠なのか……」
「なるほど」
南部駐屯部隊隊長が、川を登るウナギの群れを見ながら言う。マグノリアが頷いた。
日本でも、ボラが河川に大量発生する話をニュースで見た事がある。
くねりながら飛び跳ねるウナギをまじまじとマグノリアが見る。旅行先の鮮魚店などでたらいに入れられていたウナギとほぼ一緒であるが。そこは現実のヨーロッパウナギに準じているのか、日本ウナギに比べて、ヨーロッパ風な世界のウナギの方が大きい感じである。
「大きいですね。良く脂が乗っていそうです。部隊長はウナギ料理、普段何を食べます?」
「フリットやローストが多いでしょうか? パイにも良く入っていますね」
南部駐屯部隊隊長の見た目は如何にも騎士らしい、厳つい様子であるが。ニコニコ顔でマグノリアに答える。
「僕はローストかな! 塩胡椒して、熱々にレモンを絞ってパセリを散らしたやつ。シンプルだけど旨いよね!」
そういうのはヴィクター。
ふむふむ。確かにそれも美味しそうである。
……さらっとクッソ高い胡椒を入れている辺りは、お坊ちゃまである事を如実に表している。いるのだが……彼はイカの時にも似たような調理方法を言っていた気もするのだが?
鮮度の良いものはごちゃごちゃと味付けするよりも、ストレートにそのものを味わった方が良いというお手本なのだろうか。
「……まぁ、何にせよ『ゼリー寄せ』さえ避けていただければ」
ユーゴの言葉に、ヴィクターも南部部隊長も、聞いた途端にしおしおとした様子を見せた。
マグノリアが恐る恐る確認する。
「……そんなに不味いのですか?」
「いえ……個人の好みが大きいですからね」
そう言いながら言葉を濁すが、ここまで全員が同じ様子を見せるのだが。
怖いもの見たさで食べてみたい気もするが、ここまで拒否されるという事は、多分間違いなくマズいのであろう。
いつもは西部駐屯部隊十八番のイベントが、やっと自分達のところにも巡って来た! そう、喜びに沸く南部駐屯部隊の要塞へGOだ。
綺麗に洗われたウナギが山の様に積まれている。
一部は捌き始まっており、マグノリアはいつもの如く指揮官宜しく指示をして行く。
「良く作られているお料理の調理はお任せいたします」
パイにシチュー、香辛料を聞かせたフリットにこんがり焼いたロースト。
ワインの香りが芳しい、ウナギの赤ワイン煮。
念の為、ゼリー寄せはどうするか確認すれば、ほぼ全員が振り返り、すごい勢いで首を横に振った。
気になる謎の料理は、満場一致で却下された。
その隣でマグノリアは、うろ覚えなウナギのさばき方を説明する。
確か関東と関西で、背開き・腹開きとあったはずだが、不慣れだろう、この際やり易い方でさばいて貰う事にしようと思う。
「出来たら、こうして串に刺して焼きます」
ここでも関東風と関西風で違いがある。関東風は素焼きした後に蒸して、食べる直前に再度タレ焼きにする。そうすることでふんわりと柔らかな食感に仕上がる。関西風は焼きのみの、パリッとした香ばしい食感だ。
……せっかくなので食べ比べてみたいものだが、作る量が量なので関西風で行くとしよう。
こんがりと焼けた白焼きは、ホースラディッシュと醤油(ミソーユの汁)で頂くとする。
……山葵でない事に日本だったら文句が出そうではあるが、ここは異世界。あるもので代用である。
……案の定、様子見なのか味見の為なのか、きっちりと紛れ込んでいるダンとパウルが、せっせとメモをしていた。
もう一品は、言わずもがな蒲焼きだ。
良く焼けたウナギを即席で作った特製ダレに漬け、再び焼く。それを三回ほど繰り返す。
タレはコクが出るように、焼いたウナギの頭を入れて脂と香りを馴染ませてある。
「……いい香りだな!」
「香ばしい、食欲をそそる匂いだ」
セルヴェスとクロードが、鼻をヒクヒクさせている。
……その表情が安心してみえるのは、気のせいではないであろう。
蒲焼きそのものと、ご飯……弾け麦に乗せたうな丼がどんどんと量産されていく。
ご飯の間に蒲焼きをサンドしたまむし丼も用意してもらう。これならご飯の蒸気で蒸され、ちょっと関東風に近い口当たりになるかもしれない。
肝吸いと肝焼きも用意が出来た。
あっという間に食堂のテーブル一杯にウナギ料理が並んだ。
騎士に混じって、ワイワイと試食会の始まりだ。
あちこちを興味深げに見て回っていたガイと、香りに誘われるように、向こうでテーブルセッティングの手伝いをしていたリリーとエリカが顔を見せた。
遠慮のないヴィクターとラドリは、既にテーブルについては順番に料理を食しているのはどうしてなのか。
「おいちい~♡」
エプロンをつけたエリカが、にっこり笑ってうな丼を口に運んでいる。
マグノリアは賑やかに楽しそうに飲み食いするみんなを見て、しみじみと満足感と達成感に包まれながら、程よく蒸されたまむし丼に山椒をかけて口に運んだ。
……リリーの夫でありエリカの父である護衛騎士は、昨日が館の護衛当番であった。
所属は領都の本部なので、勿論予想通り、今日はここに居ない事を記しておこう。




