転生組とディーン、王都を行く・後編
フォーレに礼を言い、学院を後にする。
途中、寮生活をしているらしい生徒に呼びかけられ話をしているディーンとユリウスを見ては、ちゃんと学生生活をしているんだなぁとほっこりしていたマグノリアだが。
まぁ、ユリウスにしても現役の大学生だった訳で。
転生して来るほんの数年前までは、高校生だったのだ。
――なるほど、違和感がない訳である。
ヴァイオレットとふたりになったところで、最近気になっている事を囁く。
後ろにはガイが居る為、勿論、日本語の極小さな声で。
「そういえば、『ルイ・ホラント』ってどこかで見た事があるんだよね……」
「そりゃあ、側近中の側近で有名人だからねぇ」
ヴァイオレットは、何を今更という様な顔でマグノリアの朱鷺色の瞳を覗き返した。
何というか、マグノリアの中で『みん恋』の注意度はさほど高くない。
攻略対象者の大半がギルモア家関連人物であるので、それ以外の攻略対象者は二名しかいないのである。
その二名。アーノルド王子とその側近、ルイ・ホラントだ。
王子は若干注意が必要だが、ルイに関しては学院にさえ入学しなければ接点がない為、全くのノーマークである。
……一応ヴァイオレットノートをななめ読みしてみたが、記されたイベントは学院内のみ。
色々と変化している今、どこまでゲームの出来事が反映されるのかは不明だが、家の繋がりもないので、婚約が持ち込まれる事もないだろう。
万一持ち込まれてもお断り出来そうと、マグノリアだけでなくセルヴェスもクロードも思ったのだった。
それよりも続編の『プレ恋』の方が遥かにマズいので、戦争を回避する事にばかり意識も対応も、注力していたのである。
「夏休み中にも見てるんじゃないの?」
ルイは、アーノルド王子の毎度毎度になっている避暑旅行に、毎回の様に同行しているひとりだ。
確かに挨拶や王子一行と遭遇した時に、見てはいる。
だが、もっとこう、良く知っているような……?
「うーん……」
煮え切らない様子のマグノリアに、ヴァイオレットが思い出した様に言う。
「……もしかして、前に地球で唯一プレイした乙女ゲームがあったっていってたやつ?」
唯一プレイした乙女ゲームとは、名前すら覚えていないゲームの事だ。
地球時代の悪友に、彼女の旅行中、レベルならぬ好感度上げを頼まれて、黙々と行ったあれである。
残念な事に興味を持てずにただひたすら熟していただけなので、薄らボンヤリした記憶しかない。
……今までそう思い込んでいただけなのか、懸命に思い出してもプレイした筈のゲームの詳細が、殆ど記憶に残っていないのだ。
……あんな感じの子だったっけ? 確かに可愛い系男子ではあったが……
思わず首を捻る。
「名前とか覚えてないの?」
「ない」
「イベントは?」
イベント……?
…………。
「うーん……?」
マグノリアは一生懸命、遠い記憶を掘り起こす。
こういってはなんだが、『みん恋』のあらすじを読む限り、ある種の共通認識通りの恋愛モノといった感じだった。
俺様系男子、熱血系男子、癒し系男子、腹黒系男子。そんな彼らがヒロインをひたすら想い、物語が進んで行くのである。
……マグノリアが学院へは進学せず、報告として聞くだけなので、目の前で起こっている生身の体験でないというのも大きいのかもしれない。
ノートの中とヴァイオレットの噂話の中の出来事のように感じてしまい、実感として伴わない感じがしている。
――『みん恋』でのルイは癒し系男子だ。
ひたすらに穏やかにヒロインを想い、優しく対応するのだ。
イベントと呼ばれるものも、そう突飛なものばかりあるはずはないので、どうしても見た事があるようなものが増えていく。
「しょんぼりしてるヒロインと食事をしたり、友人(?)の輪に入れるように対応したり……?
優しそうで話しやすい癒し系男子だからか、ご令嬢達に虐められた(?)ヒロインがマナーを習うんだけど、その先生役をしたり、とか?」
『みん恋』にも同じようなストーリーというかイベントというか、そんなものが存在する。
ご多聞に漏れずルイも実に細やかに、優しい対応をしてくれるのだけど……まぁ、部外者から見れば良くある話というやつだ。
――更には、自分もヒロインに惹かれている筈なのに、王子の側近で乳兄弟だからなのか、どこか一歩引いてる節がある。
「……それ、もしかしてもしなくても、ルイじゃないの?」
ヴァイオレットが眉間に皺を寄せながら宣う。
イベントからキャラの立ち位置から、丸被りじゃねぇかとヴァイオレットは思う。
「え。じゃあ私ってば、『みん恋』やったことがあるって事!? ……全然覚えていないんだけど!」
マグノリアが焦ったように詰め寄る。
「……そんなん、わかんないよ」
本人の記憶がスッコ抜けてる今、真相は藪の中だ。
とはいえ、仮にマグノリアが『みん恋』をやった事があろうがなかろうが、もう、大して関係ない。
「……ルイは特に学院内のイベントばっかりだし。アーノルド王子とすら関わらないのに、側近なんて余計に関わらないでしょう?」
「確かにねぇ」
まあ、解ったところで今更なんだけどねぇ、と呟く。
とはいえ、多分過去にプレイした攻略キャラはルイだった(仮)と解っただけで、今まで漠然ともやもやしていた疑問が、多少はスッキリするというもの。
……同時に新たな疑問も生じる訳だが。そう、なぜ覚えていないのかだ。
もしかすると、マグノリアの地球でのパーソナルデータと同じ様に、ゲームに関わる記憶は殆ど消されているのかもしれない。
比較的記憶力が良い筈のマグノリアだが、自身の記憶とゲームについて、不自然な記憶の抜けがあるのは確かだ。
初めて会った時に感じた違和感。ジェラルドやブライアン、クロードもそうだった。
彼らのパートをプレイはしてないにしても、引っ掛かりがあるという事は『みん恋』を知っていた可能性がある……?
逆にプレイしていないだろう『プレ恋』のユリウスやアイリス、コレットに関しては、会っても全く何も感じなかった。
「わざわざその知識を消して、何の意味があるんだろう……?」
「普通はプレイした記憶を頼りに無双するのにね?」
「ね」
ふたりは良く解らない有象無象に、首を傾げながら同意したのだった。
******
王都に出るとお忍びで遊びに来ていた王子達が歩いている姿を確認した。
……仮病を使っている為、王妃にバレると面倒臭い事この上ない。
王子はマーガレット一筋な為、マグノリアと関わりを持とうとはこれっぽっちも思っていないだろうけど、ついポロリと『街で見た』なんて言われては、登城攻撃が増してしまう。
ゲッ、と思いマグノリアは顔を顰めるが、三人はさっと小枝を出して両手に持つと、当然ですよとばかりに木に擬態する。
――え?
「…………」
……嘘だろ? こいつら、いつもこんなことしてるんか?
流れるような仕草。
思わず朱鷺色の瞳を瞬かせる。
余りにも手慣れた様子に、マグノリアとガイも渡され、言いたい事は色々とあるものの……とりあえず見よう見真似で擬態した。
なるべく無になって立ち尽くす。
私は木。私は木……木?
気配を消すのはお手の物なガイが、ニヤニヤしながら両手に枝を持ち、風にそよいでいる。木になりきっている(?)ようだ。
絶対おちょくっているに違いない。
マグノリアはバレないように息をつめ、視線だけ動かして彼らが通り過ぎるのをやり過ごすが……
すると、彼らは気づく様子もなくそのまま素通りしたのだった。
(嘘だろーーーーっ!?)
唯一、一行の中で気づいたらしいブライアンが、何とも言えない微妙な表情で驚愕に瞳をまん丸にしているマグノリアを見た。ブライアンの肩にとまっていた貴婦人なおっちゃんの虫が騒がしく肩の上を舞っていたが、暫くするとそれも落ち着く。
隠れて護衛しているギルモア騎士団の騎士たちも、複雑な表情をしているのは言うまでもない。
王子とマーガレットは、楽しそうに話しながら通り過ぎて行った。
側近達も楽しそうに、時に羨ましそうに、時に見守る様に。それぞれの心を抱えて一緒に歩いていく。
そして一行は、近くのオープンカフェへと入って行った。
木に擬態しながらカフェの様子を見守る。
更に優しい顔で一緒にケーキを頬張る姿は、激高する王子とは別人のようだ。
楽しそうに語らい笑う様子は、ごく普通の、学生同士の仲の良い恋人同士にしか見えない。
……愛おしい人には、アーノルド王子もあんな顔をするのか……
(本当にマーガレットが好きなんだなぁ)
だからって、ガーディニアに対して適当にしていいって訳じゃないけど。
立場的に仕方ないとはいえ、王子は王子で可哀想なところもあるのだ。
身分が高いからこそ享受して来た幸運や利点、その他諸々ある訳ではあるが……人として大きな割合を占めるであろう心を通じ合える人間と添えないという現実は、人間として不幸であると思えてしまう。
王太子妃になる為に努力し続けて来た女の子と、身分故に本当に好きな人と結ばれない男の子。
ガーディニアとアーノルド王子の気持ちを思うと、何だか切ない。
双方に良い方法は無いものかと思い、思わずため息をついた。
ちょっとアンニュイな気分にひたっていると、騎士になったデュカス先輩が街中を見回り中なのかやって来て、再びヤバいと焦る。
擬態した木の前はスルッと通り過ぎたくせに、オープンカフェで寛いでいる王子ご一行を目ざとく見つけては、でかい声で王子に呼びかけ、ちょっとした騒ぎになる。
……騒ぎに乗じて、五人はそそくさと木に擬態したまま離れて行く。
相変わらずうるさい人だ。
……本当にユーゴの甥っ子なのかと疑問に思う。
更に、こんなに騒いでいるにもかかわらず、ラドリは全然起きる素振りがない。どんだけ寝ぼすけなのかと、ぷうぷういっている鼻らしきものを摘んでやった。