眠りの中へ
このお話にて第一章は完結です。
後日に閑話を挟みまして、第二章に続きます。
お読み頂きましてありがとうございました。
引き続きお読み頂ければ幸いです。
晩秋の夜は意外に早い。
さっきまで茜色していた空はだいぶ暗くなり、小さく星が瞬き始めた。
いつの間にか遠駆けの範囲を越えてこき使われた馬の代わりにアゼンダ辺境伯家の馬車が届けられ、それに祖父と叔父と一緒に乗り込み、護送……いや、王都をゆっくりと走っているところだ。
「えっと、このままアジェンダへ行くのでしゅか?」
クロードの隣で、マグノリアは小首を傾げる。
背中に背負っていた風呂敷包みを膝の上に置き、ちんまりと座っていた。
「いや、ガイを休ませてやらないと。四日間不眠不休なんだ」
隣から低い声が降って来る。
不眠不休が、四日間だって? 三徹? 四徹? うわぁ……。
(何それ、労働基準法(無いだろうけど)どこ行ったのよ!? ブラック過ぎる労働環境じゃん!!)
馬車を走らせているガイに、無言で手を合わせておく。
ひとり恐怖の職場環境に慄くマグノリアを見下ろして、クロードは嫌そうに眉を寄せる。
「誰のせいだと思っているんだ。俺達も二日間寝てない。タウンハウスで一泊して帰る」
「わたちのちぇいなのでしゅか???」
いまいち了見が飲み込めないマグノリアは、盛大に首を傾げた。
「マグノリアの為なら一週間でも一か月でも休まんぞ!」
すっかり爺バカになりそうなセルヴェスが、くねくねしそうな勢いでマグノリアを見ている。
……コワい。そして馬車が狭くない筈なのに窮屈!!
四人乗りの筈の優美な馬車は、筋肉もりもりのセルヴェスと長身のクロードが一緒に乗っている為、広い筈なのに妙に圧迫感がある。
「父上はお年を考えて下さい」
「ああ! 女の子は可愛いのう」
「「……」」
若干気持ち悪い事になっているセルヴェスに、クロードとマグノリアはジト目を向ける。
なるほど。
今迄がややデカい息子とデカい息子、デカい孫息子とゴツい騎士に囲まれているため、小さい女の子がハムスターか何かに見えてる病やね……。
「ええと。お時間は 取りゃしぇない ので、キャンベル商会に 寄って貰えまちゅか?」
「何か買うのか?」
「いえ、ちょっとご挨しゃちゅに」
「挨拶?」
保護者二人は不思議そうにマグノリアを見た。
キャンベル商会は王都でそこそこ人気の洋品店だ。
平民がちょっと奮発して購入できるものから、貴族の衣装まで幅広く取り扱う。
本来、平民向けと貴族向けとで店舗を分ける事が多いが、キャンベル商会では分ける事をせず、お互いが節度と良識を持って共存出来る事をモットーにしているらしい。
いざキャンベル商会の前に馬車をつけて貰ったものの、果たしてこの服装で入店して良いものかマグノリアは自問自答する。
「どうしたんだ、マグノリア?」
祖父と叔父が不思議そうに振り返った。
うーむ。威圧感と威圧感もダブルで入店して大丈夫だろうか??
店舗……というより、海外のオシャレなメゾンといった外観。
ピカピカに磨き上げられたウィンドウに、思わず朱鷺色の瞳を向ける。
(まあ、ちょっと挨拶するだけだし。デカい二人の陰に隠れていれば見えないか)
保護者は壁か柱扱いである。
少しの間躊躇していると、中から責任者らしい、落ち着いた雰囲気の女性が扉を開けて出て来た。
「これは、アゼンダ辺境伯様。……お久し振りでございます、マグノリア様」
目線を合わせ優しい笑顔で呼びかけられ、取り敢えず会釈する。
ご存じらしい様子に記憶を浚うが、会ったとすれば採寸をした時だろう。
「当店にご用命でしょうか?」
「会頭のサイモンしゃまにお会いちたいのでしゅが。お約束は ちていにゃいのでしゅ。おいしょがしい様なら 伝言だけでも……」
突然の訪問に嫌な顔せずにこり、笑うと
「畏まりました。ご対応出来るか只今確認してまいります。応接室にご案内いたします」
そう言って奥の応接室に通して貰った。
VIP待遇に慣れているであろうふたりは、すっかり寛いで部屋の中をぐるり見渡している。
出されたお茶が飲み頃になった頃、慌てた様子でサイモンがやって来た。
「お待たせ致しまして申し訳ございません。会頭のサイモン・キャンベルです」
「こんばんは。急な訪問で しちゅ礼ちまちた」
サイモンはセルヴェスとクロードにも挨拶をすると、マグノリアに向き直った。
「……私めにご用事とか。如何なさいましたか?」
「しばりゃく アジェンダ辺境伯領に行く事になりまちて。先日にょ お洋服が出来たりゃ、そちらへ送って ほちいのでしゅ」
せっかく作ってくれるのに、屋敷でそのまま放置……もしくはゴミ箱行きでは悲しすぎるではないか。
マグノリアの心情を察してか、サイモンは快く頷いてくれた。
「承知いたしました」
「後、こちりゃでは 手作りの商品を 買い取り ちていましゅか?」
「はい、致しております。勿論商品の出来にも依るのですが……」
サイモンの返事を聞いて、持っていた包みから数枚の巾着を取り出してテーブルの上に並べる。
カラフルなピンクや水色、黄色など若い娘が好みそうな色味だ。
そんな、ドレスにでも合いそうな生地で巾着を作り、その上にオーガンジーを、あるいはシフォンを合わせ。下側を縫わない様、上側だけ縫い付けてふんわりとスカートの様にしてある。
巾着の紐をきゅっと締めると、まるで小さなドレスのような見た目になる。
紐はサテン等のリボンなどにすることで、ウエストで蝶々結びをする様な形にする事も出来て、本当のドレスの様に可愛らしい。
「!!」
「ドレスの余り布で作りぇばお揃いになりましゅ。また、憧りぇのドレスを ちぇめて巾着で、という様にも出来りゅでちょう」
にっこり笑うと、マグノリアは追加の巾着を出す。
小花柄、ストライプ、水玉。無地だがよく見ると織地に模様が浮かんでいるもの……等。
「こっちはぐっとお手ごりょな ワンピースの生地でしゅ。エプロンの様に 小しゃい白い布を中央かりゃ 上だけを、挟んで 縫いましゅ」
同じようにきゅっと縮めると、エプロンをかけたように見える。
平民が着るワンピースの様だ。エプロンも四角いもの、裾側が丸みを帯びているもの、長いもの、フリルがついているものとある。
「これは、良いですね……お売り頂けるのですか?」
「あい。幾りゃになりますか?」
「こちらの四枚が合わせて五大銅貨。六枚が一小銀貨と五大銅貨で如何でしょうか?」
おおぅ。ハンカチに比べて凄い金額だ。
(ドレス仕様は倍か……大銅貨が五と五。それと一小銀貨、合わせて二小銀貨か……)
結構頑張った値段設定だろう。有難い。
しかし、あと一小銀貨足りない……
「そりぇでお願いちましゅ。後、こちりゃを 見てくだしゃい」
臙脂のベルベットの様な布で巾着が作られ、その上に沢山のオーガンジーが本物のペチコートの様に重ねられている。その上に再び臙脂の布が重ねられていた。
よく見れば実に細やかな刺繍で飾られており、所々にまるで宝石のようにビーズが散りばめられている。
同じ商品でありながら、観賞用とも言えるような美しいものになっている。
サイモンは深い感嘆のため息をついた。
デザインが可愛らしいので、若い娘たちによく売れるだろう。
布やデザインを変えれば、価格帯も変えられる。
こちらの高級版は、大人にも売れる筈だ。
そして、この前手習いを始めると言っていたのに、この手跡。
製品はきちんと縫われており、充分売りものとして通用する。
侍女の誰かが考え、作ったと言った方がしっくり来るが。
「……これはマグノリア様が?」
「しょうでしゅよ?」
不思議そうにマグノリアは返事をする。
サイモンは食い入るように使われている生地をじっくりと確認し、次に刺繍やビーズを見た。
手芸の練習を始めた頃、スカートをリメイクしたのを見た侍女達が、次を作る時にと、余っている布を色々とくれたのだった。
この、上等なドレスの生地はデイジーに貰ったもの。ビーズはライラに。
オーガンジーとリボンは半端な安いものを、何種かリリーに見繕って貰い買ってきて貰ったもの。
ハンカチを何度か売って、ほんのちょっと元手が出来たのだ。
だいぶ慣れたハンカチ製作の合間を縫って、逃走資金用の試作品を作っていたのだ。
前世にタオルで出来た『タオルドレス』というのがあったと思い出し、巾着の形もスカートに似ているので、何か作れないかと試したものだ。
「こちらは、一小銀貨で如何でしょうか」
サイモンは全て合わせた分の小銀貨三枚をマグノリアの前に出す。
「あい、お願いしましゅ」
お互いにっこり商談成立だ。
一小銀貨って、一体幾らで売るつもりなのかとマグノリアの頭をよぎったが、余計な事は言わないでおく。
「また御作りになられますか?」
「しょうですね、そのつもりでしゅ」
「では、次出来ましたら是非当店へお声がけくださいませ」
「……しょうしたいのでしゅが。アジェンダで遠いのでしゅ」
サイモンはいつもの微笑みを湛えながら、
「あちらに伝手があり、よく行き来するのです。差し支えなければ時折、お屋敷にご挨拶に伺わせて頂きます」
丁寧に見送られ、三人で店を後にする。
再び馬車に乗り込むと、早速マグノリアはクロードに身体を向ける。
「あい。お借りした小銀貨 しゃん枚と 利ちでしゅ」
「利子……」
先程キャンベル商会の会頭から受け取った分に合わせて、胸元から小さい革袋を出すと、小銅貨三枚を抜き取り、合わせて六枚、大きな手のひらに乗せた。
「あい。こりぇで 借金はチャラでしゅよ」
クロードはまじまじと手のひらの硬貨とマグノリアを見比べた。
……姪の事だから、いつかは返してくるのだろうとは思っていたが。大きくなったらどころか当日に返って来たらしい。微々たるものだが利子までつけて。
「いいのか、マグノリア」
セルヴェスが、ゴシゴシと目をこする孫娘に聞く。
疲れたところに馬車に揺られ、眠いのだろう。
今日は彼女にとって、張り詰めた一日だったに違いない。
「良いのでしゅ……借金返しゃいはお早めに、でしゅ……そりぇに、暫く……森では、くりゃさない……で、資金は……無い、で、しゅよ」
疲れたのだろう。こっくりこっくり船を漕ぐ姪っ子の背中を優しく叩く。
「森? 暮らす……?」
「……しぇん伏、しゃき、でしゅよ……」
とんでもない話にセルヴェスとクロードは顔を見合わせながら、苦笑いをした。
「暫く眠りなさい」
優しい揺れと温かさに、マグノリアはいつの間にか瞳を閉じていた。
ちょっと硬いけど逞しい腕にそっと守るように包み込まれ、優しい指が乱れた髪を撫で耳に掛ける。
そして、規則正しい寝息が聞こえだす。
「……本当に出奔するつもりだったんだな」
「まさかと思いつつ、本当にやりかねないのが何とも」
クロードは小さなため息とともに、腰に紐で巻き付けた鎚鉾を指で軽く弾く。
セルヴェスは目の前で眠る孫娘を愛おしそうにみつめる。
「恐ろしく賢い子だな。腹も据わっておる」
「……猫を比較対象に並べてくるあたり、イイ性格もしていますね」
「その辺はジェラルドに似たのかもしれん」
馬車の中に小さな低い笑い声が響く。
目の前には彼らが帰るタウンハウスが見えて来た。




