言っちゃいますよ?
何から言えば良いのか。
一番言いたい事があるのは満場一致でアーノルド王子だけども、激し易そうなので最後に物申す方が良いだろう。
……と、いうことはマーガレットに苦言を呈しても王子が激しそうなので、こちらも後の方が良い。
じゃあ、やっぱご令嬢達か側近かと思い向き直る。
「……基本的には殿下にもポルタ様にも言いたい事はあるのですが。先ずは皆さまに」
思ってもみなかったのか、ご令嬢達が瞳を瞠った。
「……本日は何の席かご存じですか?」
「デビュタントですわ」
もっともだと言わんばかりに答えては頷く。
「そうですわね。つまりはお祝いの席であり、国王・王妃両陛下がいらっしゃる場だということです」
祝いの席に騒ぎを起こすなんて無粋である。
主役の、今日でいえば社交界デビューする人間の門出にケチをつけるようなものだ。
きっと、将来自分のデビュタントを振り返った時、何やら誰かが揉めていたな~と思うであろう。
更には今日デビューのマーガレットは、一生今日のこの日を苦く思い出す筈だ。
幾ら気に入らないとはいえ、貴婦人として配慮不足である。
王族が出席する社交に揉め事を起こすのも宜しくないのは言うまでもない。場合によっては、大きな騒ぎにでもなれば本当に騎士にしょっ引かれかねないだろう。
「……目に余るからついつい言ってしまったのでしょうが、冷静になったらどう思いますか?」
ご令嬢達は顔を見合わせて、文句を飲み込んだように頭を下げた。
「……確かに配慮不足でした。大変失礼致しました」
ひとりのご令嬢が、これだけは言いたいという表情で顔を上げた。
「ですが。余りにも常識が無さ過ぎます……! ガーディニア様がお可哀想です!」
結局はそこに尽きるのだろう。
マグノリアが頷く。
「そうですね。ですが、マナー違反を指摘したり常識を説くのでしたら、人目の少ない場所で指摘すべきでした」
「…………」
間違った事を指摘したいだけでなく、その事実を周りにも吹聴したいから会場の真ん中で声を荒げたりするのだ。
そこにはガーディニアへの点数稼ぎや、男爵令嬢でありながら王子の寵愛を受けるマーガレットへの妬みもある訳で。
「ガーディニア様の事を思うなら尚の事です。穿った見方をする人間には、彼女があなた方に騒ぎを起こさせたと考える人だっているのです」
ご令嬢達はびっくりしたようにマグノリアを見る。
「違います! 決してその様な事はございません!」
「存じておりますわ。ガーディニア様はそのような事を人に指示するお方ではございませんもの」
ここで、そんな卑怯な事する人間じゃないぜアピールもしておく。
どちらかといえば王子と側近向けである。後は彼らがその手の発言をした場合に、周りの人間が頭から信じずに考えて貰う為だ。
……王太子妃候補を勝手に降りた罪滅ぼしである。
本当に、不良債権を押し付ける形になり申し訳ないと思っている。
「次に側近の皆様ですが……ご学友である以前に、側近なのでしたら進言などはなさいませんの?」
側近と言うからには、イエスマンなだけではイカン訳で。
苦言も進言も、時には必要な筈なのだ。
きついマグノリアの視線に、側近たちはグッと言葉を詰まらせた。
ここで、息を切らした侍従長が追いつく。
「こんな騒ぎになっているという事は、他の皆様方から見てポルタ様のお衣装やエスコートに引っ掛かる事があるからだと思いますの。それを目の前で見ていたのに何とも思わなかったのですか?」
王族なんて、ちょっとやらかしただけで叩かれるのである。権力がある分、色々ともみ消せもするけど。
とはいえ、叩かれない様にフォローしたりするのが仕事なのに……一緒にドレスやらアクセサリーやらを選んで王都を練り歩くとか何なの? な世界だ。
「面目次第もありません」
仰る通りですと侍従長は頭を下げる。
風の便りで、侍従長とブラ兄だけが反対していたのは知っているのだが。
ブラ兄の名を出すと身びいきと言われかねないので、視線だけで『知ってるよ』と伝える。ハラハラしているような様子で、小さく頷いた。
「侍従長様がご忠告されていた事は伺っております。ひとりやふたりの反対では押し負けてしまうのでしょうが……僭越ながら、将来の国王の側近と考えれば、もう少し広い視野で考えられる方々を増やすなり何なりされた方が良いのでは?」
何なりの方が本題であり、解任するなり再編成するなり、再教育するなり……という言葉が入る。
「子どもと扱われる年齢の、国内の事なのでまだしもですが……この先不安ではございませんか?」
……そろそろ子どもだとも言っていられない年齢なのだが。早い人はこの世界、既に親になっている人間もそれなりにいる訳で。
来年には成人を迎え、多分そのタイミングで立太子されるのだろう。
国王の子どもはひとりしか居ないので、立太子されるされないもないと言えばそうなのだが。とはいえ、正式に王太子として内外に発表されるとされないでは大違いな筈だ。
「仰る通りでございます」
侍従長の言葉に、側近達も王子もギョッとした。
……そりゃそうだろうに。
そう思いながら、重ねて釘を刺しておく。
「子どもとはいえ、来年は成人でございますもの……子どもの戯れで済む事と済まない事が判断出来る人材の確保は急務かと……」
――本当は、王子本人が一番気をつけなくてはならない立場なのだが。
側近といえ、どんな意図を持っているやも解らない。更には、月日と共に忠誠心や考えが変わることも往々にしてある訳で。
とにかく、時間がない上に戯れではスマン問題だよ、と告げる。
周りの大人たちも同意するように頷く姿を目の前にして、側近たちは事の重大さをやっと認識したようだ。
顔色が青ざめ、表情が強張っている者もいる。
まあ、余り口出しをして何か支障があっても困るので、側近の件はここで終わりにしておく。
……そして本題のふたりである。
マグノリアはマーガレットに向き直った。
「ポルタ様は、ご自分のお立場を客観的に見てどう思われますか?」
「立場……? 客観的?」
マグノリアは頷く。
「今後も貴族として生きて行かれますの?」
「それは……私の意図する範疇ではないかと思います」
暗い表情で俯く。
「そうですわね。ですが多分ご両親としては、貴婦人として生きて行かれる事を想定されていらっしゃるのではないかと思います」
……そうでないと、わざわざ養女に迎え入れないだろう。
家の為に良縁を結ばせる為の養女というのが一般的な筈だ。
「ただ、今のままでは少々厳しいかと」
「マーガレットは貴族になってまだ……!」
「『もう』四年ですわ、殿下」
以前、ガーディニアにも言われたことだ。
「だが、お前達の様に生まれたときから教育を受けているわけではない!」
何も知らない王子は、マグノリアがガーディニアと同じ様に手厚い教育を受けていると信じて疑わないのだろう。ブライアンは瑠璃色の瞳を伏せる。
マグノリアの教育の大半は、彼女自身の努力による賜物だ。それを兄であるブライアンは知っている。
とはいえ王子がギルモア家の内情など知るはずがない。
「……その言葉、ポルタ様を貶めるものですわ。おやめ下さいませ」
「……え?」
思ってもみない言葉に、王子もマーガレットも、側近達も言葉に詰まる。
今まで全員が、時に本人すらも、免罪符に使って来た言葉。
「確かに小さい内から教育されたほうが立ち居振る舞いは自然と身につくでしょう。ですが低位貴族の基本的なマナーや礼節はそう難しいものではありません。小さな子どもでも習得可能です」
実際にガーディニアが、貴族としての取り繕いが出来るようになったからと王宮にあがる様になったのは、まだ小さな幼児の頃だ。
確かに、まっさらな状態で教育される方が良いだろう。動きや身のこなし等は余計なものや癖が無い分、すんなりと吸収されるのは解る。
その代わり、大きな人間には効率よく吸収する知恵や、学習を効率的に活かすことが出来る思考があるのだ。
マグノリアが効率よく様々な事を身につけることが出来たのは、地球の知識の蓄積と大人の思考があったからだと言える。
「蓄積のない幼児でも出来るのですから、大人に近い上、上級クラスに籍を持つほど優秀なポルタ様でしたら、効率的に身につける術をお持ちの筈ですわ」
実際、側近達の指摘や指導もあってか、マーガレットの動きの部分はだいぶ改善されている。
問題は、どちらかといえば心がけや考え方のほうだ。
「……ポルタ様は、あの方々を見てどう思われますか?」
そういって示唆したのは、ユリウス皇子を取り巻く超・肉食女子達の姿。
引き合いに出されるユリウスは、全くもって不本意であろうが。
マーガレットは萌黄色の瞳を瞬かせ、王子は嫌そうに顔を歪めた。
「……普通はそういう反応ですわ。ただ、おふたりも傍から見ればそう変わりません」
「あんなはしたない真似はしていない!」
案の定激高する王子に、マグノリアは同意する。
「それはそうでしょう。おふたりは未成年ですし、殿下は立場がありますから。正式な手続きが必要です」
「……手続き?」
怪訝そうな王子に、マグノリアは頷いた。
「ええ。側妃にされるのか愛妾にされるのかわかりませんが、その手続きです」
「なっ!?」
至極あっさりと投げつけられた言葉に、流石のアーノルド王子も二の句が告げずに、形良い口をはくはくさせるのみであった。
「……元々、殿下は側妃をお持ちになる予定でしたわよね?」
七年前のお茶会で、側妃にしてやると言われた張本人が目の前にいるのだ。
王子は気まずそうに青銅色の瞳を左右に揺らす。
「そ、それは、子どもの戯言だ」
「戯言」
マグノリアとセルヴェスは眉を寄せる。
「デビュタントの者が注目を受けるのは解っている筈ですわね? まさか、婚約者がいるにも拘らず、知人の女性にドレスをお贈りになるのですか? ――百歩譲ってご友人にだったとしましょう。友人に自分の髪や瞳の色を差し色にしたものを贈るのはやりすぎでは? 更に自分もご友人と同じ髪色と瞳の色の刺繍やアクセサリーを身につけるのですか? その互いの色で縫われた刺繍までもお揃いで?」
畳み掛ける様に早口で捲くし立てるマグノリアに、王子はたじたじで瞳を瞬かせるのみであった。
「更にエスコートまでするのですか? 婚約者がいるのに? 幾ら自分達はそうじゃないと言っても、周りはそう思わないでしょう。否定したところで行動の全てが、まるで自分のものと言わんばかりですわよ?」
周りの人間も頷いている。
自分の色を纏わせるのは、婚約者や恋人、夫婦のセオリーだ。
マグノリアの言葉と周囲の視線に不安になったマーガレットは、思わず王子の袖口を握った。
物語なら胸きゅんポイントだが……あいにく婚約者のいる相手に現実社会で行うと、一気に愛憎劇ポイントに変化してしまう。
「……それですよ、それ」
思わずマグノリアは指を差す。
「ポルタ様は『心細くてついつい握った』程度なんでしょうけど。婚約者や奥方のいる方にそれをすると、冗談や友情では済まなくなってしまうのですよ」
マーガレットは言われている意味が解らず、握り締めたまま首を傾げた。
……察しが悪いなと思う。これが噂の、ヒロイン特有の鈍感力なのだろうか。
「ポルタ様に婚約者がいらっしゃったとして、相手のご友人が頻繁に腕に抱きついたり握ったりしていたらどう思いますか? それも、沢山の目のある前でです。更にそのご友人があなたの婚約者の髪と瞳の色のドレスを纏っていたら? 自分ではなくご友人をエスコートしていたら? 婚約者もご友人の髪と瞳の色を纏い、お揃いの衣装で出席していたら?」
「……あ……っ!」
やっと気づいたのか、瞳をうるうるさせて両手をグーで顎の前に鎮座させた。
……出たぞ、黄金のぶりっ子ポーズ!
「そんなつもりは無かったのです……!」
……いや。そんなつもりは無かったって……うん、きっとそうなんだろうけどさ。
だが、そんな筈無いだろうと思うのが世間だ。
王子は再びマーガレットを後ろ手に庇って口調を荒げる。
「もう止めろ! マーガレットが可哀想だろう!?」
「……はぁ~?」
ここまで言ってもくっそくだらねぇ事言いやがるつもりか。
マグノリアの様子が変わり、ブライアンとおっさんな虫が顔を青褪めさせる。
いつの間にかアイリスとクロードが輪に加わり、一方はニヤニヤしながら。もう一方はため息を飲み込みながら会話の行く末を見守っていた。
「だ・か・ら! いっつも都合が悪くなると、そうやってうやむやにするのですかぁ?」
つかつかと王子に詰め寄っては、ぐぐぐいーーーっと顔を寄せた。
「本当の事を、第三者の公正な目で『申せ』って仰ったの、殿下ですよねぇ?」
「だ、だからといって言い方や限度があるだろう!?」
「正しい事を申し上げてよろしいですか、気に入らないからといって、嘘だとか不敬とか仰いませんかと確認して、『事実であれば構わん』と仰ったではありませんの?」
『言った言った♪』
美しい顔というのは、怒ると存外怖いものである。
迫力満点の顔で凄んで来るマグノリアに、アーノルド王子は目一杯上半身を仰け反らせる。
王子の瞳に映る、平和そのものを体現したような小鳥と、般若のようなマグノリアとの対比が酷い。
「殿下は戯れで済むかもしれませんが、『大事なお友達』のポルタ嬢が令嬢として終わるので、ちゃんと弁えてくれといっているんですよ? ついでに都合良いところだけ拾って、いつまでも甘やかさないで! ましてや何の落ち度も無いガーディニア様にも酷いから、ちゃんとして下さいって言ってるんです!!」
「…………そん……」
「そんなつもりある・ないはどーでもいいですから。無くても見えちゃったらどうしようもないですから! そもそも、見えちゃっているからこんな騒ぎになってるんですから!! 可哀想な原因は何なのか、本当に可哀想なのは誰なのか、よーく考えやがれ!」
ふん! マグノリアは鼻息荒く顔を元の位置に戻した。
……王族相手の為、ものすごく丁寧な言葉での応酬である。
最後?
……大丈夫大丈夫、差し支えない筈だ。多分。
「……何をしているんだ?」
頃合かとクロードが声を掛ける。
「助言です、助言!」
「ご令嬢としてありえない顔だぞ。戻しなさい」
「ご令嬢なんぞ返上上等です!」
人相悪く言い募るマグノリアに、周りはドン引きである。
これで当分、嫁になどと声を掛けてくるものはいないであろう。
……令嬢としてはマーガレットよりも瀕死の状態であるように思うが。辺境伯家の人間は誰も気にしないのでノー・プロブレムだ。
「……令息になる訳にも行かんから、返上は出来んだろう。まぁ、発言は概ね会場の総意だとは思うが」
クロードの言葉に、王子は不貞腐れるようにふたりを睨みつける。
「なんなのだ、不愉快だ……行くぞ!」
そう言って王子は側近達に合図をすると同時に、マーガレットの手を握って会場を後にした。
マーガレットは気遣わしげに、何度も振り返りながら会場を後にしたのだった。
――なんやねん、アイツ。全然解ってねーじゃん!
マグノリアは可愛い筈の顔を盛大に歪ませては、王子達の後ろ姿に毒づいた。
……一方、叱られたご令嬢達は、今後一切マグノリアに逆らうのは止めようと心に誓ったのは言うまでもない。




