人気者はつらいよ
人気者と言えば、会場内に幾つか人垣が出来ている箇所があった。
ひとりはエロゲーのヒーロー、ユリウス皇子である。留学中の国賓として駆り出されたらしく、貴族服を纏って皇子らしい風貌で舞踏会に参加していた。
印象的な銀髪を珍しく後ろに撫で付け、意味あり気に見える(……見えるだけだが)垂れ目と肉感的な唇が色気駄々洩れの、歩く危険物である。
……しかし本人は、不本意に転生させられた草食系日本男児だそうで。
エロゲーのヒーローとかどうするんだろうと、あっちもこっちも思っているのが現実である。
今も肉食系のご令嬢とご婦人に囲まれ、腕に抱きつかれたりと、なんだか大変そうである。何というか……露骨で凄いなと思うが、彼女たちは社交の場であんなにガッツいていても差しつかえは無いのだろうか。
――それにしても。
エロゲーのヒーローだと、日々こんな事になってしまうのか……こうして本来はゲームに発展して行くのかぁ。
そんな事を考えていると、腰の引けているユリウスと視線が合った。
可哀想に、ドン引きな様子と表情でマグノリアにSOSを送って来る。
残念だが、マグノリアが彼にしてあげられる事は何もない。
自分が出て行く方が火に油を注ぎそうなのだ。
隣国に輿入れを狙っているのいないのと、憶測を呼ぶ事になりかねない。
――自分で切り抜けろ。
そう心の中で呟くと、マグノリアはゆっくりと首を横に振った。
傷ついた顔のユリウスが、信じられないと募る様に睨んで来る。
そしてその隣には、金髪蒼眼の涼し気なイケメンがやはりご令嬢に囲まれていた。
……アイリスに良く似ており……というよりそっくりだ。父親のDNAはどこに行ったのだろう?
とは言え、アイリスより骨格がしっかりしてやや男性的に感じる事から、彼がアイリスの息子であり、噂のペルヴォンシュ先輩なのであろうとアタリをつける。
ふたりして話でもしていたところに囲まれたのだろう。
言い寄られる事に慣れているのか、彼の表情は殆ど無である。
更に口元を見れば『無理』『行かない』『要らない』『知らない』と、一刀両断の容赦ない返答が淡々と行われている。
こちらのご令嬢方は肉食系ではないらしく、断られると残念そうにしつつも、納得して引き下がって行く。
……ユリウスの取り巻き(?)とはえらい違いだ。
もう一方、彼の母親であるアイリスも離れた場所で女性たちに囲まれていた。
こちらは某少女歌劇団の出待ちの様に一列に並び、何かお言葉を賜っているようである。
囲まれて何十年なのだろう。
にこやかに何かを言うと黄色い声が上がっている。
更に何かを言うと納得したらしく、全員頷きながら返事をして解散していた。
ベテランは凄い。
そして最後。
長身で黒髪の男性の周りにも人垣が出来ている。クロードだ。
他の人垣に比べ遠慮がちである事と、囲まれてる人間が面倒そうな表情を隠しもせずにため息をついている。
バッサリと行った髪型について聞かれているらしく、聞かれている事に最低限答えている様子が見て取れた。
そんな御座なりな態度なのに、やはり黄色い声が響いているのは、顔面偏差値のなせる業なのだろうか。
「……いつもこんな感じなんですか?」
「そうだなぁ」
夜会が初めてなマグノリアがセルヴェスに問うと、微妙そうな様子で頷いた。
「お父様は囲まれないのですね」
「あいつは、こういう場には常にウィステリアを伴っているからな」
「……なるほど」
流石に妻も一緒に囲む事はしないのか。
元から社交界好きというのもあるが、案外ジェラルドの為に出席しているのかもしれないなと思いつつ、今日も来ているであろう両親の姿を探した。
すると。人垣とは言わない程の、数名のご令嬢が塊になっているのをみつける。
中央には困ったような泣きそうな顔のマーガレットが立っており、一方的に何かを言われている様子である。
取り巻き……側近たちはどうしたのかと見れば、飲み物を取りに離れていたのだろう、グラスを手に持っている者が何かを言っていた。
騒ぎを聞きつけて戻って来る者もいて、どうも運悪くマーガレットがひとりになったところを、対峙しているご令嬢達に掴まったと見える。
距離があるので何を言っているのかはっきりと解らないが……話しているご令嬢の様子は結構激しい。
マーガレットは何やら言い募られている様子であった。
「……こういう場合はどうするんですかね」
「騎士が連れ出すんじゃないか?」
ええ~? それ、乱闘とかだいぶ大きな騒ぎを起こした手荒なやつじゃないのかと思うが。
騎士に引きずられるご令嬢達を連想して、マグノリアは首を傾げた。
「もしくは仲裁できそうな身分の高いものが、割って入って止めるかだな」
「じゃあ、おじい様行って来て下さいよ」
マグノリアの言葉にセルヴェスは困ったように眉を寄せる。
「……手でも上げない限り、部外者の男は関わらんがなぁ」
「なにそれ。メンドイ慣習があるんですねぇ」
そう言いながら身分が高そうな女性を探すが。
扇で口元を隠しながら、ひそひそと話し込んでいる様子を見るに、積極的に騒動の種を止める気はないと見える。
貴族名鑑を頭の中で捲りながら公爵夫人たちを探すが、離れた場所にいて気付いていないか、そもそも姿が見えないか、ひそひそ話をしているかであった。
……これは、どう考えても自分が止める立場なのかと、マグノリアは戦慄をする。
初っ端の舞踏会が喧嘩の仲裁とか、やっぱり社交界は面倒臭い事この上ない。
周りの人間もマグノリアがどう出るのか、興味津々といった様子で窺っているのが見て取れ……その中に誰か止める奴はいないのかと、ため息をつく。
もう本当に、今後は最低限の社交しかしないと心に誓うマグノリアだった。
取り敢えず何を揉めているのか確認する為に、セルヴェスを伴ってマーガレット達の方へ移動する事にした。
人々はモーセの十戒の様に素早く割れると、あっさりとマグノリアに道を譲る。
対応と手腕を見てやろうと言う訳か。
口調のきつめなご令嬢の会話が聞こえて来る。
口調と同じように、表情も険しく言い募っているのは、自分の言い分が正しいと思っているからだろう。
「王子が男爵令嬢のあなたをエスコートして来るなんて、おかしくありませんこと!?」
「そのドレスは何なの? 婚約者がいる男性とお揃いにするなんて、一体どういうおつもりなのかしら!?」
「ガーディニア様のお気持ちを考えた事があって?」
……まあ、確かにという内容である。
だが、お祝いの席の社交の真っただ中で、囲んで攻撃する必要があるのかは解らないが。
マーガレットの周りにいる側近が返答をしている。
自分達が贈ったとか、緊張しているマーガレットを友人としてエスコートしただけだとか何とか。
マーガレットは固く口を引き結んでいるが、どうしてなのか。
「……格下のご令嬢な為、上位者に発言を許可していないと言われれば、許可されるまで黙っているしかないんすよ」
何処からともなく現れたガイが、目の前のおかしな様子を説明してくれた。
(うっわぁ。陰湿なイビリじゃん。言い訳を聞く訳では無く、こんな場所でご令嬢の考えをただただ浴びせられろって訳?)
「……私も黙れって言われちゃうかねぇ?」
「いやいや。ご自分の身分をご存じで? 今ここに居る女性の中で、上から数えた方が格段に早いっすよ?」
ですよねぇ。
激しているご令嬢達のヒートアップを一旦落ち着けるよう、話の輪に加わる様に近づいて行く。
気付けば、隣で見知らぬ令嬢が頷きながら話を聞いている事に驚いて、ご令嬢達はまじまじとマグノリアを見た。
そしてそのご令嬢がマグノリアだと気づくと、慌ててカーテシーをする。
「大変失礼いたしました!」
自分を格下なのだから黙れと言ったご令嬢を見遣り、慌てた相手が夏に王子達と出掛ける辺境伯家のマグノリアだと知ると、マーガレットも倣うようにカーテシーをする。
「はじめまして、皆様。お祝いの席に何か余興なのかと思いまして、寄らせていただきましたの。……どうぞ皆様楽になさって?」
マグノリアは『お祝いの席に何を揉めてるんじゃ、ボケが』と『更に納得出来る様に説明しろよ』とお嬢様言葉で言った。
……お嬢様言葉とは解り難く、時々で姿を変え、何とも難しい言語である。
「……お畏れながら。マーガレット・ポルタ嬢に、不敬ではないかと説明を求めていたところなのでございます……!」
「不敬などではございません!」
ご令嬢が説明しようと口を開くと、側近のひとりが被せるように声をあげ、マーガレットを庇った。
……マーガレットは発言の許可を得てないからだろう。
「はぁ。そーなんですのね?」
マグノリアが、ご令嬢と側近とマーガレットに、何とも気の抜けた返事を返す。
……どんどん人垣が出来て来ている事を感じるマグノリアは、遠くから相変わらずだなぁと言わんばかりの表情でみつめるジェラルドと目が合った。
――親父さん、あんなところにいたのかぁ。
ちなみに、やりたくてこんなになってる訳じゃないけどねぇ。
ははは、と乾いた笑いを浮かべたところで、何やら走って来る足音が聞こえる。
マグノリアを始め全員が足音の方向を見ると、アーノルド王子が血相を変えて壇上を降り、走って来る姿が見えた。
後ろには事を察してか、顔を曇らせたブライアンも一緒に走って来る。
「一体何をしているのだ!」
王子は泣きそうな顔のマーガレットを見遣ると、後ろ手に庇う。
ご令嬢達と側近、そしてマグノリアを見て眉を寄せると、マグノリアに向き直った。
「皆で何をしていた!? マーガレットに何をしたのだ!」
決めつけるような口調で問い詰める。
なるほど。こうやって悪役令嬢の冤罪が作られて行くのだなぁとマグノリアは感心した。
詳しくは自分の側近に聞けばいいだろうに、なぜ矛先がマグノリアなのか。
きっと悪役令嬢だった名残であろう。そういう配役、ないし巡り合わせなのだ。
「私も今来たばかりですが理由は解りました。当事者でなく、私が説明しても宜しいのですか?」
マグノリアの、言ってやるぜ! と言わんばかりの雰囲気を見て、ブライアンとおっちゃんな虫は思わず後ろの方で口籠る。
「……なんで、よりによってマグノリアに振るんだ!」
『一番ダメなパターンや』
いや、多分当事者で――当事者ではないのだが、マグノリアが一番高位だからだろう。
王子も一瞬考えるような表情をしたが、頷いて続けた。
「……うむ。第三者の方が公平にものを見れるであろう。申せ」
いちいち命令口調なのが何とも。
いわゆる俺様系という奴なのだろうが、マグノリア的には微妙である。
――申せか。うむ、ご希望通り申してやろうではないか。
「……正しい事を申し上げてよろしいですか?」
「うむ」
「……気に入らないからといって、嘘だとか不敬とか仰いません?」
「……事実であれば言わん」
マグノリアには面倒そうに言いながら、心配そうにマーガレットを見た。
器用な事である。
ご令嬢だけでなく、マーガレットも側近も、自分達がそうハズれた事をしているとは思ってない。
彼、彼女達にも視線を向けると、全員がマグノリアに頷いたのだった。
「では、遠慮なく」
マグノリアはそう前置きして、セルヴェスを見る。
彼も、ついでに隣にいるガイもニヤニヤしながら頷いた。
『やっちまいな☆』
悪役か。
何処からか飛び出して来たラドリがマグノリアの肩に乗ると、ぴちゅ、と鳴いてそう言った。




