懐かしい面々
じっとりとした視線を感じて視線の相手を探すと、悟りを開いた様な顔のディーンがとある方向を指さした。
……みれば、着飾った筈のヴァイオレットがこちらを爛々とした瞳で見ていた……
(な、なに?)
思わずコレットとアイリス、セルヴェスとクロードの顔を交互に見た。
全員がキモチワルイ感じになっているヴァイオレットを、微妙な表情で見ている。
何で自分をあんな目で見るのか首を傾げたが、なるほど、今日は数少ないマグノリアも参加のイベントであり、今も『プレ恋』の攻略対象者であるクロード、アイリス、コレットがいるのかと思い納得する。
……まあ、クロードとマグノリアのツーショットなどは当たり前すぎて、今更以外の何ものでもないのだが。
ただ、本来コレットとアイリスとは未だ面識がない期間だった筈だし、元のイベント内容と違い過ぎて、観察してもどうなのだろうか。
「……何か可笑しい事になってない、あの子」
「……学院ではいつもあんな感じだよ」
おおぅ……
動じない表情こそが、日々の苦労が忍ばれるというものである。
そんな彼女の後ろで、これまた無の境地のリシュア子爵夫妻が見守っていた。
時折発作のように変な行動を起こす愛娘の様子に、慣れたとはいえ居た堪れない事であろう。
ご両親に、頑張れとエールを送っておく。それに気づいたふたりは、力強く頷いた。
「……学院で大丈夫なの……?」
「……それ聞く?」
ディーンが念押しするように聞いた。
思わず口をついて出た言葉だが、ちょっと考えてひっこめる。
「うん、ごめん。大丈夫」
小さく首を振ったマグノリアに、これまた力強くディーンが頷いた。
「マグノリア、ダフニー夫人達がみえている」
クロードの言葉に振り返ると、そこには懐かしいダフニー夫人と、実家で侍女をしてくれていたライラとデイジーが笑って立っていたのだった。
「お久しぶりです!」
小走りに駆け寄る小さい頃と変わらない笑顔に、三人は安心したように微笑んだ。
「お久しぶりです。ご無沙汰しております」
ダフニー夫人はお見本のような礼をとり、それを見たマグノリアの背が自然に伸びた。
だが夫人は困ったように微笑むと、後ろの騎士達とマグノリアとを見比べた。
「マグノリア様にはいつも驚かされますわね。クロード様までこんな茶番に引っ張り出すなんて……」
引き合いに出されたクロードが、決まり悪そうな顔をしてマグノリアと顔を合わせた。
「……こうでもしないと引いてくれない人もいるんですよ。それに気を抜いているつもりが無くても良くないものに巻き込まれますから、そういう人とは距離を置く為にも、少々大げさな仕掛けが必要なだけです」
そういうと、夫人は顔を曇らせた。
勿論昨秋の事件を知っているからだろう。
元王宮の女官だったダフニー夫人は、もしかしたら女官長……ヴェルヴェーヌの知り合いなのかもしれない。
「大変でしたわね……お身体などは大丈夫だったのですか?」
「はい。元々私は無傷でしたので」
「島が大破したとか」
ダフニー夫人の言葉を聞いて、ライラとデイジーも心配そうな表情をした。
「いやいやいやいや! ガセですよ? 建物だけですよ?……危険物があったので、爆破した方がという事になっただけで……!」
隣で話を聞いているセルヴェスとクロードが微妙な顔をする。ユーゴがそれ以上に微妙な表情でマグノリアを見ていた。
ダフニー夫人はため息を飲み込んで、困ったような顔をした。
「活発なのは結構ですが、余り危険なことはなさらないようにしてくださいませ? 怪我をされたらお祖父様もクロード様も悲しまれますよ」
……悲しむは悲しむだろうが、怒りでそれこそ島など木っ端微塵にしそうである。
マグノリアは心得たと頷く。
「善処します」
素直に答えるマグノリアに、騎士達とディーンが疑わしいという顔でマグノリアを見る。
――善処すると言ったのであって、もうしないとは言っていない。
それに危ないことをしようとしてしている訳ではないのだ。そうせざるを得ない状況に陥るからしているだけであって。
「今後はもう少しお会い出来る機会も増えるかもしれません。私事ですが……主人が完全に隠居するので、環境の良い、先だって会いに参りました従姉妹の近くに引越しを考えているのです」
「そうなのですか!?」
アゼンダともそれ程離れていない領地だった筈だ。
そこまで密な関わりであったとは言い難い筈なのに、マグノリアの懐きようにダフニー夫人だけでなく、セルヴェスもかつての侍女たちも目を細めた。
「マグノリア様、デビュタントおめでとうございます」
「本当に大きくなりましたねぇ。おめでとうございます」
ライラとデイジーが揃ってお祝いの言葉を述べる。
「どうもありがとう。会えて嬉しいよ!」
「ふふふ。私もですわ」
ライラが微笑んだ。
デイジーはいつの間にか隣に来ていたリリーの顔を見て悪戯っぽく言う。
「あのリリーさんもお母さんになったなんて、月日が経つのは早いですねぇ。近々お子さんに会いに行こうって話していたんですよ」
「エリカ、めっちゃ可愛いんだよ!」
力説するマグノリアを、ライラもデイジーもほほえましく見つめる。
「小さい子は可愛いですよね。次はマグノリア様ですね?」
暗に結婚をほのめかされ、マグノリアは微妙な顔をした。
そろそろ本格的に婚約話が持ち上がり始める年齢ではある。だがそれを回避しようとしているマグノリアにとっては、うーん。なんと言えば良いものかと首を傾げた。
「……どうかなぁ」
とりあえずあいまいに濁して置く事にした。
ダフニー夫人はそんなマグノリアの様子を見ながら、王子について話すべきか逡巡した。
アーノルド王子の噂は、王宮を離れて久しい自分のところにまで色々と伝わってくる。
噂のご令嬢はマグノリアと同い年。今日同じくデビュタントを迎える筈である。
王子の婚約者であるガーディニアの事もあり、この話とは一線を引いたと聞くマグノリアには関係ない事ではあるが、アスカルド王国の貴族としては、なかなか頭が痛い話であった。
……王子達は無理を押して毎年アゼンダに避暑に行っているという話も伝わっている。宰相が文句を言いながらも強権を発動しないのには、色々考えがあるのだろう。
ああ見えてヴィクターはなかなか情も思慮も深い。
色々と付き合いもあるだろうから、アゼンダでは既に自分以上に何かしらの話は聞いているだろうと思い、口を噤むことにした。
――何も無いと良いのだが。老婆心ながらそうしみじみと思った。
「もうまもなくデビュタントの夜会が始まりますわ。マグノリア様も、今日の善き日をお楽しみ下さいませ」
ダフニー夫人の言葉に、ライラとデイジーも揃って淑女の礼を取った。




