果敢な令息への返し方
これが蝋燭の光なのかと思う程眩しいシャンデリア。大理石の柱に豪奢な彫刻達。
王宮の大広間は絢爛豪華……金ピカのつるんつるんである。
お向かいを歩く知らないおじさん貴族の頭皮も、シャンデリアのまばゆい光を受け反射し輝いていた。
マグノリアが思わず丸い瞳で行方を追っていると、数名の騎士達に恨みがましい目で見られたのだった。
――失敬失敬。
だって、物凄く光ってたのだもの。一体何を塗って磨けば、あんなに光るのであろうか。
やはり高価な美容クリームなのだろうか?
……頭に塗り込むなら毛生え薬だろうに。
もしかしなくてもまだ開発されていないのかもしれないと思い、成分は何だったかと思いを馳せる。
判明すれば、きっと一大産業になるだろうに。
どの時代でも、女性のお肌への執着と同じ位、男性の髪への執着と友情は強いものなのである。
髪は長い友だち。そう誰かが言っていた筈。
マグノリア・ギルモアとゆかいな仲間たち(仮)は、現在、王宮のデビュタント会場で待機という名のパフォーマンスを行っている。
……さしずめ、女王様と下僕ごっことでもいうべきか。
百名程のお爺さんとおじさんとお兄さん達にかしずかれ、まったりと公爵家の次男坊、次男坊とはいえ年齢はおっさん。そんな彼のお薦めケーキを食べているところである。
デビュタントは来たるべく大人への準備のひとつであるが、ぶっちゃけてしまえば婚姻や婚約の為の品評会だ。
……厄介そうな申し出その他を避ける為、全くもって当家の嫁にそぐわない! とでも思って貰い、候補から外して貰う為の布石である。
ある種猫をかぶって、如何に結婚相手としてふさわしいかを取り繕う場である。
ところがマグノリアは雌豹の皮をかぶって、一般的なご令嬢の反対な事をしている訳で。
デビュタントで椅子にそっくり返って男性を顎で扱き使う様なご令嬢は、真っ先にリストから削除するであろう。
……それでも良いとか、その方が良いとかいう様な人は特殊性癖の持ち主か裏がある人間である。
そんな人はこっちからも願い下げしたい。
しかし。駄目と解ってもなお、挑戦しないと気が済まない人間が存在するようで。
会場の貴族たちが遠巻きに見つめる中、マグノリアとゆかいな仲間たちの目の前に颯爽と躍り出る若者がいた。
胡散臭い笑顔でマグノリアとゆかいな仲間たちに笑いかけては、気取って礼を取る。
「初めまして、マグノリア嬢。僕はスーヨ侯爵家令息、モブ・デ・スーヨと申します」
……名前……。
チーフゲームクリエイター・神崎の奴、遂に名前を考えるのが面倒になったのか。
キャラデザはちゃんとしているのに、名前への労力は何処へ行った? もしや担当者が別なのだろうか?
名前からしてモブなんだろうに、やたらキラキラしい見た目の侯爵令息に顔を向けた。
「是非僕に、マグノリア嬢と踊る栄誉を……!」
ゆかいな仲間たちが尖った視線を令息に向けている。
それなのに。断られるとは全く思ってなさそうな様子に、ハートが強いなと感心する。
会場中に『あいつ勇気あるな』という視線が飛び交う。
勿論、色々な意味で。
――来た来た。
マグノリアはほくそ笑む。
圧迫面接が効かなそうな人間の為に、わざわざ大勢で来たと言っても良いのだ。
しれっと朱鷺色の瞳を伏せて、お伺いを立てる。
「……ええ。ですが順番になってしまうんですの。お待ちいただくことになってしまいますが……?」
それでもいいんかい?
皆まで言わないが、そう令息に問いかける。
令息は令息で、今にも人を殺しそうな目をしているエスコート相手であるセルヴェスと、頭のパイナップルヘアにラドリを乗せ、もっしゃもっしゃと軽食を食べながら楽しそうに令息をみているヴィクター。
更には空気の読めなさにむしろ感心をしているらしい、もうひとりのエスコート相手であるクロードに視線を向けては頷いた。
「ええ、勿論! マグノリア嬢とのひと時を勝ち得るのなら、いつまででもお待ちいたします」
――うむ。よく言った!
マグノリアは頷いて、今までちっとも目立たないが、ちゃんと仲間に加わっているディーンに視線を向けた。
「令息の順番は何番目かしら?」
ディーンはひい、ふう、み……と名簿を数え、顔を上げた。
「百八人目です」
百八……令息も会場も、思っても見ない数に一瞬きょとんとする。
「……ひゃくはちぃ!?」
「ええ。既に先約済みですの」
――まさか、群がってる人間の数?
そう思って、騎士たちとマグノリアを交互に見遣る。
「……煩悩の数ね。では百八番目が参りましたらお声掛けいたしますわ」
それまで踊り続けられるか、舞踏会が終わってしまわないか心配ですけど。
全く心配でなさそうな口調で微笑んだ。
令息はとぼとぼと戻って行く。
……ダンスの決定権は基本女性側にある。女性から申し込むことが少ないからだろう。勿論、その場合男性に決定権が移るわけだが。
まぁ、家格の圧力で無理やり受けざるを得ない事もあるものの、強要は出来ないというのがルールだ。
本来は余程でない限り受けるのがマナーだが、やはり男性と女性では体力が違う事と、女性は着飾って動き難い格好で踊る為、体調や水面下の婚約の進捗具合など色々なあれこれによってお断りするのも、けしてマナー違反ではないのだ。
……それに、一応受けてはいるテイである。
全く踊る気もなければ、事実上のお断りというだけであって。
彼の名誉も一応理屈では守られているのだ。
限りなく受ける気が更々無いという事が、周りにも丸解りなだけであって。
問題ない(?)
これで、こんな公衆の面前で恥をかきたい人はもう出て来ないであろう。居たら余程の被虐性に満ち満ちたドM認定だ。
クスクス。おかしいと言わんばかりに笑い声が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、鉄扇で口元を隠すコレットと、拳を口に当てて笑いをこらえるアイリスが居た。
「一体何をするのかと思って見ていたけど、こんなに引き連れて来るとは」
「いつもながら、何をするにも規模が大きいのねぇ」
ちょっと呆れ気味にコレットが言った。
「……大きくしないと、人によってはこれみよがしに押して来るじゃないですか。なので大きくするしかないんですよ?」
自分のせいではないとばかりに手と首を振る。
「ふうん? そういう事にしておこうか。何はともあれ、デビュタントおめでとう」
「マグノリア様。デビュタントおめでとうございます」
「ありがとうございます」
三人は互いに礼を取ると、おかしそうに笑った。
「……息子を紹介しようと思っていたんだけどね。新たな百八番目だと思われたくないようで、どこかへ行ってしまったみたいだ」
言いながらアイリスは肩を窄める。
……アイリスにそっくりだという、噂のペルヴォンシュ先輩を見損ねた様だ。
「コレットってば珍しいじゃん?」
「……あなたより珍しくは無いわよ。その変わり果てた姿に、学院時代のファンが悲鳴をあげてたわよ?」
「ファンねぇ……公爵家との縁結び相手位にしか思ってなかったと思うけどなぁ」
いつもの如く、ヴィクターとコレットは軽口を叩き合う。
不要だとは思いつつも、マグノリアが面倒に巻き込まれた時にサポート出来るよう万一に備え、コレットとアイリスもこの舞踏会に出席していたのである。
年齢を超えた友情。
……実際は同年代と言って良いと思うのだが、見た目は彼女たちの子どもと同年代な上、前世的な話を知る筈もないふたりにとって、マグノリアは庇護する対象なのだろう。
マグノリアは内心申し訳なく思いながらも、その気持ちを有難く思っていたのであった。




