初冬の王都にて
冬の王都は小雪が舞っていた。
乾いた空気と、年の瀬特有の浮かれた空気感が街中に溢れているようだ。
そんな中、王宮の大広間の絢爛豪華な扉の前で。セルヴェスとマグノリア、そしてクロードが腕を組みながら一歩を踏み出す所である。
「……マグノリア、用意は良いか?」
「良く無いケドしゃーないっすよね」
孫娘を気遣うセルヴェス。
綺麗に着飾ったマグノリアが、誠にうそ臭い作り笑いをしながら、陽気な暗殺者のような答えを口にした。
「……取り敢えず笑っておけ」
「ラジャー」
反対側からは叔父が念を押した。承知である。
「よし、行くぞ!」
セルヴェスの声に、三人は背筋を伸ばして歩みを進めた。
招待状を提示されたネーム・コールマンが、三人を見てびっくりしたように瞳を瞬かせる。無理もないだろう。
しかし三人は、そんな哀れなネーム・コールマンを視線で促した。
はっとしたように、すぐさま名を読み上げる。
「ア、アゼンダ辺境伯家、セルヴェス・ジーン・ギルモア様。クロード・アレン・ギルモア様。並びにギルモア侯爵家ご令嬢、マグノリア嬢のご到着です!」
名を呼ばれたのは三人。
……普通はエスコートで一緒に来場したふたりを読み上げる事が主であろう。
もちろん、ひとりで来場する者も居るが。
今年のデビュタントの目玉のひとりであるマグノリアの登場に、会場内は騒めいたが。更に三人揃って読み上げられた事に首を傾げた。
音消しの絨毯の上を、貴族らしい表情と微笑みを浮かべながら三人は歩く。
「……凄い見ているな」
「穴開きそう」
「……流石に開かんだろう」
知人に視線で挨拶をしながらも、三人は小声で毒づく。
白いデビュタントのドレスに身を包んだ可憐な少女。
噂通り非常に愛らしい見目をしている。
年配のお歴々は彼女の曾祖母を思い出しただろうし、それ以降の人間は噂以上の美しさに面食らっていた。
顔も綺麗であるが、特筆すべきはそのスタイルの良さであろう。
上半身にぴったり沿うように纏うドレスは、人とは思えないような作り物めいた曲線を描いている。
スカートが膨らんだドレスが多い中、正面の切り替え部のストンと落ちたような形は、足の長さと細さを主張するようなデザインだ。
少女らしさを出す為か、腰からチュールで沢山の布が花びらのように重ねられており、後ろから見ると流行の膨らんだ形に見えるよう作られていた。
そしてそのドレスと、特徴的な色の髪を飾る花々。
全て白い花であるが……よく見れば生花ではなく、布で一輪ずつ作られた見事な花々が咲いていた。
そして何より。右手には祖父であるセルヴェス。左手には叔父であるクロードにエスコートされての登場だ。勿論正装用の騎士服できっちりと着飾っており隙は無い。
……ふたりにエスコートされるというのも前代未聞だが、その相手が悪魔将軍と黒獅子である。今世最強、鉄壁の取り合わせであろう。
美少女と強面。もしくはヤバい人達である。
良く知らない人からすれば過保護過ぎるとも言えるのかもしれないが。ちょっと目を離すと誘拐されそうになったり実際にされたりもするので、見知った周囲からすれば、ちっとも過保護だとは思わない。
会場に射貫くような視線を向ける引率者ふたりの様子に、触るな危険、アンタッチャブルと警鐘が鳴り響く。
そしてその後に、次々と名前が読み上げられる。
「ブリストル公爵家、ヴィクター・カシミール・ブリストル様ご到着です!」
私的な社交もさることながら、公的な場にはとんと姿を現さない人物の名前に、再び会場がざわめいた。
……奇抜な髪型と、最後に見た姿とは似ても似つかない風貌に、再度会場がざわつく。
……後ろの方で、何人かのご婦人方の悲鳴(阿鼻叫喚の方)が聞こえた気がするのは気のせいだろうか。
会場の端っこで様子を見ていた宰相が、己の次男坊の様子、苦虫を噛み潰すように顔を歪めた。怖い。
何もしていない筈なのに、後ほど叱られる姿がはっきりと見えるのはどうしてなのだろう。
更に続々と、招待客の到着を伝えるネーム・コールマンの声が響く。
「デュカス伯爵家、ユーゴ・デュカス様。並びにイーサン・ベルリオーズ騎士爵のご到着です!」
やはり正装用の騎士服を纏ったユーゴとイーサンがにこやかな顔で会場に入ってくる。貴婦人ならぬ貴腐人の悲鳴(黄色い方)が確実に聞こえて来た。
それからも次々にギルモア騎士団の名前が読み上げられる。
友人同士、夫婦で、ご令嬢を伴って。
実力主義のギルモア騎士団には平民生まれの騎士も多いが、正式な騎士となれば騎士爵が与えられる。そしてこの国の騎士爵は準男爵と同じとして扱われる事になっている。
貴族とはいえないなんて言う口さがない人間もいるが、平民にとっては一種のステータスだ。
ギルモア騎士団だけでなく、各騎士団に平民出の騎士は存在している。
序列的には低いので公の場には出て来ない人間が多いが、時折逆玉狙いや、上昇志向が強い人間が社交に勤しんでいるということだ。
西の僻地に位置するギルモアの騎士達、それも騎士爵が社交に出てくる事は少ない。諜報に長けた上独身であり、部隊長の副官を勤めるイーサンは色々と領地周辺の貴婦人に知られた存在である。その伝手もとい情報網で、離れた王都でも知られた存在なのだそうだ。
白いデビュタントのドレスを纏った少女の周りに、黒い騎士服の年代さまざまな男性陣が取り囲んで行く。
デビュタントへ(面倒除けに)一緒に行って欲しいのだという、マグノリアのお願いを聞いた貴族のおじさん騎士達や、すでに退役した元お爺さん騎士達が、任せろとばかりにこぞって名乗りを上げた。
更に、王宮の舞踏会と聞いて怖気づいた若い騎士の奥様方は、旦那のお尻を叩いては王都に乗り込んで来たのである。
勿論、領内の警備に支障が無い人数を残して。
「白魚の様な足が痛くなってしまう。椅子に座りなさい」
セルヴェスがすかさず椅子を薦める。
「マグノリアちゃん、これこれ! このフランボワーズのムース、めっちゃ絶品だから。超おすすめ~♡」
『フランボワーズムース♡』
おすすめ以外にも山盛りのスイーツを両手に、スキップしながら帰って来たヴィクターが皿を差し出す。……ついでに喋る小鳥もどこからか飛び出す。
「お嬢様、寒くはありませんか?」
「ひざ掛けをどうぞ」
「肩掛けもどうぞ」
ささっと四方八方からショールが差し出される。
「小噺を致しましょうか?」
「バッグをお持ち致しましょう」
「お皿をお持ち致しましょう」
至れり尽くせり。
……お前ら普段そんな事しないだろう? なんていうのはナンセンスである。
クロードと不憫護衛騎士は周囲のノリにドン引きしながらも、仏頂面と今にも倒れそうな表情と。まあ、いつもの感じで見守っている。
「お飲み物をどうぞ」
――そう言ってニヤニヤしながらノンアルコールジュースを差し出したのは、王宮の給仕に紛れ込んでいる陽気な暗殺者兼護衛であった。
ざわめいていた会場が水を打った様に今はしんとしている。お姫様を護るべく、もしくは擬似ハーレムを作るがごとく群がる騎士たちを眺め、人々は瞳を瞬かせる。
……男共の後ろでは騎士団の奥様連中がしめしめとほくそ笑み合っている上、お久しぶりやら初めましてと社交をしていたりするのだが。
姿かたちは似ていても、おっとりした王女であるアゼリアに比べて、マグノリアは何処となく表情が勝気に見える。更には小柄で華奢なアゼリアに比べ、背が高く豪華なスタイルを持つマグノリアはなるほど、小さな女王様。もしくは悪役令嬢もかくやとみえるだろう。
……リリーにお願いされて加えられた不憫護衛騎士が、青ざめた表情を隠しもせずに胃の辺りを手で押さえた。
一応男爵家の令息ではあるが、王宮の舞踏会などそれこそ自分のデビュタント以来である。容姿は平々凡々、更には貧乏男爵家の自分がこんなに注目される事はまず無い。
中央でにっこりと微笑む悪の親玉(風)・マグノリアと、その両脇で来れるものなら来てみろといわんばかりの臨戦状態の男たちを見て、会場の貴族達は絶句したのであった。




