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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第十章 何事も経験(主に王都)・デビュタントはノーサンキュー編

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秋の辺境伯家

 秋はどこの領地も忙しい。穀物類の収穫のピークを迎えるからだ。

 自分達の生活も領地の来年に向けてのあれこれも、秋の収穫によって決まる割合がとても大きいと言えるであろう。

 年寄りから子どもまで総出で、様々な作業が淀みなく進んで行く。


 それ以外にも果物に山の幸に、秋の味覚が盛り沢山だ。

 この世界でも秋はやはり、実りと豊穣の季節である。


 マグノリアは黄金色に色づく大地と忙し気に働く人々を瞳に映しながら、馬車でパレスへと向かっていた。

 ディーンと丁寧に皮を剥いだヒレを干す為である。

 まだ早いかと思ったが、日本に比べて湿度が低い為、大丈夫だろうと判断した。


 大きさが大きさだけに、かなりの日数を掛けて天日干しする為、場所の確保をどうするか迷っていた。

 ……基本は潮風の当たるクルースが良いのかと思うが、某有名生ハムは山で干す位なので、いっそ他の地域でも良いのかもしれないと思ったのである。


 風の通りが良く、それなりの広さがあって、あまりごみごみしていない場所。

 更に、王都に外出している期間、ちゃんと出し入れをお願いしなくてはいけないのだ。あまりにも辺鄙な場所は厳しいだろう。

 ヒレの出し入れをして貰う人材も確保しなくてはならない。

 商会の製造部門にお願いすべきか、ギルドで募集を掛けるかも迷い所である。



「館の庭では駄目なのか?」


 ――うん、そうだよね。


 だが館の庭は人の出入りが多い為、見た目的にセバスチャンとプラムに間違いなくNOを突き付けられそうである。見えない場所だけで収まらなそうなので……まあ、今更多少変な事をしたところで、平民も貴族も慣れっこの可能性もあるが。


 ……とはいえ、臭いなどがあるのか無いのかも不明な為、自分の不在時に迂闊に進め難い。

 同じ理由で、要塞や学校も却下となった。


「……それなら、パレスに干せば良いのではないか?」


 何でもない様に言われたクロードの言葉に、マグノリアもセルヴェスも思わず瞳を瞬かせた。……良い考えだとばかりに、どんどん続きのコメントが発せられて行く。


「どうせ普段使っていないのだし、ごみごみしていなければ風も通る上、殆ど人もいない。管理の人間もいるだけだ。雨が降れば大広間にでも取り込んでおけばいいんじゃないか?」


「ええ~? 流石に宮殿にフカヒレを干すのは気が引けますけど……」


 パレスはアゼンダ公国時代の宮殿である。


 当初、アゼンダの人間はセルヴェスが宮殿に住むとばかり思っていたそうだが、山の中で不便な為、生活に向かないと言って却下したそうだ。


 ……確かに不便ではあるが。

 本当のところはアゼンダ大公が住んでいた場所な為、国民感情を思い遣って今の館に住む事にしたのである。


 実はそれも半分以上、表向きの理由であると言える。


 パレスは本来、統治者としてクロードが住むべき場所だ。

 セルヴェスとしては、自分は一時的な管理者に任命されただけであり、彼に返すべき場所だと認識している。


 また知る者はごく限られた人間であるが、本来領主館は、大公妃が幼いクロードを危険から守る為、少数の使用人達と共に静養と子育ての為に暮らす離宮……いや、小さな館として建てたものなのだそうだ。


 それならば是非その館で暮らした方が良かろうと、領主の屋敷としてはこぢんまりしたそこに暮らしているのである。


 ある程度大人になってから色々と当時の事を話してみたが、クロードとしては本当の両親にいろいろ思うところもある上、セルヴェスや今は亡き養母であるルナリアに、感じなくて良い程の恩義を感じているところが見受けられる。


 ……何処かアゼンダ公国についてのあれこれには口が重い。


 よって、館がある意味彼とその母の為に建てられたものだと言い難く、言えぬまま何年も何十年も過ぎてしまっていた。

 ――彼が父親になったら話そうと思い、もう十年単位の時間が過ぎているのはどうしたものなのか。


 よってパレスは、海外のお客様や国内の要人への迎賓館としてのみ使い、普段は綺麗に整備されある種大切に保管されているのである。


 そんな場所にフカヒレを万国旗のように吊るせというのか。

 ……なかなか斬新な使い方だ。白亜の宮殿と呼ばれる美しい宮殿に、フカヒレがそよぐ様子を思い浮かべる。


「別に構わんだろう?」


「領民が嫌な気分になるのでは?」

「基本、誰も寄りつかない場所だ。そんなものバレやしないだろう」


 ……まあ。本来の持ち主がそれで良いのであれば文句はないが。


 マグノリアはセルヴェスの顔を見た。

 セルヴェスは微妙な表情をしていたが、他ならぬクロードが良しとするならば構わないというスタンスであるようである。


 こうして、あれよあれよとパレスにフカヒレを干す案が採用されたのであった。

 パレスの管理人は老夫婦である。

 干物なんぞを美しいパレスに拡げる事に大変恐縮しながら確認すると、優しげに笑いながら請け負ってくれた。


「……なんか、すみません」

「いいえ。多分、クロード様が気を遣われたのでしょう」

「気を遣った?」


 老夫婦は、不思議そうなマグノリアに頷いた。


「はい。ここが使われる事は滅多にありませんので。セルヴェス様が過去を含め、大切に思って下さっている事も充分伝わっております。ですがクロード様は我々が淋しくない様に、忘れていないと気遣われたのではないでしょうか」


 ……そうかなぁと思う反面、クロードは頻繁に彼らの様子を見に来ていたらしい。

 確かにここは、忘れられた孤島の様にひっそりと静まり返っている。


「重労働ですが、よろしくお願いいたします」

「いえいえ。セルヴェス様も不便が無いかお庭番の方を頻繁に寄越してくださってますから。力仕事は彼らに任せますよ」


 そう言うと、遠慮気味なマグノリアを急かす様に、早速作業をしましょうと促してくれた。

 ラドリがホバリングするように浮き上がり、ポシェットから山の様に取り出したフカヒレを手に取る。

 ラドリはちょっとだけフカヒレを啄むと、微妙な顔をしてぴちゅちゅと鳴きながら飛んで行った。味がついてない上に生々しい生だから、美味しくないだろうに。


 ガイとともにラドリを生温かく見送る。

 ……隠れて護衛している騎士達も姿を現し、吊るす為の簡易棚を作ると全員でフカヒレを美しい庭に干し拡げて行った。


 嫌がるどころか楽しそうに行ってくれる老夫婦のふたりを見て、なるほどと思う。


 マグノリアも騎士達も、もっと自分達も老夫婦を気に掛けるようにしようと、心に刻んだのであった。



 ******

 十一月に入った。


 月末には王都に向けて出発する為、各所に挨拶回りをする。常日頃マグノリアは留守番係な為、妙な感じである。

 ……基本的に今年だけで、来年以降は留守番係なのだが。



「あの、マグノリア様がデビュタントとは」

 

 ギルド棟へ行くと、商業ギルド長のドミニクにしみじみと言われた。

 厳つい顔は今でも変わらないが、ヒールを履かずとも今は目線が同じか、若干マグノリアの方が高くなっている。


「本当ですよねぇ。月日が流れるのは早いですよ」

『あっという間☆』


 マグノリアが素直に同意すると、ドミニクとヴィクターに苦笑いされた。

 ラドリの合いの手にガイもニヤニヤしている。


「もう間もなくお誕生日ですな。十五歳のお誕生日とデビュタント、おめでとうございます」

「どうもありがとうございます」


 はにかみながら礼を言うと、長年成長を見守ってくれたもうひとりのお爺さんらしく、温かな瞳で頷かれた。


「今後ともよろしくお願いいたします」

「……こちらこそ」

「僕も礼服新調しなきゃ~。王宮、お菓子だけは美味しいから楽しみにしておいて!」


 くすぐったい空気を一刀両断するようにヴィクターがおどける。


『美味しいお菓子!!』

 ラドリが興奮しながら二メートル程ジャンプしたので、全員で笑った。



 秋になり、行く先々で同じように祝われる。

 美辞麗句ではないが心の籠った言葉と表情に、マグノリアは心が一杯になった。


 本当に、アゼンダに来て良かったと思う。

 いろいろな出来事や人の交わりと関係の不思議さと有難みをひしひしと感じる。


 どんなに努力しても出来ない事は確かに存在するが、大抵は改善出来るものなのだと改めて思う。

 壁の多くは、確かに自分で作るものなのだろう。


 ――いろいろ頑張って本当に良かった。これからもみんなの、そして自分の為にも頑張ろう。

  

 そう噛み締めて外へと出ると、ギルド棟の前にセルヴェスとクロードが待ち構えていた。


「おじい様とお兄様? どうされたんですか?」

「用事が早く終わったんで迎えに来たんじゃよ」


 早足で駆け寄るとセルヴェスは小さい頃と変わらず、マグノリアの頭を優しく撫でた。

 クロードは、どうせ行くのだろうと言わんばかりに親指でマルシェのような屋台を差す。


「さ、屋台に行くぞ。暫く食い納めだからな?」

「うわーい! いっぱい食べちゃおう!」

「……ドレスが入らなくなっても知りやせんよ?」

『お腹ぷくぷく☆』


 調子にのるマグノリアに、ガイがすかさず釘を刺す。ラドリはいつもの人を喰った煽りを入れて来る。


 領民達は、一家揃って笑顔で串焼きやら何やらを頬張る辺境伯一家の姿を温かく見守った。




 そして数日後。

 今日も見慣れた道をいつもの馬車が走る。  

 館に戻ると、出迎えの為に使用人と騎士達が並んで待っていた。

 セバスチャンやプラム、不憫護衛。その他見慣れた面々。そして侍女であり、大切な姉であり友人でもあるリリー。

 そしてそして、新しく加わったリリーの娘のエリカ。


 馬車を降りると、いつもはクロードに駆け寄るエリカがマグノリアに突進して来た。

 ぎゅっとマグノリアの足……スカートに抱きつくと、大きな瞳をこれでもかと細めて笑い、顔を上げた。


「まーたま、おめーと!」

「ありがとう!」


 ありがとう、みんな。

 心の中で言いながら、エリカのふくふくのほっぺに頬ずりする。


「……あちゅい」

 秋晴れの空の下、賑やかな笑い声が響き渡った。


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