晩春の辺境伯家
全ての用事を終え馬車が館に着くと、数人の出迎えが玄関先に並んで待っていた。
その中にひときわ小さな姿が見え、マグノリアもガイも頬を緩める。
エリカだ。
卒乳と同時に侍女に復職したリリーは、エリカを一緒に連れて通っている。
通常、産後も仕事をする人は同居している祖父母にみてもらうか、近所の人に子守を頼むのが一般的らしい。
核家族な上、何かあったら危険という事で一緒に通って貰っているが。
住み込みで働いている場合はどうなのか確認したところ、過去に休憩の人間がみているか、下働きの人などは職場の中で注意しながら過ごさせていたとの事であった。
じゃあそれで良いだろうという事で、マグノリアの部屋や図書室などマグノリアとリリーのいる場所で、良い子に遊んで貰いながら過ごさせているのだった。
不憫護衛騎士が館の護衛当番の際は、休憩になると面倒をみにやって来て、そのままになっているリリーの部屋で面倒をみるのが恒例となっている。
一歳を過ぎ、よちよちと歩けるようになったエリカは母親であるリリーの隣で立って、きちんと馬車の到着を待っていた。
ふくふくとしたはち切れんばかりのほっぺに、きゅと窄められたお口。
ぷくぷくの短いお手々を前で揃え、一生懸命フラフラしない様に立っている。
幼児の、周りの大人のまねっこである。
勿論強制ではない。それどころか疲れてしまうので、マグノリア的にはお部屋でのんびりしているか遊んでいれば良いのにと思う位だ。
その上リリーとお揃いの侍女のワンピースドレスに似せた洋服を着込み、本人は立派な侍女のつもりであるらしい。
もっと可愛い洋服も作ったのだが、コスプレの一環で(?)、母子で同じ格好をしたら可愛いのではないかと思い、冗談半分で縫ってみたところ、エリカのお眼鏡にかなったらしく……館へ来るとそれでないと嫌だといって泣くので、仕方なく毎回着せる羽目になっている。
最近はリリーも諦めの境地らしく、替えの侍女風ワンピースが追加で作られたのだった。
驚かせないよう、ゆっくり馬車が止まると、お辞儀をする大人に混じり、エリカも頭を下げた。
「ただいま~。エリカ」
「まーたま! まーたま!」
馬車を降りると、名を呼びながら手を挙げるエリカの頭を撫でる。
マグノリア様と言えないエリカは、マグノリアを『まーたま』と呼んでいた。
元々使用人との距離が近い辺境伯家である為、迎えに出ていた使用人達も顔を綻ばせているが……リリーだけは、どうしたものかと困った顔をしている。
「おや、エリカはお昼寝から起きたんすか?」
ガイが細い目をより細目てそう言うと、よちよちと足に懐いて、やはり名前を呼んだ。
「がい。がい!」
遭遇すると遊んで貰える為、すっかりガイにも懐いているのである。
先日は庭師の真似事をするガイにミミズを掘って貰ったらしく、うねうねするミミズを興味深そうにずっと見ていた。
――迎えに来たリリーが悲鳴をあげたのは言うまでもない。
「やっぱり、短いし音的に『ガイ』って言い易いんだね」
「そうっすねぇ。お嬢のお名前は、幼児には呼びにくいかもしれないっすね」
……ちなみにセルヴェスは『しぇるたま』、クロードは『くおーたま』と呼ばれている。
『たま』は多分『様』なのだろう。
見た目に似合わず可愛いもの大好きなセルヴェスは、時折身体を斜めにしてとんでもない表情をしている。
いろいろと我慢しているのであろう。
その内転がり出すのではないかと、館中のみんなが思っているのは言うまでもない。
「エリカ、『お帰りなさいませ』ですよ?」
リリーがどことなく困った表情をしつつも、けじめなのかそう言ってきちんと頭を下げる。
ガイに抱っこされていたエリカは、じっとリリーを見て、下へ降りたがったので降ろしてやる。すると手を前に合わせ、ペコリと頭を下げた。
「おかーり!」
「~~~~~~~~っ! エリカーーッ!!」
可愛いが渋滞中のエリカを抱き上げると、マグノリアはぐりぐりとほっぺに頬ずりする。
「……あちゅい」
セルヴェス譲りの愛情表現は暑っ苦しいのか、真顔で一刀両断された。
それを聞き、居合わせた全員が声をあげて笑ったのは言うまでもない。
現在無理をしない様に時短で働いているリリーは、帰宅したマグノリアの身なりを整えるとエリカと共に帰って行った。
丁度本部に向かう騎士が居た為、リリーの家まで送って貰う事にする。
お菓子に夢中で一緒に帰って来なかったラドリをエリカは探していたようで、何度か『らどい』と呼んでは窓の外を見ていた。
居ないと解って残念そうにしていたので、今度ラドリの形をしたぬいぐるみでも作ってあげようと心に決める。
「リリー、お疲れ様でした。じゃあまたね、エリカ」
そう言って手を振ると、エリカも手を振ってバイバイする。
……一緒にほっぺがブルンブルンするのが何とも言えないのだが。
笑顔で見送って。静かになった部屋で、人生悲喜こもごもだなと思う。
これからの長いエリカの人生が、どうか素敵なものでありますように。
そして、女官長……ヴェルヴェーヌの人生も、良かったと思える事が、ひとつでも多く増えますように……
取り敢えず緊急の用事もないので、白い布を選ぶことにした。
――こんな気分の時は、何も考えずに手を動かす方が気が紛れる。
出来ればふわふわの、肌触りの良い布が良いだろう。綿も入れてシマエナガのようなラドリを作って行く。
色味も少なく顔の形も単純な為、あっという間に出来上がるだろう。
「……何かものを入れれるようにする?」
イメージは、地球のぬいぐるみポーチの様なモノだ。
可愛さ優先なので内容量は極小である。
トレードマークの黒いポシェットもくっつけて、上下左右と出来を確認する。
なくさない様に紐をつけ、ポシェットの様にかけられるようにする。
「出来た!」
これでラドリがいない時も多少は紛れると良いのだが。
翌日手渡すと、エリカは瞳を輝かせてみんなに見せてまわっていた。
「らどい、らどい!」
「おお! 本当だ。良かったなぁ」
よちよちと歩きながら、出会う人出会う人に教えてまわる。
……リリーは恐縮しまくっているが、身体が持たないので何処かで諦めるか開き直るかが必要であろう。
セルヴェスにまで自慢して見せて、褒められて得意顔だ。
喜んでもらえて何よりである。
『……僕、もっとハンサムだもん!』
唯一、ラドリ本人がご不満なようであった。
「そう? 良く似てると思うけど」
マグノリアの回答に、ご機嫌斜めのようである。
「らどい!!」
『…………』
むくれた本人へ自慢して見せるエリカ。
グイグイと顔の前に、白いまん丸の小鳥を見せつけられる。
……流石に一歳児相手に否定するのもどうかと思ったらしい小鳥は、空気を読んだようである。
いささか不機嫌そうに無言のまま、小さなぬいぐるみポシェットを横目で見たのだった。




