祈り
賑やかな面々と別れを告げて、本日の最終予定地である教会へ到着した。
顔見知りの修道士に挨拶をして、礼拝堂に歩みを進める。
いつもと同じ様にシャロン司祭が熱心に祈りを捧げていた。だが今日は珍しい事に、その隣には商会の製造部門代表のダンも祈りを捧げているのが見えた。
気配に気づいたらしい司祭は、顔を上げると後ろを振り返る。
礼拝堂の粗末な木の椅子に座り、同じ様に祈りを捧げるマグノリアを見て、穏やかに目元を緩めた。
「ようこそいらっしゃいました」
「お邪魔しております」
ぺこりと頭を下げたダンと司祭とを交互に見て、マグノリアは遠慮がちに確認する。
「……出直して参りますか?」
「いえ。ただ祈りに来ただけですから」
ダンが首を振りながら早口で言う。
珍しいと言いたげなマグノリアの顔を見て、苦笑いをするようなはにかむような表情で、ダンは続けた。
「……まぁ、いろいろありましたから。今のこの日常に感謝と、どうしても消えない恨みつらみを神様に聞いて貰うのと、両方なんですよ」
「忙しい合間を縫って、熱心に通って下さっているのです」
シャロン司祭は全てを受け止めてくれるような、穏やかな表情でそう言った。
「……また参ります。マグノリア様も、また後日」
「ダンに、神のお導きがありますように」
司祭と話がある事を察してか、ふたりに頭を下げると足早に去って行った。
扉の近くに控えるガイにも挨拶をして外へと出て行く。
「……ヴェルヴェーヌを呼んで参りましょうか?」
来訪した理由を察してか、司祭が言った。
マグノリアは首を振る。
「彼女は……落ち着いて来ましたか?」
「そうですね。孤児院の子ども達の呼びかけに、反応するようになって来ました」
ヴェルヴェーヌとは、女官長の新しい名前だ。
バーベナの別名で、花言葉は『後悔』
元々は修道院で暮らして貰う予定でいたのだが。
魔法を使った事件であった事で、万が一魔術で抜け出されてしまったらという考えが過ったのだろう。修道院側が受け入れを渋ったのであった。
魔術は他の者が使った事と、仲間がいて連れ出すなどということは無いと説明しても、反応はイマイチであった。
そんな時、良ければ教会で預かるとシャロン司祭が手を挙げてくれたのだ。
職を失い尽くしたはずの家族にも捨てられ、牢に入れられた女官長は、殆ど言葉を話さなくなった。
……心の中ではいろいろな感情が渦巻いているのだろう。
血が出る程に噛み締められた唇と、固く握られた拳。ほとんど眠らず、虚ろな瞳は空をじっとみつめていた。
ある種、自分は家族に利用されていると知りつつも、まったく顧みられない状況を目の当たりにして酷く打ちのめされたのであろう。
家族というのは厄介なものだ。
本来は誰よりも自分の味方である筈なのに、意外にそうではない現実をふいに知り打ちのめされる事がままある。
勿論、深い愛情に満ち溢れた関係性を築き上げる人も多いだろう。
だが、思ったよりもそうでもない人が多いと言うべきか……哀しい事に無償ではなく有償の愛情である事は、存外に多いのである。
なのに、無条件で自分を愛してくれる筈だとインプットされている為、愛してくれてないと認める事に時間が掛かる。どこかで気付いている場合も、自分に言い聞かせて信じ込ませる為、嘘を頑なに信じようとする……
そんなの切ってしまえばいいと思うが、なかなか切れないのが肉親の厄介なところだ。
まず自分がとても悪い事をしている様に思えてしまい、責める事になる。
周囲に言えば『家族なのに』『冷たい人間だ』『親の気持ちっていうのは……』と、まったくの善意で諭される事になる。
結果老人になっても、既にいない親の愛を求めて苦しむなんて事が本当に起こり得る訳で。
地球でも深刻な問題になっていたのを覚えている。
……そんな事があって、女官長は心を閉ざしてしまった。
やってしまった事に対しても自分自身に対しても、深い後悔をしているのだろう。
教会へ来てからも、暫くは食事も碌に摂らず、じっとしている事が多かったそうだ。
見かねた司祭が色々試した中で、孤児院の子ども達と一緒に過ごさせるというのが一番反応があり、それから頻繁に過ごす様にしていると言う事であった。
「……そうですか。事情があってここにやって来た子ども達ですから、自分に重なるところがあるのかも知れませんね」
「はい。私もそう思います」
「時間が掛かるかと思いますが、もう少し回復するまでは急かさず、ゆっくり対応させてあげてください」
マグノリアの言葉に、シャロン司祭はゆっくりと頷いた。
本来なら力になりたいところだが……生憎女官長ことヴェルヴェーヌは、マグノリアに余り良い感情を抱いていない。もう少し本人に余裕が出来ればまだしも、剥き出しの今の状態で関わるのは追い込む事になってしまいそうで憚られる。
「自分で糸口を見つけられると良いのですが」
「きっと、神のお導きがありましょう」
シャロン司祭に頷きながら、教会の奥、孤児院にいるであろう、かつての女官長に想いを馳せる。
時間薬。
季節を二つほど跨ごうという今、まだそれは充分でないと言い聞かせる。
受けた傷が大きければ大きい程、塞がるまでには時間が掛かるのだから。
それは目に見えない場所でも同じ事だ。
シャロン司祭に礼を言って、礼拝堂を後にする。
扉を開けて待つのは、やはり同じ様な境遇のガイだ。彼はため息交じりに呟いた。
「……厄介っすねぇ」
何に対してなのか。
ヴェルヴェーヌか。彼女の親兄弟か。自分の親の事か。
はたまた自分の感情か。
「そうだね」
マグノリアは同意すると、まっすぐ前を向いて歩きだした。




