フォーレ校長、そしてヴィクターとユーゴ。ラドリ添え
季節は飛ぶように流れて行く。
迫り来る夏を目の前に、急ピッチで様々な事々を前倒しして行く。
主に商会関連と学校関連だ。
アゼンダ商会は多少の浮き沈みこそあれ、この十年順調に業績を積み重ねて来た。
今はだいぶ少なくなった航海病がそれを如実に示しており、今でもクルースの港にはマグノリアの花を掲げて入港する船が後を絶たない。
作る手間や保存を考えると、既製品を買った方がラクだという考えはこの世界も同じ様で。
元々が薄利多売の金額設定な上、美容や健康に良いと言う事で、日々の食事にも取り入れられている。その為ザワークラウトもパプリカピクルスも、現在でも安定した売り上げをキープしていた。
始めは自分達が食べる為に作ったマヨネーズやウスターソース、トマトケチャップ。焼肉のつけダレも好調である。特に焼き肉のつけダレは屋台の串焼き屋を始め沢山のお店に卸される事になり、なかなかの売上を誇っていた。
自生しているハーブを使ったハーブソルトや、粉にしたガーリックを混ぜ込んだガーリックソルトも、値段が手ごろと言う事もあり庶民に人気が高い。
パスタやうどんなどの麺類もアゼンダのファストフード的な扱いを受けており、主食のひとつになりつつある。
ツナを始めとした保存食も少しずつラインナップを増やし、意外に人気なのがスルメである。ある程度常温でも保存できる事や、長期保存に向いているのが好まれるのだろう。
ヨーロッパ風な世界でスルメってどうなのと思わなくもないが……美味しいは正義なのである。
元々タラの乾物が幅を利かせたヨーロッパベースな上、日本のあれこれも交じり合っている世界なのだ。
鮭とばも煮干しも、いかくんに貝ひも。もしかしなくても干し貝柱も受け入れられるのではないだろうか。
(干し貝柱……)
ムムム、とマグノリアは眉間に皺を寄せる。
干しアワビ、ツバメの巣、フカヒレ……!
思考が完璧に中華の高級食材に寄って行っているが……
――多分、捨てちゃうんじゃないかな? サメって食べてるんだろうか。
少なくとも館の食事にサメっぽいものが出て来た事は無い。
(おお……!)
商売の香りがプンプンするではないか。
「フカヒレって、ある程度下処理して干しただけで作れるのかな?」
「……また何か思いついたんすか?」
ガイが何とも言えない顔でマグノリアに念押しした。
「取り敢えず、学校に行きやしょう?」
「……はい」
ソウデスネ。
マグノリアはお口にチャックをしながら、頭の中でソロバンを弾き出したのである。
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「こちらは特に問題ございませんので、決裁箱の中の書類にサインいただければ問題無いかと」
フォーレ校長に促されながら決裁箱の中を覗く。
「……急ぎのものは早馬なり伝書鳩なり、送っていただければ対応可能ですので」
「承知いたしました」
お爺ちゃんのせいか、何年たっても変わらない風貌のフォーレ校長は、ふぉふぉふぉと笑いながら、仙人のような髭を撫でさすった。
「しかし、マグノリア様もデビュタントですか……月日が流れるのは早いですなぁ」
「本当ですよね。私もそう思います」
マグノリアは苦笑いしながら、書類にサインをした。
二年前に前期課程の生徒として入学した子ども達も、春には無事に修了となる。
卒業する者、後期課程に進級する者。
それぞれであるが、節目に伴い学校側もいろいろと準備が山積みになっていた。
後期課程の最終確認、教員の確保と研修。寮など受け入れのあれこれ。
開校三年目となると、皆多少手慣れても来たと言えるが、大切な子ども達を預かっている為、気を遣う事が多い事は確かである。
「領地を離れる前に何度か参りますが」
これから寮母などの雑務を引き受けている人間にも挨拶に行くのだろうと思い、フォーレ校長は慈愛に満ちた表情で頷いた。
「はい。とにかくこちらはお任せを。心置きなくデビュタントをお楽しみください」
「……はい」
優しい表情についつい言うのが憚られるが、マグノリアとしては行きたくないのであるが。
心の中でため息をついて、しぶしぶと頷いたのであった。
子ども達に絡まれ、教師達に絡まれ。
マグノリアは苦笑いの連続である。
「マグノリア先生、今度デビュタントなんでしょう?」
「王宮には素敵な王子様がいらっしゃるのよね!」
女子生徒たちが盛んにため息を漏らしている。
……確かに。顔(だけ)がステキな王子様がいらっしゃるね。
「はぁ~……ステキなドレスで王子様とダンスを踊るのよね……!」
いや。王子様とは踊りたくない一択である。
「マグノリア先生、凄く美人だから見初められちゃったりして!」
「きゃぁ~~~ //////」
「…………」
――王妃様から逃げるのに大変なのである。
マグノリアは顔を引きつらせながらフェイドアウトする。
元々アーノルド王子とは相容れない為、本人に見初められる事は無いけど。
『王子様』というフィルターは凄いんだなと思いながら、半眼で廊下を歩いて行く。
誤解(良い方への)が凄すぎる。……王子だからっていい人だとは限らない訳で。
アスカルド王国の王子様は比較的ハズレ寄りの方だと思うと、心の中で何気に失礼な事を呟きながらため息をついた。
そんな様子をさっきから楽しそうにニヤニヤしているのがガイであるが……ヤツも王子のあれこれを知っている為、周りの反応が面白いに違いなかった。
******
「あれ、マグノリアちゃん?」
『マグノリア~♪』
領都のカフェに赤毛のパイナップルヘアをした半裸で――素肌に派手なベストを着用しているが――手を振るおっさんと、お休みなのかシャツとジレにトラウザーズというラフな格好をした強面のおっさんがいた。
冒険者ギルド長兼魔法ギルド長のヴィクターと、ギルモア騎士団西部駐屯部隊長のユーゴである。
彼らとも商会がまだ工房と呼ばれていた時分からの付き合いの為、もう十年来の顔見知りだ。
あちらはどう思っているかは解らないものの、マグノリアからすれば友人の域である。
ふたり共学院時代には二学年差という事もあり、元から顔見知りである事は言わずもがなである。
勿論、再会した時には余りにもな見目の変り様に、ユーゴはヴィクターだと気付かなかったらしいが。
ふたりの手元……テーブルの上には、果物やらケーキやらが山盛りにされた皿があり、中央に埋もれるようにしながら平らげているラドリが、マグノリアを見て手羽先を振っていた。
「あー! ラドリってば、またそんなに食べるとお腹壊すよ!?」
見た目だけだと変人か変態でしかないヴィクターであるが、ラドリを猫っ可愛がりしており、会うとこうしてラドリにいっぱいお菓子を食べさせるのだ。そんなこんなで、味を占めた小鳥は年がら年中、彼の下に遊びに行っているのである。
一方のユーゴは苦笑いしながら立ち上がると、マグノリアの為に席を引いてくれた。
見た目こそ若干強面であるものの中間管理職宜しく良く気が利き、かつ非常に紳士的な対応の御仁である。
「お嬢様、よく俺達がここに居るって解りましたね?」
「……オープンカフェだからね。ただでさえ厳つい男性二人組は目立つし、その上、小鳥が喚きながらケーキを食べてますからねぇ」
肩を竦めるマグノリアに、ガイはニヤニヤした。
ばつが悪そうに周囲を見れば、成程……と呟いて自分の席に腰を下ろした。
領都の関係各所を廻っている途中、知人のおっさんがお茶を飲んでいるので立ち寄ったのだ。
「お邪魔だったかしら?」
「全然! 無人島爆破事件の話を聞いてただけだから」
ヴィクターの言葉に、マグノリアとユーゴが渋い顔をした。
「僕も一緒に行きたかったなぁ! 見てみたかった、無人島爆破事件!」
「……いや。人身売買事件だからね? ちなみに無人島の『建物』爆破であって、『無人島』は爆破してないからね?」
如何にも残念そうに嘆くヴィクターに、マグノリアが念を押している。
その場……ちょっと離れた場所で目撃した上、消火活動の陣頭指揮を執ったユーゴと、実際に火種となる火魔法を打ち込むよう指示されたガイは、揃って胡乱な視線をマグノリアに向けていた。
「マグノリアちゃんってば、魔道具が無くても結局爆破しちゃうんだねぇ」
「…………」
その点においては、何とも言い訳がし辛い。
微妙な沈黙を押しやって、ユーゴが次の話題を絞り出す。
「……そう言えば、何か我々に御用がございましたか?」
「ああ、そうそう! 今冬のデビュタントの件なんだけど。宴にはふたりとも出るのよね?」
マグノリアがふたりをそれぞれ見遣る。
「ええ、まあ」
とはユーゴ。
伯爵家の次男である彼は、事あるごとに両親に結婚するように言い含められている。
社交の時期の宴の類いには、余程の仕事がない限りは強制参加をさせられており、毎年護衛対象の警護も兼ねて出席している。
ちなみに護衛対象とは辺境伯家の人間の事であるが……護衛の必要なんかあるのかという疑問はこの際、ポイっと捨てておく事にする。
「冬の社交界は殆ど行かないけど、今年はマグノリアちゃんの晴れ舞台だもんね! 僕も行こうかな~」
とはヴィクター。
普段平民のフリ(?)をしているが、歴とした貴族である。それもかなり由緒正しきお家の次男坊なのであるが。
どの位由緒正しいかというと、アスカルド王国の筆頭公爵家の次男坊で、かつ、現宰相の息子でもあるのだ。
時折どうしてもハズせない社交に、父によって駆り出されるが……本人的には貴族として除籍届を提出しており(……だけど毎回宰相さんに握りつぶされている)、身分は平民だが(?)都合の良い時だけ貴族として扱われると、毎回ブーブー文句を言っているのであった。
「出来たらで良いんですけど。一緒に入場して欲しいんですよね……」
「……セルヴェス様やクロード様とはされないのですか?」
不思議そうなユーゴの発言はもっともである。
基本会場への入場……エスコートは、婚約者と連れだつ。婚約者がいない場合は親族の男性が務める事が殆どで、同居している祖父のセルヴェスか、義叔父であるクロードが勤めるのが本来であろうと言う事だ。
ましてや孫可愛いが過ぎるセルヴェスである……
余程の事がない限り、その立場を譲らないであろうというもの。
「いえ、するのですが。可能なら皆さんも一緒に入場して頂きたいのです」
更にユーゴに、他の騎士でデビュタントが行われる舞踏会に出席する人にも、出来たら一緒に入場して欲しいと声掛けして貰えないかと掛け合う。
出来る限り大勢にという但し書きまでつけて。
「勿論、奥様やお嬢様をエスコートされてで構わないのですが。入場だけ一緒にして貰って、もしかしたら一曲くらい踊っていただく可能性も。嫌でない人だけですが」
「……一体何をなさるおつもりなんですか?」
怪訝そうなユーゴに、ヴィクターが面白そうに笑った。
「マグノリアちゃんも、折角なんだからデビュタント楽しんだら良いのに。意外にステキな人が見つかるかもよ?」
無責任な事を言うヴィクターに、半眼で返しておく。
「その言葉、ヴィクターさんにそっくりそのままお返ししておきます」
ここに居る人間は、ガイも含め、良く言えば独身貴族の集まりである。
実際、中身はヴィクターやユーゴと同年代のマグノリアであり、彼女も御多分に漏れないのだが、ここにそれを知る人間は不在なのだった。
「うわぉ! 自分にぶっ刺さった♡」
『グッサグサ♡』
いつも通りのふたり……二匹と言った方が良いのか……に、常識人なユーゴはため息をついて頷いた。
「承知しました。声掛けをして置きます。後日お返事を致しますが、そちらで宜しいでしょうか?」
「お願いします」
安心してケーキを食べ始めるお嬢様を見て、ユーゴは諦め顔を、ガイはニヤニヤを。
ヴィクターはいつも通りなんだか楽しそうにしており、ラドリはマグノリアの皿のケーキを盗み食いに、千鳥足ならぬ忍び足で近づいたのだった。




