爆破
虫が出て参ります。
今回はそこまでではないと思いますがご注意くださいませ。
少しでも嫌いな方は回避願います。
『ナイス・キック♪』
ラドリののんびりした声が、しんとした部屋にこだまする。
第二王子はそれなりに剣を扱える人間だったようだが……マグノリアが女、それも少女だと思って甘く見ていたのであろう。
なんだかんだで、四歳から鍛錬を積み重ねているのである。
……余りきちんと武術を仕込むと、騎士になるとか傭兵になるとか言い出しそうだと、関係者一同全員が思っている。それこそ内戦地に全身鎧で飛び出して行きかねないので、最低限の護身術しか教えていないけど。
如何せん、ギルモア家の考える最低限である。
今回攫われた時のように油断してふいに意識を刈り取られない限り、ちょっとした男のひとりやふたりは倒せるのだ。
「お嬢、ヤバいっす! 逃げやすよ!」
ガイが早口でそう言う。
セルヴェスが白目を剥いたままひっくり返っている第二王子をむんずと引っ掴むと、そのまま担ぎ上げる。扉近くに移動しながら、もうひとり、護衛騎士を有無を言わさず掴んでは肩に担いだ。
……傷に障ったのだろう、担がれた騎士がうめき声をあげる。
少女たちが閉じ込められていた地下牢と同じ位の大きさの部屋。
何の為の部屋かといえば貴賓室などではなく、まるで実験室のそれである。
手前は空間を広くとっており、先程の様に剣を振り回すのに苦もない広さが取られているが。半分から奥はいろいろな材料や道具が積み上げられていた。
特に部屋の奥の方……薄暗いが幾つもの空瓶や乳鉢などが、テーブルの上に所狭しと乱雑に置かれている。
いきなり笑い出して剣を放り投げた行動に、何か別の武器を出すのかと思い回し蹴りをブチかましたが。
――何か居る。
そう思う前にセルヴェスがマグノリアに向かって大声で言った。
「早く、みんな上に逃げろ!」
何かが蠢く気配に、マグノリアは唇を引き結んで走り出した。
すると。
バリバリバリバリ!
木で出来たテーブルを粉砕するような、かみ砕くような音がする。そして後を追うように、上に乗っていたであろう物が床に落ちる音。続けざまに割れる音。
アーネストとクロードが厳しい顔で、マグノリアを庇う様に後ろに就く。
「生きものにあのような……可哀想に」
怒りをこらえるような哀しい声でクロードが小さく小さく呟いた。多分独り言だったのだろう。アーネストは金色の瞳を伏せた。
ガイはそんな三人を見遣ると、もうひとりの傷ついた護衛騎士に肩を貸して立ち上がったのだった。
第二王子は、武器を出すのでも薬品を投げつけるのでもなかったのだ。
閉じ込めておいた何か。入れ物を壊して、それを放つ為に剣を投げたのだ。
薄暗い場所に置いてあった空瓶に見えたそれ。
何かを引きずるような音がする。同時に何かが零れるような音。
全員部屋を出ているか確認する癖で振り返ると、大きな毒虫が二匹、光る瞳でこちらを見つめていた。一匹は、第二王子の投げた剣が刺さったままだった。
怒っているのか、尻尾を床に叩きつけては針先から毒を出し、床がその毒に濡れ汚れて行く。
その色は黄緑色のそれであった。
(ひえぇぇぇ……っ!)
先程見た沢山の毒虫達は十センチ前後であった。尻尾があるので大きく見えるのだろう。
それでも充分デカいと思ったマグノリアだが、今見た虫は優に五倍はある大きさだった。
(……何、あれ!? 突然変異? 遺伝子操作!?)
この時代、この世界にそんな高度な技術があるだろうか?
偶然の代物なのだろうか?
(かくなる上は……!)
「……ラドリ、米粉! 米粉はまだ持ってる?」
『あ! 急いで帰って来たから、渡すの忘れてた……』
マグノリアのすぐ前を飛んでいたラドリが、全くもって忘れていましたと言わんばかりの声を出す。
昼間ラドリが王都に行っていたのは、ヴァイオレットに米粉を届ける為だった。
実際は『弾け麦粉』だが、夏休みに米粉パンが食べたいと話していたヴァイオレットの希望を叶える為、試行錯誤をしてやっと出来上がったのである。
渡す前にマグノリアの拉致・誘拐を知り、そんな事は遥か忘却の彼方に吹き飛んでいたのだった。
地下から出て来れない様に扉を締めるが、今度は扉を食い破っているのだろう。何かをしきりに引っ掻く音とかみ砕く音がする。
それを確認してクロードが立ち止まり剣を構えた。
「お兄様!?」
「扉まで破るような毒虫なら放って置けまい。……人間の都合で利用されて可哀想だが」
どうするのか無言で確認したマグノリアに、処分するのだと暗に示した。
初めは証拠として閉じ込めておこうと考えたのだろう。
しかし様々な影響を考えて、今ここで処分してしまう方が良いと判断したのだ。
「……音は録れたのですね?」
「うん?」
今、クロードは録音機を作っている。
きっかけは、マグノリアがうっかり地球にあったビデオカメラの話をしたら、それを聞いたセルヴェスが欲しがった為だ。
何の事は無い、可愛い孫娘の映像や声を残したいという理由である。
映像を記録するのはかなり難しいらしく、録音機が先に完成した。だが、どうしてもこの世界の技術では賄えない技術があるらしく、そこは魔道具の回路を利用して補っているらしい。
一応説明を受けたが、マグノリアにはまるで解らない呪文の様な言葉の羅列であった。
……そんな訳で、実験も兼ねていろいろ試しているのだが。
合理的な彼は事情聴取などに活用しているのである。
第二王子の演説中も、本人の供述として証拠になると思った為、録音しているか目配せし確認したのであった。
「最低限の証拠が残っているなら、このまま吹っ飛ばしましょう!」
マグノリアの言葉に、クロードとアーネストが固まる。
「まだ中にいっぱい詰まっているかもしれないですよね? 刺されたら大変じゃないですか! 安全第一ですよ!」
第一、剣が刺さったままでも生きているのだ。
多分、何等分かにでもしない限り死なないのだろう。地球にもそういう性質を持った生き物が存在した筈だ。
種別によってどの程度かの違いがあるが、細かくすればするほど生存率は下がって行く。
二匹くらいなら何とかなるだろうが、もしも沢山居たら?
攻撃している間に別の虫たちに攻撃されたら。
「ラドリ、米粉を建物の部屋中に撒いて! 床に落とすのじゃなく霧とか煙みたいに、視界が白くなるように!」
『解った!』
言うや否や、黒い小さなポシェットを開けると、中をつついては凄まじい……まるで見えない速さで飛び回った。
ラドリに持てる重さではないので、袋に穴を開けて、ポシェットから直に撒く事にしたらしい。
みるみる視界が白くなる。
ラドリはスピードを緩めずに地下の扉の上部に突っ込んで穴を開けると、実験室の中も飛び回り米粉を充満させた。
「ラドリ、全部撒き終わったら大至急避難して!」
『オーケー☆』
もはや早すぎてどこを飛んでいるのか解らない。
声だけを頼りに頷くと、アーネストとクロードを促した。
「さあ、早く外へ!」
一体どれ程の威力があるのだろうか。
マグノリアも実際に体験した事は無い。映画やドラマ、漫画で見聞きした範囲だ。
どの位の濃度が必要なのか? 果たして手持ちの分で足りるのであろうか。
金属粉や細かい塵でも爆発は起こるが、物語では大抵小麦粉が使われる。手に入り易いからだろう。
実際は粒子が細かい方が、より爆発を起こしやすいと聞いた気がする。
小麦粉は案外粒子が荒い方だったと記憶している……ミクロンの世界だが。
(似たようなものだとは思うけど……三種類くらいキメを変えて粉にした筈だから、どれかが上手く行けば良いけど……!)
階段を駆け上がり。
外から上階に場所を変えて、未だ虫退治をしていた騎士達にも声を掛けて避難させる。
仕上げとばかりに床に落ちた米粉を巻き上げるよう、ラドリが渦を巻いた。
危機を察知しているのか、森の中の獣が海の方へと走って行く。
鳥は夜の空をけたたましく鳴きながら羽ばたき、暗い夜の森は騒々しさと不気味さに包まれていた。
走馬灯の一種なのだろうか。危機的状況の時には、こんなにも時間がゆっくりと感じるのだろうか。
実に長く感じるが、実際は大きな毒虫を目にしてからほんの二、三分の事である。
「ガイ、火種! 投げるから貸して!」
スッとんで来たラドリが頭に着地するのを確認して、怪我人を担ぎながら前を走るガイの背中に向けて怒鳴る。
「あっしが投げやす! 何処に投げやすか!」
「あの建物! 中に投げ入れてっ!!」
怪我を負った護衛騎士をアーネストに託すと、ガイは頷いて両手を前に突き出した。
――火種って。お嬢は一体何をするつもりなのか。
……もしかしてもしなくても、さっき後ろを走っていたマグノリアは『吹っ飛ばす』と言わなかったか。
何で粉なんぞを撒いてる?……粉が充満している建物に着火したらどうなるんだ?
ガイは嫌な予感に大声を出した。
「お嬢、なるべく走って離れるっす!」
返事をする間も惜しく、全員が頷きながら足を動かす。
セルヴェスは人をふたり抱えているとは思えない速さで、先頭を走っていた。
途中、ガイの身を案じたマグノリアが振り返る。
「ファイヤー・ボム!」
「……え?」
短い詠唱を口にしたガイの手元にはドッジボール程の炎の球が浮かんでおり、声と共に赤い炎の軌道を描きながら、一直線にアジトに突き進んで行った。
暗い森の中を赤く光りながら、炎が一筋、空を駆ける。
(……魔法?)
思うや否や。
「クロード、マグノリアを抱え込め! 全員伏せろっ!!」
セルヴェスの第六感が危険と察知し、大声を張り上げた。
声がするかしないかでクロードが、目一杯に腕を伸ばし、走るマグノリアを己の胸に引き寄せた。
そのまま腕の中に抱え込むと、受け身をとりながら丸くなって、庇う様に地面に伏せる。
直後。島を大きく揺るがし、轟くような轟音が夜の空に響いた。
そして熱風と。沢山の瓦礫と礫が雨のように容赦なく降り注ぐ。
…………。
(えぇぇぇ……?)
何か。思ったよりも破壊力が……ある?
「…………」
「…………」
静かな怒気を感じる。
取り敢えず……飛来する礫が減ったところで、クロードがむくりと上半身を起こした。
……背中も髪も塵だらけである。
爆風からだけでなく、危険な飛来物からもマグノリアを庇ったのであろう。
綺麗なご尊顔が鬼のような表情で、あれはなんだと聞いている。無言なのだが、間違いなくそう聞こえる。
……背後で燃え盛る炎が、より迫力を増して感じるのだろうか。
「ふ、粉塵爆発です……!」
「……ほう?」
地面に肘をつけたままで問い詰められているので、まるで逃げ場がない。
それどころかとても近い。怖い顔が。
土ドン? これはイケメンの、壁ドンならぬ土ドン(地面ドン?)なのか?
……全然ときめかないのだけど。
それどころか、叱られる予感しかしないのだけど。
「初めてなので、規模が解らなかったのですよ!」
「……こんな事、年がら年中される訳には行かないのだが?」
……ですよね~?
とは言えまさかこんな、途轍もない規模になるとは思わなかったのだ。
マグノリアはハッとする。
「みんなっ! みんなは大丈夫っ!?」
『ぴっ?』
ラドリが頭から振り落とされて、地面に転がった。
やはり地面の上で寝っ転がりながら頭を左右に振るマグノリアの様子に、毒気を抜かれたクロードは大きく息を吐き出した。
そして、マグノリアの顔の汚れを指で拭ってやる。
「……良かった。無事で」
「……はい。助けてくれて、ありがとうございます!」
心から安心して吐き出されたような言葉に、マグノリアは元気な輝く笑顔で答えた。
******
一方海上では、すっかり砂漠の国の人間達を縛り上げたところだった。
島から誘拐されていた少女達を連れて戻って来たその時。
大きな揺れと爆発音が、夜の海に響き渡った。
轟々と撒きあがる炎と煙に、船の上は騒然となる。
現状を確認しようと焦るイグニス海軍をよそに、ユーゴとイーサン、そして少女達を連れ戻して来た斥候達が遠い目で、赤く燃える島を見ていた。
案の定、アジトは粉々である……
斥候達は目をショボショボさせた。
……間に合わなかった。
いや、セルヴェス達の事ではない。
彼らは間違いなく無事だし、どうこうしようとしてどうにかなる人間達でもない。
そこは全く心配していないのである。
ユーゴはため息をついて、この後の諸々に対応すべく頭を切り替えた。
まずはイグニス海軍に説明をして。
……海域がマリナーゼ帝国とも近いので、すぐに帝国の海軍もやって来る事だろう。そちらにも充分な説明が必要になる筈だ。
「――取り敢えず、爆発と火災の消火だな? そして現場の確認だ」
「応っ!」
ユーゴの指示に、ギルモア騎士団の騎士達の応える声が、海辺の夜空に雄々しく響いたのであった。
弾け麦が本当に弾けました。




