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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第九章 何事も経験(気がついたら海の上)・誘拐はある日突然に 編

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反撃

 アーネストと剣を交えていた男は、マグノリアを値踏みするように不躾にみつめる。

 湿気の多い地下の空気と相まって、酷く不快に感じられた。


「まだ幼いが、確かに美しいじゃないか……」

「……他国のご令嬢に、失礼な言動はお慎みを!」


 言いながらアーネストは、異母兄の視線からマグノリアを庇うように身体をずらした。


「残念だったな。その綺麗な顔を切り刻んで、目玉をくり出してコイツにくれてやろうと思っていたのに!」


 そう言って顎でアーネストを指す。

 言われた言葉に恐怖を感じるよりも、周りの人間の怒気が膨れ上がったのを感じ、背中に冷汗が伝った。


 ――つーか、爺様とクロ兄の前でなんてことを言ってくれるのか。コイツってば生き急いでいるのか!?


 更には人を亡き者にするにしたって、めっちゃ猟奇的なんだけど。

 それダレ得なんよ?


 NO! 暴力・NO! グロである。


「ははは! 怖くて声も出ないか!」

 一昔前のアナクロい悪役の様な男は、イっちゃってる系の表情でのたまった。


「……はぁ? 何だって?」

 マグノリアは腕組をしながら、でっかい鼻息を吐き出す。


 勝手に攫った上に、随分ヤバい事してくれようとしたみたいだし、ちょっと位言ってやったってバチは当たらないだろうというもの。


 ――バカを煽るなって? 

 いやいや。こちらには悪魔将軍と黒獅子、陽気な暗殺者が控えているのである。

 虎の威を借りるようでなんだが。


 向こうがカッとなってマグノリアに危害を加える前に、目の前の男がGo to hellだ。


「お前、バッカじゃねぇの?」


 マグノリアは嫌そうに顔を顰めながら言った。

 セルヴェスはコクコクと頷き、クロードは相手を警戒をしつつも諦めたように頭の痛そうな顔をして。ガイは暗器を構えつつもニヤニヤと男に笑いかけた。


 アーネストと目の前の男は金の瞳を丸くし、痛みに呻いていた護衛騎士は、自分の耳が遂に幻聴を聞いたのかとゆっくり顔を上げた。


 怪我を負った騎士の頭に乗った小鳥が、舞台のセリを上がる様に動く。そして合いの手の煽りを入れる。


『いいぞぉ! もっとヤレー☆』

「このクソ野郎が!」

「煩い!」



 マグノリアの口汚い言葉に腹を立てたイグニスの第二王子は、ちっとも不遇とは思えない己の不遇から、思うように行かない・出来ない苛立ちと。

 そしてアーネストへのこじつけと濡れ衣のような恨みつらみが、溢れるように口から、次から次へと吐き出した。


 まるで呪詛だ。


 本人的には至極真っ当な主張で、筋が通っているとでも思っているのだろう。


 正妃から生まれたのに二番目というだけで王にはなれない。

 父と母が、自分をきちんと評価してくれない。機会にも恵まれない。

 側近の差、仕事の差、周囲の対応の差。


 側妃――アーネストの母親のせいで壊れた家庭環境。

 アーネストへの嫉妬とコンプレックス。


 

 マグノリアはクロードをちらりと見た。

 クロードは小さく頷く。



「お前に解るか!?」


 本人にとっては余程の吐露なのだろう。普段は彼だって王子然としているのだろうに。

 髪を振り乱し、唾を飛ばして大演説をかましている。


 悩みの大きさをどう感じるかは人それぞれ。

 同じ悩みでも、誰かには大きすぎると思って抱えきれない事もあれば、別の誰かにとっては何てことないという事も、往々にあるのだ。


 ……確かに長男が優先され易いこの世界は、不平等といえるだろう。

 目の前の第二王子が王に向いているかどうかは別として、それでも本来なら一番向いている人間が立太子するのが、国の為にも国民の為にも良いのだとは思う。


 ただ、そんな事をしてる国はこの世界では無いだろうけども。

 長男が優先なのはどこの家も同じ訳で。ましてやそれを理由に、彼が悪に加担して良い事にはならない。


 本当に王と王妃が彼を評価していないのかどうかは解らないが、子どもだからといって平等ではない世界なのだ。機会が無いなら自分で作るしかないだろう。評価され難いなら尚の事だ。

 ……報われないと言えば報われないが。

 だがそれを理由に人を殺して良い筈はなく、他人を好きに攫って売り払っていい筈もない。


 側近の差もあって仕方ない事だ。王や王太子の側近がボンクラでは困る。嫌なら自分で育てるか、自分で別の人間を選ぶほかない。


 仕事の差も、周囲の対応の差も然り。


 側妃――に関しては、どうしようもない。特に次代が必ず必要な立場であるなら、持たざるを得ない事もあるのだろう。

 既に跡継ぎがいるのにと肉欲に関して文句を言うならば、それはもう自分の父親がハズレだった以外の何ものでもない訳で。


 一般の人間だって愛人や妾を持つ人間がいるのだ。

 マグノリア的に愛人もお妾さんも肯定はしないけど。自分の夫を他の女性とシェアするとか無理だ。


 なので、そこは彼の親父さんであるイグニス国王とその妃たちに、上手く家庭運営をして貰う他なかったのであろう。

 

 アーネストへの嫉妬とコンプレックス。


 ……これは人間なので、解らなくもない。

 やっぱりどんなに頑張ったって敵わない、秀でている人間には嫉妬もするだろうし。自分の駄目なところにばかり目が行って、劣等感も持つだろう。


 だって人間だもの。


 それなら良いところを伸ばせと言うだろうし、劣等感を持ってる位なら努力しろと言うだろうけど……まあ、出来ない事もある。正論が必ずしも出来る事とは限らないのだ。

 超人でもない限り、ずっとは頑張り続けられない。


 ――だからといって相手を傷つけても良い事にはならない。命を狙うなんて尚更権利が無い。


「ごちゃごちゃ、うるせぇな! じゃあ逆に、お前に私の何が解るっていうんだよ?」


 

 綺麗な顔の麗しい唇から、トンデモ汚い言葉が次々と飛び出して来る。

 護衛騎士達は瞳を白黒させ、アーネストは瞳を瞬かせつつも、気遣わし気にマグノリアを見ていた。



 みんな同じだ。

 他の国の王太子にならない王子。そもそも国によっては王妃の子でありながらも、継承権すらない王女。

 兄弟格差のある家は、何も王家だけじゃない。貴族も平民も、それこそ地球にだってある。

 

 側妃の子どもであるアーネストの方が、彼より何倍も嫌な想いも辛い想いもしている事だろう。

 ……本人は何も言わないが、命を狙われているから、商人として船に乗って暮らしていたという噂を聞いた事もある。



「全部、お前が人を殺めても悪い事をしても、良い理由になんかなんねぇんだよ」

「なんだ、その口は! 誰に向かって言っている、不敬だぞ!」


 マグノリアが柳眉を顰めた。

「不敬ぇ? ふざけんなよ、自分の権利ばかり主張しやがって」


 本人の口から語られた王と王妃、王太子の殺害を始め、砂漠の国との共謀のあれこれ。


「やる事やってから言えっつーの! 敬われる人間に無礼を働いて初めて不敬だ、バカ野郎が!」


 やる事やるの方向が真反対だ。

 王族が、守るべき民を傷つけてどうする?


「王位王位って、王になってお前は何をするんだよ?」

「…………っ! う、煩い! 平民やただの貴族風情の命など、虫けらも同然だ! 私が好きに使って何が悪い!」


 マグノリアに問われ一瞬ハッとしたものの、瞬時に激高する第二王子を警戒して、ガイが素早くマグノリアの前に出た。


「王になるのだけが目的の奴に、王位は務まんねぇんだよ!」


 必要なのはその先だ。

 目標、目的、ビジョン。夢。言い方は何でもいい。


 自分は王になって何をするのか。何を成す為に王になるのか。


 だが、それももう遅い。

 第二王子も自分に後がない事は解っているのだろう。

 クーデターは失敗だ。

 アーネストだけでなく、国として彼を捕縛する為に海軍まで動かしているのだ。


 更には大国であるアスカルド王国の重鎮であるセルヴェスの孫娘を攫い、殺そうとしたのだ。

 そして今目の前に。彼を捕らえる為に、その祖父でありギルモア騎士団の団長でもあるセルヴェスが剣を握って立ち塞がっているのである。



 第二王子は何やらブツブツ言いだしては、顔を上げ不敵に笑い。

 大きな部屋の端の方にあるガラス瓶に向かって、自らの剣を投げつけた。


「こうなったら、道連れ……」


 第二王子は全てを紡げなかった。

 剣が手を離れた瞬間、マグノリアは一歩後ろへ引くと大きく弾みをつけて前へ飛んだ。そして着地した軸足に力を入れ、身体を勢いよく回転させる。


 ぶうん! 


 重い空気の音が静まった部屋の中に低く唸る。そして後を追うように、ガラス瓶の砕ける音が広い部屋に響いた。


 第二王子のこめかみに向かって、マグノリアが渾身の回し蹴りをお見舞する。

 今まで理不尽と不条理、不遇を押し付けられた人々の、せめてもの代弁だ。


 何の衝撃なのか解らないままに、第二王子は気を失った。

 アゼンダの面々は諦めた様な達観した表情で空をみつめ、アーネストと護衛騎士のふたりは、目と口をこれでもかと大きく開けながら、白目を剥いて倒れて行く第二王子をゆっくりと視線で追う。


 マグノリアはコンパスのように回転し、伸ばした足を着地させると。奴隷船から逃げる為に破ったスカートがふわりと風をはらんで膨らみ、ゆっくりと元の形に落ち着いたのだった。


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