突入
ここから数話、虫(毒虫)や戦闘シーンが出て参ります。
苦手な方は回避し読まない様にお願いいたします。
アーネストと彼の護衛騎士、更にはギルモアの斥候を務めていた騎士達がアジトとみられる建物の近くに潜みながら、配置の相談をしていた。
「中から抜け出して来る者や、仲間が来るかもしれません」
「では、二名、外で待機を致しましょう」
外から中の様子を詳しくは窺い知れない為、未知数である。
ただ静かな様子と気配から、そこまで人が多く潜んでいるようには思えない。アーネストの言葉に、ギルモアの騎士が答えた。
「辺境伯殿の到着を待たずに行かれるのですか?」
アーネストの護衛騎士が、そう言って心配そうにアーネストを見る。
その時、小さな淡い色の花火が打ちあがった。
全員が空を見上げる。
「……お嬢様と無事に合流出来たようですね」
ギルモアの騎士の言葉を聞き、アーネストは心底ほっとして頷いた。
「本当に良かった。お怪我など無いと良いのですが……ギルモア嬢の安全確保の為、皆様一旦船に、場合によっては領地へ戻られるでしょう。建物に人が少ない今がチャンスです」
アーネストの言葉を聞き、護衛騎士は承知と頷いた。
……ギルモアの騎士達はそうかなぁと懐疑的である。
(……無事ならば、そのままアジトに乗り込んで来そうだがなぁ……)
自ら喧嘩は売らないけれども、売られたら間違いなく買うお嬢様である。
更には家の子にしてくれた礼を返さねばと言いながら、素手でアジトを破壊する位、朝飯前のセルヴェスが来ているのだが……
ガイはニヤニヤしながら、敵が来たら作動する恐ろしい罠を仕掛けそうだし、クロードはクロードで、涼しい顔をしながら島を更地にして行きそうである。
「ギルモア騎士団の皆様は、確認できていない場所を見られますか?」
時間が短かったため、建物周辺の調査しか出来ていないのは確かだ。
まだ見ぬ他の場所にとんでもないモノがあるかもしれないし、他にも設備が無いのか、誰か潜んでないかを後から調査に入るであろう本隊の為に確認する必要があるだろう。
……ただ外から解らない様に隠されている事から、あったとしても緑の中にあるのではないかと推測できる。
岩場を削る事もありえそうだが、時間が掛かる上、労力が大きいのでしてないのでは無いかとも思う。
「殿下の安全を確保する方が優先です」
アーネスト、イグニスの護衛騎士二名、ギルモアの斥候六名。
外の警戒と見張りに二名取られるのならば、七名で中に踏み込む事になる。
大きく人を動かすよりも、少数精鋭で行く方が上手く行く事もあるのは事実な訳で。なまじ時間を置いて機会を逃したくないというアーネストの意見ももっともだと思う。
海上に仲間たちが大勢いるが、追加で来るかもしれない敵の規模と装備も解らないのだ。
アーネストはアーネストで、ギルモアの騎士が自分から離れる事を渋るのも、警護につくだろう事も理解出来る。
どんな状態か解らないのだ。他国の王子をみすみす危険に晒せないだろう。
更には中に居るのが身内なのだとしたら、第二王子とアーネストが共謀している可能性も全く無い訳ではないのだ。
……信じてる信じていないではなく、彼らにはあらゆる可能性を、私的な感情を排して加味する必要がある。
「解りました。それでは一緒に中へ」
アーネストの気負いのない言葉に、ギルモア騎士団の騎士達はほっとして頷いた。
建物の扉を押すと、小さな音をたててあっさりと開いた。
鍵をかけ忘れたのか、それとも罠なのか。
扉を開けた直ぐの部屋には、テーブルと椅子、日用品があるだけで特に不審なものは何もない。
注意しながら続き部屋の扉に手をかける。
あの怪しい、正体不明の液体があった部屋だ。
前にギルモアの騎士が二名、後ろの中央にアーネスト。アーネストを挟むように護衛騎士が左右に配され、殿をギルモアの騎士が務める。
人の反応がある。
目配せすると全員が頷き、剣を構えた。
勢いよく扉を開くと、何やら液体が投げつけられた。
全員が左右に飛びのき、同時に壁と扉に液体が飛び散る。
(暗殺者!?)
ギルモアの騎士が間髪を入れず、攻撃した者へ間合いを詰める。剣と暗器がぶつかり合い、甲高い音をたてた。
力任せに押し合うが、キリキリと耳障りな音をたてるだけで、お互い睨み合いながら出方を伺っている。
「殿下、毒やも知れません! 触りませぬよう!」
護衛騎士の声にアーネストが視線を返したところで、暗殺者が飛びのき、左手を振る。
すると、多数の虫が、何処からともなく無数に湧き出した。
(……虫使い!!)
目の前に湧いた虫は砂漠の国に生息する毒虫である。
大きな顎に、沢山の脚。尻尾にある針。牙からも、尻尾の針からも毒を出す虫だ。
一体何匹いるのか。
全員が床一面に蠢く虫を見て、顔を引きつらせる。
「解毒薬を……!」
砂漠の国が関わっていると知り、またアジトに薬品らしきものがあると聞き、幾つかの解毒薬を持参してある。
目の前の虫も砂漠の国ではそう珍しいものではないので、用心に持参した中に、この虫の解毒薬があった。
飲んだとしても、大量に刺されれば気休め程度ではあるのだが……あるとないとでは心情的に違うであろう。
指示を出しながら、アーネストも急いで解毒薬を呷った。
騎士達は虫を踏み潰しながら、前へ進む。
「殿下、ここは引き受けました! お気をつけて中へ!」
虫使いの暗殺者と切り結ぶ騎士がそう言うと、大きく飛びのく。そして再び強くぶつかった。
もうひとりが、壁からも湧いて来る虫を退治すべく、剣を振るう。
アーネストは頷いて次の部屋へ進む。
……外から見える限りではこの部屋で最後だ。
次の部屋は寝室になっているようで、ベッドがあるのみの簡素な部屋。
慎重に確認しながら進むと、何もない替わりにもうひとつ扉が見える。
ゆっくりと慎重に扉を開けると、石造りの壁と階段が見えた。
護衛騎士がアーネストを振り返る。
「……地下ですね」
「気をつけろ、何が出るか解らない」
光が届かない為か暗い。灯された蝋燭の炎が揺れる。
湿って黴臭いような階段を、五人はゆっくりと降りて行く。
それ程経たずに行き止まりとなった。道は左右に分かれている。
人の気配が多い左側にまず向かうと、やつれた様な薄汚れた少女たちが数名、地下牢に閉じ込められていた。
少女たちはいきなり現れたアーネスト達を見て、怯えた様な表情を見せる。
「……怖がらないで大丈夫。助けに来ました」
アーネストは怯える痛々しい少女達を見て、まるで胸を握りつぶされる様な気持ちになりながらも……
穏やかにそう言うと、少しでも警戒が解けるよう微笑んで見せた。
探してみても鍵が見当たらない為、騎士が剣の柄で錠を叩き壊す。
「さぁ、立てる? この騎士達について行って。騎士団と海軍が助けに来ているから、保護して貰うんだ。家に帰ろう」
少女たちは躊躇いがちに頷いて、フラフラとおぼつかない足元を懸命に動かして走り出す。
「お願いします」
アーネストがギルモアの騎士に託すと、大きく頷いて階段を駆け上がって行った。
「……あの!」
ひとりの少女が、アーネストに縋るような瞳を向けた。
「どうしたの?」
「奥に、偉い人がいるのです。そして、毒も作っているのです……!」
アーネストは護衛騎士にちらりと視線を投げた。
多分だが、少女たちは召使代わりに給仕をさせられたりしたのであろう。
今は薄汚れてはいるが、明らかに見目の良い少女達だ。
「偉い人? それは沢山居るの?」
「今日は、多分ひとりです」
「そう。ひとりなんだね?」
「ど、毒は、虫を……」
マグノリアと同じ位の年齢だろう。未だ成人前の少女は余程怖い思いをしたのか、泣いて引きつる様な声をあげた。
「毒……あの、黄緑色の?」
アーネストに確認され、コクコクと壊れたように何度も頷く。
少女の汚れた手を優しく取り、アーネストは瞳を合わせて微笑んだ。安心感を与える為だ。
――上手く笑えているだろうか?
「教えてくれてどうもありがとう。助かったよ。さ、気をつけて貴女も船へ」
少女は頷くと、何度も振り返りながら階段を登って行った。
彼女たちが危害を加えられる事がない様、もう一方の部屋から誰か出て来ても対応できるように階段を塞いで見送る。
足音が遠ざかって行く様子を聞きながら、アーネストは奥の扉を睨みつけた。
異母兄が居るのか、それとも砂漠の国の人間か。彼女たちを管理する者なのか……
どちらにしろ、一連の事件に関わった者である事は間違いない。
アーネストは再び強く剣を握りしめると、足早に湿った廊下を進んで行った。
*****
「うわっ!? 何だこれ!」
外で見張りをしていたふたりは、何やら建物から這い出て来る焦げ茶色の物体を確認して声をあげた。
まあるいつぶらな瞳が、僅かな光を受けて光っている。
……虫だ。大量の虫。
思わず身体中に鳥肌をたてては、顔を引きつらせる。
幾ら屈強な筋肉男子とはいえ、うごうごしている奴らが好きな人間ばかりはいない。
ましてや沢山の脚と、何やら尻尾に物騒なものを搭載しているのである。好きな方が少ないのではないだろうか。
退避する経路を確保する為、扉を開けっ放しだったのが不味かったのだろう。
中の騎士にやっつけられない様に逃げ出して来た毒虫たちは、一斉に扉を跨いで外へと飛び出して来たのだ。
「ひぃ~~~~~!!」
「キモいっ!」
それでも森へ逃がしてはならないと思ったふたりは、虫たちに走り寄ると懸命に足と剣を使って退治し始める。
時折足を伝ってきたり飛び跳ねても来るので、密かに涙目である。
「何の任務なんだ!」
「怖い、キモいっ!」
******
少女達を連れた騎士は、階段を駆け上り寝室の窓を目一杯開いた。
急いで周囲の安全を確認し、急いで窓から外へ出る。
玄関の方には暗殺者と多数の毒虫がいる。
既に退治し終わっている可能性もあるものの、ここから外に避難した方が間違いがないであろう。
「さ、窓枠に足を掛けて。こちらに手を伸ばして」
騎士は少女に手を伸ばして、大丈夫だと頷いた。
……本当に信じて良いものか葛藤はあるのだろうが、確認のしようがない今、今までの人間達に比べて紳士的な対応をする騎士達を信じるしかないのであろう。
少女は覚悟を決めるような表情をすると、勢いよく両手を伸ばした。
一度は諦めた自由に、両手を伸ばす様に。
七名全員を外に避難させると、殿を務める騎士が窓を這い出して来た。
少女たちを気遣いながら森を走っていると、前方に大きな影と小さな影の塊を発見する。
セルヴェス達だ。
見ればピンク色の髪を靡かせて、セルヴェスの左肩に乗るマグノリアも見える。
……無事で安心する反面、やはりと思う。
マグノリアが妙にキリっとした顔をしているが、あの顔は大抵、宜しくない事の前兆である。
(乗り込んで来たよ、全員で……)
辺境伯家のヤバい四人が、纏めてやって来た。
騎士達は礼をしながら、簡単に状況を説明する。
「相解った。そのご令嬢達を安全に船へ。まず治療を」
セルヴェスが厳めしい顔でそう言った。
少女たちがセルヴェスを見て、物凄く怯えているが……セルヴェスはマグノリアと同じ位の少女たちが問答無用で連れ去られて来た事や、怖い思いをしたであろう事に腹を立てているのだ。
とっても怒っている。激おこだ。
敵には容赦しない男であるが、可愛いものが大好きな、心優しい爺でもあるのだ。
騎士二人組はいそいそと、少女達を連れて巡視船へ向かう。
暗い森が怖いのだろう、怯える少女達を気遣いながらゆっくり進む。
……もう、奴隷船退治は終わっているであろうか。
ユーゴをストッパーに連れて来なければ……
アジトはきっと粉々……
などと思いながら、果たして間に合うだろうかと瞳をショボショボさせたのであった。




