花火
(全く、その綺麗な肌に傷をつけたらどうするのか)
みつからない様にであろう。かなり高い木の上を飛び移っており、見た時は肝が冷えた。
落ちたらかすり傷では済まないであろう高さだ。この娘の頭の中には、自分がやんごとなきご令嬢だという意識は全くもって無いのであろう。
美しさばかりか、自分の価値にも全くもって無頓着な姪っ子に心の中でため息をつきつつも、無事で良かったとクロードは心底思った。
乾いた海水で髪も服もがびがびだが、怪我がない事を確認してやっと身体の強張りがとけた気がする。
それはクロードだけでなく、セルヴェスもガイも、そしてラドリも同じであろう。
叱られると思っているのだろう、どうやって言い訳をするか考えているのが丸解りのマグノリアを見て心の中で苦笑しながら、そっと腕から降ろしてやる。
せめてもの腹いせに、デコピンをお見舞してやろうと無言で指を構えると、マグノリアは凄まじい勢いでセルヴェスの後ろに隠れた。
そしてされても無いのに両手でおデコを隠したまま、セルヴェスの陰から顔を覗かせると、恨みがましい顔でクロードに礼をいう。
「……助けてくれて、ありがとうございます……」
「……なぜ不服そうなんだ?」
「まあまあ」
セルヴェスが苦笑いをしながら間に入ると、マグノリアの頭に手を乗せ撫でながら、やはり怪我が無いか目視して確認をしていた。
「マグノリア、痛い所は無いか?」
優しくセルヴェスに問われ、はにかんだように微笑むと、こっくりと頷いた。
「……はい。大丈夫です」
「……まったく、お嬢にはヒヤヒヤさせられっ放しっすよ……」
困ったような顔でガイがボヤくと、マグノリアも困ったような顔でガイを見遣った。
「……うん。ごめんね。来てくれてありがとう」
『マグノリア~!』
泣きそうな声でクロードの頭の上から突進すると、すりすりとマグノリアの肩に懐いている。
「ラドリも、心配かけてごめん」
そう言うと、優しく小さな毛玉を撫でた。
ガイは懐から小さな花火を出すと、火をつけて空に放つ。
どんどん上へと昇って行くそれが遥か上空で控え目な光を放つと、僅かの煙と余韻を残して消えた。
マグノリア無事奪還の合図である。
今頃、みんな夜空を見上げている事だろう。
「……それで、一体何処に行こうとしていたんだ?」
もっともなクロードの問いに、全員が同意と頷いた。
当のマグノリアは、これまたきょとんとした顔で、当然の様に言った。
「アジトですよ?」
アジト。
……自分を捕まえようとした敵の巣窟、総本山だろうに。
逃げるのではなく乗り込む気なのかと、三人は無言でマグノリアをみつめた。
「……怖くはないのか?」
「え?……自分ひとりならアレですけど。三人が来たのに何が怖いんですか?」
そう聞いたのはセルヴェス。
マグノリアはまったく思いもつかなかったとばかりに、首を傾げた。
「取り敢えず、帰るのが普通ではないのか?」
「ここまで来て?……帰ってる間に絶対に逃げられたり、捕まっている人たちが移動させられちゃうじゃないですか!」
至極もっともな……普通なら怖くて震えているだろうと思うクロードに、『何言っちゃってるの? 正気!?』とばかりのマグノリア。
――正気なのか問いたいのはマグノリアの方へなのだが、普通という概念を持ち出すクロード達の方が悪いのだろう。
普通じゃない保護者に育てられた結果、普通じゃないに拍車がかかっただけなのだ。仕方がないのである。
「…………。アジトに行くんすね?」
「うん。捕まってる人が居たら助けなきゃだし、悪い奴らは捕まえなきゃだよね? 証拠品も押収しなきゃだし」
マグノリアは不思議そうに頷く。
「多分、イグニス側の関係者が潜伏している。今、アーネスト……エルネストゥス王子が捕縛に向かっている筈だ」
「え!? なら、尚更行って助太刀しなくちゃ駄目じゃないですか!」
万一にも負けたり逃げられたら大変だと鼻息荒く息巻いた。
三人は笑いたいような呆れたような……複雑な気持ちで苦笑いすると、顔を見合わせ頷いた。
「それでこそギルモアの子じゃないか!」
「……まあ、今更令嬢らしくなんて無理でしょうから」
「お嬢らしいっすね」
『マグノリア、無鉄砲☆』
自分も混ぜろとばかりに、マグノリアの肩の上でラドリがちゅぴ、と鳴いた。
マグノリアは面白くないと言わんばかりに口を尖らせる。
自分の考えが変だとか変わっているとか、まったく思っていないのであろう。
ガイは且つて一緒に作った警棒を拾うと、硬く縛られた結び目を解き、マグノリアに差し出した。
「……手甲は無事だったんすね」
「うん。そうなの」
「クロード様が面倒な組み換えをされてましたからね……功を奏したっすね」
何やら、容易に取れない様に回路を変更したのであろう。ガイとセルヴェスが遠い目で何かを思い出しているようであった。
クロードはおすまし顔である。
そしてマグノリアの足元を見ると、屈んで懐から新しい靴を出しては、足を丁寧に手巾で拭いて履かせてくれた。
「凄い! そんなものも持って来てくれたんだ?」
「まあ。あの靴だと間違いなく取り上げられてるだろうと思いやしたからね」
さも当然の様にガイは頷いた。
やはり見る人が見れば、怪しいものが仕込まれている事が一目瞭然なのだろうと、マグノリアは感心する。
「よっしゃ! それじゃあ、アジトをぶっ潰すぞぉ!」
マグノリアは意気揚々と言うと、右腕を思いっきり突き上げた。
「……いやいや。ぶっ潰しちゃ駄目だろ」
「押収するんじゃなかったのか?」
一番ぶっ潰しそうなセルヴェスに駄目出しされた挙句、クロードに至極真っ当な突っ込みを入れられて、マグノリアは再び口を尖らせた。
「ものの例えなのに!」
ブーたれると、ガイはしみじみと言った。
「お嬢が言うと、その気がなくても本当にぶっ潰しちゃいそうっすね」
『マグノリア、爆破得意☆』
爆破なんて得意じゃないのに! たまたまなのに!
マグノリアは眉間に皺を寄せ、三人と一羽はそんなマグノリアを見て笑った。
*****
その頃海上では。
ギルモア騎士団とイグニス海軍、そしてゴロツキ共という大所帯での大乱闘を繰り広げていたが。
なんだかんだとあっという間に、ゴロツキたちが縛り上げられて行く。
取り敢えずは逃げられない様に手足を縛ると、奴らが乗っていた船にひとまとめにしておく。
一般人のサイモンとパウルは端の方に避難をしているが、目端の利く小悪党達が、あからさまに普通の人間であるふたりに目をつけた。
大振りなパンチに、サイモンは難なく避けると懐から出した小刀の柄を握り、叩きつけるように拳をお見舞した。
硬いものを握って速さと重さを乗せたのだ。
助けに入ろうと走って来たユーゴは、紳士然としたサイモンの意外な姿に眉を上げる。
……確かに華麗とまでは行かないが、なかなかどうして。
「こりゃあ、騎士団にスカウトしないとですね?」
「御冗談を」
ユーゴの甘言に、サイモンは肩をすくめた。
……昔取った杵柄。
且つてコレットのお供で海に出ては、色々と荒事に巻き込まれて鍛えられたのである。
その隣を焦ったように、もうひとりのゴロツキが走っていく。
パウルは、近くにあった空の木樽を引っ掴むと、目をつぶって上下に懸命に振った。
「わーっ! わーっ! わーっっ!!」
涙目で叫びながら物凄い勢いで木樽を上下に振ると、ゴロツキが丁度木樽の中に頭を突っ込む形となり、動かされるたびに何度も頭を打ち付けられて。
まるでコント。間抜けである。
挙句、木樽に頭と身体の半分を突っ込んだまま甲板に伸びたのであった。
師団長は瞳を瞬かせながら見遣り、ユーゴとサイモンは苦笑いをする。
「わー!……って。……あれ??」
手応えがなくなって不思議に思い、パウルが恐る恐る瞳をあけると、ゴロツキが足元で伸びていた。
パウルはパチパチと瞳を瞬かせ、首を傾げた。
丁度その時、夜空に小さなピンク色の花火が上がった。
マグノリア奪還、いや、捕獲成功の報せである。
一瞬、わっと歓声が上がった。
「……これで、取り敢えずはひと安心ですね」
「確かに」
ユーゴとサイモンは顔を見合わせて笑うと、師団長もホッとしたように頷いた。
ギルモア騎士団の騎士が雄叫びをあげながら、意気揚々とゴロツキ達を縛り上げるスピードを上げたのは言うまでもない。




