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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第一章 王都・実家編

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嵐の誕生日・後編

 おおぅ……

(今度は私の事でおっ始める気か……詰め込み過ぎなんじゃないのよ?)


 軟化するかもしれないジェラルドの態度も、がっつり元に戻ってしまいそうだなと思う。

 ……良いのだろうか。


(……それにしても、ふたりとも、めっちゃぶっちゃけてるね?)


 壁際には執事長、マグノリア付きのロサ、客室付きのライラともう一人、屋敷付きのデイジーが在室のままだ。

 事情をよく知っている人間が多いとはいえ、ついに修道院に入れるつもりな事から若干の王家批判までぶっちゃけ出した。


(うーむ、親父さんの部屋でするなり人払いするなりせんでも良いものなんだろうか?)


 ちらりとクロードを見遣ると、静かな表情ではあるが心配そうな瞳でこちらを見ている。

 整い過ぎて見た目冷たそうに見えるが、心優しい青年らしい。



 そんな様子に一人ほっこりしていると、何やら扉の外で話し声がするのが聞こえた。

 若干揉めているらしい雰囲気。もしかして……


 ここは邸宅街。馬車の音は日常的なのでBGMとして聞き洩らしていたが、もしかしなくても帰宅していない方々が帰っていらっしゃったか……?


 思った瞬間、大きく扉が開け放たれた。

全員の意識がそちらへ集中し、セルヴェスとジェラルドの話も中断する。


「おじい様! 叔父上!」


 ブライアンが叫びながら、頬を紅潮させ入室してくる。

 憧れの騎士二人を目の前に嬉しそうに駆け寄るが、マグノリアが隣にいるのを見ると、眉を顰めた。


「マグノリア、そこをどけ!」


 入室の許可を取るでもなく、挨拶をするでもなく。いきなり小さな妹を怒鳴りつける様子に、全員が苦い顔をする。


「ブライアン、まず挨拶をしなさい」


 父に注意を受けると、何故か兄はマグノリアを睨みつけた。

(うっわ、理不尽! 私じゃなく言ったの親父さんじゃん!!)


 そして、ドレスの衣擦れの音と共にウィステリアも登場した。

 今日も決まってますね! と言わんばかりなキメキメだ。

 貴婦人は大変である。


 白い肌に深みのあるピーコックグリーンの生地を使ったドレスが良く映える。

 銀糸と金糸を使って施される細やかな刺繍はとても緻密。

 昼の装いらしく肌の露出は少ないが、替わりに豪華なレースが飾る。

 

 そしてデコルテを覆うような豪奢な金地に細かなダイヤが敷き詰められたネックレスと、頭を飾る羽飾りがロココ感満載だ。


 何故かセルヴェスとマグノリアの後ろで、ガイがプルプル震えているが。

 ……どうせロクでも無い事を考えているに違いない、そうマグノリアは思う。 


「御義父様、クロード様。ご機嫌麗しゅう。いきなりのご来訪、如何なさいまして?」

 愛らしい声で、やんわり棘のある言葉を吐き出した。


 秋晴れの麗らかな午後。

 綺麗な花々が咲き乱れるお庭の見える素敵サロンで。


 苦い顔の男性陣、睨む男児。皮肉な微笑みを浮かべる絢爛豪華な貴婦人。固まる使用人一同。

 そしてプルプル震えるオッサンと干し肉の山を持つ幼女。


 何これ。


 遠い目をしてマグノリアが惚けていると、ウィステリアがちらりと娘の姿を目の端へ入れると、不快とばかりに柳眉を顰めた。


 シュバッ!! 音をたて総レースの黒い扇を広げ、紅い口元を隠す。

 

「何故お前がいるの? そのような格好で、みっともない。部屋に戻りなさい!」


 堂々とした、人に命令をしなれた人間の声だった。


 ――しんと静まり返るサロン。


(……おおぅ。誕生日なんだったら、とんだバースディだね? 一生の想い出に残りそうだよ)


 マグノリアは小首を傾げて父を見る。合わない視線はどう収拾するか考えているのだろう。

(それよりも奥さん、親と兄弟の前だけど。諫めなくて良いの?)


 兄を見る。

(未だ睨んでいる……コイツは意外に粘着質なんだな。男の癖にちっちぇ奴)


 母を見る。

(義親の前でも通常運転か。なかなか強心臓だなぁ)


 そして隣のお爺。


 ……なんか、ヤバいオーラが滲み出てる気がする……

 ちらり、振り向くと。


 ……鬼だ。鬼がいた……!!



 ――――――――――――。

 刹那の逡巡。


 よし。今だ。チャンス到来だ。

 パチン、と小さな手のひらを合わせて立ち上がる。


「了解いたちまちた。収拾がちゅかなくなる前に、はなちを纏めまちょう」

 言いながら、干し肉をガイに渡す。

「持っててくりぇりゅ?」

「はい」


 ガイは素直に頷く。

 マグノリアの表情を見遣って安心すると、途端ニヤニヤし出した。

(コイツは。高みの見物かましていやがるな……)



「まじゅ、お父しゃまと おじいしゃまの件は ご自分達でどうじょ。今はわたくちの 処遇にちゅいての おはなちをしたいと 思いましゅ」


 これを見て下さい、と言いながら数枚の紙をテーブルに広げる。

 記載内容を見て、ジェラルドが一瞬目を見張った。


「これは……?」

 ジェラルドが帰宅してから以降、ようやく何処か遠慮がちだったクロードが口を開いた。

「ギルモア家の 家しぇい費用 の一部を抜しゅいちた、十年分でしゅ」


 マグノリアの言葉を聞いて、執事長が青ざめる。

 自室からサロンへ来る時に万一に備えて持って来た、例の写しである。


「原本は 図書しちゅにありましゅ。ひちゅ要でちたら 後ほど数字に誤りがにゃいか おたちかめくだちゃい。……執事長しゃん、証拠を隠滅ちたり 破棄ちたりちない様 お願いいたちましゅ」


 いたいけな幼女の穢れなきまなこ(※当社比)でお送りしておく。

 ……執事長の顔が青から白に変わった。


「これは……酷いな」

「被服費が毎年マグノリアに対して、ブライアンが十~五十倍。ウィステリアに至っては千倍以上……」

 

 クロードとセルヴェスが記載された金額に愕然としている。


「……この、『プリマヴェーラ』というのは誰だ?」


 クロードの低い声でプリマヴェーラと聞き、壁で石になっていた侍女達がビクっ! として、きょろきょろする。

 ちょっと面白い。

 侍女達は、最近プリマヴェーラ恐怖症になっているのだ。


「猫でしゅ」

「猫?」

 

 怪訝そうにクロードが繰り返す。

 

「お母しゃまの猫ちゃんでしゅ」

「「…………」」


 アゼンダの二人は閉口して、まじまじと写しをみつめた。

「自分の産んだ娘が、猫の十分の一なのか……」


 セルヴェスの声が哀し気に響く。

 そう、プリマヴェーラの身繕いに掛かる費用はマグノリアの被服費の約十倍。


 猫ちゃんも家族なんだけどね、飼い主さんにとっては。

 飼い主さんにとってはそこまで外れた感覚ではない。


 でもまあ、猫ちゃんと面識ないお爺さんからしたらそう思うよねぇ。


「アシュカルド王国では 女児は跡取いという面で 大ちて役に立ちましぇんち、こりぇを見るに 愛玩対象とちても 役目は果たしぇないかと 思いまちゅ。また、今迄の 生活環境に 鑑みても、命の危険性こそあいましぇんが 家族とちて 遇ちていりゅとは言い難く、軟禁ちている状態にゃのは明白。今後 修道院に収監ち、ちゅ合が良い家門へ 押ちちゅける計画を 立てていた事から見ても、家族が持て余ちていると 言えるでちょう。……まあ 変ちちゅ者等へ 売りちゅけて 莫大にゃ 利益を得りゅつもいの 場合などは ちょっと 違ってきましゅが」


「愛玩……変質者……」

 写しを見ながら、クロードが低い声で呟く。

 壁に控える侍女たちも慄く。


「要ちゅるに、不要にゃもにょ。しょういう場合、どうしゅゆか。一般的に売りゅか しゅてるかでしゅ」


 ――――不要な者は、売るか捨てるか――――


 話している内容と、子どものたどたどしい口調とがちぐはぐ過ぎて、口が回る筈のジェラルドまであっけに取られている。


 ……良し良し。

 呆然としている内に先制パンチだ。相手が正気を取り戻す前に一気に畳み掛ける。

 考えさせてはいけない。混乱に乗じて衝撃的な言葉を並べ、難しい言い回しで煙に巻く。


「要りゃない 子どもとして しゅてる場合、普ちゅうは 孤児院に 行く事にないましゅ。逆に 孤児院の 幼児を『買い取りゅ』場合、一般的に 小銀貨二、しゃん枚とのことでちゅ」


 部屋にいた全員が息を飲む。


「申し訳ないのでしゅが、小銀貨 しゃん枚 かちて頂けましゅか? 大きくなって働いたら、かならじゅ返しましゅ」


 クロードに穢れなきまなこビームでお願いすると、躊躇せず渡してくれた。

(恩にきます、とっても若い叔父さん)


 そのままジェラルドの前へ進み出ると、大きな手を取り、銀貨を乗せる。

 シャリン、と。擦れて小さく音をたてた。


「あい。こりぇが『あなたの子どもだったもにょ』の価値でしゅ」

「…………」


 食い入るように三枚の銀貨をみつめるジェラルドを、暫し静かにマグノリアもみつめた。


「これで、わたくちは買われ、居なくなりまちた。もう 侯爵ちゃまが いしょがちい中、手数をかけりゅ ひちゅ要もありましぇんし、侯爵夫人とご令息ちゃまが 気分を害しゅる事も あいましぇん」


 わなわなと震えるウィステリアはきっ! とマグノリアを睨みつける。


「何て生意気な子どもなんでしょう! 狡賢くて、嫌な子!」


 ドレスを翻し足早に部屋を出て行こうとする。


(あーあ。謝るどころかキレて、有耶無耶にする気?……義親や使用人の手前、恥ずかしいし引っ込みつかないんだねぇ。でも普通、ここは周囲の手前良い顔しといて、後でイジめんのがセオリーじゃないの?)


 痛い目みなきゃわからんなら、おばちゃんがゲンコツかましたるまでよ。

 マグノリアはにっこり微笑む。後ろ姿の母へ。


「侯爵夫人」

 

 呼びかけられ、反射的に足を止めた。しかし振り返らない。

 マグノリアは姿勢を正し、粗末なスカートを広げ優雅に腰を落とす。暇に任せて何度も練習した淑女の礼。


「産んで頂き、大変 おちゅかれ様でございまちた。次のご懐妊は 是非とも男児でありましゅこと、心より お祈り申ちあげましゅ」


 黙ったまま、ウィステリアは手に持った扇を勢いよく床に叩きつけると、振り返らずに部屋を出て行った。


 (くれぐれも、次の子どもに同じ事してくれてんじゃねーぞ!!)


「しゃようなら『お母しゃま』」


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