コンタクト
『マグノリア!?』
ガイの頭の上で眠っていたラドリは、飛び跳ねるように叫び起きた。急に聞こえて来たマグノリアの声に反応して、覚醒したのだった。
全員がラドリの様子に注意を払い窺っている。
(マグノリア! 今どこにいるの? 無事っ!?)
切羽詰まったようなラドリの声に、マグノリアはヤバい、と思いながら頷く。見えないけど。
多分、沢山の人が懸命に探してくれている筈だ。
(うん、無事。今、どっかの島にいるんだけど……)
周りをキョロキョロと見渡すが、一面の大海原。
外から目印になるようなものはない。ましてや暗闇である。
(きっとアゼンダを離れてそこまで時間が経って無いと思うから、意外に近い所だとは思う)
(うん、うん!)
「ラドリ! マグノリアか!?」
セルヴェスが喰らいつくのではないかというような近さで、懸命な様子のラドリに顔を近づけた。
『マグノリア無事だって! どっか、島にいるって!』
「おお~~~~っ! マグノリアァァァァァッ!!」
ラドリの声に、セルヴェスが野太い声で悶絶している。
ゴロンゴロンと船の床を転がるのは自重したのか、分厚いテーブルが掴まれミシミシと音をたてている。
……結構な厚みのあるそれが、今すぐにでも砕け散るのではないかとその場の全員が思う。
「……ラドリ、怪我や体調不良が無いか聞いて欲しい」
『わかった』
(怪我とか具合は平気か、クロードが聞いてる)
(うん。全然大丈夫。ガイとリリー達は平気?)
マグノリアは気がかりだった三人の安否を確認する。
ガイに限っては大丈夫だとは思いつつも、魔法で消えてしまったふたりを見たのだ。
何か、とんでもない魔道具で撃退されていたら、流石にガイとて不味いだろうと思う。
『マグノリアは平気だって。ガイとリリー達が無事か聞いてる』
自分の名前が出て、ガイは唇を引き結んだ。
護衛として、また近くで小さな頃から見守っている大人として、護り切れなかったことを悔いているのだろう。
「……大丈夫っす。お護り出来ず申し訳ありませんと伝えて欲しいっす」
ラドリは小さな手羽先でガイの頭を撫でて慰めた。
流石にガイの本気の落ち込みを感じているのだろう。賑やかしのラドリも同情的であった。
(ガイが護れなくて申し訳ないって、めっちゃ落ち込んでる)
あちゃー。そうなってるかぁ……マグノリアの方こそ非常に申し訳ない思いで一杯だ。
自分の護衛対象が、ちょっと目を離した隙に消え去ったのである。その想いたるや想像するに余りある。
(却ってごめんと伝えて! 何か、いきなり後ろから薬を嗅がされたんだけど……)
マグノリアはガイのせいでは無い事を念押ししつつ、それからリリーの家であった事を説明した。
「やはり、ガイの睨んだ吟遊詩人が魔力持ちか……」
クロードは女官長が絡んでいるらしい事、他の国が絡んでいる事を伝えるようにラドリに説明させる。
それを受けマグノリアは、船を抜け出そうとしてたまたま見た吟遊詩人と女官長の移動魔法の事。
キャプテン・マンティスに偶然会い、自分が砂漠の国の奴隷船――人身売買の船に乗せられてそのアジトに向かっているらしい旨を指摘された事。
砂漠の国が絡んでいる事、イグニスが関連しておりクーデターが起きたらしい事を伝えた。
「……キャプテン・マンティスとは、父上たちが遭遇した賞金首ですよね?」
「マホロバ国で捕まった筈だが……上手い事脱獄して来たのか?」
いきなり現れた雑魚海賊に首を捻りつつも、奴が齎した情報にため息をついた。
やはり無人島に人身売買のアジトがあり、砂漠の国とイグニスの一部勢力が裏で結託している事が予想通りである事に納得しつつも……新たな事実に表情を厳しくする。
「クーデター……国王が崩御されたのか? それとも無血譲位?」
「全然噂も流れて来ていないっすね……」
「……外交や国内の混乱を怖れ、強く情報統制をしているんだな」
そうなると、かなり血生臭い事になっているだろう事を想定せざるを得ない。
更には、クーデターを企てた者が即位を宣言していないのだ。普通クーデターが成功したら、いの一番に名乗りを上げる事だろう。
――逃げた? 体勢を立て直す為潜伏している? もしくは処分され、別の人間が国王として調整をしているのか?
人懐っこい笑顔の、アーネストの姿が思い浮かぶ。
イグニスの第三王子。その安否が心配される。
ユーゴやイーサンを始めサイモンたちも難しい顔をしたのだった。
「とにかく。我々も救出にサイモンの船で向かっている。危険な事はせずにくれぐれも大人しくしていなさい。……先行隊として騎士団の者も数名その島に乗り込んでいる筈だ」
そう言ってラドリに頷く。
『はい。何か、心配かけてすみません』
ラドリの口から、マグノリアの謝罪の言葉が紡ぎ出された。
不可抗力とはいえ、何だかとんでもない事に巻き込まれてしまっているようで。マグノリアは木の上で見えないが頭を下げる。
「大丈夫だ。必ず無事に助ける」
クロードの言葉に、全員が力強く頷いた。勿論ラドリも。
心なしか間抜けた眉間にキュッと力が込められ、皺が出来ている様な気すらした。
マグノリアの頭の中に聞こえて来たのはラドリの愛らしい声だけれども。バリトンボイスが聞こえた気がして、小さく微笑んだ。
(勿論。いつだってみんな助けてくれるって信じてますよ)
実際は、まだどうなるか解らない。
未だ先行隊と合流出来ていない。
先行隊の数よりも、船の上にいるゴロツキの方が何倍もいる事だろう。
さっきの吟遊詩人のように、何か魔術を使う人間がいたら?
この島に人身売買のアジトがあるとして、物凄い数の人間がいたら?
考えたらキリがない。
だが、不思議と全く不安はなかった。
自分の役目はしっかりと生き延びる事。マグノリアはそう自分に言い聞かせる。
そうすれば、必ず頼りになるみんなが助けてくれる筈だと。
愛孫の名を叫びながら、セルヴェスが船のオールを削り折らん勢いで漕いでいる頃。
ある程度周辺の確認を終えた斥候が、建物の中を偵察すべきか思案していた。
中は暗く、静かだ。
深追いは慎むべきだが……人の気配が微かに感じられる。
(……この感じはお嬢様ではないだろうが……)
(乱れた気配だな。敵か? それとも連れて来られた人間か……?)
「どうする?」
「見ておきたいが、怪しいな」
下手を打って、自分達がセルヴェス達を煩わせるような事は避けたい。
普通の人間なら制圧は造作もないが、厄介な魔道具を使われたら逆に手も足も出ないだろう。
隣の部屋を覗き込んでいた騎士が、怪訝そうな表情で相方を呼んだ。
「……おい。あの液体、何だと思う?」
「ん?」
呼ばれて覗き込めば、大きなガラス瓶の様なものに黄緑色の液体がたっぷりと入れられていた。
「…………」
人身売買、砂漠の国、裏ギルド……
六年前の人形師の件、薬物中毒者、毒殺……
まさか、果物や野菜ジュースの類いでは無いであろう。
ふたりの脳裏に、良くないキーワードが溢れだす。
「下手に触って取り返しのつかない事になると不味い」
「……ビビりと揶揄われる方がマシだな」
それに万一の事があって、この島に居るであろう(多分)マグノリアに何かあったら、セルヴェスに殺されるでは済まない、とんでもなく恐ろしい事が引き起こされてしまう……!
「自重だ、自重」
「用心だ、用心」
斥候は、必要な情報と状況を収集・警戒・捜査するものであるが、同時に相手にそれと悟られてはいけないのだ。
慎重さと大胆さ、同時に繊細さも求められる。
ふたりは後ろ髪を引かれながらも、建物を後にする事にした。




