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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第九章 何事も経験(気がついたら海の上)・誘拐はある日突然に 編

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動き出す

 ジェラルドは王宮の外れにある庭にしゃがみ込んでいた。

 ……地面の下は地下牢がある場所である。


 地面を軽く触れて、違和感や異常が無いか確認をする。

 更には頭上に茂る木の枝を確認し、人が乗れる太さや強度がない事を見遣る。


 極普通の建物の一部に見えるそれだが地下牢の上部だ。本体は地中に向かって深く伸びている。

 ジェラルドの身長よりも高い位置にある窓は、地下牢からは遥か上に見えるであろう。それははめ殺しとなっており、勿論中に入る事も外に出る事も出来ない。


 中の牢は余り良い環境とは言えないと聞く。

 ジメジメしており、虫も居れば鼠も走り回る。牢だと言えばそんなものだろうし、劣悪な環境と言えば確かにそうであろう。


 人形師の身体には虫に刺されたような痕があったと言っていた。無論、刺されたっておかしくない環境ではあるが。


「……敢えてか?」

「どうも」


 何処から現れたのか、裏ギルドの人間が現れた。


 ギルモア侯爵家でお庭番を置かなくなってから、必要な時に裏ギルドを使う事にしている。

 金さえ払えば何でもありなドライな関係と思われがちだが、勿論そんな事は無い。


 裏の世界に行けば行くほど、しきたりや掟というものは厳しくなるのが普通である。

 それに年がら年中人を傷つけたり殺めたりしていたのでは、すぐさまもっと大きな力に駆逐されてしまうだろう。

 一見さんならまだしも、長く付き合うのならお互い信用第一。意外な事だが真実である。


 いきなり後ろに立つのは、人の悪い冗談だ。


「わざわざ来て貰って悪いな」

「いえ、近くに野暮用もありましたんで。……してご用命は?」


 少年にも見える男が、にっこりと人を食ったような顔で笑った。

 変装の天才と言われる彼は、自分より年上の筈であるが。


「……砂漠の国に『虫使い』はいるか?」

「虫使いですか……最近は聞きませんねぇ」


 その名の通り虫を使い、いろいろな工作をするのであるが。

 多くは毒を用いる暗殺などに使われる事が多い。虫に毒を含ませて襲わせたり、実際に本物の毒虫を使う事もあると言う事である。


 人が潜り込みにくい敵陣を襲う為に、戦争時に使われていたと聞く。


「……そういえば、虫使いを装って針を使う奴ならいるらしいですよ。まあ、気まぐれな虫を使うより、自分でぶっ刺した方が早い・上手い・確実ですからね」


 毒も様々なものを使うものの、その針使いは毒虫の毒を好んで使うのだと男は言った。


「なるほど。かの国の魔力持ちはどの位入り込んでいる?」


 ジェラルドの言葉に男は首を捻る。


「どうでしょう……流石にそこまでは把握できませんが……最近は暮らしぶりが大変で、普通の人間も魔力持ちも、だいぶ数を減らしたと聞きますがね」

「ふうん。……それでギルモアに対して恨みを募らせているという訳か」


 自国の皇帝を殺したのも。自国を敗戦に導いたのも。

 それに因って自分達が貧しい暮らしを強いられているのも。

 せっかく見つけた新たな収入源を断たれたのも。


 全てギルモアのせい――


「……まあ、現実は自分達が悪いって解っている人間もいるんでしょうがねぇ」

「国政が荒れそうな時は、外に敵を作って悪意を向けた方が安定するからな……」

「不満分散って奴ですね」

 男は苦笑いをしながら肩を竦めた。


「穴は無いようだ。すると、あの窓からだが……可能だと思うか?」

 針使いが、毒針でもって仕事をする事が。


 ジェラルドは高い位置のはめごろしの窓を指さす。

 ……セルヴェスでもそのままでは覗けないだろう高さにあるそれを見て、あっさり頷いた。


「可能です」

「そうか。ありがとう」


 無表情で礼を言うジェラルドに、男は苦笑いをしながら忠告する。


「あんまり危ない事はなさらない方がいいですよ、坊ちゃま」

 

 怪我をしても、お嬢様はいませんからねと言った。

 ――どちらの意味で言っているのか。

 

 以前のように王都には居ないと言う意味か、それとも囚われて居ないという意味なのか。


「……善処する事にしよう」


 二十年以上前のままで意識が止まっているらしい男に向かって、中年になったジェラルドはため息交じりに甘んじて頷いた。



*******

 一体どこへ向かっているのか。

 マグノリアは落ちた床に胡坐をかきながら、難しい顔をして考えていた。

 殆ど揺れを感じない事から、ゆっくりとした速度で沖へ向かっている事だけは確かだとは思う。


 髪飾り爆弾があれば、表に居る人間を拘束して船を乗っ取る事も可能だが、残念な事にGPSブローチと同じ状態になっていたのだった。

 ……髪につけたままなのは親切なのか、それとも心を折りに来ているのか微妙なところだ。きっと後者かもしれない。


 隠しの鎚鉾は当たり前のように奪われていた上、ガイとふたりで作った踵に隠しナイフと撒き菱が入っている靴も回収されている。

 よって手甲と伸びる警棒のみの装備だ。無防備過ぎる。


 大体、この船に何人の賊がいるのだろうか……

 今でも時間のある日は欠かさず鍛錬はしている。よって、普通のご令嬢に比べれば戦えるお嬢様であろう。


 しかし一対一ならまだしも、屈強な男を何人も相手にするのは無謀というもの。


(……泳いでも帰れないしなぁ)

 

 窓の方向を見遣る。

 間違いなく服が重くて沈むだろう。第一、そんな遠泳が出来る程泳げないと思う。

 方向も解らないのだ……よしんば岸に辿り着いたらそこは見渡す限りの敵地だったとか、恐ろしい現実がありそうで怖い。


 逃げるにしても四方八方、見渡す限りの海水である……八方塞がりとはこの事だねと、笑えない冗談を心の中で呟いた。


 扉の外を段々と足音が近づいて来た。無遠慮にドスドスと踏み鳴らすような大きな音だ。そして、カタカタと扉を開ける音がする。

 全部を開けなくても中の様子が見れるよう、上部の小窓を開けようとしているのだろう。


 地球だったらガラスがはめ込まれているような、扉の顔の位置にある空洞部分である。向こうを見られたくないからなのか、木の板で目隠しされていたのだ。


(やっべ!)

 マグノリアは壁の方を向いて、急いで寝たふりをする。


「……まだ寝てんな。呑気なもんだな」

「薬が効きすぎたんじゃねーか?」


 二人組らしい。男がのぞき込んではマグノリアの様子を見ている。


「まあ、目が覚めてピーピー泣かれるよりはいいか」

「飯も、起きてないしいいだろう」


 面倒そうにそう言うと、ひとりの足音が遠ざかって行く。


「じゃあうるせぇババアに報告して、とっとと帰って貰うか」


 カタン、と再び小窓が閉まる音がして、静かになった。


(ババァ……? 帰る?)


 どうやって? 別の船に乗って?

 もしくは陸地が近い?


 マグノリアはそっと後ろを伺い、扉が全て閉まっているのを確認してから、むっくりと起き上がった。


(女性が乗ってるんだ……隙をつけば逃げられるかな?)


 少しだけ、心に希望の光が差した気持ちになる。

 そして周りを見渡し、適当な荷物を人の形に見えるように配置していく。部屋の隅に無造作に置かれている布を掛け、ワンピースの裾をちょっと破いて挟み込み、丸まって眠っている様に見せた。


 よしよし。マグノリアはそれを見て頷く。

 もう暫くすれば、次第に暗くなるだろう。そうしたら、決行だ!


 マグノリアは鼻息荒く頷くと、警棒を振り下げて伸ばし、天井裏の抜け道を探すべく、静かに天井を突き出した。




 結果から言うと、天井裏は無かった。仕方がないので通気口をこじ開け、無理矢理細い場所に自身を捩じり込んでは、にじり進んで行く。


(うえぇ~、埃だらけだし、蜘蛛の巣が!)


 時折、心の中で野太い悲鳴を挙げながら進んで行く。


 ……気配に敏感な人間がいるかもしれないので、なるべく気配を消す様に……ヴァイオレットとディーン直伝の下位貴族奥義・ステルスモードを展開する。


 …………。

 ……無。私は無である。


 お前は高位貴族だろうと誰かにツッコミを入れられそうだが、三十余年、地球で一般市民をしていた身である。

 気持ちは下位貴族よりも下位なのだ。



 途中、埃と小虫と格闘しながら進んで行くと、ぼそぼそと話声が聞こえる場所に来た。

 先程の男たちだろうか?もしくは別の人間だろうか。視界が開けていない場所で、声しか聞こえないので判断はつかない。

 ただ、少しでも情報を仕入れようと息を殺して耳を澄まし、壁に耳をぴったりとくっつけた。


「針使いはまだくたばってるのか?」

「ああ、魔力を使い過ぎたみたいで、まだキツいらしいぜ」


(魔力……?)

 自らのブローチと髪飾りを思い出し、なるほどと思う。


(私を連れ出すのに、魔法を使ったのか!)


 道理でガイにも騎士にも見つからなかった筈である。

 きっと、一瞬でマグノリアの居た場所に現れて気絶させ、また一瞬で逃げたのだろう。


(……だけど、そんな事出来る人いるの? モンテリオーナ聖国の中以外は、生活魔法位しか使えないって聞いたけど……)


 どう考えても高度そう、且つ膨大な魔力を使いそうであるが……イメージだけでそうでもないのだろうか?


 暫くそのままでいたが、別の雑談に移ってしまった為、マグノリアは再び前に進む事にした。


 段々と波の音が大きくなり、新鮮な空気に混じって潮の香りを感じるようになってきた。

 出口が近いらしい。

 更に進むと、格子状の通気蓋から見えるのは、海だ。


 人の足音がしない事を確認して、蓋の一部を手で落ちないように押さえつつ、端っこを警棒で突く。

 無理矢理開けた蓋を外し、首をのぞかせれば、隠れるところなんて全くない甲板の側面通路に出た。


 一瞬微妙な顔をして、ズルズルと後ずさりをした。

(…………。これ、ちょっとでも明るい内は無理な奴じゃん)


 みつかる。間違いなく外に出たらみつかる。

 マグノリアはため息をついて、三十分程そのまま通気口に潜む事にしたのであった。


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