白い弾丸
自分達で確かな裏取りをしない内に犯人と決めつけるのは時期尚早だが、かなり濃厚な可能性を持った情報が手に入ったと言って良いであろう。
……多分あの口振りでは、それなりに裏取りを済ませて持って来たのだろうから。
差し出された先程の資料に、クロードが青紫色の瞳を落とした。
「……ある意味、可能性の全部という訳ですね」
「そうみたいだな。何やら新参者も加わっているみたいだが」
セルヴェスがイグニス国の誰かの事を言っているのだろう。
「…………」
だが、もう一歩。
モンテリオーナ聖国の中でも無いというのに、易々と転移魔術を使える人間がいるのだろうか?
何かが解りそうなのに解らない、もどかしい様なむず痒い様な、不快な感覚のようなものが焦りに拍車をかける。
更には、砂漠の国が確実に絡んでいるとするならば、早急にマグノリアの居場所を探し出して救出しなけらばならない。
残忍な気性で知られるかの国の人間ならば、時間が過ぎれば過ぎる程、人質の生存率が低くなる。
クロードは考え込んだまま、資料をガイに渡した。
(後は手足か……)
「……ガイ。出掛け先に、良く見る老人やご婦人などが居たか、記憶に残っていないか?」
「老人やご婦人っすか?」
クロードに言われると同時に記憶を浚いながら、ガイが聞き返す。
「ああ。別に若い男かもしれないし、子どもかもしれない。視界に何度も入って来るような人間がいたか?」
無害そうな人間。見張りだ。
いや、もしかするとそれが『魔法使い』かもしれない。
今日だけかもしれないし、もうずっと見ていたのかもしれないし。
ガイは何かに思い当たったようで、記憶を辿る様に話し出した。
「……そう言えば、最近吟遊詩人が街角で歌っているのをよく目にしやすね。流しなのでいろいろなところで会うのですが」
様々な場所どころか、国々までも転々とする吟遊詩人。
酒場や貴族の屋敷で演奏するのが多い印象だが、街角で歌い奏でる事も珍しい事ではない。
「それは最近か?」
「いえ。ここ数年、時折見る顔だと思いやす。逗留期間はまちまちで、気付くとやって来て、また居なくなるカンジですね」
「……まあ、普通の吟遊詩人と同じだな。どこかの諜報――砂漠の国の魔法使いだと思うのか?」
転々としながら情報を集めたり工作をする。良くあることだ。
ふたりの話を聞いて口を挟んだセルヴェスに、クロードが返事をしようとしたところに。白い弾丸・ラドリが突っ込んで来た。
『セルヴェス~! クロード~!! ガイ~!』
「ラドリ!」
マグノリアと意識の共有が出来るらしいラドリがやっと帰って来た。
王都のヴァイオレットとディーンのところに出掛けていたのだ。
……呼び寄せようと思ったが、どう考えても鴉や隼を迎えにやるより待っている方が早いので、帰宅を今か今かと待っていたのである。
『マグノリアが、返事をしないんだよ!』
「……ラドリさん……」
泣きそうな声のラドリ。
返事をしないと言う事は、意識が無いと言う事……
まあ、可能性は高い事だった。
マグノリアの事だ。もし意識があるのならば何かしら、手掛かりなりヒントなりを残そうとしただろう。
「……どうも攫われたらしい」
『うん……。これ、ジェラルドから!』
「ジェラルド……?」
ラドリから放られるように飛んで来る手紙をキャッチすると、破らんばかりの早さで開き見た。
文字を追う表情が、元々威厳に満ちた表情を更に厳しくさせる。
「……女官長が『ゲート』を持ち出した……!」
「!!」
ゲート。空間を移動できる過去の遺物。
国宝兼危険物として宝物庫の奥深く、厳重に保管されているそれ。
(……では、もうすでに砂漠の国に捕らえられているのか? もしくはイグニスに?)
何故こんなにも幾重に面倒な事になっているのか。
三人が三人とも疑問に思いつつ、口を引き結んだ。
ある意味、魔力さえ続くのならば何処へだって移動する事が可能なのだ。
そんなものを使用されたのならば、捜索範囲が絞れないばかりか、見つけたとしても直ぐに逃げられてしまうだろう。
「……彼女は六年前の変死の方で、捜査線上に上がって来ていたな?」
「毒物に長けていますからね。ある程度王宮内を自由に出入り出来る人間ですし。……確か実家が借金を作ってしまったそうで、金に困っていたとか」
辺境伯家では、自家の姫がターゲットになった事もあり、調査が打ち切りになった後も極秘に少しずつ、調査を進めていたのだ。
人形師が処分を決めたのが先なのか、そう動くように仕組まれたものなのかは不明であるが……人形師の元に集められたならず者たちを使って、砂漠の国が人身売買や奴隷売買に手を染めていただろう事は、ほぼ突き止めている。
如何せん国交のない敵国の内部での事。細かいところまでは探り切れなかったが。
ある意味何も持たない砂漠の国にとって、他国の人間を使って金儲けが出来るのは美味しい商売だったのだ。
……それを、またもやギルモアに潰された訳である。
ガイがついでにと付け加える。
「確か実家の人間が借金した元が、砂漠の国出身の裏ギルドの奴っす」
そこで繋がりが出来たのか。
それともハナからそれを狙って、借金をするよう巧妙に誘導されたのか……
「確か証拠不充分で、そのままになっていたのだったな」
「……金も足がつく事を恐れてか、万一調べられてもいい様にか、数度に渡って返済してやすからね。女官長の給料でも丸々使えば返せる金額にしたんでしょう。
……女官長の座をみすみす棒に振る訳が無いという意見も、王宮内部ではあったみたいっす」
ずっと考えていたクロードが、ポツリと口を開いた。
「……こんな事になるとは、女官長自身も初めは思ってなかったのかもしれないな……」
「そこも嵌められたのか?」
セルヴェスに向かって頷く。
「本人じゃないのでハッキリとは解りませんが、あの人はかなりプライドが高い。確かに実家の人間のせいで女官長の仕事を棒に振るのも許せなかったでしょう。
借金を大っぴらにすることも、そんな奴らの言いなりになった事も、出来る限り誰にも知られたくなかったのかも知れません」
「その後は脅されてどんどんという奴っすか?……アイツら、脅すのが商売みたいなもんっすけどね」
ガイの言葉にふたりが頷いた。
「……ラドリ。マグノリアはまだ呼び掛けに応えないか?」
『うん。元気な事は解るけど、何処にいるのか解らない』
しょんぼりしたラドリに、セルヴェスがややほっとして、ため息をつきながら確認した。
「……そうか。元気なのか」
『うん』
強い繋がりがあるラドリには、マグノリアの無事が解るのであろう。
それだけで、多少救われる気がした。
だが、一刻も早く助け出さなくてはならない事に変わりはない。
クロードは再び、ジェラルドの走り書きを読む事にした。
「……わざわざ持ち出して、返す……?」
「そのまま無断でバックレる可能性もあるがな」
行方不明になるという事か?
しかし、もし紛失した事が明るみに出た場合、それでは自分がやったと言っている様なものだろう。例え違ったとしても、そう思われてしまいかねない。
仮に辞めるにしても、後々自分に類が及ばない様にと考えるのが彼女ではないのか?
今まで六年もの間、ずっと何事も無かったように過ごして来たのだ。きっとこれからもこのままと思っている筈……
クロードは青紫色の瞳を眇めながら、仮説を組み立て始める。
――血は全く繋がっていないものの、ジェラルドとクロードは良く似た兄弟だ。
「……ラドリ。兄上と東狼侯に、宝物庫の警備を厳重にするよう伝えてくれ! 毒に気をつけろと……万一に備え解毒薬を常備するようにと。そしてすぐさま戻って来てくれ。我々はクルースに向かう」
『解った!』
解毒薬の一覧を走り書きすると、ラドリに放った。
ラドリは口を開いたポシェットで、掬うようにそれを入れると、一瞬で消えた。
「クルース?」
やり取りを黙ってみていたセルヴェスが、事の仕組みの端を見つけたらしいクロードに聞いた。
「ガイ。この近辺で無人島は幾つある?」
言いながらクロードが、執務室の端から地図を引っ張り出して拡げる。
「出来るだけ帝国寄りのアゼンダ領域だ。……岩肌剥き出しの島ではなく、建物などを立ててもすぐには解らないような、緑の茂っている島だ」
ガイは地図を真剣に見つめながら、指をさす。
「……ここか、ここでしょうか……」
比較的大きなその島を見て、何かを確認するように頷いた。
「向かっているのか既に居るのか解りませんが、多分このどちらかに何らかの手がかりがあると思います」
「鴉を西部駐屯部隊に飛ばそう。援軍がいるだろう」
三人は顔を見合わせ頷くと、すぐさま執務室を飛び出した。




