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PC不調の為、復旧と更新が遅れまして誠に申し訳ございません。
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お手数をお掛け致しまして大変申し訳ございませんでした。
「どういうことだ」
機嫌のすこぶる悪そうな宰相をさらっと無視して、ジェラルドはアイリスに向き直った。
「……マグノリアが誘拐された」
ジェラルドの言葉に三人が息を飲む。
実際にはラドリと連絡が取れず昏睡状態だと言うだけだが。予想通り厳重に保管されている筈の魔道具が無くなっていると言う事は、詳細まではともかく、大まかにはジェラルドが予想した通りの事が起こっていると考えてよいであろう。
「『ゲート』を使って拉致されたと言う事か?」
「確かなのか?」
難しい顔のアイリスに頷くと、宰相であるブリストル公爵が睨むようにジェラルドを見た。
「……ある筋からの情報です。先程聞いたばかりなのでアゼンダに確認は取っておりませんが、おそらく」
……流石に虫やら鳥やらから聞いたとも言えないので、情報の出どころは濁す。
宝物庫に戦時中押収した魔道具が保管されている事は、戦争を過去のものとする世代には都市伝説の様なものである。しかしある程度の年齢と立場の人間には、暗黙の了解のような事実だ。
万が一にも誰かの手に渡って悪用されない様に、厳重に保管されているそれ。
場所まで詳細に知られている訳でも無いが、人間、隠す時は重大なものほど奥深くへ隠したくなるものだ。人類の宝でもあるそれ。宝物庫の奥の奥は導き出し易い答えだ。
『ゲート』とはその名の通り、空間と空間を繋ぐ魔道具だ。
戦時中、砂漠の国の人間がある国から略奪し悪用した魔道具である。
再び悪用される事がない様にセルヴェスが回収し、先王の手によって厳重に保管されているもので。
破棄出来ないのは、過去の遺物であるからだ。
不思議な力が弱まっているのは、何もハルティアだけの事ではない。純血を重んじるモンテリオーナ聖国とて時代の波には逆らえず、年々その力は弱まっていると聞く。
現在の魔力と技術では二度と作成できない物の為、こうやって残されているのだが……こんな面倒なものなどモンテリオーナ聖国に返してしまえば良いのに。
国としての力の誇示や様々な思惑から、現状は回収国が保持しているのである。
「一体誰が……」
厳重に保管されているとはいっても、解錠さえ出来てしまえば誰でも持ち出す事は可能だ。
複数の人間で解錠・施錠と言っても、それは保管上のルールの事。黙って持ち出そうとする人間が守るとも思えなければ、守る必要も無いであろう。
「鍵さえ入手できれば誰でも可能ですが……面倒が無いのは、やはり鍵の管理者が持ち出すのが手っ取り早いでしょうね」
管理者のひとりである宰相は、ずっと苦虫を嚙み潰したような顔をしたままだ。
「……王妃様か?」
宰相の言葉に、ジェラルドとアイリスが顔を見合わせた。ブライアンは自分には関係が無いと一点を見つめたまま、宰相に見つからないよう完全に空気と化している。
「いや……王妃はこういう策略めいた類の事はなさらないでしょう」
「血生臭い事も面倒な事も無縁な御仁だ。考える事が余りお好きではない」
学院時代を始め、その人物像を知るふたりは即座に否定した。言葉は丁寧だが、なかなか辛辣である。
言うなればお花畑の中に生きている人であり、何でも自分の意見が通ると思っている。
……まあ、大半の事は叶うので、近からず遠からずなのではあるが。
宰相とてその人柄は良く知っている。しかし近しいが故、より信じ難くもあるのだろう。
更には、マグノリアに大層ご執心な為にそう思うのだろうが。現実的ではない。
「では、それに忖度する人間が?」
「……それも現実的ではないでしょう。誘拐されたら基本は瑕疵が付きます。妃の座は遠のきますよ」
再びジェラルドに即座に否定され、アイリスは肩をすくませた。
「第一、マグノリア嬢は脅された位で屈するご令嬢ではありませんよ。誘拐したとして、どうやって王家に取り込むのです?
……まさか純潔が重んじられる王家の婚姻でありながら、他の男に襲わせてそれをちらつかせて従わせるんですか? それとも王子に純潔を奪わせるおつもりで?」
どちらも現実的ではない。
それに今、アーノルド王子はあの男爵令嬢に酷くご執心で有名である。出会いから一年、すっかり彼らの恋物語は現実のものとなった様に見える。
王妃にけしかけられたところで、マグノリアをどうこうするとは思えない。
それに、
「……そんな事をしたら、血の雨が降りますよ?」
ジェラルドが物騒な言葉とは正反対に、にっこりと微笑んだ。
誰の事でもない、セルヴェスとクロード、そしてガイ。そしてセルヴェスの事を指しているのである。セルヴェスの名を二度言ったのは別に間違いではない。
「じゃあ、何の為に彼女が?」
宰相がため息交じりに言った。
「……六年前の例の件、彼女は捜査上に上がって来なかったのか?」
「いや。だが確証が弱い」
「仕事柄、毒の知識も充分だろう」
「……はっきりと毒殺とは言えなかった」
「だろうな。詳しく死因を調べろ。病死に見せかける薬は幾つもある。摂取方法もひとつとは限らん」
ジェラルドの言葉に、アイリスが蒼い瞳を細めた。
「彼女がやったと?」
ジェラルドが頷く。
「……実行犯か手引きなのかはともかく、深く関わっているのは確かだろう」
何か理由があり、手引きしたか手を下した。
その事で脅され、今度はゲートを持ち出したのか、手引きをしたのか。
「良く裏を取った方がいい……大概は男絡みか金絡みだがな。六年前の襲撃。牢獄での変死。魔道具の紛失。今回の件。誰が動いていて、誰が得をするのか。その重なりが多ければ多い程、操っている黒幕が見えて来る」
「視えているなら教えろ!」
凄むアイリスに、ジェラルドが鼻で笑った。
「……何の事だ? 視える訳がなかろう? それに直ぐに何でもこっちに振るんじゃない。裏取りも調査もお前たちの仕事だ。まあ、今日休んでいるのなら彼女の事は絞って間違いはないさ」
宰相が小さく、砂漠の国、と呟いた。
「…………。黒幕がひとつとは限りませんよ?」
爽やかに首を傾げるジェラルドの頭を引っ叩いてやりたいと思ったのは、言われた宰相だけではないだろう。
ついでに、と微笑みながら言葉を続けた。
「鍵、取り替えた方が良いですよ? 何回も危ない橋を渡るより、合鍵を作った方がラクですからね」
事の重大さに、そんな事はすっかり思ってもみなかったが。
尤もな忠告に、宰相は再び顔を歪ませた。
******
豪奢な王宮の回廊を早足で進む父の背中を、ブライアンが追いかける。
「父上!」
息子の言葉に足を止めたジェラルドは振り返った。
「……どうして、宝物庫の管理人は違うのですか?」
もうひとりの鍵の管理者である人間だ。
ブライアンは一度も出て来なかった人物の可能性は全くないのか、懐疑的であった。
「…………。まあ念のため裏は取った方が確実だろうが、彼は無関係だ。別件で調べた事があるが実に実直で誠実、かつ善良な人間だ」
ジェラルドは性善説も性悪説も信じてはいない。だが、それなりに上手く行っており、慎ましく暮らす彼が犯罪に手を染める理由がない。
「でも……」
「宝物庫の管理人は扱う物がモノの為、何重にも調査と審査、選別が行われる。彼はそれに耐えうる人間なのだよ」
調べる事は悪ではない。確証を得るのは必要な事だ。
だが時に取捨選択しないと、肝心な何かを取りこぼす事にもなり兼ねない。
可哀想に、善良な管理人の彼はこれから、過去の遺物が無くなったと知って大層責任を感じる事だろう。
「万一屋敷が襲撃されると不味い。トマスに言って騎士団の人間を少し回して貰いなさい」
ブライアンに、アゼンダ辺境伯のタウンハウスの家令の名を告げる。
余計な面倒を増やすと足手纏いになるので、事前に備えておく方が労力が少なくて済む。
「……父上は?」
「ちょっと出て来る。お前も充分気を付けなさい。……貴婦人でおっさんな虫。迅速に報せてくれてありがとう」
ジェラルドはブライアンの肩の上の虫に向かって、頭を下げた。
おっさんな虫は小さく舞い上がり、ふたりの頭上をひと回りすると再び定位置に舞い降りた。
ブライアンと別れ足早に出口に向かっていると、ペルヴォンシュ騎士団の制服が急ぎ足で走って来るのが見えた。アイリスの夫君だ。
「……間に合いましたか。女官長は数日お休みを取っているそうです。そして六年前のあの日は夜勤だったようです」
「……アリバイと言えばアリバイですが、薄いですね」
ジェラルドの言葉に頷く。ふたりは廊下の端により、極々小さな声で話を進める。
「元々見回りで部屋を出入りできますし、夜勤は人が少ないので人の目を搔い潜り易い。まあ、牢の近くにいるのは不審と言えば不審ですが、闇に紛れる事も不可能ではないですね」
「死因は?」
「心臓発作です。襲撃犯は戦闘で出来た傷か投獄で出来た傷かは見分けがつかなかったそうです。人形師の方は虫か何かに噛まれたような跡以外、外傷はなかったそうです」
「…………。牢は地下ですからね」
「はい」
ジェラルドは夫君に微笑んで頷いた。
「どうもありがとう。とても参考になりました」
夫君は、おずおずと確認した。
「で、魔道具は?」
「ビンゴでした」
「……うわぁ。宰相もアイリスも荒れてそうですね……」
夫君は遠い目をしながら、武者震いをする。
その姿を見て笑いながら、ジェラルドは指で眦を押し、吊り上げた。
「アイリスが、こんなになってましたよ」
「……もう。後が大変なので、怒らせないでくださいよ~?」
苦笑いをする夫君に、心外だと言わんばかりにジェラルドは肩を竦める。
「情報を先出ししたつもりですがね?」
その言葉に、夫君も肩を竦めた。
『ジェラルド。何か持って行く?』
「これを」
痺れを切らし飛び上がったラドリに、ジェラルドは手紙を渡す。今度は黒いポシェットにしっかりと入れる。
「それを、父上かクロードに渡してくれ」
『解った!』
そう言うと、あっという間にふたりの目の前からいなくなる。瞬時に消えたと言っても良いだろう。
ふたりは、鳥の影も形もない青い空を見て呟いた。
「……随分飛ぶのが早いインコですね?」
「本当にね?」




