閑話 騒がしい夏、王都の夏。
「あれ? ペルヴォンシュ先輩?」
ユリウスがひとり王都をぶらぶらしていると、金色の髪が眩いペルヴォンシュ先輩こと、アイリスの息子に出会った。
「……ああ、ユリウス皇子か」
「珍しいですね、長期休暇で王都にいるの」
普段王都にあるタウンハウスから通学している彼だが、休みになるとすぐさま帰領する事が殆どだ。
王立学院入学以来、一度も帰国しないユリウスとは正反対である。
往来の真ん中で立ち話も何なので、ふたりは道の端に寄った。
「うん……今夏は王妃様主催の行事が多くて、母上が王都にいるんだ。父上に護衛をするように言われているんだよ」
ユリウスはミント色の瞳を瞬かせた。
(……護衛って。先輩のお母さんは物凄い剣豪じゃなかったっけ?)
ユリウスが考えている事が解っているのだろう。ため息をつきながら頷いた。
「そう。だけど僕がいた方がいいんだよ」
そのうち解るよと言って、その件については切り上げた。
「それに……父上と一緒だとそれはそれで大変なんだ」
「?」
ペルヴォンシュ先輩はクソでかいため息をついた。
「……父上は、家族大好き人間なんだ」
「うん?」
暗い表情と麗しい唇から発せられた言葉がちぐはぐ過ぎて、ユリウスは首を傾げた。
――家族大好き。良い事ではないのか?
ユリウスが考えている事が解っているのだろう。再びため息をつきながら首を振った。
「皇子、考えてもご覧。でっかいおっさんがでっかい息子を抱きしめて、ぐりんぐりん頬ずりする姿を……!」
「……おおぅ……」
ユリウスは思わずマグノリアの様な言葉を発してドン引きする。
セルヴェスがマグノリアにするアレである。
幼女にはありだが――もうマグノリアも幼女じゃないけど――中高生男子には、非常にキツいであろう。見た目的にも心理的にも。
拷問と言っても良いかもしれない。
何というか、ナシでしかないナシである。
父子共々、見目麗しいのがせめてもの救い(?)だ。
「……それは辛いデスねぇ」
「だろう? ……気持ちだけ受け取りたい気分なんだが、そうすると酷く哀しむのだよ」
コックリと頷き、不満ですと言わんばかりの表情をした。
お父さんが哀しむので、嫌だけど我慢してぐりんぐりんされる先輩……
ゴールデンレトリーバーに絡まれる迷惑そうなラグドール。
思わず、ほわわわ……とほっこりする。
良い子に育ったではないですか! きっとご両親が良い親御さんなのだろう。
……そうだった、ご両親とは面識があったんだ。
確かにとても良い親御さんである。
うんうん頷くユリウスと、そんな皇子を胡乱な表情で見ていたペルヴォンシュ先輩の耳に、聞きなれた声が響いて来た。
「ペルヴォンシュ団長ー! お待ちください!!」
「……だから! 手違いだし大丈夫だよ。家から護衛もついて来ているからね」
「ですが! 万一、複数の襲撃者が襲ってきた場合は如何されますか!!」
「襲撃犯は容赦なく切り刻むよ。だから元の任務に戻って宜しい」
往来でどこまでも響く地声の大きさ。そして感嘆符の数。
そして物騒な返答。……切り刻む?
「デュカス先輩だ」
「うん」
若干顔を歪めたペルヴォンシュ先輩が頷く。余り表情筋が動かない彼が顔を顰めるとは。余程嫌……いや、面倒……いや、煩い……
とにもかくにも、ご遠慮したいのだろう事が察せられた。
暫くすると麗しのペルヴォンシュ女侯爵と、相変わらず日焼けをして真っ黒なデュカス先輩が、言い合いながら小競り合いながら(?)、小走りで走って来た。
「デュカス先輩。さっき騎士団の先輩らしき方が呼んでましたよ?」
「おお、ペルヴォンシュ君! そうか、ありがとう!! ……しかし母君が!!」
段々と上半身が傾いで行っている気がするが――デュカス先輩のいる方向とは逆側に。
その内ペルヴォンシュ先輩は倒れるんではないかと、横目で見ながらユリウスは、心密かに心配をする。
「この前、領地でサイとライオンとラーテルとクマを合わせて串刺しにしてましたから。母の事は放って置いて大丈夫ですよ」
ペルヴォンシュ先輩はホラを吹けるだけ吹いては、至極大真面目に、大きく頷いた。
(サイとライオンとラーテルとクマ!?)
「マジ!?」
「ペルヴォンシュ君の母君は、何とも勇ましいな! ……流石ペルヴォンシュ騎士団団長!!」
思わず驚き過ぎて、元の世界の言葉を口走るユリウスと、ドン引くデュカス先輩。
「いやいや。生態系も剣の長さも、何もかもがおかしいだろう」
気付け。呆れたようにアイリスはため息をついた。
「……取り敢えず、先輩に確認して参ります! 暫しお待ちを!!」
シュタター!
デュカス先輩は夏の王都を首元の詰まった騎士服で、全力ダッシュで走っていった。
三人でそれを見送る。
……ドン引いたままのユリウスに、ペルヴォンシュ先輩が口を開いた。
「……追い払う為の嘘だよ?」
「えっ、嘘なの!?」
びっくりするユリウスに、アイリスもびっくりして聞き返した。
「いや、嘘以外の何ものでも無いだろう? 一体全体、殿下の中で私はどんな扱いになっているんだい?」
異世界界隈も異常気象らしく、熱帯夜が続いているのがいけないのだろうか。
……夏の暑さにやられて、比較的マシな筈のユリウスまで脳が溶け出しているらしかった。
ひと呼吸おいて、アイリスは息子に向かって腕を組み、仁王立ちする。
「お前、どこに行ってたんだ? アイツってば煩くてかなわんぞ!」
「ずっと一緒だと鼓膜が破れそうなのですよ」
死んでる表情筋を母に向け、しれっと先輩をディスる。
「何とかならないのか?」
「…………。六年間、全学院生がそう思ってましたよ?」
それはそうだろうな、とアイリスが納得した。ユリウスも同意する。
「……まあ、根は良い人なんですけどね?」
だが、中身が調和を重んじる日本人なユリウスは、取り敢えずフォローをしておく。
「さ。万一にもデュカス先輩が来ない内に行きましょう」
しれっとそう言うと、ペルヴォンシュ先輩が歩き出した。
(……良いのかな? 何か悪い気がするが……)
「気になるなら、皇子は待っててあげて。多分もう帰って来ないと思うけど」
(エスパー!? 考えている事丸解り!?)
「……違うよ?」
「…………。本当に?」
疑わしい。
思わずミントグリーンの瞳がジト目になる。
とにかく。ペルヴォンシュ先輩は騎士団の出入り商人に使いを頼んだそうで、状況を察した騎士団の人が止めてくれるだろうとの事であった。
「しかし、何で東狼侯に護衛が?」
不思議に思い聞いて見ると、アイリスは渋い顔をした。
「先日、物取りに遭遇したご婦人がいてね。物騒なので王妃様主催の社交に出席する女性の行き帰りに、護衛を付けられたのだが……」
「……お名前を見て、間違って付けられてしまったんですか?」
確かに『アイリス』という、どこか涼し気な美しい名前だけど。
「でも、もしかしたらわざとなんじゃないかと思うよ」
うんざりしたように頷く。
「……家名を見て、軍部の人間が解らない筈が無いですからね」
母の言葉を受け、ペルヴォンシュ先輩が続けた。
「それにデュカス先輩でしょう? きっと王妃様の嫌がらせですよ」
「……嫌がらせ……」
はっきり断言するペルヴォンシュ先輩。
色んな意味でどうなのかと思うが……調和を重んじる男・ユリウスは、黙ってお口にチャックした。
「ペルヴォンシュ団長ー! どこでありますかーっ!!」
遠くから聞こえて来る良く知った声に、三人はギョッとして顔を見合わせた。
お互い自然と身体が動き出す。
「マズイ!!」
「嘘だろ?!」
――――「逃げろ!!」
金の髪がふたりと、銀の髪の少年がひとり。
三人は王都の往来を、声とは逆の方向に全速力で走り出した。
「そう言えば皇子、どこに行くんだったっけ?」
「え?」
王都の夏も、辺境伯領に負けず劣らず賑やかな事である。
バタバタものと迷いましたが、緩い方の閑話をお送りさせていただきます。




