ガーディニア、アゼンダ学校へ行く
明日から今週の金曜まで、更新時間をお昼の12時に致します。
午前中の空き時間が不定期な為、一律12時にさせていただきたいと思います。
申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。
「それにしてもリリーさんがお母さんか~。月日の流れを感じるわぁ」
「俺もびっくりだよ」
学校へと向かう馬車の中、ディーンとヴァイオレットがしきりにリリーの懐妊について感心をしていた。
……気持ちは解るが。
特にディーンにとってリリーは、マグノリアと同じように姉の様な存在であった為、本人から報告をされてちょっとパニックになっていて、見ていてとても面白かった。
「……っていうか、ヴァイオレットは王子やマーガレットの観察しなくて良いの?」
ある意味、やっとメンバーが勢揃いである。
それこそ、要塞に泊まり込むと言い出すのではないかと思っていたのだが。
いつも通り領主館に泊まりに来たばかりか、今日は見に行かないと言って、マグノリアのスケジュールに付き合うと言い出したのだった。
やはり気になったのだろう。賑やかな子ども達の声と、マグノリアの頭の上で眠るラドリの例の鼻息をBGMに本を読んでいたクロードだったが、手元の本から顔を上げた。
「あ~……うん」
「領内こそ堂々と観察できるじゃんか。……っていうか、聞いてくれよ! 学院での観察の内容が酷いんだぜ!?」
煮え切らない返事のヴァイオレットを尻目に、眉間に皺を寄せたディーンが、学院でのヴァイオレットの隠密行動(?)について暴露を始めた。
ユリウスからもラドリ経由で聞いていたが、だいぶ面白い事になっていたようだ。
面白おかしい説明に、マグノリアは声をたてて笑っていたが、クロードは呆れたような顔をしてふたり……ディーンとヴァイオレットを見遣った。
「……その内、おかしな噂が立つのではないか?」
「大丈夫ですよ。コッソリやってますもん!」
「…………」
ヴァイオレットの自信満々な答えに、本当か? と言わんばかりの顔を向けたクロードだった。
******
「辺境伯家の馬車だね。学校にでも出かけるのかな?」
「学校?」
領都を外れた長閑な道を走っている馬車に目を向けると、黒塗りの馬車がまったりと走っているのが見えた。
丁度、作業をひと休みしている王子御一行とヴィクターがそれを目にした。
「そう。辺境伯家が……というより殆どマグノリアちゃんが作ったんだけど」
そう言うと、おお~い、と言いながら大きく手を振った。
気付いたガイが馬車の速度を緩めている。
「学校を作る……?」
アーノルドと側近たちが、戸惑ったような様子で囁く。
騎士として護衛についているブライアンは、何とも言えない表情でダンマリを決め込んでいた。
馬車がゆっくり止まると、ひょっこりとマグノリアが顔を出した。
「ヴィクターさん、こんにちは。お世話係?」
「うん。マグノリアちゃんは夏期講習?」
アゼンダのギルド長のひとりであるヴィクターも、もちろん学校については良く見知っている。
商業科があるので、関わりは商業ギルド長であるドミニクの方が深いし大きいのだが。一応筆頭公爵家の息子として一流の教育を受けたヴィクターも、芸術系などスポット的な短期講習で教鞭をとる事もあるからだ。
「マグノリア、出掛けられるなら少しはこちらにも付き合ったらどうだ?」
呆れたように言うアーノルド王子に、マグノリアは取って付けたような微笑みを向ける。
「申し訳ございません。こちらは既に決められたものでして……どうしても参りませんといけませんの」
何と言っても子ども達の貴重な学びの場なのである。付き合いたくもない人間の避暑と熱心な子ども達との時間なら、後者を選ぶというものだろう。
そんな事を思っているとも知らずに、儚げなマグノリアの顔を見て、王子と側近が微妙な表情をしながら、細切れの情報を繋ぎ合わせて行く。
――体力がなく、加えて襲撃爆破事件の恐怖心で王都に足を踏み入れられないマグノリア。
高位貴族でありながら王立学院へ通学できない……辺境伯家が、殆どマグノリアが作った学校。
誰の為に?
(……なるほど。学院の代わりに学校を作ったのか)
(事業で潤っているとは聞くが、瑕疵を少しでも減らす為に学校を作るとは。辺境伯家も必死だな)
(……とはいえ、王都の王立学院と辺境の間に合わせの学校では、格が違うだろうに……)
(高い能力を有していると言うが、そもそもどれ程誇張されているのか解らない。……学院に行ったら馬脚が現れるだろうからな)
(身体が弱くて普段も休みがちなのか? 夏期講習なんて学習がだいぶ遅れているのか?)
それぞれが思い思い、全く見当違いな事を考えている中、馬車の中の人間とヴィクターが生温かく見守っていた。
下手に詳しく教えて絡まれても面倒臭いし、言ったところで理解もされないだろう。
実状をジェラルドとセルヴェス経由で知るブライアンは、説明しても王子御一行には到底信じられないと解っている為、完全に無の境地でいる事が見てとれる。
規格外な妹故、最近はそういうものだと飲み込む事にしたのだが……何だったら、ブライアンにも理解出来る範疇を超えているのだ。
「暑い中お勉強なんて偉いですね! 頑張ってくださいね♡」
マーガレットは気遣わし気にそう言いながら、両手をグーにして顎の下にする、お決まりのポーズをしてマグノリアを見た。
(……おおぅ、こんな絵に描いたようなぶりっ子、本当にいるんか)
そんな事をマグノリアに思われているとは露知らず、ウルウル・キラキラした瞳を向けて来るマーガレットを見て、若干腰が引けた。
「はぁ。どうもありがとう、ございます?」
苦笑いをするヴィクターの隣で、ふと静かに佇んでいるガーディニアの姿が目に入った。
「ガーディニア様。お約束の事ですが、後程、空いているお日にちをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。……いえ、忙しいのでしたら……もし差し支えないならこれから一緒に伺っても構わないでしょうか?」
思ってもみないガーディニアの言葉に、馬車の中の人間が瞳を瞬かせた。
「……構いませんが。講習の間、お暇になってしまうかもしれませんが……?」
なんせマグノリアは講習を受ける立場ではなく、教える立場である。
席に座って彼女と小声でおしゃべりする……なんて事は出来ないのだ。
「はい。勿論マグノリア様のお邪魔は致しませんわ」
「それは良いかもね。行ってみるといいよ」
ヴィクターの後押しもあり、ガーディニアの学校来訪が急遽決まった。
「アーノルド王子、皆様。ヴィクター様。御前失礼致します」
ガーディニアは丁寧に挨拶をすると、侍女と共に自らの馬車に乗り込み、一路アゼンダ学校をめざずことにした。
******
「えっ、マグノリア様は授業を受けるのではなく、教鞭を取られるのですか!?」
それ程時間を掛けずに学校へと着くと、道なりに学校内の案内をしつつ、マグノリアが他の人間と学校内を見学して来てはどうかと提案したのだった。
「はい。学院と同じ様に、本来のカリキュラムは夏期休暇が終わってから再開なのですが。教養を深めたい者やより高度な知識を学びたい者の為に、夏期休暇中に特別講習を行っているのです。そちらのひとつを受け持っておりまして……」
なので自分は案内出来ないよ、と言ったのだが。
ガーディニアは酷く驚いて、暫し絶句していた。
「ヴァイオレット……リシュア子爵令嬢もこちらは初めてですので、ご一緒に校内を見学なさってはいかがですか? パルモア男爵令息か叔父に案内を頼みますので」
興味のない授業を受けたところで面白くも何ともないだろうと思い提案したのだが、ガーディニアは首を横に振った。
「……いえ。もしマグノリア様にお許しいただけるようでしたら、講習を見学させていただけませんでしょうか?」
何だか真剣なガーディニアの表情に、ちらりと全員の顔を見合わせておずおずと頷いた。
「……私は構いませんが……アゼンダ学校は平民・貴族に関係なく入学が可能ですが、殆どは平民の子ども達です。失礼を働く事は無いと思いますが、余程の不敬で無い限りは、大目に見ていただけるとありがたいのですが……」
貴族の中の貴族といった感じのガーディニアである。
何かあって『其処へなおれ!』とか言って、子ども達がお手打ちになったら怖いので、付け加えておく。
「勿論でございます」
ガーディニアはそう言うと、こっくりと頷いたのであった。




