強さと弱さ
ガーディニアはいつものように作業するアーノルド達の様子を瞳に映していた。
過去にガーディニアも一緒に作業をしたことがあるが、一緒に行う平民の子どもに気遣われ過ぎて、邪魔をしているように思えて止めたのだった。
自分が貴族だからかと思っていたが、どうやら違うようだ。
何故なら、昨年まではいなかったマーガレットが、すっかり子ども達に馴染んでいたからだ。
ガーディニアは心の中でため息をつく。
マーガレットも、マグノリアとは違った意味でコンプレックスを感じさせる女性だ。
ガーディニアとは正反対の甘いお菓子の様な女の子。
ガーディニアは美しいと言われる自分の容姿が嫌いだ。釣りあがった瞳、細い鼻と薄い唇。そして燃える炎の様な紅い髪。
……まるで、物語の意地悪な敵役みたいだと思う。
更にははっきりした話し方と相まって、酷く気の強い女性だと思われがちである。
Miss・パーフェクトという呼び名は、裏を返せば可愛げのない女性ということだ。
アーノルド王子も、ああいった可愛らしい女の子が好みなのだろう。
(……それはそうだわ。私だって男性だったら偉そうな女の子より、可愛らしい女の子の方が好きだもの)
「どうしたの? ガーディニア嬢?」
ガーディニアが考えに沈んでいると、トレードマークのパイナップルヘアを揺らしたヴィクターが微笑んで立っていた。
周りを見て、今日は珍しくヴァイオレットはいないんだなと確認する。
「ヴィクター様!」
慌てて立とうとすると、手で制される。
「座ってて大丈夫だよ。その代わり、お隣に座ってもイイ?」
「はい。勿論でございます」
見た目は異国の闘士のようであるにもかかわらず、その話し方は意外におっとりとしている。人に威圧感を与えない、柔らかい印象だ。
にこにこしながら返事を待って、ゆっくりと腰を下ろした。
「何だか今年から、新しい『お友達』が増えたんだね?」
ガーディニアが見ていた視線の先を確認して、確認するように言った。ガーディニアは頷く。
「……マーガレット・ポルタ男爵令嬢です。新入生ですわ」
ガーディニアに聞くまでも無く、ディーンとマグノリア、そしてラドリから説明されていた。
二年ほど前にポルタ家の養子となった市井育ちの少女。
ポルタ男爵のご落胤という事だが、着いて早々やらかしたそうで、既にひと悶着あったそうだ。
ひと悶着と言っても貴族社会に疎い故の失敗だそうで、彼女が指導を受けやすいようにクロードが誘導したのだという。
本人は善良な楽天家といった雰囲気で、今も王子達とニコニコしながら畑仕事に精を出している。
朗らかで愛らしく、一見好感が持てる少女だ。
「ガーディニア嬢は、畑仕事しないの?」
初めてパプリカを摘んだ時の様子を思い出して聞いてみる。
非常に愛らしい笑顔で、楽しそうにしていたのが印象に強く残っていたのだが。
ガーディニアは、哀しそうな顔をしながら静かに首を振った。
「……いえ、子ども達が酷く気を遣うようなので……」
ヴィクターがきょとんとした表情で、ガーディニアの言葉を待っている。
「それに、私が怖いのか……彼女のように子ども達が懐いてはくれないのですわ」
視線をあげてマーガレットを見れば、確かに平民の子ども達が楽しそうにまとわりついているのが確認できた。
(……ああ……)
ヴィクターが小さく頷く。なるほど。
「子ども達が気を遣うのは、そのドレスだと思うよ?」
「……え?」
思ってもみない指摘に、ガーディニアは自分の服装を見る為、視線を下げた。
「ガーディニア嬢はいつも綺麗なドレス姿だし、靴もステキでしょう? 泥だらけになったり、万一破いたりしたらと思うからじゃないかな?」
きっとそうだよ、と言わんばかりに言った。
ドレス……と思い、ガーディニアは首を捻る。
確かにドレスではあるが、汚れても良いような代物だ。靴だって気楽に街を歩けるようなものであり、社交で使うような豪華なものでは決してない。
「まぁ、懐かないのは確かに貴族らしいからかもね。きちんとし過ぎているから、万一不敬を働いたら大変な事になると思っちゃうんじゃないかなぁ」
「……やはり、怖いのですね」
「いやいや、そうじゃないよ。ガーディニア嬢に限らず、平民にとって高位貴族は怖いと思うよ?」
比較的煩くないとはいえ、それなりに身分差はある訳で。
変な高位貴族に当たって不敬だといって切り捨てられても、文句は言えない訳で……
「アゼンダの人達は、色々な国の属国になった過去があるからね。怖い思いをした人達も結構いて、そんな昔語りを聞いてるから如何にも高位貴族な雰囲気だと、自分の対応で大丈夫なのか、失礼が無いのか不安に感じるとは思うよ」
ヴィクターは普段平民として過ごしているので、まさか公爵家の人間だと思う人などいない。
王子達は高位貴族感を感じるものの、ヴィクターが普通に対応する分には不敬に処す事は無いので大丈夫だとお墨付きを出している。
辺境伯家の人間……硬い話し方のセルヴェスもクロードも、意外に気さくだと言う事を知っている。マグノリアは平民に普通に混じっている為、今更であろう。
マーガレットは見た目が可愛らしいのと、長く市井で暮らしていた為、平民の方が感覚的に近い筈だ。
「……細かいところにまで気をつけないといけないのですね……」
ガーディニアはヴィクターの話を聞いて、そうかと思う。
確かに気付きもしなかったが、王子もその側近達もかなり動き易い服装であるし、マーガレットもドレスではなく動き易そうなワンピースだった。
「ガーディニア嬢には普段着でも、そのドレスで彼ら家族が数か月分の、下手したら一年位生活出来る値段だからね」
「一年……」
ガーディニアはもう一度自分のドレスを見て、きゅっと拳を握った。
それは、確かに非常識な事だ。子ども達にとっては信じられない愚行だと思っても仕方が無いだろう。
……かと言って今更である。
例え服装を改めたとはいえ、あの中に混じって笑って作業が出来るとも思えない。
「私、世間知らずですわね」
「……接点がないから仕方ないよね。マーガレット嬢と同じじゃない? 彼女は貴族社会を知らない、ガーディニア嬢は平民社会を知らない」
かと言って、知らないではすまないのだ。
マーガレットは貴族の令嬢として生きて行かねばならないし、ガーディニアは行く行くは王妃としてこの国を統べるのだから――
……行く行くは? 本当にそうだろうか?
最近、ガーディニアは自分が王太子妃でも王妃でもない未来がよぎる事が多くなった。
自分が望む望まないに関わらず、なれないのではないかという漠然とした不安がある。
生まれた時から決まっていたに等しい婚姻だが、逆に言えば、何か大きな力で無かった事になる事も有り得るのではないかと。
そう、例えば、新しい王太子妃候補が現れたり。
――以前はそれがとても恐怖であった。
今でも恐怖はあるが、過去のそれとは違う質のものである。
(そうなったら、私はどうやって生きて行くんだろう……?)
「……ヴィクター様は、お心を寄せる方はいらっしゃいますか?」
思わず出てしまったのだろう。
ヴィクターの瞳を瞠った表情に、ガーディニアは我に返り、慌てて首を振る。
「申し訳ございません……! 私った……」
「いるよ」
言い募る言葉を遮って、はっきりと告げた。
「……え?」
「いる。もうずっと片思いしている人がね。フラれたんだけど」
可笑しそうに笑うと、一緒に赤い髪が揺れた。
びっくりしたような苦しいような、不憫なような、安心したような……何とも言えない気持ちになって、ガーディニアは俯いた。
「そうなんですのね……お辛いですね」
「そうだね。でも見守る事にしたんだ。想いは届かなくてもね」
例え自分がその人を幸せにするのではないとしても、愛する人が幸せならば、これほど幸せな事はないのだと言った。
そしてもしもその人が困った事があったのならば、一番に手を差し伸べて助けてあげたいのだと。
ガーディニアは深く感銘を受け、同時に自然と涙が零れた。
「……カ、ガーディニア嬢!? ごめんね、変な事言ったから!」
ヴィクターは焦ってそう言うと、異国風のズボンから手巾を取り出して差し出す。
「いえ……ステキです。そこまで深く誰かを愛せるなんて……本当にその方を愛していらっしゃるのですね」
「いや、ただ単に諦めが悪いだけなんだけどね。でも、振り向いて貰う事は一生無いだろうけど、困っていたらいの一番に手助けしたいと思っているのは噓偽りないよ」
ガーディニアは頷いた。
純粋な愛情なのだろう。本当に相手に捧げるだけの、無償の愛だ。
綺麗だけれど、とても辛い事だろう。誰にでも出来る事ではないと思う。
「……お強いのですね」
「ううん。弱いんだよ。そうするしか出来ないんだからね」
本当に強い人間は、それに囚われずいつしか糧として昇華し、前に進むものなんだと言った。
そうなのだろうか?
想い続けるのも、未来を生きるのも。過去に留まる事さえも、自分自身が選び取った事ならば、全て等しく強くあるのではないか?
そして、そんな気持ちを尊重したいとも思う。
ガーディニアには答えが解らず、どこか遠くを見るヴィクターの青い瞳をみつめた。
……きっと、彼の想い人の姿を見ているのだろう。視線を落とし、再び顔をあげる。
そしてガーディニアも同じ方向を見て、ヴィクターが見ているものが自分にも見えないものかと、蒼い瞳を凝らした。
ヴィクターの恋愛話が飛び出しました。




