夏休みがやって来る
「……また王妃様からのお手紙です」
セバスチャンが静かに言って、封筒を差し出した。
セルヴェスもクロードも、勿論マグノリアも、微妙な顔で頷いて封を開けた。
セバスチャンはお茶を淹れると、頭を下げて部屋を出て行った。
……最近、頻繁に王妃様からの手紙が来る。
幾ら言っても登城しないマグノリアに痺れを切らしたらしく、最近は専ら手紙を寄越して来るのだ。
文通でも始めるつもりらしい。
(……なんでこんなに粘着質なんだろう……)
内容は至って普通の、観劇の話やお茶会の話が書き綴られており、マグノリアと会いたい事が書かれている。
そして、名前は出さないがマーガレットと思しきご令嬢を王子が心配して、仲良くしており非常に心配だという内容である。
知らんがな、である。
いい加減、避けられていると解りそうなものと思うのだが……まさか王族は誰にでも好意を持たれるのが当たり前で、煙たく思う人なんか居ないと考えているのだろうか。
王妃様はその昔、心密かに五歳年下のジェラルド少年に心を寄せていたらしい。
幾つの時に好きになったのか解らんが……学院時代だったら解り易く言えば中一と高三とかなのだけど。
今現在――三十九歳と四十四歳――なら全然違和感ないが、中一(ジェラルド)と高三(王妃)だとすれば、子どもと大人な気がするのだが。
アイドルを愛でるお姉様的な感じが、いつしか本当の片思いに変質してしまったのか。それともジェラルド少年は年齢不詳の老け顔だったんだろうかと、万年王子様顔の父親を思い浮かべる。
(……イケメンは大変なんだなぁ)
ジェラルド然り、クロード然り。
とにかく返事は、楽しそうなどと言うと間違いなく誘われるので、『そうなのですね』『〇〇夫人とご一緒だったのですね』などの復唱であり、マグノリア自身は未だ怖くて王都には足を踏み入れられない(嘘)であり。
『ガーディニア様もご心配されているでしょうね&お心を痛めているでしょうね』が繰り返されている。
辺境伯領に引っ込んでいる何の縁もないご令嬢に手紙を書く位ならば、未来のお嫁さんにフォローのひとつでも入れれば良いのに……もしかすると入れているのかもしれないが、文章の雰囲気から多分入れていない方に大きく天秤は傾いている、どうなのだろうか。
先日もうひとりの悪役令嬢であるガーディニアからも手紙が来た。アゼンダに来訪の際はお茶をご一緒したい、という内容である。
悪役令嬢を返上している身としては、本物の悪役令嬢が一体何の御用かしらという気分だ。
もしかしなくても、切れ者の侯爵夫人にせっつかれたのだろう。
断るのも何なので、承知いたしました、日程は後日いらっしゃいましたらご相談させていただきますと返しておいた。
そして五日ほど前、タウンハウスから隼がやって来た。
王子御一行に、マーガレット・ポルタが同行すると確認が取れた……という、ディーンからの伝言である。
(うわぉ! 急展開)
――ヴァイオレットは狂喜乱舞しているのだろうか?
ついて来ちゃうマーガレットも凄いが、まさかというかやっぱりというか、誘ったのは王子なのだろうか……マグノリアは微妙な表情でそう考えると、苦い顔をしながらディーンからの伝言をもう一度見た。
婚約者と、浮気相手(暫定)と、その取り巻きと旅行だなんて。みんなめっちゃ強心臓だなと、マグノリアは遠い目をする。
そして思う。そんな修羅場めいた旅行、自分なら丸めてポイっとしたい。
「もうこの辺は全然記載はされていないのだな」
「……というより元々は無かったくだりですからねぇ。もうこの異世界オリジナル編というか、番外編というかIF物語というか。公式の二次創作というかですよね」
ヴァイオレットに貰ったノートと翻訳本(セルヴェスとクロード用)をひっくり返して眺めながら、全くどうすれば良いのか解らないでいた。
「取り敢えず、王子と攻略対象者達の傾倒具合を見ないとですね。あと本人の様子ですか」
「……王子と顔を合わせて大丈夫か?」
心配そうにクロードが確認する。
「王子はマーガレット・ポルタが現れたのなら、私なんて目にも入らないでしょうから大丈夫ですよ」
元々眼中にないだろうから問題無いだろう。
きっと王妃様に聞かれても、会ったとすら言わないかもしれない。下手にマグノリアとの交流をもっとせよと薦められても面倒なだけだからだ。
「それよりも、万一ガーディニア様が王宮を追われるような事があった場合に備えて、彼女自身が選択出来るような土壌づくりを提示したいのですけど」
どの程度の事をするのか解らないけど、一生幽閉とか酷すぎるではないか。
ノートには注意とちょっとの意趣返しとあるが……そもそも侯爵令嬢が男爵令嬢に、マナーが変ですよと注意してお咎めがあるものなんだろうか。それも本当に変だから注意したとして。
マグノリアとしては、婚約者がいる人に粉をかける方がどうなのと思うのだが……もしや無意識レベルなのだろうか。そうだとしたら女性にとって、めっちゃ怖い女性だと思う。
意趣返しというのが良く解らないが、事件性を伴うような、なんかヤバい事に手を染めるとするならば、そうなる前に他の道を示せたならまた違う道が開けるのではないだろうか?
ヴァイオレットによると、先日遂にマーガレットを図書館裏に呼び出して注意をしたらしい。更にそれを王子に見られて、結構きつい事を言われたのだそうだ。
「……彼女にはゲームの知識がない故難しいのではないか? 仮に教えたところで到底信じられるとも思えないが。彼女は王太子妃になるべく育てられたと言っても過言ではない。既に婚約まで済ませているんだ。お互い目立った瑕疵も無い状態で、今更他の道をと言われても考えも及ばないだろう」
……確かに、クロードの言う通りである。
高位貴族の矜持バリバリの、場合によっては上から目線に見える少女であった。あそこまで出来上がってしまっていると、こちらの言葉や働きかけではきっと変わらない事だろう。
ましてやここは中世ヨーロッパ風の世界である。
彼女自身が危機感を持ったり、視点を変えてくれたら良いのだが……
「そうなのですが……こちらも色々変わってる以上、彼女だって多少変わっている可能性だってあるじゃないですか。不幸になるのが解っていて何もしないままというのは、何だか」
……何だか、申し訳ない気がして落ち着かないのだ。
セルヴェスとクロードは、何か言いたげにマグノリアを見た。
ため息を飲み込んだクロードが翻訳本に再び目を通しながら、
「とにかくディーンの伝言から見るに、今日明日中には到着するだろう。まずはどんな様子か確認してからだな」
三人は顔を見合わせて頷いた。




