新しい毎日
「取り敢えず、一か月は様子を見ましょう。早目に動けるようなら授業に出て貰い、理事長はサポートをお願いする事になるかもしれませんが……」
「解りました。無理はしない様にしてください。念の為、タレーラン先生にお話が聞けるようでしたら教科書通りの進捗で良いのか、試験など予定していたか聞いてみてください。なるべく先生の計画に沿っておきたいと思います。
……私が行った授業について、各クラスの進捗状況は纏めてお渡ししましょう」
「お願い致します」
失礼しますと言い、理事長室と書かれた部屋からフォーレ校長が出て行った。
……初めはマグノリア自身、教員室にいた方が良いかと思ったのだが。
教師達が気を使うのと、副教材を作る為に集中したい事。
更には毎日通う事になりクロードやガイの出入りが頻繁な為に教師達がめっちゃ気を使う事(主にクロード)になり……事前に作られていた理事長室に引っ込む事になったマグノリアであった。
一応、朝と授業が終わった後しばらくは教師達の話や相談事を聞く為に、一定時間教員室でうろうろする事にもしてはいる。
その辺は気遣いの上司・マグノリアである。
マグノリアも他の教師同様、プレクラスの二学年と前期課程の一学年を受け持つ。
三学年。各学年複数のクラスがあるのでそれなりの授業数である。初年度で助かったといえるであろう。
これが数年後で、後期課程までフルに学年が埋まっていたら大変であった。
学年が増えるごとに少しずつ、教員を補強していく必要がある。その頃には教員も増え、その中で賄えている筈……と思いたい。
そろそろ来年度に向けて新しい教員の補強もせねばならないだろう。
とはいえ。今は目の前の子ども達と授業である。
(……実験とか観察とかもしたいなぁ。実際に体験してみた方が印象に残るもんね)
それぞれの学年の学ぶ単元と、進捗度合いを考えてスケジュールを組む。
それと同時に試験問題を作る。
マグノリアが教えた範囲のテストだ。
それを見れば、タレーランもどの位生徒たちがどの程度定着したのか理解しやすいであろう。
(ある程度副教材やテストの蓄積があればマシなんだろうけど……先生って本当に大変だわ……)
ため息が漏れ、何だか肩凝も酷い様な気がする。未だ十二歳なのに。日本なら中一である。
丁度、自我や友人との関係性が増して来る年代の子ども達である事から、なかなか大変そうな先生もいる。
一応身分差のある世界な為、日本の先生よりはマシであろうが。
全世界、全ての先生方に異世界から『お疲れ様です』と労いの言葉を発信しておく。通信手段は無いので気持ちだけなのだけど。
「……お嬢、何やってんすか?」
いきなり合掌して頭を下げ始めたマグノリアに、怪訝そうな声で問いかけた。
「うん。お祈りの一種だよ」
「……?」
マグノリアの奇行(?)と回答に、そして机の横で教材の端を突いて遊んでいるラドリに、ガイは細い瞳を瞬かせた。
******
「マグノリア先生、ここ! ここはどうしてこうなるの?」
「マグノリア先生!」
「先生ってば!!」
(ひ~~~~~~っ!!)
子ども達の群れに怖れをなすマグノリアだ。
初めは子どもなりに懐疑的な彼らだったが、マグノリアがちゃんと先生である事――この世界は教員免許など無いので、その学校の試験なり規範によるのだが――とにかくちゃんとどころかかなり教師らしい教師だと確認すると、話し易さと解り易さも相まってか、すぐさま休み時間に突進される事になった。
喜ばしい事なのであろうが、新米教師(?)であるマグノリアにもそれ程余裕がある訳でもない。更には質問が他の教科にまで出張ってしまうのはどうなのかとも迷う。
「大人気っすねぇ!」
「……手伝うか?」
押されながら理事長室の前までたどり着くと、ニヤニヤしたガイと仏頂面のクロードが扉から顔を出した。
……ふたりの顔を見ると、半分以上の生徒が逃げ出した。
そして、一瞬驚いたものの、クロードの顔をまじまじと見ると頬を赤くした女生徒が、キラキラした瞳で彼の前に並んだ。
「…………」
ガイとクロードが何とも言えない表情で顔を見合わせる。
『強く生きろ♪』
ラドリの言葉に、凄まじい速さでガイが暗器を振り回すが、これまた目にも留まらぬ速さでそれらを避けていた。仲の良い事である。
一時間程時間の空きがある為、マグノリアはゆっくりお茶を飲む事にした。
ラドリにはリリーの様子を見に行って貰う。
やはり悪阻が酷くなってきたようで、余程酷い場合は休んで貰い、比較的体調の良い日に出勤して貰う事にしてあるのだ。
当初の意見通り、出来る限り働きたいという意向であったのと、ひとりきりでは何かあった時に対応できないかもしれないので、館にいた方が良いだろうという判断からである。
マグノリアの身支度や部屋でのあれこれに対応し、学校に来ている間は横になっていて貰うか、簡単な繕い物などをして貰うかだ。
幸い館はそこそこ年齢が高い使用人が多い為、出産を経験している者達が多い。自分や妻が大変な思いをした者も居る為、横になっていたからといって文句をいう人間などいない。
それどころか体調は大丈夫なのかと心配される方が多いらしく、リリーが申し訳ないと苦笑いをしていた。
今日は出勤していた為、館にいる筈だ。
館でもリリーの住まいでも、護衛騎士が休日で無い日以外は、体調に変化がないかリリーの暇つぶしも兼ねて、ラドリに確認して貰う事にしているのである。
尚、産み月の辺りから、リリーの実家と護衛騎士の実家からお手伝いが交替で来る予定との事だった。
暫くして質問をさばき終わったクロードが、ゲンナリした表情でソファに腰を下ろした。大変お疲れ様な事である。
幼かろうと乙女はイケメン好きが多いものなのか。それとも、この世界の十歳以上はもう幼いとは言えないのか……
「お兄様、お仕事は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。元々溜めていないからな」
セルヴェスと違い、毎日きっちり熟しているようで。
とはいえ、ほぼ毎日移動に付き添ってくれているので心配でもある。
「……お嬢が授業の間は研究だけでなく、持って来た執務をこなしている事もありやすから」
場所が違うだけでそう変わらないとの事だが。
領内は隠れて護衛がついているのだが、それでも心配なのか可能な限りセルヴェスもクロードも一緒に行動する。
彼らを目にしただけで戦意喪失し、事件を未然に防げる可能性もあるので面倒が無いのかもしれないが、過保護といえば過保護だし。
「無理はしないでくださいね。もう少しでおじい様も帰って来るでしょうし」
「そうだな、そんな時期だ……今年は来ないでくれると良いのだが……」
クロードがため息交じりに呟いた。
誰がとは言わない。彼奴ら、もといあのお方たちである。
ここ数年、セルヴェスやクロードが戻って来てふた月もせずにやって来る奴らである。
「うーん……でも、どうなんでしょう? ブライアンお兄様の様子も、マーガレット・ポルタの様子も一度見ておいた方が良いのかもしれませんがね」
「面倒事の予感しかしないな」
それもあるが。
たったひとりで奮闘しているであろうガーディニアの様子も気にかかるところである。
(今年も一緒に来るようなら……一度お茶会に招いた方が良いのかなぁ……ん?)
そう思いながら指を動かすと、幾つもの窪み……指先にざらつきを感じた。
手元の教材を見ると、不自然な凹みを多数見つける。
「あ~っ! ラドリの奴、教材突いて星を描いてる!!」
先程まで懸命に突いて遊んでいた個所を見て、マグノリアが声をあげた。
覗き込むと、確かに。
ガイはプルプルしながら声をたてずに笑い、マグノリアは力作で遊ばれてプリプリ怒っている。
そんな様子を見て、クロードは苦笑いをしたのであった。




