授業参観(先生の方)
クロードがマグノリアが授業をしている教室へ向かうと、フォーレ校長も授業を見学していた。廊下に溶け込むようなグレーのローブ姿で、静かに佇んでいた。頭にはラドリを乗せている。
小さく会釈をすると、校長は楽しそうに小声で教員室での詳細を説明した。
「そんな訳で授業をお願いしたのですよ」
「……授業自体を行う事は可能でしょうが……子ども達の反応はどうでしょうか」
自分と同じ様な年齢の少女に教えを受けるというのはどうなのだろう。
マグノリアの能力自体は微塵も心配していない。急に振られて戸惑いはあるだろうが、あの娘には別段難しい事ではないであろう。
……幾ら領主の身内で絶対的な身分差があるとはいえ、自我が強く出て来る年代でもある。以前のように基本的な学習からは発展した内容に、子ども達は素直に受け取れるのであろうか。
教室の中からは、落ち着いたマグノリアの声が聞こえて来る。
能力自体は微塵も心配していないとはいえ、急な事で戸惑いはあるだろうに……度胸と思いっきりの良さ、そして冷静さ。加えて、ニュアンスは少し違うかもしれないが観念する聞き分けの良さに、内心頭が下がる思いだ。
「ほう。音読をさせているみたいですなぁ」
学院の授業では、生徒が音読をする事はあまりない。
教師が必要なところを読み、説明する。どちらかといえば大学の講義に近い授業スタイルだ。
「集中力が上がりますからな……聞く・見る・考えると同時で熟すので、記憶し易いとも言われていますが」
自分の番がいつかと緊張感もあるでしょうしと、フォーレ校長は笑った。
確かに。受動的な授業だと、集中力が途切れる事はよくある事だ。そしてその様子は生徒が思っている以上に教師には丸見え、かつ丸解りだったりもする。
そして、ノートへの記録の取り方へ説明が及んだ時に、フォーレは感心したように頷いた。
要は『写す事』に囚われずに、まずは授業に集中する事。次に大切な情報や解らない事、新しい知識等を取捨選択する事。そしてより詳しい内容や疑問、次につながる事を記録しておけと言っているのだが。
取捨選択するには、理解……自分が何を知っていて、逆に知らないのかを認識したり、判断したりが必要になる。同時に目の前で説明されてる事を理解すべく、授業に集中しているかも関わって来る。
「あの方法はクロード様が?」
「いえ。勉強方法についてこちらが指導した事はありません。元々その辺は自分なりの方法を身につけておりましたし、座学的なものはほぼ独学で習得しておりますから」
「それは……想像以上ですなぁ」
感に堪えないと言わんばかりに、フォーレは大きくため息をついた。
その頭の上で、飽きてしまったのかラドリがぷうぷうと鼻息を鳴らしているのが、なんとも。
「……マグノリア様は、教師に向いておられるかもしれませんなぁ」
その言葉に、クロードは答えなかった。
それをいうなら、商人にも向いているだろうし領主にも向いているだろう。
料理人にも、文官にも。きっとやる気になれば、マグノリアが発展を望んでいる医師になる事も可能な筈だ。
屈強な男たちを束ねて、あちこち渡り歩く冒険家にだって向いているかもしれない。
「そうですね。でも……あの娘がしたい事をすれば良いと思っていますよ」
柔らかくそう言うクロードを見て、フォーレは灰色の瞳を大きく瞠った。
心の内は優しいのに、無愛想で厳しいところについつい目が行ってしまう。あまり感情を外に出さない少年だったのを思い出し、フォーレも柔らかく笑った。
「……そうですなぁ」
そう、微笑みながら頷いた。
授業終了の鐘の音と共に、扉が勢いよく開いた。
マグノリアがフォーレとクロードの姿を見ると小さく、授業参観……と言いながらフラフラと歩いて来ては、ぽすり。クロードの胸に突進した。
「疲れた……非常に疲れた……お菓子……」
疲れたからおやつを寄越せと言う事らしい。
子どもらしい様子に、フォーレはふぉふぉふぉと笑った。
「次の授業はいつだ?」
「……二時間後です」
「では、研究棟へ行くか。何かあった筈だ」
そう言うと、フォーレに別れを告げ研究棟へと足を進めた。
ラドリはそのままにしておく。目覚めれば勝手に帰って来るだろうし、なんならフォーレ校長と一緒にお茶をして来るかも知れないから。
移動する途中、タレーランの怪我の具合を説明しているとガイがやって来た。
「おや。お嬢の初授業、終わってしまったんすか?」
相変わらずニヤニヤしているガイに、クロードが確認する。
「タレーラン先生に看病と世話をする人間はつけたのか?」
「はい、勿論っす!」
ニヤニヤしながら胸を叩く。
そんなガイを、胡散臭そうにクロードとマグノリアがみつめた。
「それにしても二か所骨折かぁ……痛そう」
「ぐるぐる巻きっすよ」
ガイの言葉に、マグノリアが神妙な顔をした。
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そんな頃。
寮に運ばれて来たタレーランはお世話係を見て絶句していた。
(……何か、思ってたんと違う……!)
タレーランは心優しく気遣い細やかな、そして美しい妙齢の看護師さんのような女性が来てくれるものと思っていたのに。
……目の前には筋骨隆々の、ギルモア騎士団の騎士がいたのである。
「タレーラン先生のお世話に参りました! 力はありますのでご安心ください!」
むん、と見事な力こぶを作って見せてくれた。そしてニッカリと笑う。白い歯がキラーン☆と光った気がしたが気のせいだろうか。
……何だか部屋の温度が数度上がった気がするのも気のせいなのか。
タレーランは顔をやや青ざめさせ、小さく返事をした。
かなり大柄な上に、手も足も骨折して動くのにも難儀なタレーランの身の回りの世話をするのは、かなりの力がいるであろう。
考えなくても、女性にはかなり厳しい筈である。
快適に過ごして貰うように選ばれたのは、勿論、ギルモア騎士団の騎士である。
「料理も、実家が定食屋ですんで大丈夫っす!」
ニッコリ笑ってサムズアップされたが、コレジャナイ感が凄い。
「…………」
勝手に勘違いしたとも言えるが。こちらの方が腕力的にはきっちり世話をして貰えそうではあるが。ありがたくはあるのだが。
でもでも。
(何か、何か違いますぞーーーーーーっっ!!!!)




