マグノリア、先生になる・後編
現実問題として出来るか否か。
……残念な事に出来るし、出来る事を教師達も知っているのである。
というのも、教育者であるフォーレ校長はマグノリアを、初めは王立学院に入学させた方が良いだろうというスタンスで、本人と保護者を説得するつもりでアゼンダにやって来たのである。
まぁ、教育者なので……何も学校は学問だけではない。集団行動の大切さ……同年代の人間との関りも大切だし、立派な学びだと言う例の御説である。いや、ある意味真理でもあるのだが。
――行かない理由を聞いても、やはり学力に足りないところがあれば入学を勧めるつもりでいたのだ。
だが、過去にもクロードに学力を確認されて問題無いとお墨付きを受けており、更にこの世界特有なあれこれ――歴史や地理、法律等は、ディーンと一緒に学習済みで。
マグノリアの能力を勿体ないと思ってるのはクロードも同じであるので、学院に入学するのと遜色ない位の知識(絶対嘘。絶対それ以上)をという過分な配慮から、現在更に深められてもいる。
フォーレの目論みは呆気なく散ったばかりか、実際マグノリアと話をすればする程、同年代との集団行動もなかなか大変そうだと実感せざるを得なかった。
それはマグノリアの精神年齢の高さだ。
多分、やろうと思えば卒なく当たり障りなく熟すだろうが……話せば話す程、同じ年代の子ども達の中では気苦労と負担が大きいだろうと思えて来る。
如何せん、中には成人をしている大人が入っているのである。
実情を知っている面々としては今更な感じなのだが、知る筈のないフォーレは自説を曲げて、入学しないのもやむなしと判断したのであった。
更に、マグノリアは今回の教員の採用にも関わっている。
……面接だけでなく、必要と思われる知識をはかる為の採用試験の問題を、全部ではないとはいえ、作ったのも採点したのも彼女で。
学校名義で出版している問題集の著者は教師達であるが、丁度良さ気な内容かチェック・監修しているのも彼女で。
専門の習熟度は流石に専門の教師達の方が深いと思うが――少なくともアゼンダ学校の授業を行うだけの力量がある事は明白なのである。
とはいえ。
「えぇ~……何の準備もなくいきなりですか? 取り敢えず、今日は自習とかで対応しません?」
「マグノリア様も学校生活を送る絶好のチャンスではないですか!」
「……いや、それは普通生徒としての話でしたよね?」
同年代との共生ではなく、何故今更おっさん先生たちとの共生を学ばねばならないのか。おっさんとの共生うんぬんは、商会関連でお腹いっぱいである。
マグノリアは入れたくもないツッコミを入れる羽目になったのだった。
以前冗談半分本気半分で、せっかくなのでプレクラスは免除して『年齢的にも丁度良いので、前期課程に入学しようかな』と言ってみたのだ。
結果は総スカンを食ったのだった……
確かに教員側は、雇い主みたいな人間に教えるのは気が進まないだろう。
更には、問題を作っている人間が授業を受けるって何なのだろう的な話になり。
学校を充実させたいと話しているのだから、学ぶなら自分で発展させたいと思っている領域を研究棟で研究するべきではという、至極もっともな意見に落ち着いたのである。
(確かに……調理師免許を持っていないのに調理師免許の試験を作ってる、料理界の某重鎮みたいな立場になってるんだわ~)
「せっかく時間を遣り繰りして学びに来ている子ども達もおりますのに……」
「…………」
悲しそうにフォーレ校長が項垂れた。
「夏季休暇中も、タレーランは補講を受けたい学生達の夏期講座を担当していましたが」
「場合によっては中止になるやもしれませんなぁ」
他の教員たちもフォーレ校長に習う。
このしょんぼりした雰囲気は絶対に演技なのだが……子ども達の中には時間を遣り繰りして通っている者がいるのは本当である。日本の学校なら自習大歓迎でも、この学校に学びに来ている子ども達にすればガッカリするかもしれない。
教師達も他に仕事を持ちながら教鞭を取っている人、幾つも授業を掛け持ちしている人など、暇ではない人達ばかりなのも知っている。
臨時の教員を雇うにしても、調整に時間が掛かるであろう。
「……私よりもクロードお兄様の方が宜しいのではありませんか?」
一応妥協案を出してみるが、教師たちの顔は暗かった。
「能力は問題ありませんが……」
「優秀過ぎるというか……」
「子ども達にはまだ早いというか……」
「ふぉふぉふぉ」
『クロード、怖い♪』
(うわお、ズバリやね)
いや、お前全然怖がってねーだろ! と我が家の小鳥に思いつつも。
教師達がうんうん全員で頷いていたのだった。
「ちゃんとする子には、そこまで怖くないですけどねぇ。意外に面倒見も良いですし」
誤解を受けやすいのです。そう仏頂面を思い浮かべてフォローしておく。
ここでも教師達がうんうん全員で頷いていたのだった。
「……タレーラン先生は自然科学担当でしたっけ」
ため息をつきながらマグノリアはジト目で教師達を見る。
「はい、そうです!」
「これ教科書と資料です!」
「こちらが時間割です!」
「ふぉふぉふぉ」
そういうと、次々と教科書やら荷物やらを渡して来る。
転んで散らばっていたものを回収して来たそうで。
……手回しが宜しいようで。
マグノリアはもう一度ため息をつくと、
「ありがとうございまーーーっす!!!!」
教員一同が一斉に頭を下げた。
*******
「はーい。皆さん席について下さーい!!」
ざわざわした教室に入って来たのは、タレーランではなくマグノリアだった。
何事もない様に、初めから担当は私ですが何か? と言わんばかりの登場の仕方である。
先程、タレーラン先生が階段を滑り落ちて怪我をしたらしいという話で持ち切りであったが。代わりにやって来たのはこの学校を作った辺境伯家のお嬢様だった。
(えっ、まさかマグノリア様が勉強を教えるの!?)
まだ学校がほんの初期の時代に、マグノリアも教壇に立ったことがある。基本の読み書きと計算を教える授業だった。
今考えれば、小さい子どもの手習いの範囲だったのだが……
クラスにいる全員が指示通り座りながら、何とも言えない表情でマグノリアを見る。
見ている生徒はマグノリアと同じか、少し大きい子ども達だからだ。
貴族が通う王立学院について、名前だけは子ども達も知っている。
平民でありながら、そこと同じ様な勉強が出来るのがここアゼンダ学校であると説明された。
――マグノリアは自分達と同じ、本来ならその王立学院の新入生の筈。そう思っているのがありありと解る表情だ。
「皆さんご存知だと思いますが、先程タレーラン先生が怪我をされました。今診察中ですので、後程解り次第、皆さんにもご報告します」
大人に混じって仕事をしているからなのか、慣れっこな様子で気負うことなく、壇上で話をしている。
生徒側は楽しそうにしている者、不安そうにしている者、びっくりしている者……様々な反応を見せている。
「タレーラン先生がお戻りになるまで、私が授業を受け持ちます。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私はマグノリア・ギルモアと申します」
そう言うと、マグノリアは後ろの黒板に向かって自分の名前を書いた。
学校を作るにあたって、急遽作る事になったのが黒板とチョークだ。
それまでの小規模な教室では、人数も少ないので紙や石板、木札を使った授業だった。
黒板は学校を作る際に伐採した木を使った板を使い、困った時のクロード頼みで、DIYで黒板を自作する時に使う緑色や黒っぽい塗料の説明をして、何とかそれらしいものを配合して作って貰った。
それを組み立てて貰い、手伝いに来た騎士達や教師達と、みんなで塗ったのである。
チョークはリサイクルしている貝殻や卵の殻を粉にし、小麦粉などのつなぎと色粉、熱湯を入れ良く混ぜ、成型し乾燥させたものだ。
乾燥させるのになかなか時間がいるが、型さえ出来てしまえば比較的簡単に作れる。
勿論石灰岩や焼き石膏を使って作っても良いのだが、リサイクルの観点から出来る限り捨てるものを少なくするよう有効活用しているのは今も変わらない。
これは貝や卵の殻を使うので、セルヴェスの肥料事業にお願いをして作って貰っている。
「それでは、前回の続きから行います。端の席から順番に、段落ごとに読んでください」
******
タレーランは几帳面に授業の進捗度合いをノートに記録してあった為、進み具合はすぐ確認出来た。
まだ学校も始まったばかりという事もあり、初歩的な『理科』の範囲である。なんとかマグノリアにも対応出来そうで、ホッとした。
すぐに戻って来るなら教科書に沿ってある程度まで進めておくが、長くかかるようならば一度テストをして習熟度合いを確認した方が良いであろう。
「それでは、今日習ったところを残った時間、自分の言葉で纏めてみましょう。これは色々なやり方がありますが……教科書や黒板を写すのも悪くはありませんが、教科書や黒板に書いてある『大切だと思うところ』を記入し、余白に自分が考えた事、解った事、疑問に思った事、他の人の発言や、その言葉に関連する事項で大切だと思う事を書いてみましょう。解らなかったら手をあげてください」
生徒たちは困ったように固まっている者もいた。
黒板丸写しタイプの生徒であろう。
マグノリアは心の中で苦笑いすると、ヒントを挙げる。
「大切なところ……覚えて欲しいところは、先生方は大概繰り返すか、色を変えて書くか、目立つように書く事が多いです。直接『ここが大切です』と仰る先生もいらっしゃるかもしれません。今日の授業だとここですね」
そう言って、マグノリアは自分の書いた文字に赤いチョークで丸を付ける。
全員がノートに同じように丸を付けた。
(うーん……)
こりゃ、なかなか遣り甲斐がありそうだなとマグノリアは遠い目をしたのだった。
********
教室で煩くするだろうから、ガイのところに行っている様にと追い出されたラドリが飛び込んで来た。
『マグノリアが先生するよぅ♪』
「先生?」
いきなりしゃべる小鳥に医師はびっくりしていたが、気を取り直し、すぐさま患者に向き直って治療の手を進めた。
幸い綺麗にポッキリと折れているようなので、ひと月半位で治りそうだと言う事だった。
実際は落ちてしまった筋肉と体力を戻すのに少し掛かるであろう。今からなら夏季休暇前には治りそうかと算段する。
「ラドリ。フォーレ校長に治療が終わったと伝えてくれ。治癒にはひと月半は掛かると」
『いいよぅ☆』
返事をすると、瞬間移動するように消えた。
再び医師は皺の間にある瞳を大きく瞠ると、クロードとガイを交互に見る。
ガイはニヤニヤと、クロードはどう説明すれば良いのか解らないので、むっすりと不貞腐れた顔をしておく。
案の定、空気を読んだ医師が聞きたい事は山々だろうに押し黙った。
手も足もガッチリと固定されて、困ったように眉を下げるタレーランにクロードが向き直る。
「先生は寮住まいですよね? これではご不自由でしょうから、世話が出来るものを誰か寄越しましょう」
クロードの言葉にタレーランは、ふたつ返事で了承し礼を言った。
「ありがとうございます! 感謝します!」
「いえ。早く良くなると良いのですが……」
そう言いながらガイに手配するように目配せする。ガイはニヤニヤしながら請け負った。




