頼んでいたものが出来ました
「マグノリア様、例のもの、出来てますよ!」
手芸部隊に顔を出すと、ワクワクしたような表情でダリアとピアニーが工房の後ろを指さす。
マグノリアは助かったとしか言い様がない表情で、パンと両手を打ち付けた。
「わ~! 忙しいのにどうもありがとうっ!」
「いえいえ~。新製品になるかもしれませんからねぇ」
ピアニーが苦笑いで言うと、ダリアがうんうん頷いた。
工房では賑やかな話声と共に手を動かす姿が見える。
縫物の達人の婆ちゃんもいまだ健在で、皺々の手を振って挨拶してくれた。マグノリアもにっこり笑って振り返す。
バックヤードへ移動しようとすると、ガイも当たり前の様について来ようとするが。
思わず振り返る。
……言っていなかったから当たり前なのだが、ここはちょっと遠慮して貰わねばならない。
「ガイ。試着だからここで待ってて!」
「試着? 珍しいっすね」
ドレスに余り興味を持たないお嬢様が試着とは。
陽気な護衛は、細い目をこれでもかと瞬かせた。
本来ならリリーを伴って来る所なのだが、本日は不在の為、ガイのみがお供である。
「うん。ラドリもガイと待ってて!」
『え~?』
頭に乗っかったままでいるラドリを摘まむと、ペイっとガイの方に放り投げる。
飛ぶのが面倒らしい鳥は、放物線を描いてガイの腕の中に着地した。
今年の秋に十三歳になるマグノリア。ご多分にもれず成長期を迎え、その姿はだいぶ成長した。
四歳になったばかりで移動した時には一メートルに満たなかった身長も、今やリリーとほぼ同じ位である。多分まだ確実に伸びるであろう。
そして胸。
残念な事にいつかのヴァイオレットの証言通り、かなり大きく育ってしまっている。
多分既にEカップはありそうな予感に、ため息が出ても仕方がないであろうというもの。
(ああ……汗疹の悩み、再びか……)
日本時代のマグノリアも大きな胸に悩んでいて……夏場の汗疹、更には年中無休で肩凝りが酷かった事を思い出して気分は憂鬱である。
そして身長同様今後も、まだ大きくなる事であろう。
(クッソぉ! チーフ・ゲームクリエイター神崎め!!)
見た事も会った事も無いこのゲームを作った責任者に、心の中で悪態をつく。
ユリウス皇子こと鈴木海里の、バイト先であるゲーム会社の人間である。
ユリウスによれば一連のシリーズ作を作った中心人物で、謂わばこの世界の――設定の産みの親と言って良いだろう。
きっとキャラデザのOKを出したのも彼であるに違いない。
今のところというか、マグノリアの顔の作りはどちらかというと童顔である。丸い垂れ目も相まって、可愛らしい印象だ。だが……スタイルには悪意(?)を感じる。
(……おかしい。曾婆さんはつるペタだったのに)
むしろ、この顔のビジュアル的にはアゼリア姫の方が正統であろうと思う。
小柄で凹凸の少ない見た目だ。
……だが文句を言ったところで小さくはならないのだ。多分。
極端なダイエットは身体に悪いし……実行したところで、心配したセルヴェスとクロードに美味しいものをテーブルいっぱいに並べられ、呆気なく失敗に終わる未来しか見えない。
その大きな胸を支える為にコルセットをつけるのは非常に暑い。特に夏場。そしてウエストが締められてキツい。簡単に言って地獄である。
そんな死活問題から、仕方が無いのでこっそりブラを作って貰う事にしたのが昨年。
手に入らない素材――ゴムとかもある上、彼女たちは実物を見た事がない。
仕方がないので手に入る素材とパーツを駆使して、試作に試作を重ねたのである。
「う~ん。伸びは良くないけど素材が無いから仕方がないかな」
「カギホックを沢山つけてサイズ調整し易いようにしましたが……あとはリボンで結ぶような形にするしかないでしょうか」
「結ぶとドレスに響きそうだよね。それにすぐに解けそうだしねぇ」
ふは~。
コルセットから解放された胸とお腹で深呼吸する。
元々そこまでウエストを絞る必要はないので、胸を支える為だけに着用しているのだが。
代わりに身に纏うブラは、下着というよりかつての水着の方が近そうだ。
試作段階である為、レースなどの飾りは一切なく、非常にシンプルな見た目だ。
丁寧に作られたそれは、チクチクするところもなく快適に着用出来そうではある。
ただ使い勝手はかつてのものに比べ、雲泥の差であろう。
「ある程度のサイズをカギホックで行って、微調整はリボンでしますか?」
「ああ、それなら最悪落ちちゃうって事はなさそう!」
ピアニーとダリアが積極的に意見を出してくれる。
パッチワークやドレスポーチが順調な内に次のヒット作を出したいと考えているようで、日々研究に余念がないふたりだ。
本当に、彼女達に代表を引き受けて貰って良かったと思っている。
マグノリアは頼りになるふたりを見て瞳を細めた。
「多分、普段コルセットをつけない平民女性の方が需要がありそうだね」
「貴族の方でも、ウエストを整えなくて良い日には需要がありそうですけどね」
「……これから暑いしね。これ、持って帰っても良い?耐久性とか色々チェックしたいの」
「勿論大丈夫です」
そのつもりだったようで、当たり前の様に頷くピアニー。
マグノリアはいそいそとワンピースを纏い、服の上から見た具合もチェックする。
うん。大丈夫そうだ。
「素材を変えたものも幾つか作ってありますよ!」
そう言いながら手早く纏めるダリア。
……纏めながら、手早くワンピースを着こんだマグノリアの胸をじっとりとみつめた。
「……大きくていいですねぇ」
ぼそり。羨ましそうに言うダリアの胸は、確かにささやかな雰囲気である。
マグノリアは口を尖らせた。
「ええっ!? ちっとも良くないんですけど!」
如何に無用の長物であるか呪詛の様に言葉を吐き続けるマグノリアと、それを否定し続けるダリアの様子を見て、ピアニーは苦笑いをした。
「人間、無いものねだりなんですわねぇ」
中世の服装といった資料を見ると、下着として布や革製のチューブトップのような、
胸用バンドのようなものを身につけている人もいたようです。
ただ残っている資料が少ないそうで、はっきりとは解っていないことが多いようです。
→読者様に、今から10年ほど前に『500~600年ほど前のものが見つかった』と読んだ事がある、と教えて頂きました。そちらは今のものとほとんど変わらない形状だったそうです。昔の手仕事は凄いですね。
okyo様、教えて頂きましてありがとうございました(^^)




