悪役令嬢はヒロインに物申す
「……しっかし、本当にこうなっちゃうもんなんだねぇ」
ユリウスがジト目でシチューを口に運んでいた。
視線の方向にはアーノルド王子と側近たち、そして楽しそうに笑うマーガレットが一緒にランチタイムを過ごしていた。
ヴァイオレットはギラギラした瞳でナポリタンを頬張りながら日課の観察をしている。全て余す所なく目撃しようとギンギンの爛々でちょっと怖い。
……お陰様であちらのテーブルとは違い、誰も寄っては来ないのでゆっくり食べる事が出来てはいる。
アゼンダ独自の……マグノリアによる地球風料理に使う食材の一部は、隣町のオルセーにあるキャンベル商会から食材が広められ、王都でもだいぶ食べられるようになって来た。
この前はマグノリアに分けて貰った弾け麦でおにぎりを作って持参していたが、ユリウスにじっとりと無言でねだられ食べ辛いので、暫く持ってこない様にしているのだった。
「仲良くするだけじゃなく、直すべきところも指摘してあげたら良いのにねぇ」
「信奉的だからね」
ユリウスの向かいでハンバーグを頬張るディーンが苦笑いをした。
……『本当にこうなっちゃうもんなんだね』っていうのは、まるでこうなるのを知っていたようだなと思ったりもするのだけれども。
ユリウスはともかく、マグノリアとヴァイオレットに関しては、深堀りすれば深堀りする程自分に色々降りかかって来る事になる為、細かい事は気にせずに『そういうものだ』と流す事を覚えた。
いちいち細かい事を気にしていたのでは、彼女達と付き合えないからである。
ルイとのイベントの翌日。約束通りルイは、中庭でお弁当を広げるマーガレットを食堂に連れて来た。
そしてアーノルド王子やブライアンと再会したマーガレットは、嬉しそうにきゃぴきゃぴしていたのである。
ブライアンは護衛の為一緒に食事は摂らないようだが、初めて会った側近たちも愛らしく人懐っこいマーガレットに驚きつつも悪い気はしなかったようで――
それどころか甘えてくるような様子をみせるマーガレットに、間違いなく骨抜きにされている様に見える。今まで周りにいないタイプの美少女がとても新鮮なのだろう。
マーガレットはイケメン令息たちに囲まれて、今や彼らのミューズである。
王子様のお気に入りに、表立って何かをする人間はいない。
中には――特に女生徒の中には面白くなく思ってる人間もいるだろうが、みな沈黙を守っている。
同時に、アーノルド王子の婚約者であるガーディニアには同情の視線が集まった。
マーガレットが現れる前から、アーノルド王子があまりガーディニアを大切に思っていない事は察せられていた。
親同士が決めた婚約者――みなそれぞれに努力をしたり歩み寄りをし、自分の気持ちに折り合いをつける。良いところを見つけ、家族として愛そうと努める。
だが当人同士には不幸な事であるが、どう頑張っても気持ちが通い合わない事はままあるのだ。
更に不幸なのは、アーノルドが王子である事だろう。
もっと普通の……ただの高位貴族であれば婚約者を替える事も可能であろうが。それこそ先の侯爵令息と伯爵令嬢の様に。
しかし、彼の未来の妻には未来を見据えた能力と教育、そして努力し続けられるという才能が必要であり、それに応え得る人物である必要があるのだ。
そしてそういう女性は勿論、その辺に転がっている訳ではない。
なのでふたりは、婚姻という面においては多分不幸である。
今まで学院で、一度も昼食を共にした事など無い。ガーディニアはどんな気分でふたりを……アーノルド王子を見ているのだろうと、みんな思うのであった。
「……っていうかさ、ヴァイオレットはなんで上位クラスに入らなかったの?」
ユリウスは今更ながらにヴァイオレットに問うた。
ヴァイオレットは普通クラスに在籍している。
前世で病気の為に殆ど学校に行けなかったとはいえ、デジタルがそれなりに発達していた時代に生きていた春日すみれは、遠隔で授業を受ける事もあれば、病院内の臨時学級などでの対面授業も受けていたであろう。
多分、王立学院の試験ならば上位クラスに入れる筈だ。
そうすれば、四六時中べったりとマーガレットに張りつく事も可能である。何だったらマーガレットの友人というポジションの獲得も可能であるだろう。
「考えなかった訳じゃ無いんだけど、何か色々大変そうだしね……」
そう言ってディーンを見遣る。
子爵家で上位クラスに所属するのはフォーレ一族位である。やはり珍しい事に変わりはない。あまり目立つと観察作業がし難いという説明を聞いて、ああ……と納得するユリウスとディーンであった。
そしてふたりには言わないが、やはりマグノリアと友人になった事も大きいと思う。
仁義を通すという訳でもないけど、ゲームとは打って変わって頑張り屋なマグノリアを見ていれば、今更マーガレットの友人に立候補するのは正直気が引ける上に気乗りしない。
マグノリアに言えば関係ないから好きにしろと笑い飛ばすだろうけど……
実際ガーディニアとは上手く行かなかった。すみれではないヴァイオレットは、何だかんだでマグノリアが結構好きなのである。
*****
今、ヴァイオレットは図書館裏の壁にぺったりと身体をくっつけ顔の半分を出し、呼び出し現場を見つめていた。その後ろにはディーンとユリウスが、やはり同じ様に顔をのぞかせている。
体育館裏呼び出しならぬ、図書館裏呼び出しである。
今日ここで、ガーディニアがマーガレットに『第一回・対応に物申す回』が開かれるのだ。
(毎度毎度、ヴァイオレットはどうやって正確な日時を調べて来るのかなぁ?)
(毎度毎度、変な変装(?)をさせられるけど、今回は普通で良かったなぁ!)
ディーンとユリウスがそれぞれに心の中で感想をもらしていると、キョロキョロしながら歩いて来るマーガレットが見えた。
既に定位置に到着しているガーディニアの姿をみつけ、怯えた様な表情をみせる。
「……お話って、何でしょうか……?」
「お呼び立てして申し訳ありませんでした。マーガレット・ポルタ男爵令嬢ですね?」
静かだが威圧感のあるガーディニアの声が響く。生まれ持っての上位者が持つ存在感というものを、ガーディニアは既に持っているのである。
……男爵令嬢が筆頭侯爵令嬢とタイマンとか、自分だったらマジ勘弁なシチュエーションである。
「私はガーディニア・マリ・シュタイゼンと申します。ちょっとご忠告申し上げたくてお呼び立て致しました」
「マーガレット・ポルタです……」
マーガレットはちょこん、といつもの友人にするような礼をした。
その様子をガーディニアはじっと見つめている。
「……あなたの言葉遣いについてなのですが。お昼をご一緒している殿方たちが、王族と高位貴族である事は御存知?」
「ええ。それが何か?」
ガーディニアは少し間をおいて、再び口を開いた。
「……プライベートは差し出口かと思いますので申し上げませんが、休憩中とはいえ食堂は公共の場です。色々な階級の方や、海外の王族の方もいらっしゃる場ですの。せめて敬称をつけてお呼びするべきだと思うのですが、いかがですか?」
「敬称……?」
「はい。アーノルド『様』ではなく、アーノルド『王子』もしくは『殿下』と」
「……お友達なのに……」
お友達。ガーディニアの眉がぴくりと微かに動いた。
「はい。お友達でもお付けすべきかと思います」
困ったような泣きそうなウルウル瞳でみつめるが、相手はガーディニアである為、微塵も効きはしない。
静かに見下ろす蒼い瞳と潤んだ萌黄色の瞳が見つめ合う中、走って来るような足音が聞こえる。
「マーガレット!」
「アーノルド様ぁ!」
今にも泣きそうな鼻声でそう呼ぶと、走り出してアーノルド王子の腕にしがみついた。
後ろにはルイを始め数名の側近もついて来ており、何事かとマーガレットとガーディニアを交互に見つめている。
「ガーディニア! お前、マーガレットに何をした!?」
「私はただ、公共の場では敬称でお呼びすべき立場の方はそう呼ぶよう、お伝えしただけですわ」
「だけ? こんなに怯えているのにか! マーガレットは貴族になって未だ二年だぞ!」
声を荒げる王子に、ガーディニアは静かに口を開く。
「もう、でございますわ。殿下」
「!」
「小さな子どもではなく、王立学院に入学する年齢のご令嬢なのです」
「お前の様に、小さい頃からマナーを叩きこまれている訳ではないのだ!」
「勿論でございます。ですから、ただひとつだけ。公共の場では敬称をと申し上げただけですの」
ガーディニアを見る険しい側近たちの視線の中で、彼女は静かに続けた。
「彼女がこのまま貴族として生活するのであれば、貴族らしいマナーや礼儀を身につけなければなりません。それは彼女自身の為でもありますし、ポルタ男爵家の為でもあります。数年後にはデビュタントも控える年齢です、早急に対応しなければならない問題ですわ。そうでないと、彼女自身が辛い目にあったり、場合によっては大事になってしまうのですよ?」
「それならそれで、なぜこのような場所に呼び出す! その場で言えば良いであろう!」
「……そんな事をすれば、沢山の人に知られる事になります。彼女の名誉に傷がつきますわ。彼女だけが知り、彼女が修正出来ればそれで良いのです」
ガーディニアの言葉に、殺気立っていた側近たちの表情が落ち着いたものに変わって行く。だがアーノルド王子は気持ちが収まらない様で、ガーディニアを睨みつけた。
「それならば、なぜひとりだけで呼び出す!」
「なるべく人に知られない方が彼女の為だからですわ。それに、皆様がご一緒にいらっしゃったらこうやってやみくもにお庇いになって、うやむやになってしまいますでしょう」
ちらり、未だ王子の腕にしがみついたままのマーガレットを見て、ため息を飲み込みながら王子を見た。
「……差し出口ながら、年長者として発言をお許し下さいませ」
護衛としてついて来ていたブライアンが、小さく右手を挙げた。
アーノルド王子が視線で促す。
「ガーディニア様が仰ることはもっともであると思います。お互いご友人であるというお考えの元ではあるかと思いますが、やはり首を傾げている者も居るのは事実かと。ガーディニア様とてその場で伝えた方が手間が無いのに、わざわざポルタ男爵令嬢の立場を思い遣ってこのような形にしたのでありましょう」
「……では、私がいけないのですね……?」
潤んだ瞳でそう言うマーガレットに、ブライアンは困ったように眉を下げた。
「……いけないかどうかではなく……多分、今のままのマナーや礼節で一番困るのはポルタ男爵令嬢ですよ? 指摘を受けて、それが理不尽ではなく正しい事なら『ご指摘ありがとうございます』とお礼を申し上げるべきところなのです」
庇って貰えると思っていたのであろう。
ブライアンにまで否定(……いや、否定ではないのだが)されてしまい、遂にマーガレットはポロリと涙を零した。
王子とルイ、そして他の側近たちも息を飲む。
「もう良い! 行くぞ!」
大丈夫か、と小さくマーガレットに言葉をかけると、小さく震える肩を抱き込んだ。そしてキツい一瞥をガーディニアに向け、そのまま背を向ける。
ルイは流石に睨みはしなかったが、ちらりとガーディニアに視線を向け、やはり王子とマーガレットの後ろを歩き出した。
「ギルモア様、ありがとうございました」
ガーディニアは表情を変えず……小さく、だけど丁寧な礼をした。
「……いえ。力及ばず申し訳ありません」
ブライアンは騎士の礼を返す。
「大丈夫ですか?」
気遣わし気なブライアンの声と表情に、ガーディニアは初めて表情を少し緩めた。
「はい。大丈夫です」
そして自分に言い聞かせるかのように頷きながら言った。
ブライアンが護衛に戻ると断り立ち去ると、ガーディニアは暫しマーガレットと王子達の去った方向を見つめてため息をつくと、顔を上げて歩き出した。
「……まともだ……」
ディーンは、まるで別人の様なブライアンを見て信じられない様に呟く。
そう。ブライアンはマグノリアが絡まなければ成長した現在、案外まともな青年なのである。何だかんだで彼もギルモア家の人間。基本スペックはそう悪くも無いのだ。
ましてや今回ジェラルドから忠告を受けている為、他の攻略対象者に比べて一歩引いて見ている節がある。
「うーん、何かブライアンもズレている?」
「マグノリア効果?」
ユリウスとヴァイオレットがブツブツと言い合いをしている。
――マグノリアが今の場面を見ていたら、ブライアンの背中をバシバシ叩きながら『やるじゃん、ブラ兄!』と褒めそうである。
「まあ、それにしても。まともな事しか言ってないのに『悪役令嬢認定』されたよねぇ」
「『悪役令嬢』?」
ユリウスの聞きなれない言葉に、ディーンが首を傾げる。
流石に今回は『スチル、ゲットだぜ!』と素直に喜べないヴァイオレットも、首を傾げているディーンと何かを考えている風なユリウスを見ては、ガーディニアの小さくなった後姿を静かに見送った。




