ユリウスとヒロインの道案内
(げっ!!?)
ユリウスが図書館へ向かって歩いていると、目の前をキョロキョロしながらマーガレットが歩いていた。ふんわりと柔らかそうな髪が頭を動かすたびに小さく揺れている。
同時にユリウスも周りをキョロキョロしながら、攻略対象者の姿を探す。
ここ数日で学院内にいる対象者とは接触したはずであるが、もしやお替りがあるのであろうか。
(――いない、だと?)
そして、嫌な予感がして植え込みの方向を見遣ると、草と花を頭につけたヴァイオレットとディーンの姿が見えた。
『ユリウス』と『マーガレット』が接触する事などあっただろうか……と考えていると、一瞬バチっと目が合ってしまった気がするが。
遠くの景色を見てましたよ~? と視線を遠くへ向け、なるべくマーガレットと目を合わせない様に図書館へと足を進める。
「あのぅ……」
「…………」
一体誰に話し掛けているんでしょうね? きっと他の方ですかね?――そういうテイでキョロキョロしておく。
何というか、関わると厄介ごとの雰囲気がプンプンするし、天然のぶりっ子とか対応が無理である。まぁ、作り物のぶりっ子もいただけないのではあるが……
これでマグノリアまでもが元の通りのぶりっ子だったとしたら、本当にきついゲーム画面であっただろうと思う。
ホワイトぶりっ子とブラックぶりっ子、ぶりとブリの共演(なんのこっちゃ)。
(本当に、マグノリアの中の人、転生してくれてありがとう――!)
多大なる……いや、若干のオヤジっぽさとべらんめぇ具合がまるでご令嬢らしくないけれど、一応まともでいてくれて有難いとユリウスは心底思っている。
聞こえていたら警棒でド突かれそうな事を思いながら、アゼンダへ向かって両手を合わせておく。
……傍から見ると、全くもって挙動不審な皇子である。
「あなたです、あなた! 銀色の髪の、前期課程の制服を着た、キョロキョロしているうえに祈っている様な、男子生徒のあなた!」
「……僕?」
やっぱそうか。心の中で小さく舌打ちを打つ。
表面上は、えっ、そうなんですか!?――そういうテイで驚いたふりをしておく。
ととととと、と音がしそうな感じで小走りでやって来ると、顔を覗き込むように上目遣いで小首を傾げた。
「そう、あなた! 実は、図書館に行く道が解らなくって……教えて貰っても良いですか?」
両手をグーで顎の下へ並べると、例のウルウル瞳で見上げて来る。
(……うわぁ……!)
思わず腰が引けそうになりながら、横目でヴァイオレットを見ると、(行け!)とばかりに顎をしゃくった。
…………。ヴァイオレットも大概態度が悪い。
あいつには一度、皇子らしさを見せつけた方が良いかもしれないなと思いながらも、同時に鬼のような表情のマグノリアが浮かんで、すぐさま止める事にした。
古今東西、女性には逆らわない方が平和なのである。
ため息をついて、思わずすぐ横にある校内案内板と、未だうるうるしているマーガレットを交互に見る。
……この子はああいう案内や看板が目に入らない質なのだろうか? だから良く道に迷っているのだろうか。
「えっと、図書館はここを真っ直ぐ行くとあるよ。あと、敷地の色々な場所に校内案内板があるのは知ってる?」
ありがとう、と言おうとしたのだろう。口を丸く開けたまま、萌黄色の瞳をまん丸に瞠った。
「あら! あんなとこにあったんだ~☆ てへっ♡」
私ったらドジっ子さん☆
そう付け加えて首を傾げた。
(…………)
何だろう。後学に備えて、言葉遣いや態度などを伝えた方が良いのだろうか。
そう思ったが、同じクラスの女生徒たちの健闘虚しく空回った事を思い起こす。多分言ったところで全く届かなそうでしかない。
取り敢えず何も言わず、図書館へと足を進めた。
「あなたも図書館に行くの?」
「うん?」
「何年生なの?」
「三年生だね」
「私、一年生なの!」
「はぁ……図書館の場所が解らないなら、そうだろうねぇ」
なぜかユリウスの後ろをついて来ては、どうでも良い質問を繰り返している。
何というか。言葉尻は柔らかいのだけれども、グイグイ来る感じがなかなかに積極的だなぁと思う。
そして、横を追走するように植え込みに沿って中腰で移動し続けるディーンとヴァイオレットが、非常に視界にちらついてうるさい。
彼らの耳の隣から真っ直ぐに伸びるチューリップの赤と黄色と白とピンクが、両手に持った雑草の束が、風と横歩き移動の振動にカサカサと揺れている。
二方向からの攻撃に(?)小さくため息をつくと、
「ユリウス皇子?」
初めて聞いた時よりも、低く落ち着いた声がユリウスの名を呼んだ。
金の髪と蒼い瞳。今でも母親譲りの美しい顔をしているが、男性らしい骨格が目立つようになった。
後期課程の白い上着が否が応にも貴公子感を爆上げしている青年は、東狼侯ことアイリスの息子であった。
「わぁ! ペルヴォンシュ先輩。お久しぶりですね!」
「本当にね。相変わらずお元気そうだね……」
ちらりと、マーガレット、そしてディーンとヴァイオレットを見て小さく首を傾げている。
「どなたですか?」
マーガレットが、まるで紹介してくださいと言わんばかりの口調で言った。
流石に制服で上級生と解ってなのか、珍しくきちんとした言葉でユリウスに問うて来たが。一応、本人なりのTPOに分けた言葉遣いの変化は可能らしい事が解るが。
……解るが、何故に友人でも知人でもない人間(マーガレット)に、知人(ペルヴォンシュ先輩)の名前を教えないといけないのか。
第一、自分達が名乗り合ってすらないのに。
比較的朗らかなユリウスが困惑したような様子を見せている事を悟ってか、ペルヴォンシュ先輩が助け船を出して来た。
「お知り合いか?」
あ、うん。左側に見えるおかしなふたりはお知合いですね……と心の中で呟きつつ。
「いえ。今、図書館への道をたずねられて。説明を終えたところです」
ペルヴォンシュ先輩が小さく頷くと、マーガレットを見下ろした。
「では問題ないな」
「え!?」
困惑するような声に、困惑の表情を返す。
「……まさか真っ直ぐの道を前まで案内するまでも無いだろう? 真っ直ぐ行けば大きな建物にぶつかるので誰でも解る筈だ」
有無を言わせぬ先輩の言葉に小さく頭を下げ、とぼとぼと歩いて行く後ろ姿を見送った。
「本当に良かったの? デートの最中じゃなかった?」
「いえ、助かりましたよ」
砕けた口調でおどける先輩の言葉に、苦笑いを返す。
遠目にユリウスの姿が見えたが、困ったような雰囲気が見て取れた為、声をかけてくれたそうだ。
「……そっちはお友達?」
ユリウス越しに視線をおかしな格好の友人達に向けると、ユリウスも苦笑いしながら頷いた。
「はい。左がディーン・パルモア男爵令息、右がヴァイオレット・リシュア子爵令嬢です」
「ああ、パルモア君は存じているよ。我が校の有名人だからね」
コレット以来の男爵家出身の上位クラス生徒として、ひとつ上のペルヴォンシュ先輩も当然知っているのであろう。
「リシュア子爵令嬢は、マグノリア嬢のご友人ですよ。御母上やコレット女男爵の小さな友人、アゼンダの小さな女神の」
「なるほど……」
綺麗な顔を微妙に歪ませながら、小さな声で肯定を返した。
……何がなるほどなのかは聞かない方が良いであろう。
「追跡か斥候の練習?」
ふたりの恰好を見て、おどけた様な声で眉と肩を同時に上げる。
ディーンとヴァイオレットは顔を見合わせると急いで身支度を整え、取り繕って礼をとったのであった。
花の国であるアスカルド王国では、相手に花の贈り物を渡す事が多い。
……手に持っていたチューリップの花を後輩たちに手渡されて、微妙な顔をしたペルヴォンシュ先輩が印象的だなとユリウスは苦笑いをした。




