クロードの受難
本日2話目です。
前話が未読でしたら、合わせてお読み頂けると幸いです。
黒い大きな青毛の馬が先頭を切って走り抜ける。その後ろを鹿毛二頭が列をなして走っている。
紅葉が混じる樹々と抜けるような青空は本来目を楽しませるものであろうに、理不尽な事にただただ舞い上がる砂塵と共に流れ去って行く。
馬を休ませる以外は不眠不休で二日間駆け抜けてきた道を、再び戻る事になったガイを時折気に掛ける様に振り返るクロードに、本人は苦笑いで見遣った。
クロードは、事の決着をどのようにつけるべきか思案していた。
父と兄が和解して子どもの待遇が改善すれば良いが、果たして改善したからと言って全て解決かと言えばそう単純なものでもない。
姪がもう少し大きくなって色々な判断がつくようになれば、自分がどれだけの事をされたのか思い知る事になるだろう。
父と兄以上に関係の断絶になることは想像に容易い。
一般的にアスカルドでは親に子の処遇を決める権利があるとはいえ、義姉や甥の様子も聞くにあたり、そのまま一緒に暮らし続けても誰が幸せになるのか疑問であった。
(低位貴族に養子に出す事を進言すべきか……)
勿論、意見を求められればだが。
信頼する貴族の家に養女として貰い、体調が戻ったとしてお披露目をすると言うのが一番穏便なパターンだろう。
低位貴族の子女であるなら早々王家と関わる事も少ない筈。
(しかし、お祖母様によく似ているという事はギルモアの血だということを隠しようがない……色々手詰まりだな……)
綺麗な顔が、苦虫を嚙み潰したようになる。
それに、父の分が悪いとは言え、それを理由に関係のない子どもまで意図的に不幸にするのはやり過ぎだ。
(しかし、何故?)
兄らしくない報告の数々に、妙な引っ掛かりがある。
今更言ったところでどうにもならないのだが……
――もしくは、アゼンダを継いでもらうか。
元々、父上の持ちうる全てを継承するのは本来兄であるべき事。
自分は元の『男爵家の嫡男』に戻れば良いだけだ。
父がごねるであろうことは避け難いが……どうしても反対されれば、今のまま自分が分家を作れば良い。
彼女は正統なギルモアの嫡出子。
名前の問題もあるが……女子本人が家督を継ぐなら、そのようなものは吹き飛ばすくらいの功績を持てる人間になるであろうし、極々普通の人間だったなら、結婚相手にその辺の事情も汲めるような人間を選んで貰えば済むことだ。
どちらにしろ、ギルモア侯爵家の中だけで済みそうならこちらが必要以上に出張る必要も無いし、収拾しなさそうなら提案の一つとして挙げれば良いだろう。
山道と街道が分かれる少し手前、セルヴェスの馬が脚を落とした。
もう少しで地方都市であるサンタナの街がある。
――走り通しで、流石に宿を取るつもりなのか。
クロードとガイも不思議に思いながら速度を落とす。
俯くセルヴェス。
ブルブルするセルヴェス。
(ご自分のやらかしが齎した結果に、慄いていらっしゃるのか……?)
訝し気にクロードが声を掛けようとすると、セルヴェスは凄まじい勢いで二人を振り返った。
ぐりんっっ!!! ……風が見えた気がした。
二人はちょっとのけぞって、セルヴェスの焦った顔を見る。
「どうしよう……!!」
「……どうかされましたか?」
ぐぐいーーーっと顔をクロードに近づけると、切羽詰まったようにがなり立てた。
「誕生日なのに! プレゼントを用意するのを忘れた!!」
「「……は?」」
「贈り物じゃ、贈り物! ……マグノリアは、四歳の女の子は何が欲しいものなんだ!? 周りが男ばかりで見当もつかん!」
「…………」
ガイは何やら面白い様子に陥っている主をみてニヤニヤしているが。
クロードは黙ったまま冷たい視線を、頭を掻きむしるセルヴェスに浴びせていた。
整い過ぎた顔が冷気を纏うと、物凄く冷酷に見える。
「……知らぬ。どうでも良い」
冷え冷えとする低い声が響く。同時により低い声が唾を飛ばす勢いで反論する。
「どうでも良くないぞ! だからお前はモテないんだぞ!!」
「いやいや、クロード坊ちゃまはモテるでしょうに」
ガイがセルヴェスを否定する。確かに家柄良し、器量よし、能力良し、財産良し。
現在十九歳のクロードは、今も昔も未婚女子の垂涎の的である。輿入れを狙う相手として不足なし! と常日頃ギラギラした目で見つめられ、げんなり気味な位である……
「坊ちゃま言うな。それもどうでも良い」
「贈り物は保存の利く干し肉とか、万一の解毒薬とかが喜ぶんじゃねぇですかねぇ?」
「干し肉は解るが、解毒……毒っ!? 毒でも盛られているのかっっ!?」
「往来で大声は止めて下さい。……ガイ、そうなのか?」
「いや、目端の利くお嬢ですからねぇ。万一に備えて調べてたみたいですねぇ」
何とも言えない回答にホッとして良いのか眉をしかめれば良いのか。
「後、四歳児は男女とも干し肉も普通は要らないですよ、父上」
「旨いがなぁ」
「ずっとだと飽きやすがねぇ」
壮年の大男と小男、青年の大男が三人寄れば意外にかしましい。
……して、ここは道の往来。
「ちょっと、端っこ歩きなさいよ!」
後ろから来た、手押し車を引いた鬼バb……ご婦人に勢いよく叱られる。
めっちゃコワい顔だった。反射的に背筋がピッ!と伸びる。
「「「スマン!……デス。」」」
男たちは小さくなって、小さな声で詫び、すごすごと端っこに寄った。
王都まで後、半分。




