アーノルド王子とヒロインの出会い
数話程、暫し王都の王立学院が舞台になります。
私、マーガレット・ポルタ! 花の十三歳だよ♡
今日からアスカルド王国の貴族の子ども達が通う『アスカルド王国王立学院』に入学するんだけど、もうドッキドキなの!!
病気で死んでしまったママが、昔ポルタ男爵家で侍女をしていたらしいんだけど、そこでパパと出会って恋に落ちたらしいんだ。
でも、平民と貴族。
身分違いの恋に苦しんだらしいんだけど……私を身籠ったママは、パパの将来を考えてお屋敷を黙って出たんだって。
小さい私を頑張って育ててくれたママだけど、無理がたたって病気になっちゃったみたいなの。
すっごく、すっごく悲しかったんだぁ……
ママが死んだ数日後。パパが現れたの!
ママが居なくなってから私たちをずっと探していたんだって。やっと見つけたらママが死んでしまっていて、物凄く悲しんでくれたの。
そして、行く当てのない私に、良かったら男爵家に来ないかって言ってくれて。
お家の事情で違う女の人と結婚したらしいんだけど、貴族だしそれは仕方がない。でも本当に愛してるのはママだって言ってくれたの……
だから、ちょっと不安だけどパパのお家に行く事にしたんだ。
本当に、身分とか嫌だなって思う。変だって思うよ。
愛し合ってるふたりが、そんなつまらない事で結ばれないなんて変だと思わない?
私、そんなの絶対におかしいと思う!
学院は生まれながらの身分とかは関係なくて、みんな平等なんだって。公爵家の人も、なんだったら王様の子どもだって平等なんだよ?
だから、私は元々そういうの関係なくみんなと仲良くしたいし、いっぱいいっぱいお友達出来るといいなぁって思ってるんだ♡
そしていつか、そういうつまらない考え方とかが無くなったら、みんなが幸せだと思うの!
マーガレットは石畳の道を軽やかに走り出す。
真新しい白いスカートが春の風を巻き込んで、ふわりと膨らんだ。
******
「…………」
「……何してるの?」
「うわっ!?」
茂みの中に身を隠しながら、中庭をじっと見張っているヴァイオレットを見つけると、ユリウスはため息交じりに声を掛けた。
「なんだ、ユリウス皇子か~。超びっくりした!」
茶色いハーフアップの髪に葉っぱが沢山ついている。
入学式だっていうのに、一体この子は何をしているのか。
仕方なく頭の葉っぱを全て払ってやる。
(うん。ヒロインと王子の出会いを見ようとしているんだろうね……)
余りのブレなさに、いっそ清々しいとすら思う。
そして他国の皇子が声掛けしたというのに何だと来た。
まあ、夏の辺境伯領にて、お互いに前世込みの自己紹介をした訳で。
外身よりも中身の認識が強い為、ヴァイオレットこと春日すみれにとっては大学生のお兄さん、鈴木海里という感覚が大きいのだろう。
更に物理では年齢が二歳しか違わない為、より感覚的に『近い』のだと推測する。
「一生に一度の入学式なんだからさ、自分の事を優先したら?」
みんなに変に思われているよ、と教えてあげた方が良いのかと思うが……『関係ないね!』と言われる気がしてならないので、何となく言えないでいるのだった。
「今日イベントだから見張ってるの。私にとっては最優先事項なんだよ!」
「ウン。ソウダヨネ」
ソウダトオモッテイタヨ。
小さく頷くと、ユリウスもその場に座り込んだ。
「え、皇子も気になる感じ?」
「いや。気にはならないよ?」
……ヴァイオレットがちゃんと入学式に出られるのかの方が心配である。
マグノリアに、くれぐれもよろしく面倒を見るように(命令)と厳命されているのである。
「つーか、なんで入学式なのにヒロインはこんな所をウロウロしてたのかねぇ」
「道に迷ったってゲームのウインドウには出てたけど」
「…………」
……ゲームの進行内容とか、キャラの会話文とかが表示される画面下の黒いアレ。
しかし、道に迷ったってなんで? 入学式の場所は案内が出てるだろうし。見落としたとしても人の流れについて行くとかしたら迷わなくないか?
ユリウスは疑問で一杯である。
「あ……!」
ヴァイオレットの発した声に前を向くと、小柄な少女がキョロキョロしながら歩いて来るのが見える。
肩の少し上を揺れるハニーブロンドの髪。春の柔らかな若葉みたいな萌黄色の瞳。
美しいというよりは愛らしいと言った方がしっくりくる、整ってはいるがちょっと幼い風貌。
マーガレット・ポルタ男爵令嬢だ。
(おった!!)
(キタキタキタキターーーーーーーッッ!!!!)
「…………」
前隣でヤバい顔になっている事が容易に想像出来る妙なオーラを感じ、ユリウスは遠い目をする。
何だろう。こう、黙っている筈なのに、気配が物凄い煩いのは何故なんだろう。
「あ、アーノルド王子……!」
再びヴァイオレットの声に現実に引き戻され、前を見る。
左側から『みん恋』のメインヒーローのご登場である。
前期課程の三年生になり、身体もだいぶ大人に近づいて来た事が見て取れる。
……ユリウスも、まったくもって同じなのだが。
メインヒーローらしく凛々しい美丈夫を体現する見目の王子が、何故か供もつけず、こちらもキョロキョロしながら小走りでやって来た。
そして、案の定。曲がり角でぶつかる。
「きゃっ!?」
「す、すまない……!!」
体格差なのか、尻もちをついてしまったマーガレットを驚いたように見遣って、急いで手を差し伸べるアーノルド王子。若干顔が赤い。
ふたりが目と目が合った瞬間。
甘やかなBGMが流れ出し、パステルカラーの空気(?)……ピンク多めが漂い、キラキラしたシャイニングエフェクト。そしてバックには咲き乱れる花が浮かんだ。
「!?」
……な、何だ、あれ!?
ユリウスは思わずミントグリーンの垂れ目を擦った。
数秒後、何もなかったかの様に消えたエフェクトのあった場所で、これまた何事も無かったかのように出会いのイベントが進められていた。
さっきの光や花は彼らには見えないのか、ユリウスは疑問で一杯である。
(え、仕様? それとも神様がやりました的な何かなの?)
「大丈夫か?」
「はい! すみません。もう、私ったら! てへっ♡」
マーガレットは照れながら両手を頬の横でグーにすると、てへぺろっ♪とばかりにウインクしながら舌を出した。
…………。……嘘だろ? (ユリウス心の声)
「よそ見をしていたので済まなかったな。怪我はないか?」
「はい! 大丈夫です!」
「……新入生か?」
「はい! マーガレット・ポルタと申します」
そう言うとスカートを摘まんで、ぴょこんと小さくお辞儀をする。
……全然礼がなっていない。
「私はアーノルド・ヴァージル・サムソン・アスカルドだ」
王子が名乗ると、何を思ったかマーガレットはアーノルド王子の右手を両手で掴んだ。
「アーノルド様ですね! どうぞよろしくお願いします♡」
輝くような笑顔でそう言う。
面食らってびっくりしていたアーノルド王子だが、おかしかったのかクスリと笑った。
「あ、大~変☆ 入学式に遅れちゃう!!」
急に思い出したのか、そう言うと、スカートを翻して走って行くマーガレット。
純白のスカートの裾から細いふくらはぎが覗いては、ふんわりと膨らんだ。
「アーノルド様ぁ! またね~っ!」
輝くような笑顔でそう言うと、右手で大きくバイバイしながら再び走り出した。
困ったように立ち尽くすアーノルド王子。
「…………」
茂みの中で、そんな王子とヒロインを見遣る隣国皇子とモブ令嬢。
暫く惚けているアーノルドを見ていたが……一体、ひとりでこんなところに何をしに来たのだろうか。
暫くすると、はっとして、ポケットの中から何やら紙切れを出すと、何処からか小さなシャベルを出して穴を掘り始める。
そして細かく何かをちぎって埋めると、何事も無かったかのように走って行ったのであった。
誰も居なくなったところで、ふたり……ユリウスとヴァイオレットが、ズサッ! と茂みから立ち上がる。
いやいやいやいや。
「……ツッコミどころ満載なんだけど」
当時……前世日本でアルバイトをしていた時はそう気にならなかったけど、今見るとだいぶ酷いと思う。
マジか。ユリウスは小さく呟いた。
「あのキラキラと花は何なの?」
「エフェクトじゃない? ヒーローとヒロインが出会った瞬間の心理描写?」
エフェクト。それで流してオーケーなものなのだろうか。
っていうか、自分以外にも見えていたのか……
ユリウスは微かに痛むこめかみを押さえて続ける。
「あと、あれはアリなの?」
そう言うと、両手を頬の横でグーにしながら、てへぺろっとウインクしながら舌を出す。
「……貴族的にはナシですね。ゲーム的にはアリです」
(まさかの『アリ』!?)
ユリウスは驚愕する。
ユリウスにとって……いや、鈴木海里にとっても『ナシ寄りの無し』である。
「王子が名乗ってるのに礼も取らないし、いきなり手を掴むし、許しても無いのに名前呼びだし……」
自分にそうしろと言う訳ではなく。
郷に入れば郷に従えだ。ある程度、無理のない範囲で。
この世界の常識というか礼儀というか、王族に遭遇したら基本、許しがあるまで面を上げる事は無い。不敬と言われて物凄く叱られる事だろう。気の荒い砂漠の国のかつての皇帝なら、問答無用で首が飛びかねない。
ある意味常識を守る事は自分と自分の身内を守る事になる。
……いきなり手を掴むなんてもっての外だ。
何だったら、ぶつかった時点で暗殺者かなにかと間違われ、護衛騎士にバッサリ切り捨てられても文句を言えない位なのである。
「……マーガレットはアーノルド王子が王子だって知らないんですよ」
「えっ!? 自国の王子の顔と名前を知らないの!?」
そんなことあるの? 思わずミントグリーンの瞳をしぱしぱと高速で瞬きした。
「……同じ学院に行くんでしょう? 常識以前というか、なんかまかり間違って不敬なことしちゃったらとかお家の人は思わないのかな?」
「……多分?」
……え~?
仮に王子と知らないまでも、ミドルネームがあったら高位貴族確定である。彼女は男爵令嬢。
初見なら下位貴族はやはり許可があるまでは面を上げる事はないし、いきなりファーストネーム呼びも無いし。勝手にその場を去る事も無いし、『バイバーイ』とか『またねぇ』とかも無い。
貴族令嬢がスカートが翻るような勢いで走る事も無い。
「……神崎さん、ひでぇっす!」
酷すぎる。
思わず、このシリーズのチーフ・ゲームクリエイター、神崎氏の名前を呟く。
「つーか、王子は何を埋めていたのかな?」
悪いと思いながらも、先程の穴を掘り返すと。
ヴァイオレットとユリウスが見守る中、土の中から出て来た小さく破られた紙には、五十三点という数字が見えた。
「…………」
「…………。赤点?」
え。
……このイベントって、メインヒーローが赤点のテスト隠す事が発端なの?
思わず脱力する。
「……それに、さっきゲームには無かった『ラッキースケベ』があったよね!」
「え? そんなんあった??」
ユリウスは思わず首を捻る。
「ありました! さっき、尻もちついた時。多分マーガレットのパンツ王子に見えてた!! 王子、顔赤くしてた!!」
ゲームには無い設定だと、鼻息荒く握りこぶしを作るヴァイオレット。
(何やねん、それ)
本来は倒れそうになるマーガレットを抱きとめる筈なのだそうだが。
「うーん……?」
(パンツごとき見えた位で、どーにもならんがなぁ……)
見えないよりは良いのかもしれない(?)が。
パンツに執着がある人以外は、抱きとめる方が密着度も緊張度も高いのではと思うのは、ユリウスこと海里の年齢によるものなのか。
ユリウスは、しっぶい顔でヴァイオレットを見遣る。
「……つーか、ヴァイオレット嬢。入学式」
誰の気配もしない中庭で、思わずヴァイオレットの顔を見る。
「ヤッバ!」
「急ごう。僕が具合悪くなって、通りかかった君が介抱していた事にしよう」
入学式早々、遅刻とかありえない。
ユリウスはジト目でため息をつきながら走り出す。
ふと急ぐヴァイオレットの足元を見れば、ダンゴムシかフナムシのようにカサカサと小刻みに素早く動かして、上半身はお淑やかなるままに走っていた。
――ちゃんと貴族のご令嬢をしているようである。




