帰国
今話で第七章完結です。
お読み頂きましてありがとうございました。
明日閑話をアップし、新章は明後日5/27開始予定です。
そちらもお付き合い頂けましたら嬉しく思います。
「じゃあ、気をつけてね~」
陽気なヴィクターの別れの言葉に、アーノルド王子とガーディニアは名残惜しそうに頷いた。
比べてルイとブライアンは、どこかホッとしたような表情なのが対照的で面白い。
一見良く解らないおかしな風貌のヴィクターであるが、ギルド長としても冒険者としても、意外に若い者に好かれる。
多分、見た目に反した当りの柔らかさと面倒見の良さが、絡みやすい要因なのだろう。
一応見送りに来ていたディーンは、しきりに西部の方角を気にしていた。鴉やラドリが飛んで来ないか待っているのだ。
その隣でリリーもそわそわしているので、クロードは小さく苦笑いをした。
王子一行の馬車がある程度進んで見え無くなれば、出迎えに向かう事になる。
やっと王子一行が帰って静かになると思ったら、昨年の庭先キャンプに味を占めた学院の教師たちが、昨日、キャンプ道具一式を背負って再びアゼンダへやって来た。
つかの間も切れ目も無く、まさかの一日被りだった。
一応王子達がいる間は迷惑が掛かるかもしれないという配慮の元、来訪しているらしいが……他にも幾らでも行く場所なんてあるだろうに。何故毎年来ようとするのか解らない。
叩き返そうと思ったクロードだったが、叩き返したところでその辺の野山でキャンプをする可能性しか感じられず、受け入れる方が間違いと騒ぎと手間が少ないように思ってしまったのは仕方ないであろう。
毎年毎年こんな風であるなら、以前にマグノリアが言っていた、観光地化も考えた方が良いかもしれない。
どこか決まった土地に専用の建物をたてても良いし、テントを張って過ごすような場所を整えても良いだろう。
要は、領民とそう多く遭遇する場所ではないところに作り、纏めてしまえば良いのである。
そうすれば、来る人間が増えても領民が不安を覚える事も少ないだろうし――
マグノリアにどういったものを想定しているのか聞いてみて、それから計画を立てても遅くはないだろうと思い、ふむ、と小さく頷いた。
そして、昨日来た教師たちは学校設立のあれこれを手伝わせておけば良いであろう。
多分、その為に来たのが半分、料理を食べて騒ぐのが半分で来たのであろうからして。
思考に沈んでいる内にすっかり小さくなった馬車を確認して、クロードは西部へ馬を走らせることにした。
******
マグノリアは小さな袋に米ならぬ、弾け麦の種を入れてふたつ包みを作った。
「ラドリ。これをユリウス皇子とヴァイオレットに届けて?」
『うん? いいよぅ』
小首を傾げながら返事をする姿は可愛らしいのに、どこかチャラ男の雰囲気が漂うのはなぜなのか。
口をへの字にすると、小さくため息をついてラドリを捏ねまわす。
「そうだ、先にユリウス皇子のところに行ってね。ヴァイオレットのところに行くとアンタお菓子貪って長いから」
『ほーい☆』
モフり終わると、いつもの如く不器用に羽ばたいては一瞬の内に居なくなった。
忽然と消えた姿に、アーネストは瞳を瞬かせる。
「……何というか、ギルモア嬢の周りには不思議なものが集まって来ますね」
そう言ってアーネストは苦笑いをする。
……あの小鳥は何なのか。
マグノリアたちが言うようなインコで無い事は確実である。
目の前の少女が、珍しく回る口を閉ざして朱鷺色の瞳を左右に揺らしているので、意地悪はやめる事にして、先程の名前を繰り返す。
「ユリウス皇子は、マリナーゼ帝国のユリウス殿下ですか?」
皇子はまだ年若い為、然う然う他国の人間と関わる事も無いが。アーネストも公式で彼に会った事は無い。
それでも聞こえて来る噂では、なかなか将来有望な少年であるという事である。
「はい。学院でディーンと同級生なんですが、結構仲良くして貰っているみたいで。出汁を使ったお料理が好きみたいなので、コメ……弾け麦もお好きなんじゃないかと」
そうマグノリアが説明をするが、半分嘘で半分本当である。
元日本人であるユリウスも、もちろんのこと和食に飢えている。料理はからっきしのような事を言っていたが、流石に生米位は見た事があるだろう。
ラドリからあの包みを見せられれば、多分すっ飛んで来るのではないかと思う。
ヴァイオレットはもう間もなくアゼンダへやって来るだろうから……屋敷で受け取るのか道中で受け取るのかは解らないが、来たら彼女にも炊き立てご飯を御馳走すべきであろう。
「確かに、ディーン君と同い年でしたね。マリナーゼ帝国は学院に留学することが多いと聞きますもんね」
「そうみたいですねぇ。学院は学院で大変そうですね」
いよいよ来年は『みん恋』のヒロインであるマーガレットが入学するはずだ。
どう考えても大変になる未来しか見えない。
「あ、アゼンダが見えてきました!」
そう言って島影を指さし、弾けるような笑顔を見せる少女に相槌を打つ。
何故か淋しいと思ってしまう気持ちは何なのか。
無邪気で、時に大人びている不思議な少女。
潮風に靡く淡い色の髪を目で追って、アーネストは暫く景色を眺めるふりをして、少女を見つめていた。
******
めっちゃ怒ってる。
顔が見えた途端、クロードの顔がめっちゃ怒っているのが解った。
いや。表情自体は恐ろしい程に笑顔の形はとっているのだが……青筋は立っているし、青紫色の瞳は全く笑っていない。
腕組みをして仁王立ちしている後ろに、何やらどす黒いオーラが蠢いている様な気がするのは気のせいなのだろうか……
リリーとディーンも、苦笑いしながらクロードと距離をとって待機している。
セルヴェスに視線を移すと、彼もマグノリアと同じように視線を泳がせていた。
ガイはいつの間にか消えているし、コレットは他人のフリである。
「……ふたりとも、心当たりはあるな?」
それ程大きくない筈なのに、地を這うような低い声が響き渡った。
(えっと。もしかしなくてもキャプテン・マンティスとクラーケンの件だろうか?)
マグノリアは思わず、コソコソと隣にいたアーネストの後ろに隠れる。
自分の後ろに隠れたマグノリアを見遣って、アーネストはやんわりと庇う様に間に入った。
「まあまあ。特に危険はありませんでしたよ? 海賊もクラーケンも、辺境伯が倒してくださいましたから、すぐに解決しましたし」
「…………。本当に、父と姪がご迷惑をお掛けしたようで」
気を取り直したように、クロードがアーネストに小さく頭を下げる。
色々思い出しているのだろうアーネストがクスクス笑いながら首を振った。
「いえ。とても楽しい三週間でした」
「……そうですか。そう言って頂ければ多少なりとも救われる気が致します」
全然救われていなさそうな表情でいうので、全員が苦笑いをした。
「まあまあ、帰って早々そんなカリカリしなくても。無事帰って来たんだし御の字じゃん?」
すかさずヴィクターが間に入る。
「取り敢えずさ、館に帰ってみんなでご飯でも食べてお土産話でも聞こうよ!」
「庭に先生方がいるがな」
「大丈夫大丈夫! 一緒に混ざっても問題無いよ。コレットも少しは寄って行ける? すぐ帰る?」
まるで自分の家の様に取り仕切り始めるヴィクター。
長旅で疲れているだろうから休んで行って欲しい反面、母である彼女が長期間家を空けている事も汲んで、選択権をコレットに投げている辺りは彼らしい気遣いだ。
その横でマグノリアは、気が緩んでいるところをひょいっと猫の首を掴むように持たれ、クロードの美しくも恐ろしい怒り顔を突き付けられた。
「……マグノリアには、ラドリの件も含めて言いたい事がある」
「え!? 海賊もクラーケンも不可抗力なのに~! 私のせいじゃないのに~!!」
振り子のようにぶらんぶらん大きく揺れながらも、難なく馬車に座らせられ。セルヴェスもクロードに睨まれると、小さくなって馬車に自ら詰め込まれに行った。
大きな音と共に扉が閉められる。
「密閉説教……」
小さくディーンが呟き、リリーが身体を震わせた。
「……何かあったのですか?」
アーネストが金色の瞳を瞬かせて小さく首を傾げる。
「……ああ。何か良く解らないんだけど……臭いドロドロの粘液で完成間近の書類を駄目にされた挙句、何メートルもある目? を持たされて。更には何だか爆発する植物が顔の前でモロ爆発、挙句顔面に直撃したらしいんだよねぇ。そして、中身の種が部屋中に飛散したんだって」
良く解んないんだけどと重ねて言いながら、ヴィクターは赤いパイナップルヘアを揺らした。
(……ああ)
アーネストとコレットは察し、ディーンは最後だけ丸い瞳を左右に揺らした。
「……なんだかんだで心配だったのね?」
扇を口に当て、微笑むコレット。
素直じゃないわねと付け加えられた。
「まあ、みんな元気で怪我も無く帰って来たから何よりだよ!」
ニカッと笑うヴィクターに、その場の全員が頷いた。
「さ、行こ行こ!」
促す言葉を皮切りに、全員が動き出す。
(……あ、そうだ! 氷室でガチガチに凍っているクラーケンの残り、辺境伯の館に持って行くかギルド長にあげよう)
アーネストは今暫くだけ続く楽しい時間を思い、金色の瞳を愛おしそうに細めたのであった。
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