ギルド長とマホロバ国王
時間という事で回収に来た女官に連れられ、元居た控室に戻って来る。
子ども達は未だ元気一杯であるが、心がご年配なマグノリアはヤレヤレといった感満載であった。もちろん、顔にはご令嬢の微笑みを貼り付けてはいるが……多分ペランペランに剥がれている事だろう。
「本日は誠にありがとうございました」
セルヴェスが代表をして礼を述べ、マグノリアを始め後ろに控えた人間も礼を取る。
わざわざ見送りに出てくれた気さくなマホロバ国の王家の方々とアーネストが、にこやかに微笑む。
アーネストはこの後、王城の晩餐会に出席するそうだ。
明日帰国する為、この後マホロバ国有力諸侯を招いての盛大な会が催されるらしい。
外国から王族の賓客が来たら、ご多分に漏れずそうはなるのであろうが、ギリギリまで行事が詰まっているとの事。本気でお疲れ様です! と思う。
……まあ、仕事で来ているんだと言われてしまえばそうなのだが。
「こちらこそ、大変有意義な時間を過ごす事が出来た。特にマグノリア嬢はこちらの無理をきいてくれた上、疲れているところを引き留める形となり申し訳なかった。礼を申し上げる」
「また是非お越しになって? 歓迎いたしますわ」
王太子と王太子妃がそれぞれマグノリアに向かってそう述べた。マグノリアも有難く、それでもって障りない返事をお返ししておく。
長い目で見るならば、いつかきっとマホロバ国とアスカルド王国も国交が開かれる事だろう。余計な事を言って拗れたり無くなってしまったりは避けた方が無難である。
やんややんやと賑やかな王子と王女たちだが、兄弟・従兄弟に生温かい目で見られながら……且つ、自身の姉に肘で突かれ、件の弟王子は絞り出すように言った。
「航海、お気をつけてお帰り下さい……またいつかお会いできます事を願っております」
「……ありがとうございます。殿下も皆さまも、どうぞご健勝であられます事、お祈り申し上げます」
幼い頃に散々刷り込まれた淑女の微笑みと、何度も繰り返したカーテシーをする。
沢山の笑顔と、内ひとりの何とも言えない表情に見送られながら、マグノリア達は馬車に乗り込んだ。
「第二王子……我が国は王子が一杯で解り難いですね。王太子殿下の二番目の王子殿下は、マグノリア様を随分とお気に召したようですね」
先程の様子を見てか、ギルド長が苦笑いをしながら言った。
セルヴェスもコレットも苦笑したが、マグノリアは敢えて気付かないふりをする。
「……年齢が近いので、きっと船旅をご心配下さったのでしょうか?」
「ふふふ。賢いお方だ。婚姻は国内……いえ、領内でお纏めになるのですか?」
――ただの知りたがりなのか、探るように言われたのか。
それとも何かの意図があるのか。
涼しい顔をしつつも、マグノリアは密かに警戒をする。
「……そうですね。まだはっきりとは決まっておりませんが、特に問題が無ければ領内で纏まるのかと思います……領政もお手伝いさせて頂いておりますので」
無難な回答である。
まあなんというか、マグノリアにとっては日本よりももっと、この世界こそ結婚が難しい気がするのだが。
日本では肉体と思考年齢の乖離が無いので無問題だったが、この世界では明らかにふたつが乖離し過ぎている。
普通の常識的な結婚をするのならば、物理年齢の近い人間になるだろう。
現在マグノリアは十一歳。秋には十二歳……本当にさっきの弟王子・十歳な位の子どもと結婚しかねないのである。
マグノリアは心の内で恐ろしさに震えながら、心を落ち着けるように……明日にはもう見る事の無いだろう景色を瞳に映す。
ギルド長は何か言いたげにしていたが、何も言わずに押し黙った。
******
翌日。
王城を後にしたアーネストと侍従は、マグノリア達が泊まる宿に寄る。
来た時と同じ数台の馬車に荷物を積み、そのまま船の待つ港へと向かうのだ。
これで約三週間に及ぶ買いつけ旅行は、帰路に就く事になる。
買いつけた食材は既に船に運んであるので、持っていた手荷物を船員たちに運び入れて貰っている。
「色々お世話になりました」
「どうぞお気をつけてお帰り下さいませ」
アーネストと外交担当、輸出入や関税などの担当者、そして商業ギルド長が見送りに来てくれている。入国時と同じ顔触れだ。
それぞれと別れの挨拶をしている大人達を見ながら、マグノリアは考える。
「……どうしたんすか? 何か気にかかりやすか?」
ガイが静かに近づいて来る。
マグノリアはちょいちょいっと頭を下げさせると、ガイに耳打ちした。
「…………。どうしやす? 調べやすか?」
ニヤリと笑いながら聞く姿に、小さく首を振る。
「いや。いいよ……ラドリもおじい様も悪意は感じないって言ってたから、何か個人的な意図があっての事だろうし……当分、アゼンダは物品の売買位でしか関わらないだろうしね」
「……そうなら、なかなか大胆っすね」
マグノリアは肩を竦める。
そうして。暫くすると全員が船に乗り込み、間もなく出港する事となった。
帆船は滑らかに海を進む。
波風を受けて、あっという間に沖へ出た。
ラドリは鴉や隼たちと一緒に、ウミネコたちと遊んでいるようだ。マストの上の方でやたら飛び回っている姿を瞳に映していると、アーネストが近づいて来る。
「……昨日はゆっくりお休みになれましたか?」
「はい。アーネストこそ、晩餐会お疲れさまでした」
促され近くの出っ張りに腰を下ろすと、手に持っていたカップを渡される。
中身はオレンジジュースだ。
一日半の航海であるが、習慣なのか柑橘類を絞ったジュースが頻繁に出されるのだ。
航海病のあれこれがちゃんと定着しているようで何よりだと思う。
「もう旅も終わりだなんて……三週間はあっという間でしたね」
「本当です。でも、アーネストのお陰で念願のお米が手に入りました! ありがとうございます」
『米』と言った時の、マグノリアの輝くような笑顔にふふふと、おかしそうに笑う。
「いえ。お役に立てて良かったです」
「それにしても、旅はハプニング続きで。やっぱり海はなかなか大変なのですね!」
海賊にクラーケンに……と、指折り数えるマグノリアに眉を下げる。
「……普通は、ましてやこんな近い航海でハプニングが多発する事は少ないのですが」
「帰りは何も無いと良いですね?」
マグノリアの言葉に、アーネストは眉を上げた。そして小さな声で自分自身に言い含めるかのように呟く。
「……それは……ギルモア嬢が言うと怖いですね。本当に、何もないと良いです」
フラグという奴を考えているのだろうか?
不安そうなアーネストを見て、小さく首を傾げた。
「そう言えば、キャプテン・マンティスはどうしたのですか?」
「マホロバ国の海軍が懸賞金を出している国へ護送したそうです。後程賞金を回収しましたらお送りいたしますね」
「いえ、それは大丈夫です。船のメンテナンスにでも使って下さい」
もしくは怖い思いをしたであろう(?)船員を労ってあげて欲しいものである。
既に遥か遠くになった島影を見ながら、マホロバ国でののんびりした日々を思い起こした。
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マホロバ国では、外交担当、輸出入や関税担当者、そして商業ギルド長が王城へ帰る所であった。
「しかし、バレやしないか冷や冷やしましたな」
「髭も剃ってあるし、絵を描く時は化粧をさせられた上、色々着こんで体型を変えてあるからな。解らんだろう」
ため息をつく外交担当に、そう言ってギルド長が豪快に笑う。
「……エルネストゥス王子はなかなか切れ者ですからな。仰らないだけで違和感は持っていたと思いますよ」
関税担当者が眉を顰めて口を挟んで来た。お叱りを受けそうな雰囲気である。
「どうですか、一緒にお過ごしになってみて」
「実に誠実な青年であったな。まあ政治の面では誠実なだけではいられないであろうが、多分その辺の差し引きも考えられる男であろう。問題無い」
ギルド長は満足気に頷いた。
「アスカルド王国の方々は如何でしたか?」
ふたりの顔を見て、ギルド長は低く、そして大層おかしいと言わんばかりに笑い声をあげた。
「うん? なかなか破天荒な御仁達だった。楽しかったぞ」
「アスカルド王国にも開国のお話を進められるのですか?」
「……うーん。かの国の王族はどうであるか……実際に関わるのはそちらであろうからなぁ。もう少し様子を見てから考えれば良かろう」
外交担当と関税担当――大臣達は顔を見合わせ、ため息をついた。
「ギルモア家のご令嬢を娶られるのならば、関わらない訳にも行きますまい?」
「いや、彼女は輿入れはせんであろう。多分、最後は儂の正体にも気づいていたようで、大層胡乱気な表情で見ていたからな」
ククク、と低く笑う。
大臣ふたりは嫌そうに、苦虫を噛み潰した顔をした。
「笑ってる場合ではありませんぞ、王! エルネストゥス王子に歪曲して伝わったらどうされるのですか!」
「イグニス国につのられた場合、対応するのは我々ですぞ。面倒な事にならねば良いが……」
ニヤニヤしながら、ギルド長のフリをしていた王が右手を上げ押し留める。
「大丈夫だ。会うのは調印の時故、バレたようなら正直に理由を言って詫びを入れるさ。話せば解る人間だ、拗れる事は無い」
「一体何なのですかな……素のエルネストゥス王子とギルモア様を見てみたいとは。振り回されるこちらの身にもなって頂きたい!」
ぷりぷり怒る大臣達に御座なりに頷くと、王はいそいそと馬車に乗り込んだ。
「取引相手の本心や正体を見極めるのには一番良い手であろう? 楽しい数日であったから良かったではないか」
「楽しかったのは王だけですぞ!」
「……王太子殿下にお任せするのではなかったのですか」
「任せるさ。だから一切合切公式には何もしておらんじゃろうて。話し合いには参加せずとも、人となりを確認する位罰は当たらんだろうに」
口うるさいふたりにため息をついて、王は馬車を出す様に手をあげた。
そう。これからの未来を担う王太子に、そろそろ本格的に国政を任せようと、国交正常化に関する判断も指揮も任せる事にした。
王は調印の際に、飾りとして国の代表としてサインをするのみである。
初めの謁見の際には顔を合わせたが、ほぼほぼ挨拶のみであり、若い者同士に未来を任せたいので王太子が全面的に対応する事になると説明したのだった。
王のというか親のというか、まあ意図を酌んだアーネストは了承し、数年、粛々と王太子や大臣達と話し合いを進めて来たのである。
どうせなら彼の人となりを見てみたいと、髭を落としちょっとの変装をし、格下の『ギルド長』として一緒に行動して素の姿を確認する事にしたのであった。
「まあ、新しい事業計画と改善計画を出されたからの。暫く忙しくなるわい」
「これ以上変な事をなさらないで下さい!」
王の呟きを拾い、大臣達が嫌そうな表情で釘を刺す。
妖精のような見目の、面白いご令嬢から提案された問題点の解決と新規事業を是非とも成功させた上、お気に召すまで弾け麦を輸出してやろうではないか。
王たちを乗せた馬車は、ゆっくりと王城に向けて軽やかな車輪の音を響かせていた。
 




