慰労会にて
やっと終わった――最後のひとりを見送って、マグノリアは達成感を感じつつもぐったりしていた。
「予想外の展開になりましたが、皆大変喜んでおりました。本当にありがとうございました」
ギルド長が申し訳なさそうにしつつも、丁寧に頭を下げた。
「お役に立ったなら……ナニヨリデス」
取り敢えずお愛想で返しておくが、出来れば二度とやりたくないという奴だ。
まさか、異世界でアイドル体験するとは思わなんだ。
この後はギルド長主催(?)のお疲れ様会を王城内でするらしく、それが終われば完全解放である。時間が時間なので宿にもう一泊し、明日には再び海の上にいる予定である。
社交辞令で言っているのが丸解りなのか、それとも既に明日の出港に意識が行っているのがみえみえなのか。ギルド長は苦笑いすると、一行を控室へと案内する事にしたのだった。
控室と呼ぶには煌びやかな部屋の中央には大きな丸テーブルが置かれていた。
白いテーブルクロスの上に様々な料理が並べられている。
更には、王太子一家とその弟である第二王子一家が、勢ぞろいして待ち構えていたのである。
(おおぅ、なんてこったい……)
労働の後に社交だとか貴族のご令嬢の様だなと思ったが、そう言えば自分は大貴族のご令嬢だったと思いだした。
王族だとか国賓だとか、こんな事を年中しなくてはいけない立場を選択するガーディニアは本当に偉いなぁと感心する。
セルヴェスとアーネストが心配気にマグノリアに視線を寄越したが、大丈夫だと小さく頷いて『貴族のご令嬢らしい』微笑みを装備する事にしたのである。
挨拶が済むと食事をしながらの歓談となった。
取り敢えずニコニコ笑いながら相づちを打っておく。
「非常に興味深いお話でした。食品にも色々な効能があるのですね」
子ども達の中では一番年長である、王太子の一番上の子である第一王子――兄王子が身を乗り出した。発表もとい講演会を聴いていたそうで、熱心に色々と質問をして来る。
十四歳という事だが、自分の立場を理解してか、国民の為になるようなものを考える事に注力しているそうである。
「そうですね。薬草の効能が違うように、食品に含まれる栄養素にも働きがあるようです。私は医師ではないので詳しくは解りませんが……」
一応結果だけは伝え、あとは濁しておく。
本格的に知りたかったり必要な場合は、専門家と一緒に調べて頂ければ良いと思う。
せっかく興味を持っている様なので、三色食品群的なものをかい摘んで、『~と聞いた事があります』と付け加えておく。
「マグノリア嬢、凄いですね!」
子ども達……王子達と王女達だが、口々に褒める。
「私達と同じような年齢ですのに、大人に混じって本当にお仕事をされるなんて凄いですわ!」
「そんなに色々知っているという事は、凄く勉強するのでしょうね……」
王太子の娘である王女と、第二王子の息子二人が同意したり、勉強と聞いて嫌そうな顔をしたりして、何だか元気いっぱいだ。
従兄弟間の関係も良好なようで、ギスギスした感じは受けない。
物理年齢は同じ位であるけども、中身は親側と変わらない上に地球の知識の上乗せがあっての事の為、何とも居た堪れない気分で曖昧に微笑んでおく。
「本当にお可愛らしい事。マホロバ国の民族衣装も良くお似合いですわ」
王太子妃と王子妃がため息をつくように言うので、いよいよ本格的に居た堪れなくなるが、何とか子ども達を褒め、お妃ふたりの美しさも褒め称える。
(唸れ! 私の語彙力!!)
正直面倒なので、早いところ大人の話に変わってくれないだろうかと思いながら食事をする。ほめ殺しとかキツ過ぎる。
心情を知ってか知らずか、アーネストとセルヴェス、ガイとコレットが苦笑いしながらマグノリアの様子を窺っている。
それとないコレットとアーネストの援護射撃により話題が移った所で、子ども達が近づいて来る。
「お帰りになるまでお庭で話しませんか?」
「大人の話はつまりませんし……」
子ども達が王太子妃と王子妃へ視線を送る。頷かれると、わっと声をあげて手を引かれた。
(……今度はお子様の相手か……トホホ)
マグノリアは萎れながら半ば引きずられて行く。気分はドナドナである。
庭といっても先程の部屋から目と鼻の先で、外へ出たのならばすぐに目に入るような場所に白い四阿が置かれていた。
すぐ横には木製のブランコも置かれており、一番小さい第二王子の末の王子が喜んで走って行き、乗り込んでいる。
「マグノリア様、エルネストゥス王子とご結婚なさいますの?」
「え?」
いきなりブッ込まれた質問に、何の事か解らず一瞬首を捻る。
エルネストゥス王子とはアーネストの本名……イグニス国読みでの『アーネスト』の事である。
「いえ、そんなお話はございません」
マグノリアがはっきりと否定する。
……一介の侯爵令嬢が王子とのあれこれを発言するのはどうなのかと思うが、勘違いさせて、話が厄介な方向に拗れるとまずいので、きちんとさせておくべきであろう。
例えば友好の証として、イグニス国とマホロバ国の婚姻が纏まる可能性だってある訳である。
ましてや国交正常化の立役者であるアーネストことエルネストゥス王子と、目の前の王女の結婚だってありうるのだ。
「だって、そのお衣装も王子の贈り物なのでしょう?」
「ご一緒にマホロバ国にいらしたのでしょう?」
どうなの? と言わんばかりに詰め寄られる。
ふと横を見れば、十歳だという王太子の二番目の王子が、赤い顔で俯いているのが目に入った。
「実は、とある植物を探しておりまして。ご存じの通り小さい頃からエルネストゥス王子と知り合いだった為、外国でのお仕事が多い王子にご存じないかお尋ねしていたのです」
ここは正直に話す方が良いだろう。下手な嘘をつく方が誤解を生む。
「今回、マホロバ国へお伺いする事になり、もしかしたら知らない植物や探しているものが見つかるのではないかとお声がけ頂き、ご同行させて頂いたのです。決して政治的な意図はないのですよ」
なので大丈夫です、と言外に含ませる。
「でも、こんなに高価なお衣装……」
全員の視線がマグノリアの身につけている民族衣装と花冠にいく。
……そうですよね。解ります。
「何というか……本当に、私が四歳の頃からご存じですので、勿体なくも小さい妹か何かと同じように思って下さっているのですわ。信の女神を信仰される非常に義理堅いお国柄でもありますし、過分に気に掛けて下さっているのです」
マグノリアがそう言うと、王女が俯いたままの弟王子に向き直り、悪戯っぽく話し掛ける。
「ですって! 良かったわね?」
すると、焦ったように顔を上げ、大きな声をあげた。
「止めて下さい、姉様! 僕は別に何も……!」
マグノリアがどうしたのかとまじまじと弟王子を見ると、弾かれたように身体をびくつかせた上で、顔を真っ赤にした。
(…………え?)
「え~、そうかしら? この子ったらねぇ……」
「もう! 本当に止めて下さいっ!」
クスクスと揶揄う王女に、涙目になった弟王子が怒っている。
苦笑いする他の王子達が、こっそりとマグノリアに耳打ちした。
「弟はマグノリア様に一目ぼれしたみたいで……」
「本当にお可愛らしいですからね、気持ちは解ります」
王太子と第二王子の長男達が、うんうん頷く。
「マグノリア、かわいい!」
ブランコに乗りご機嫌な一番小さい第二王子の末王子が、屈託なく言葉をぶつけて来た。
――輝く笑顔が、非常に居心地が悪い。
(……いや、君の方が可愛いとオバちゃんは思うよ)
マグノリアの何とも言えない表情を悟ってか、長男王子ふたりが苦笑いした。
「お気に障りましたらすみません」
「まあ、ちょっと年上の美しいお姉さんに憧れるのは少年の通過儀礼のようなものですから。お気になさらず」
「はぁ……」
マグノリアはより微妙な雰囲気で小さく頷いた。




