ガイの報告
本日1話目です。
お話の切れ目が短いので、後ほどもう1話UP予定です。
合わせてお読み頂けると幸いです。
ガイ自身もジェラルドがそう遠くなく、マグノリアを修道院に移動させるつもりであるのを裏付ける情報しか入手することが出来なかった。
かと言って、そう差し迫ったものではなく今暫く余裕があるものであるが。
しかしそれより先に、マグノリアの方が飛び出して行きかねない。全くもって油断ならないお嬢様なのだから、一刻も早い対応が必要だろう。
王都から三日掛かる道のりを無理を承知で短縮し、二日程でセルヴェスとクロードの待つアゼンダ辺境伯領へと急いだ。
ガイからの報告を聞いたセルヴェスは奥歯をギリギリとかみしめ、クロードは非常に困惑した表情を浮かべていた。
「……本当に、兄上の子で間違いないのか?」
「はい、裏は取れておりやす。それに、アゼリア様にそっくりでいらっしゃいやしたから」
「お祖母様に……」
クロードは考えをなぞる様に呟くと、青紫色の瞳を伏せて考えを纏めているようだった。
それよりも、奥歯を嚙み締めたままのセルヴェスが心配だ。奥歯が砕けるんじゃないかと思ってガイは自らの主人である辺境伯を仰ぎ見る。
……。…………。
……鬼だ。鬼がいる。
鬼が低く唸りながら問うた。
「名は……名は何と言った」
「『マグノリア』様。 マグノリア・ギルモア様です」
「…………」
「ミドルネームは無いのか?……侯爵家の令嬢であるのに」
「はい。ゆくゆくは地方の口の堅い低位貴族にお輿入れ予定のようでして。周囲に身元を邪推されない様にお付けにならなかったようです」
「――――」
聞いたままで黙り込んだ父の代わりにクロードが確認したものの、返って来た答えに父と同じように唇を引き結び、両手を握りしめた。
アスカルド王国では、侯爵以上の家柄に産まれた子どもにはミドルネームをつける風習がある。名を見ただけ、聞いただけで高貴な生まれと解る仕組みだ。
上級貴族でありながら、数がそれなりに多い伯爵家には適用されない。
ミドルネームが無いという事は侯爵家の認めた子ではないと、親が明確に意志表示したようなものだ。
養子でありながらミドルネームを与えられたクロードからすれば、まだ見ぬ小さな義姪が不憫でならなかった。
食事こそ与えられているものの、家族に顧みられず、粗末な服を纏い……あろうことか自由を奪い、部屋に留め置かれているなど。
あるべき名を与えられず、披露目もされず。本人に瑕疵が無いにもかかわらず、修道院に押し込まれようとしている。
侯爵令嬢でありながら、周りに身分を隠し無駄に瑕疵をつけ、低位貴族へ嫁がされるという。
(兄上……)
「そのマグノリア様のお誕生日が、週末です」
「誕生日!?」
「週末って、明後日じゃないか!」
セルヴェスは開いた口を唸りながら閉じると、一度瞳を閉じ、ゆっくりと開く。
すると今迄溢れていた怒りは霧散し、沸々とした覇気が漲っていた。
これは。戦場に立つ主の様ではないかとガイは思う。
冷静沈着なクロードが、静かな声で諫める。
「父上……くれぐれも穏便にですよ」
「解っておる。出る」
短く言うと、外套を鷲掴み大きく音を立てて羽織り、颯爽と大股で部屋を出て行った。
齢六十になるとは思えない身のこなしは、流石悪魔将軍。
出陣だ。
「して、マグノリア……は今どのように?」
「金を貯めて、身体を鍛えて……近々出奔するおつもりです」
「……出奔?」
思ってもみない言葉が飛び出して来て常識人のクロードは閉口する。
戸惑いながらクロードも外套を引っ掴み、足早に父の後を追った。
早足で近寄る心得た家令に、歩きながら留守時の指示をしながら外套に袖を通した。