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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第七章 何事も経験(マホロバ国)・買いつけは海を越えて編

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弾け麦

「どうも、子どもが遊びに使う草の実の一種らしいっすよ」

「へぇ~」


 部屋を割り当てられた後、抜け出して確認して来たガイが席に座るなり教えてくれた。

 日本でも小さい頃には公園の片隅のぺんぺん草を振って音を聞いたり、校庭にいつの間にか自生していたチクチクしたオナモミなんかを投げたりして遊ぶ事があったが。


「あんなに大きな実だと、投げて遊ぶの?」

 もしくは蹴るのか、転がすのか?


 大きな麦のような、フウセンカズラの様な実。

 子ども達が持っていた実は、バスケットボールやサッカーボール位あったのだが。マグノリアは硬くないのか、はたまた途中で潰れないのか気になった。


「投げたり、叩いて爆発させたりするらしいっすよ」

「爆発……?」


 物騒な単語が飛び出し、思わずセルヴェスとマグノリアが顔を見合わせる。


「……大陸では見た記憶がないな。マホロバ国特有の植物なのか……」


 セルヴェスは戦争をしに諸外国に行っているので、野原を眺めている余裕も無いとは思うが……とはいえ、あそこまで大きな実であれば流石に目立つであろう。


「確かに、南の方のイグニスや近隣国でも見た事はないですね」

 隣のテーブルで食事をしていたアーネストもセルヴェスに同意する。


 人数が多いので他のお客様に迷惑が掛からないよう、交替で食事をする事になったのだった。アーネストやマグノリア達が先に食べ、この後付き添いで来ている騎士や従者達の食事になる。


「……子ども達に譲って欲しいとお願いしたんすが、嫌だって言われちまいやした」

「大事な遊び道具なんだろうから仕方ないよ。でも、大陸では珍しい植物だから、持ち帰ったら興味を持つ人も多いかも。あれだけ大きいと外皮を加工して小物入れとかに使えるかもしれないし」


 肩を窄めたガイに、マグノリアが苦笑いをする。

 そりゃあ、いきなり知らない大人が、子どもの持っている草や実やらを譲ってくれと言って来たら警戒するであろう。


「何のお話ですか?」


 一緒に食事は流石に恐れ多いと言ってあくまでホストに徹しているギルド長が、デザートのメニューを手に戻って来た。


「さっき、近所の子ども達が大きな実を持っていたので」

 マグノリアの言葉に、微笑みながら頷いた。


「ああ、多分『弾け麦』でしょうか? 子どもの頭位の大きさの」

 そう言いながら、彼は両手で輪っかを作る。


「野原や山に自生している植物なのです。麦と言っても種の外皮が麦の粒に形が似ているからそう呼ばれているだけなのですが。熟したものだと、触ると弾けて中の種が飛び散るので『弾け麦』というみたいですね」


 小さい頃に自分も遊びましたと、ギルド長が懐かしそうに微笑む。


 熟すと弾けるとは、ホウセンカの種みたいな感じなのだろうか……マグノリアが前世、理科で見た動画を思い出しては小さく首を傾げた。


「あんなに大きいのが弾けたんじゃあ、危なそうっすね」

「余程強く叩かない限り、そこまで危なくは無いのですが。とはいえ中の小さな種が四方八方に飛び散るので、家の中で弾けさせたら間違いなく叱られますが」


 そう言うと、ギルド長が苦笑いをした。もしかしたら子どもの頃、家の中で弾けさせて叱られたのであろうか。

 話を聞いていた全員がそう思ったのか、微笑まし気に笑い声をあげた。


 ……『弾け麦』か。


「麦に似ているなら、食べれるのでしょうか?」

「どうでしょう。殆ど外で弾けさせて遊ぶので……中の種は結構小さいので、土の上に弾けてしまったものを集めて食べる人はいないでしょうから」


「興味があるのでしたら、明日移動途中にでも探してみますか?」

 アーネストがさり気なく提案してくれる。


 ギルド長辺りは、遊び道具が気になるなんて子どもらしい所もあるのだな、とでも思っているだろうが……

 

 マグノリアを良く知る人々は、何か思いついたのか引っ掛かりがあるのかと思っているのだろう。もしくは『食べれるものは何でも食べる』病が発生しているとでも思っているのかもしれない。


 勝手知ったるで顔を見合わせると、小さく頷いた。


『ちゅぴ♪』 


 シチューを啄みながら話を聞いていたラドリも、つぶらな瞳で見回しては、同意するかの様に本当の小鳥に擬態してひと声鳴いていた。




 翌朝、道が混雑しない内に馬車を出発させる。

 澄んだ空気と未だ低い気温の為かとても清々しい。それでも眩しい夏の太陽を東に浴びながら、一行は更に北上を続ける。


 町を抜けると、すぐ鄙びた景色に変わって行く。

 大陸だったら珍しいだろう木の橋を渡ると、サラサラと小川の流れる音がする。目の覚めるような木々の緑と青い夏空のコンストラストがとても美しい。


「もう少し参りますと山がありますので、そこになら沢山自生しているのではないかと思います」


 マグノリアが馬車の窓から身を乗り出すと、遠くに山が連なっているのが見えた。

 危ないとハラハラするアーネストとギルド長を尻目に、歩調を調節し窓辺までやって来たガイに伝える。


 普段のお転婆ぶりに慣れている上、貴族らしさをマグノリアに求めていないセルヴェスとコレットは、この位では涼しい顔である。


「ガイって何か大きな袋みたいなの持ってる?」

「袋っすか? まあ数枚は」

「あの山にあるんじゃないかって言ってた」

「ほうほう」


 ふたりで進行方向に見える小山を見た。


「……お兄様も来たら楽しかったのにね」

「おや、ホームシックっすか?」


 揶揄うようにガイが言うので首を振る。


「そういう訳じゃ無いけど……お兄様変わったもの好きだから、クラーケンとか弾け麦とか、絶対見たかったと思うの」


 マグノリアの言い分に、ガイがプルプルと肩を震わせた。


「いや……クロード様は『変わったもの好き』ではねぇと思いやすよ?」


 どちらかと言えば、変わったものが好きなのはマグノリアであると認識している。


 ……珍しいものや余り使われていないものなどを有効活用出来ないか考えたり、未だかつて存在しない有益なものを作るのが好きなのであって。少なくとも彼なら、クラーケンを食べようとか、未知なる弾け麦を食べようとか考えないであろうと思うのだが。


『クロード、変なもの好き!』

「そうだよね~?」


 マグノリアの頭から飛び立ったラドリが、ふたりの頭上を一周すると、ガイの頭の上にとまった。

 若い主人の全くもって心外であろう言われように、ガイはぐふふ、と笑い声をもらした。




 山道の入口周辺に、他の通行人の邪魔にならない様に馬車と馬を停める。数名の見張りを残して山へと入って行く事になる。


「多分そこまで深い場所までは行きませんが、足元にお気をつけ下さい」


 コレットとマグノリアに行くのかと視線で確認するが、当たり前とばかりに列に加わった。

 いつもは華奢な貴婦人らしい靴を履いているコレットも、今日ばかりはマグノリアと同じ様な、足をしっかりと包み込む革靴を履いている。

 マグノリアに至っては足を傷つけない様に乗馬服を着こんでおり、ブリーチズを穿いている為、遠目からは男の子に見えなくもない。


 ギルド長の言う通り、そこまで足場が悪くない道を十五分ほど歩くと開けた場所に出る。小山の中腹なのだろう。そこには斜面が緩やかになっており、野原が広がっていた。


 一面に色とりどりの花が咲いている。思わず見入ってしまいそうになるが、本来の目的を思い出して小さく首を振った。


「ギルモア嬢、あれ……」


 アーネストの声に顔を上げ、指さす方向を見ると、やや楕円形の丸いものが風に微かに揺れている。目の前に無数に広がるかの様な数に、一同は暫し言葉を飲んだ。


「……凄い数っすね」

「前年に飛び散った種から芽が出ますので、鳥が運ぶ以外は大体あのように群生しているのですよ」


 全員が弾け麦の群生している方向に足を向ける。

 遠目にはそれ程大きく見えなかった弾け麦だが、近づけば実と同様に大きなものなのだと解る。


 葉はイネ科の植物らしく、麦などと同じように細く長く伸びており、未だ実っていないまっすぐ伸びる茎も見える。茎はあの大きな実を支えるからだろう、子どもの腕位の太さがある立派な茎であった。


 そして、良く見る稲穂……籾が連なって垂れているのではなく、大きな丸い実がひとつだけ実っており、重みで茎先が曲がり垂れさがっている。


 背丈は真っ直ぐに立たせたら二メートルは超えるであろう。

 マグノリアは自分が小人にでもなった気分で、頭上に揺れるそれらを見ていた。

「この辺の、まだやや青いものであれば普通に触って大丈夫かと思います」


 葉が青々としている弾け麦の実を、マグノリアが取り易いように引っ張り下げてくれる。

 礼を言って手に取ると、硬くカサカサしており、思ったよりも重みがあった。振ると微かに音がするので、確かに中に種が入っているのだろうと思われた。


「葉も枯れた様な、黄色いものを……皆様、目を閉じて!」


 アーネストの方向を見たギルド長が、慌てたように叫ぶ。言われるままギュッと瞳を閉じた瞬間。

 ポン! と小さな音をたてると同時に、小さな硬い粒々が勢いよく飛び出して顔や身体に容赦なく降りかかって来た。


「イタタタタッ!」

 ピシピシっと顔面に喰らったらしい侍従が、顔の前で手をバタバタさせる。


「ああ! ごめん……!」


 自分にもかかったのだろう、びっくりしたように金色の瞳を瞬かせたアーネストが、慌てて侍従の髪に飛び散った種を払い落とした。


「皆さんもごめんなさい」

 ばつが悪いようにはにかんだアーネストが、小さく頭を下げた。


「……と、この様に四方八方に弾け飛ぶので『弾け麦』なのです」


 苦笑いしてギルド長が説明をしている横で。

 マグノリアはしゃがみ込み、弾け飛んだ種をまじまじと見つめていた。


 ひとつ手にとると、矯めつ眇めつひっくり返したり、陽にかざしたり、匂いを嗅いだりしている。


「……どうした、マグノリア?」

 不思議そうにたずねるセルヴェスに、マグノリアは頬を紅潮させて仰ぎ見た。


「……これ、精米されたお米です!!!!」

「……ん?」


 興奮気味に立ち上がったマグノリアは、首を捻るセルヴェスは放置のまま、ガイに指示を出す。


「ガイ、熟した実に袋を被せて弾けさせて」

「へい」

 いうが早いか、ガイは手早く何処からか麻袋を出すと、近くの熟した実に被せ、軽く叩いた。ややくぐもった破裂音がする。左右に袋を振ってから開けば、中に種が入っていた。殻はといえば小さく丸まって、茎の先にくっついていた。


「ちょっと試薬で確認するから、ガイは種を集めておいて!」


 念の為、収穫しても差し支えないかギルド長に確認すれば、雑草扱いの為好きなだけ構わないと言われた。


 水を汲んで来て貰うテイで、ラドリと一緒にセルヴェスに移動して貰い、鍋やら一式を例のポシェットから出して貰う。そして汲んで来て貰った水で手を洗うと、マグノリアは慣れた様子で米を研ぎ、一部に試薬をかける。水に溶け出る毒素が無いか確認の為だ。


 アーネストとギルド長に石を積んで簡易かまどを作って貰い、収穫し終えたガイに火を熾して貰う。


(うーむ……焚火で炊飯した事ないけどな……)


 ……焦げ焦げは勘弁してほしい。

 本来は三十分以上浸水するところだが、時間も限られている為にそこまで待たずに火にかけた。


(炊飯中に停電になって、ガスで炊いた時どの位だったっけ……)

 かつてのマグノリアが、普段土鍋で炊飯するほどのマメさが無い事はご存じの通りだ。


 日本で良く食べられていたジャポニカ米は沸騰まで十分程かけると甘みが増して行くと聞いた事がある。

 沸騰したら火を弱め……られないのでやや遠ざけて、十分から十五分ほど炊く。

 鍋から出ている湯気が、懐かしいお米の炊ける香りである。


 蒸気が出なくなり、グツグツした音も出なくなれば火からおろし、十分程蒸らす。


「いいって言うまで絶対に開けないで下さいね! ちゃんと蒸らさないと美味しくないですから!!」


 凄まじく威圧的なオーラで周りに睨みを利かせると、マグノリアは再び水で手を洗う。


「凄い気合だな……」

「ずっと探していやしたしね……」


 鰹節を削り、ミソーユの汁と合わせておかかを。そしてクロードをこき使って作った海苔もどきをスクリューキャップの瓶から取り出した。勿論手塩も忘れない。


「その前に炊けたものも試薬しないと!」


 毒なんて出た日には、とんでもない事になりそうであるが……そう、マグノリア以外の全員が心の中で呟く。


 侯爵令嬢とは思えないほどのテキパキ感で周りを圧倒すると、無毒である事を確認し、ひと口炊けたごはんを毒見した。


(……おおぉぉ、普通のご飯……!!)


 一瞬、ふわぁぁぁぁ! とどこまでも和んでしまいそうになりながらも正気を取り戻すと(?)、凄まじい勢いで、懐かしい三角形のおかかおにぎりを製造して行った。


(梅や明太子、昆布に高菜!……ぐお~~~~、圧倒的具材の欠如!)


 何やら握りながら悶えている様子のマグノリアを見て、侍従とギルド長がはらはらしている。


「ギ、ギルモア様は大丈夫ですか!?」

「お嬢様!?」


 コレットはふたりに笑いかけると、妖艶な表情で口を開いた。


「大丈夫ですわよ。多分、おかずの種類が少なくて嘆いていらっしゃるんですわ」


 セルヴェスとガイ、そしてラドリまでもがコクコクと頷く。

 アーネストは苦笑いしながらも、優しい表情で忙しく動き回るマグノリアを眺めていた。




「完成です!!」


 真っ白なご飯に小さな長方形の海苔……マグノリア的には全体に海苔に包まっているものが好きではあるが……この世界に海苔があるだけマシなので文句は許さない!


「テッテレー! おかかおにぎりぃ~!」


 ここでは誰も解らないだろう口調で説明(?)しながら、頭上高くおにぎりを持つ右手を掲げた。


「…………」

 全員が色々な事を飲み込みながら、マグノリアと弾け麦とおにぎりを交互に見つめる。


 あれだけ試薬を試されれば、食べない訳にもいかないであろう。

 目の前のそれは、少なくとも無毒ではある。


 全員が休憩用に持参した敷き布の上に腰を下ろし、おにぎりを手に取りまじまじとみつめる。

 侍従とギルド長は恐る恐る、マグノリアの料理を良く知る者達は勢いよく……だけど上品にかぶりついた。

 

「!!」

 驚いたような表情をする人々に、マグノリアはニヤリと笑って何度も頷く。


(そうでしょう、そうでしょう! そうでしょうとも!!)

 マグノリアは勝ち誇ったかのように満足気に笑って、やっとこさおにぎりを齧る。


「~~~~~~!!」

(うんま!)


『マグノリア~、おかわり♪』

 横で凄まじい勢いで啄んでいたラドリが、皿の前でぴょんとジャンプした。


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