北へと移動中
正式な調印は後日らしいが、無事、イグニス国とマホロバ国の話が纏まったそうでホッとする。
ようやく王子としての仕事が一件落着したアーネストは、マグノリア達と合流する事になった。
「この数日で色々と収穫はあったのですね」
「はい。アゼンダでは見かけない食材がありました!」
寒天、だしの木(緑・茶)、麩の実など。
麩の実はセルヴェスと散策中に店先で見つけた不思議野菜である。
……不思議なのはマグノリアにとってであって、この世界の人にはそうでもない。そういう植物があるのが普通なので、特に不思議には思わないのだろう。
地球だってレンコンに穴が開いているのは普通だし、アーティチョークは紫色の花の蕾だし、ロマネスコは突起が沢山あるものだ。
だが、穴が開いていたり突起が出まくっている野菜なんかない場所に住む人にとっては、不思議以外の何ものでもないのと同じである。
麩の実は、見た目はキュウリやヘチマのような植物だが、皮を剥くと生麩のような実が出て来る。切ったりちぎったり丸めたりしてから煮物や汁物の具として使うのだそうだ。
実を乾燥させればかつてよく目にした麩のようになり、油で揚げれば宮城・岩手名産の油麩のようになるらしい。
お麩は小麦粉があれば作れなくもないのだが、手作りは非常に手間暇がかかるのだ。捏ねたり何時間も寝かせたり、何回も水で洗ったり、焼いたり……それが、皮を剥いたら生麩に。そのまま乾かしたら焼き麩。揚げ麩は同じ揚げるのだけど。そんな簡単な労力で作れてしまうなんて、なんて素敵な事だろう。
マホロバ国のギルド長に確認した所、それらは直接売買してくれるという事であった。間を通すとコストがかかるので、非常に有難い事である。
現在一行は馬車数台と馬で、一路北を目指している。
元々は話し合いの後、アーネスト達がマホロバ国を理解したり視察したりするために組まれたこの日程。
アーネストは何度かマホロバ国に来訪しており、都度各地を視察しているそうなのだ。
もしかしたら常々マグノリアが欲しがっていた食品があるかもしれないと、今回は探す為に充てていたらしい。
現在馬車にはアーネスト、マホロバ国のギルド長、コレット、セルヴェス、マグノリアが同乗している。
王子の安全を確保する為アーネストの侍従――表向きはお世話係の従者――は、一瞬迷った様な表情をしたが……彼なりに同乗者が信頼の置ける者であると判断したようだ。セルヴェスにお願いいたしますと言伝て、素直に馬に跨り隣を並走している。
小さい頃からお世話をしているからなのだろう、万一を考えると心配で仕方ないらしく、後ろの馬車には乗らず馬に乗って移動を決めたらしかったが。
コレットは知らないふりを決め込んでいるが、薄々アーネストの正体を察しているようだ。もしかしたら既に調べはついているのだろう。
しかしそこはそれ、長く社交界にも商いの世界にも身を置く彼女。余計な事はお口チャックで、アーネストの用意した『シャンメリー商会会頭の孫息子がマホロバ国との販路拡大の為に来訪中』という話に黙って乗っかっているようである。
本来なら高官が出張って来る所を、今回はキャンベル商会とアゼンダ商会も随行すると言う事で、様々な商品に精通しているギルド長が案内を任され、同乗して説明をするという形を取っているという事だ。
ちなみに、港に残っている船員たちは休みとなっている。今頃自由に羽を伸ばしている事であろう。
「マホロバ国にお探しになっている『コメ』というものは聞いた事が無く、水田や水耕して作るものもないのですが……ただ国や時代により名称が違う事もあります故、今回北部にご案内しようかと思っております」
ギルド長の言葉に、アーネストが頷く。
「マホロバ国では北部が穀倉地帯になっているのですよね」
「はい。マホロバは比較的安定した気候ですので、国の何処でも殆どのものの栽培が可能ではあるのですが。河川の状態などから北部の方がそれらの栽培に適しておりますので、北部に集中しております」
「なるほど……北部では他にどういった産業があるのですか?」
コレットが興味津々で確認する。食品以外にも、彼女のお眼鏡にかなうものがあるか確認したいのであろう。
「織物や木工品などがございます。どちらも素朴な作風のものが多いですね。焼き物は南部が有名で、そちらは華やかな作風になっております」
ギルド長の説明を聞きながら窓の外を見れば、王都を離れた今は自然豊かな、大変長閑な風景が広がっている。
この世界は基本マグノリアが暮らした地球のようにごみごみもしていなければ、近代的な建物や施設に囲まれている様な場所は少ないのであろう……小さな集落が点在している。
マホロバ国も王都を抜けた今、村や里のような場所が多くのんびりした風景が続いていた。
「大陸のような食事もありますが、マホロバ国特有の食事はあっさりしたものが多いかと思います。お口に合いますか?」
心配そうにギルド長がたずねる。コレットとアーネストが顔を見合わせて笑った。
「イグニス国もアスカルド王国も大陸らしい料理なのですが、最近のアゼンダはマホロバ国に似たお料理が多いのですよ。こちらのマグノリア様が開発されたお料理がそうなのです」
そう紹介されるマグノリアは微妙な心境である。
(……いや、本来私が作った訳じゃ無いけどね……他人のふんどしで相撲を取るってこういう事よね)
「そうなのですね……出汁が決め手と申しますか、特徴的と申しますか。だしの木が無いとの事ですが、他のものでも出来るのですね?」
「はい。魚や海藻などで代用が可能なので、そちらを使っております。ですが手軽さではだしの木に敵わないと思います」
「そういった、マホロバ国の料理に合う穀物を探していらっしゃるそうです」
アーネストが付け加える。ギルド長は考えるように顎を指で摘まんだ。
「うーん……小麦や蕎麦はあるとの事ですので、後は雑穀の類いでしょうか……」
「雑穀」
「はい。どちらかといえば平民向けで、麦などに混ぜ込んで使ったり、家畜などに与えたりするのですが……」
「おお! それは期待できそうですね!!」
雑穀米や某有名甘味処の粟ぜんざいを連想して、ひとりテンションが上がるマグノリア。
逆に家畜に与えると聞いて微妙な表情をしていた他三名と、伝えた一名がびっくりしていたのはご愛敬だ。
(……癖があったり、扱いに手間が掛かるものもあるかもしれないけど、栄養もある。アマランサスなんて一時期、めっちゃもてはやされていたじゃないの!)
そんな周りの様子を尻目に、マグノリアはお米もあったら良いなと期待値が上昇する。ゴマなんかもあると更に嬉しいのだが、などと思いながら。
幾つかの村を抜け、やっと町らしい場所にやって来た。何度か休憩を挟み気分転換と見学もしたが、長時間座っていた腰は悲鳴を上げそうだ。
時間も夕方近くになり、今日はこの町で宿を取るらしい。
馬車を降りた時に、道を走って行く子ども達がふと目に入る。
傍目にはマグノリアも子どもであるのだが、それよりも彼らが持っていた、ボールの様な大きな麦の実が目に入ったのだ。
「でかっ! あれ、あれは何でしょう?」
ギルド長たちが宿泊の手配をしている間、宿の前に待機していたアーネストに確認する。
「何でしょうね……見た事がありませんが、形は麦に似てますね」
不思議そうにマグノリアに同意する。
ガイも興味をそそられたらしく、形を覚えるように目で追っていた。
……普段ならここから離れて聞きに行くのだろうが、他の人の目もある為大人しくしているのだ。諜報活動はもっぱら解散してからなのである。
「……子どもが持っているという事は、入手は難しくないと思うっす」
後で確認しやす、という言葉を視線に乗せて頷く。マグノリアも頷き返した所で、部屋の確認が取れたとの事で、ギルド長達が宿の扉から顔をのぞかせた。
他国の王子と大貴族が宿泊するというと色々面倒な為、敢えて伏せて貰っているのだ。宿には大きな商会の人間が来訪するといって予約を入れているらしい。
『マグノリア~、やっと着いたの? お腹ペコペコ~!』
「ラドリってば、寝てるだけで何もしてないじゃないのよ」
ずっと鼻をぷうぷうさせ眠っていたラドリが起き出して、そんな事をのたまった。全員が苦笑いしながら宿へと足を踏み入れたのであった。




