おじい様と一緒
マホロバ国の王都・アキツは、碁盤の目のような街並みだ。
馬車だけでなく人力車も走っていて、日本を知る身としてはしっちゃかめっちゃかだなと遠い目をする。ただ人力車は小回りが利きそうなので、裏路地の細い道を走って行くのにはなかなか勝手が良いのかもしれない。
ここまで日本を意識した国にするのなら、なぜ東洋全面押しにしないのか疑問である。
建物は西洋風であり、着ているものも西洋風。ここは日本家屋か長屋か、そんでもって着物をチョイスするところではないのかと思う。
「どうした、マグノリア?」
当然の様に抱き上げて移動しようとしていたセルヴェスを制して、歩きたいのだと断った。
セルヴェスからしたら小さいのであろうが、マグノリアももう十一歳。
子どものようなふくふくした見た目ではなくなり、少女特有の華奢でありながらも胸や腰には女性特有のまろみが見える姿になっている。
断らないと成人してからも当然の如く抱き上げて移動しそうな祖父に、マグノリアは危惧している。
抱き上げるのを断られ、しょんぼりウルウルしているセルヴェスにどうしたものかと一瞬頭を抱えたが……おじい様と手を繋いで歩きたいのです、と言って何とかごまかし、手を繋いで移動するという状態に落ち着いたのだった。
「……あの人が引いている乗り物ですが、『日本』にもあったのです。そのくせ建物や服はこちらの大陸と同じだったので、不思議だなと思いまして」
マグノリアの話を聞くと、少し寂しそうに笑った。
「そうか……確か、『マホロバ』も『アキツ』もあちらの言葉だと言っていたな……」
「はい。まほろばは『住みやすい場所』や『素晴らしい場所』という意味で、昔の日本の国土と住む人々の心を称え表した古語なのです。
秋津はトンボや蜻蛉の事なのですが……トンボは勝ち虫だとか国の地形が似ているとか色々いわれはあるのですが。稲作が広がって、その害虫を捕る為のトンボが飛び交う豊かで穏やかな国という意味でとある地名が広がって『秋津島』『秋津国』などと言われていたそうです」
諸説あるのですが、と付け加えておく。
「……帰りたいな」
気遣うように言うセルヴェス。握る手にマグノリアは、ぎゅっと力を込めた。
「正直、懐かしくないと言ったら嘘になりますけど……ヴァイオレットやユリウス皇子の様に、自分の元の名前も顔も何も解らないので、多分ふたり程日本に未練はないのです。ただ、残して来た家族や仕事がどうなってしまっているのかは気になっておりまして」
あのふたりがどの程度日本に気持ちを残しているのかは解らないが。
少なくともヴァイオレットは、日本よりこちらの世界を愛している様に思う。
「もうこの世界に生きて、じきに十二年ですからね……こちらにも愛着はあります」
なので、帰れるとなってもそれを選択するのかは正直解らない。自由に行き来出来るとか、そういうのであるなら日本の家族に無事を知らせに帰ると思うが……
「何か良い方法があれば良いがなぁ。クロードがずっと調べているのだが、前例が無いようで……」
「お兄様、調べて下さっているんですね」
日本の話をすると、セルヴェスもクロードもとても哀しそうな顔をする。
マグノリアが陥っている不可思議な現象に、解決してあげられない事。帰してあげられない事。そして何より可愛がっている自分の家族がいつか突然消えてしまうのではないか――かつてこちらの世界にやって来たように――そう恐れているのだ。
マグノリアも同じことを恐れている。彼らに愛情をたっぷりと与えられてスクスクと育っているのだ。大好きな家族なのである。
「……私、おじい様が大好きなのです!」
考えたところで仕方がない。なるようにしかならない、今は。
そう思いながら、微笑んでセルヴェスの腕にしがみつくと、茶色の瞳をうるうるさせたセルヴェスが力強くマグノリアを抱き締めた。
「マグノリアァァァァァッ!!!!」
「ぐえっ!」
(ちょ、背骨! 背骨が折れる!!)
「儂も、儂もマグノリアが大好きじゃーーーーーーっっ!!」
(わ、解った! 解ったから、力を緩めてくれ……!!)
他国の王都の往来で、大男が泣きながら孫娘を危うく抱き潰しそう(物理)になり、異変を察知した現地の人に救出して貰ったのは旅の思い出である。
「……スマンな、マグノリア」
取り敢えず救出してくれたマホロバ人にはお礼を言って、近くのカフェでひと休み。
外観も内装も、西洋のお洒落カフェそのものだ。
そんな店の一角で、セルヴェスは大きな身体を小さくしてしょんぼり肩を落としている。
「……大丈夫ですよ」
骨は折れませんでしたし、と笑って見せる。
……セルヴェスを感激させる事を言ったマグノリアも悪いのだ。
祖父が自分の事になれば火の中水の中は当たり前であり、笑えば可愛いと悶え転がり、怒ればその矛先をぶっ潰しかねず(物理)、泣けばセルヴェスの方が号泣なのである。
なので、心荒ぶるような事をいうのは厳禁だという事を知っているのに、ついつい言ってしまったので、仕方ないのである。
それよりも。メニューを見ればこちらも和洋折衷である。
マグノリアが周りの席を見渡す。
果物とカスタードが乗ったタルトや、蜂蜜をかけたゴーフル。オレンジが香るクレープシュゼットなどに混じってお饅頭やあんみつなどが見受けられる。
(和菓子か……)
豆はあるし、お砂糖も自家製てんさい糖が大量にある為、大陸にある材料で作るものならば再現出来なくもないなと考える。
餡子と小麦粉、片栗粉などで作るお菓子である。具体的にはどら焼きやたい焼き、今川焼き。お饅頭、甘納豆にきんつば等々。
「あんみつがあるって事は寒天があるんですね……後でお店で要チェックですね! わらび粉とかもあるかな?」
抹茶もあると呟くマグノリアを見て、すっかり自分の世界だなぁと、茶色い瞳を細めた。
マグノリアは、神が遣わした救世主だとセルヴェスは思っている。
長年悩まされていた病気の解決、新しい産業、生活の改善。本人が認めないだけで、沢山の人間の命が救われた。
更には未来の戦争の回避。
この世界が本当に、マグノリアやヴァイオレット、ユリウス皇子のいうゲームの世界なのだとしたら……今のマグノリアがいなければ、大陸は再び混沌の時代に突入するところだったであろう。
――マグノリアにとって良かったのかは解らないが。そこが引っ掛かるところである。
良かったと思って貰えるように、せめて沢山愛してやろうと思うのであった。
「おじい様はどれにしますか?」
マグノリアの声に、現実に引き戻されるかのようだ。見れば丸い愛らしい瞳でそう聞いて来る。
セルヴェスは孫娘の可愛らしさに自然と微笑む。
「全部頼んだら良いのではないか?」
「えっ、食べられますかね?」
メニューを見ながらマグノリアは眉を寄せた。痛風や糖尿病になりそうな勢いである。
「マグノリアは気になるものをひと口ずつ食べたらいい。後は儂が食べれば大丈夫だ!」
「ええ~、具合悪くなりますよ……?」
『マグノリア~!』
短い羽を羽ばたかせてラドリが飛んで来た。
ガイと出掛けていた筈であるが、ガッついてる小鳥は、食べ物の影を察知してやって来たらしい。
ニヤニヤしながらガイも後からやって来る。何かいい情報を拾って来たのだろうか?
こうして、イグニス国とマホロバ国の国交正常化の話し合いが進められているあと数日、王都・アキツを練り歩くのである。




